二度目の初恋を君に



 ルークのあの告白から、半月が経った。


 私は就任式まで仕事がないのをいいことに、ルークに手料理を振舞ったり、モニカさんの所へ遊びに行ったりと、のんびりとした日々を過ごしている。


 そんなある日、私は再び王城に呼び出されていた。


「……名前、ですか」

「はい。国王の前で名前を読み上げる際に、サラ、だけでは不自然ですからね」


 スレン様はそう言って、苦笑いを浮かべた。

 

 この世界で私は今も昔も「サラ」という名前しか使っていない。確かに彼の言う通り、就任式だけでなく今後生きていく上でも、ファミリーネームは必要だろう。


 むしろそんな状態で今まで仕事が出来ていたのは、全て人に恵まれていたからだ。改めて感謝をせずにはいられない。


 ちなみに戸籍も無かったけれど、そこはスレン様が大人の力でなんとかしてくれたらしい。この世界には孤児などで戸籍のない人間も沢山いるからか、その理由を深く突っ込まれることもなくて安心した。


「そういう事なので、数日以内に考えておいてくださいね」

「何でもいいんですか?」

「はい、余程変なものでなければ大丈夫ですよ」


 そのスレン様の言葉に、わかりました! と元気よく返事をして帰ってきたけれど、名字を自分で考えるなんて初めての経験で、全く何も思い浮かばない。


 元の世界での名字では、間違いなく浮くだろう。かと言ってこちらでよくある名字のリストを見せてもらったけれど、どれもいまいちピンと来ない。


 広間のソファでうーん、と悩み続けていると、いつの間にかルークが仕事から帰ってきていた。


「サラ? どうかしたんですか?」

「おかえり、ルーク。ちょっと悩み事がありまして」

「ただいま。俺で良ければ、話を聞きますよ」


 そう言ってルークは当たり前のように私の隣に座ると、軽いリップ音を立てて頬にキスを落とした。


「…………っ」


 私はこの甘い雰囲気に未だ慣れておらず、顔に熱が集まっていくのを感じていた。


 ……好きだと伝えてからというもの、こういったスキンシップがかなり増えた。いい意味で、ルークは私に遠慮がなくなった気がする。もちろん嫌ではないけれど、心臓に悪い。


 それに、今も近くにいたメイドさんが真っ赤になっているのだ。ルークは気にしていないようだけれど、私は人前でこんなことをするのは、かなり恥ずかしい。


「それで、悩みというのは?」

「就任式もあるし、サラ、のあとの名前を考えるように言われたんだけど、何も思いつかなくて」


 私のそんな悩みに、ルークは少し驚いたような表情を浮かべたけれど、やがてすぐに微笑んだ。


「それは、ちょうど良かったです」

「ちょうどいい?」

「はい。明日の夜、俺に時間をくれませんか?」

「それは、大丈夫だけど」

「ありがとうございます」


 ルークはそう言って、満足そうに顔を綻ばせた。



 そして、翌日の夜。私はルークに連れられて、レイヴァン様のお店を訪れていた。なんの用事かと尋ねたけれど、行けばわかるとしか彼は教えてくれない。


「ようこそ、待ってたよ」

「レイヴァン様、お久しぶりです」

「久しぶり。王国魔術師になるんだって?驚いたよ」


 入口でレイヴァン様が笑顔で出迎えてくれて、すぐに中へと案内される。それと同時に、私は従業員らしき女の人達に取り囲まれていた。


「こ、これは……?」

「後は任せたよ」

「かしこまりました」


 彼女たちはレイヴァン様に一礼すると、私を別室へと連れて行った。そうしてあっという間に、着替えとヘアメイクを数人がかりでテキパキと施されて。


 気が付けば、鏡の前に立っている私はまるで、貴族のお嬢様のような姿になっていた。


 戸惑いながらも再び店の入口へと戻ると、そこには同じくしっかりと着飾ったルークがいて。そのあまりの格好良さに、思わずしばらく見とれてしまう。


「ル、ルークが格好よすぎて、胸が苦しい」

「ありがとうございます。サラも世界一綺麗ですよ」


 ルークには特殊なフィルターがかかっているらしく、その目は本気で私が世界一だと語っていた。それでも、好きな人に褒められるのはやっぱり嬉しい。


 それにしても二人でこんなにも着飾って、一体どこへ行くんだろうか。やはり、ルークは教えてくれない。


「楽しんできてね」


 とびきりの笑顔を浮かべるレイヴァン様に見送られ、私たちは再び馬車へと乗り込んだ。



 そうして着いたのは、王国内でも一二を争う有名な高級レストランだった。広い個室に通されたけれど、あまりのその豪華さに私は圧倒されてしまう。


「こんな素敵なお店に急に来るなんて、どうしたの? もしかして、何かのお祝いとか?」

「お祝い、ですか。そうなるといいんですけど」

「…………?」


 ルークの言葉の意味はよく分からないけれど、出てきた料理はどれも美味しくて。高級なワインもあっという間に一本空き、私はこれ以上ない程の多幸感に包まれていた。


