下級国民

渡邊美彩

僕が殺しに目覚めるまで

この日本という国は、二つの国民がいる。

それは、『上級国民』と『下級国民』だ。

国民を年収と役職で判別するという法律、『国民判別法』である。

元々は『上級国民』、『下級国民』という呼び名ではなかったが判別の仕方がそうであるためそう呼ばれるようになった。

そして、僕は下級国民であり、父、母、僕の三人家族で俗に言うスラムに住んでいる。

法律が制定される前の日本は、スラムという場所はなかったのだか、法律制定後は日本人の半数が、下級国民となったのでスラムという場所ができた。

と言っても、海外のような危険な場所ではなく、下級国民の住居が多くある普通の住宅街だ。

父はサラリーマンをしており年収は二百万円ほど、国の基準は五百万円を下回ると下級国民だそうだ。

そんな下級国民でも人権があり、国民の義務は果たさなければいけない。

おまけに、地球温暖化や異常気象により物価が高騰した。

だから、僕らの生活はギリギリだ。

僕は、こんな世界で生きていかなければいけない…


朝、この世界の人の大多数が活動を開始する時間帯。

僕の大嫌いな時間だ。

このまま目覚めなければいいのに僕は、頭の中でいつもそう思う。

だか、そんなことは起こるはずもなく、僕は目を覚ました。

その後僕は、顔を洗い、歯を磨き、リビングへ向かった。

リビングに着くとそこには、母と父が朝食を食べていた。

僕もその輪に加わり一緒に朝食を食べた。

今日の朝食はご飯に味噌汁。

それと、申し訳程度の漬物だ。

まぁ、僕にとってはいつもとなんら変わりない朝食だ。

朝食を食べ終わると僕は、学校へ行く。


「いってきます」


僕は、気だるそうな声でそういった。


「いってらっしゃい!」


母が元気よくそう言う。

僕のテンションとは裏腹にそんな声が聞こえてきた。

面倒くさい。なんで母は、こんなに貧乏なのにそんなに元気でいられるのか、僕には分からない。

家の玄関を出ると、そこには僕達と同じ下級国民の人達の家が建ち並んだ住宅街が広がっている。

僕はその住宅街を越えて、学校のある上級国民達が住む家の方に行った。

上級国民が住む家は、僕達が生涯働いても住めそうもないマンションや一軒家があちこちにある。

僕もこんな家に住みたかった。

どうして僕は下級国民なんだろう。

いつも僕はそう思う。

そこをしばらく歩いていると僕の通っている学校がある。

学校は、上級国民も下級国民も関係なく一緒の学校に通うことが出来る。

だか、一緒にしたところで何か良い事があるわけでも無く、逆に悪い事の方がある。

中でも一番酷いのは上級国民によるいじめだ。

どのいじめも陰湿で残虐的なものが多く、一年に何人の下級国民が自殺をするだろうか、数えたくもない。

僕は学校の門に入り、土間に向かった。

すると早速、いじめをしている集団を見つけた。

あれは、上級国民の杉浦と宮崎だ。

そして、いじめられているのは、僕と同じ下級国民の山口だ。


「山口ぃ。今月のお金まだ〜」


宮崎が山口に詰め寄り肩に手をのせる。


「そ、それが家にお金が入らなくて…」


山口が震えながら言う。


「あ?そんなん知らねぇよ!」


杉浦がそう言うと山口の頬に殴りかかった。

今月で何回目だろうか、山口があいつらにボコボコにされるのは。

可哀想だけど、僕にはどうする事もできない。

この学校で下級国民を庇った人は、上級国民であろうがいじめのメインターゲットに選ばれる。

ターゲットに選ばれたら最後、残された道は上級国民なら転校、下級国民は死だ。

こんなとき、先生は何をしているかというと、見てみぬフリだ。

学校の教員は下級国民である人が多く上級国民の生徒にあまり厳しく言う事が出来ないのだ。

言えば自分の首が危ないからだ。

全く、嫌な世界だ。

だから僕は、カツアゲをされている山口を素通りしようとした。

だか、それを見た山口が言う。


「助けて…」


その言葉を聞き、僕は背筋が凍りついた。

二人の視線が僕に向く。

二人が僕に近づいてくる。


「なに?君、友達?」


宮崎が言う。


「い、いえ。そんなんじゃあ…でも、ちょと酷いんじゃあないかなぁ〜って…」


僕が小さな声で言う。

そのとき、僕の頬に衝撃が走った。

その衝撃に耐えきれず僕が倒れ込む。


「上級国民である俺らにあんまり盾突かないほうがいいよ」


杉浦が倒れている僕を見て言った。

そこから二秒ぐらいの間があり、何かを思い出したように杉浦が言う。


「あ、でもいいっか。最後くらい盾をつかせてやっても…」


「…そうだな」


宮崎はそれが分かっているようで、ニヤリと笑みを浮かべそう言った。

それから二人は僕と山口を置いて行ってしまった。

僕は起き上がりその場から立ち去ろうとすると、山口が起き上がりながら僕に言った。


「あ、ありがと」


「別に」


会話はそれで終わった。

僕はなんて返したらいいかが分からなかった。

別に、山口は友達でもなんでもない。

ただの知り合いだ、だけど何故か他人事に思えなかった。

山口が助けを求めた時、そのまま『知りません』と言って逃げることもできたと思う。

けれども僕は、それをしなかった。

もしかしたら明日から僕がカツアゲのターゲットかもしれない。

でも、それでいいかもしれない。

こんな世界、生きていてもなんの意味もない。


授業が終わり、それぞれの生徒が部活や下校をする時間帯。

と言っても、下級国民の生徒は全員下校だが。

部活動というものはとてもお金が掛かるものだ。

到底、下級国民である僕達が手を出すことはできない代物である。

だから、世間一般的に言われている部活動の『青春』というものは僕ら下級国民にはこない。

だから僕はまっすぐ家に帰る。

土間を出たあと、僕はある用事を思い出した。


「そういえば、今日の夕飯の食材買ってこいって言われてたっけ」


僕はそう独り言をつぶやくと、家とは反対方向の商店街に向かった。

親が言うには昔、スーパーマーケットっていう食材や日用品なんかがまとまって売っている場所がこの辺にあったらしい。

それがあればさぞ便利だったか、僕はいつもそう思う。

『国民判別法』や物価の高騰により、下級国民たちはスーパーマーケットを利用することは出来なくなった。

そのかわり、八百屋やなどの個人が運営する店を下級国民は利用始めた。

個人が運営する店の方がスーパーマーケットよりも、交渉次第で安く買えるからだ。

まぁでも、いちいち八百屋や肉屋に向かうのはものすごく面倒くさいけど。

商店街に着き、僕は八百屋に向かった。

八百屋では、そこの店主が客と楽しそうに話していた。

ここの八百屋は僕が生まれた時からお世話になっている八百屋で、僕もそこの店主とは仲がいい。

その客が買い物を終え、僕は店主に近づいた。


「おっちゃん、玉ねぎと人参とじゃがいも頂戴。」


「お、坊主。なんだ、今日はカレーか?」


「なんか、そうみたい…」


こんなふうな平和な日常が続くと思っていた。

けど、そんな平和な日常は今日で終わった。

突然、女性の悲鳴と銃声の音が商店街中に響きわたった。

振り向くと、そこには血まみれのさっきの客が倒れていた。

そして、奥には銃を構えた沢山の兵士がそこにいた。

僕は何が起きたか分からなかった。

周りは一瞬にしてパニックになった。

逃げ出す人、悲鳴をあげる人、何も言わずただ立ち尽くす人。

兵士達はその人達に何も言わずただ銃を構え、撃った。

一人また一人と血を流し倒れていく、さっきまで平穏だった空気はもうそこには無かった。

その状況に僕は立ち尽くしているしかなかった。

すると、それを見た八百屋の店主が言った。


「坊主!死にたくなかったら逃げるぞ!」


僕はその言葉を聞き我に返った。

僕らは商店街を抜け、とにかく逃げた。

なんでこうなったのか、今はよく分からない。

けど逃げなかったら死ぬ、それだけは分かる。

必死に走っていると、周りからは銃声や悲鳴が聞こえてきた。

どうやら、この騒ぎは商店街だけではなかったらしい。

ふと後ろを振り向くと、三人の兵士が僕らを追いかけていた。

『止まったら殺される』僕はその恐怖からがむしゃらに走った。

だが、兵士の足は速く、どんどん僕と店主との差を縮めてくる。

『もう駄目だ』僕がそう思った瞬間、突然、店主が僕にこう言った。


「ハァ…ハァ…おい、坊主…お前は逃げろ」


「え?何言ってるの?」


僕は、嫌な予感がした。


「俺は…もう歳だ。…このままだと追いつかれる。俺がこいつらを…食い止めるから。お前…は行け」


「え?でも!」


そう言うと店主は走るのをやめ、兵士達の前に壁のように立ちはだかった。


「お前らぁ!そこの若いもん殺る前に、この老いぼれ殺らんかい!」


そう店主が言ったあとすぐに銃声が聞こえた。

僕の嫌な予感は的中してしまった。

だが、僕は走った。

走り続けた。

店主は僕を助けるために死んでいった。

もう、何が何だか分からなかった。

けど走った。

走り続けた。


だいぶ走った。

もう兵士達は追っては来ていなかった。

店主の死は無駄にはならなかった。

けど、そこらじゅうで銃声が鳴り響いている。

僕は体力の限界で一度立ち止まり、息を整えた。

すると、僕は家電屋のショーケースのテレビに目がいった。

そこではニュース番組がやっており、ニュースキャスターが何かを言っている。


「遂に、始まりました。『下級国民排除政策』。この政策は、人口が増え続けている日本で人口を減らす目的で作られた政策です。上級国民の皆様は、危ないので下級国民の地区には近付かないでください。そして、この政策は将来的には……」


「おい、なんだよ…これ」


僕は思わず、独り言をつぶやいた。

『どうして、どうしてこんな事をするの?』

『僕らが何か悪いことをしたのか?』

僕の心はその気持ちでいっぱいだった。

僕は一つ心配なことがあった。

『母と父は?』

僕は走った。

今度は体力が尽きても、自分の体に鞭を打ち走った。

母と父は大切な家族だ。

喧嘩したり、突き放したりしたこともあった。

けど、それでも、僕のかけがえのない家族だ。

そんな家族が死ぬなんて絶対やだ。

僕は、家族の安全を祈りながら家に向かった。


家に着き扉を開けると、物がそこらじゅうに転がっていた。

明らかに荒らされている。

僕は真っ先にリビングに向かった。

そこには血を流し倒れている人間だった物があった。

遅かった、僕の大切な家族が母と父が死んでしまった。

生きていれば、喧嘩したり、恨んだりすることができた。

だけど、もうそれすら叶わない。

今まで僕は、両親のことを嫌っていた。

貧乏人なのに、下級国民だって馬鹿にされて、ヘラヘラ笑っている両親が嫌いだった。

けど、失って初めて、本当は両親が好きだったと感じた。

そんな、両親や八百屋の店主を奪った兵士達を僕は許さない。


上級国民を許さない。


殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す


僕は包丁を手にとった。

そして、家を飛び出し走り出した。

その時何故か、僕は楽しかった。

生きる意味なんてないと思っていた僕が、初めて生きる意味が見つかった。

『上級国民を一人残らず殺す』これが僕の生きる意味だ。

苦しみと悲しみと怒りと楽しみ、そんな色々な感情が混ざった複雑な気持ち。

今、この瞬間、僕の第二の人生が始まった。


あれから何年たっただろうか、いつも暗くて生きる意味を見いだせなかった僕から。

今はものすごく楽しい。

兵士達や上級国民の恨みはもうない。

あるのは殺す事への快感だけ。

最近は、上級国民が家から顔を出さないから、殺すことができていない。

仕方ないから、下級国民を殺している。

下級国民も下級国民の良いところがある。

外に沢山出歩くから狙いやすい所とか。

すぐに家族とかお金とかの話をして命乞いをするとか。

それを聞きに、今日も僕は町へと繰り出す。


「殺しは楽しいな」

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下級国民 渡邊美彩 @okose

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