「本当に美味しかった! ありがとう、ルーク」

「どういたしまして。良かったら、外に出てみませんか?」

「えっ、出れるの?」

「はい。此処はそれが売りでもあるんですよ」


 ルークにエスコートされてバルコニーに出ると、そこには息を呑むほどに美しい夜景が広がっていた。


 私が今いる世界は、こんなにも美しい場所だったのだと、今更になって気付かされる。


「本当に綺麗……!」


 ルークもこっちにおいでよ、と後ろを振り返れば、私を愛おしげに見つめる優しい瞳と目が合って。


 やがて彼はふわりと笑うと、私の前に跪いた。


「………ルーク?」


 ルークは上着の中から小さな箱を取り出すと、長い指でそっとそれを開けた。その中にあったのは、見たことがないくらいに大きなダイヤモンドの付いた指輪で。


 状況がまったく飲み込めず呆然としている私に、ルークはそれを差し出して、言ったのだ。



「サラ、愛しています。俺と結婚してくれませんか?」



 ……もしかしなくても、私は今、ルークにプロポーズされているのだろうか。


 先日、お互いに好きだと伝えて、恋人のような雰囲気にはなった。けれどいきなり結婚だなんて、あまりの急展開に驚きすぎて言葉が何も出てこない。


 またもやパニックに陥る私とは違い、目の前で跪くルークは、まるで絵本から飛び出してきた王子様のようだった。


 そう思うのと同時に、ふと懐かしい記憶が蘇る。


『じゃあ、ルークが大人になった時にもそう思ってくれてたら、プロポーズしてね』

『プロポーズ?』

『うん。大きなダイヤのついた指輪を差し出して、結婚してくださいって王子様みたいに言うの』

『わかりました』


 幼いルークとのそんなやり取りを思い出した私は、じわりと目の前が滲んでいくのを感じていた。


 ──ルークは私のこんな何気ない言葉を、15年以上もずっと、覚えてくれていたのだ。


 そして今、彼はその言葉の通りに求婚してくれているのだと気が付く。そんなルークのまっすぐな愛情があまりにも愛おしくて、余計に涙腺が緩んでしまう。


 それにしても、確かに大きいダイヤのついた指輪なんて言ったけれど、流石にこれは大きすぎる。気づけば私は、泣きながら笑ってしまっていた。



 そんな私を少しだけ不安げに見上げる彼に、私は心からの「はい」と「愛してる」を伝えたのだった。




◇◇◇




 帰り道、馬車に揺られていると、突然ルークが「明日、教会に籍を入れに行きましょうか」と言い出した。


「そ、そんな急に?」

「名前、必要なんでしょう?」

「…………あ、」


 だからこんなにも急に求婚してくれたのだと、納得する。


「サラ・ハワード。とてもいい響きだと思いませんか?」

「……確かに、ものすごくしっくりきた」

「もちろん、結婚式は後日盛大にやりましょう」

「ルークの言う盛大なんて、想像つかないよ」


 そう言って笑った私は正直、明日ルークと結婚する実感なんて全く湧いていない。けれど、ルークとモニカさんと同じ姓を名乗れると思うと、何よりも嬉しかった。大好きな二人と、家族になれるのだから。


 元の世界の家族のことを想うと、未だに涙してしまうこともある。それでも、私は自分の選択に後悔はしていない。きっと、これからもすることはないだろう。



 そんなことを考えながら、私は改めて薬指に嵌めた指輪を眺めた。こんなサイズのダイヤなど、一体いくらするのか想像もつかない。考えるだけで恐ろしかった。


「昨日、完成したと連絡があったんですよ」


 そこでやっと、ルークが昨日言っていた「ちょうど良かった」という言葉の意味を理解する。


「こんなダイヤ、よく手に入ったね」

「サラと再会した3日後には、もう発注していましたから」


 その言葉に、私は驚いてルークの顔を見た。彼は当たり前だと言いたげな顔で、微笑んでいる。


「その時から、プロポーズするつもりで……?」

「勿論です。あんな早とちりさえしなければ、好きだと伝えるのもこの時にしようと思っていましたし」


 まさか再会してすぐ、ルークがそんなことを考えていたなんて思いもしなかった。なんという行動力だ。


「いつから私のこと、好きだったの?」

「子供の頃、出会ってすぐです」

「そんなに最初から? じゃあ、私がルークの初恋だね」

「はい。サラは知らないかもしれませんが、ここでは初恋の相手に白い小さな花を贈るんですよ」


 …そう言われて初めて、昔ルークに貰って栞にした花も、白くて小さな可愛らしい花だったことを思い出す。


 あれも一種の告白だったのかと思うと、顔を真っ赤にしていた可愛らしい彼を思い出してまた胸の中が温かくなった。


「素敵な風習だね。私がいた世界では、最初の恋は実らないなんて言われてるんだよ」


 やっぱりそんな迷信当たらないんだなあ、なんて私は呑気に思っていたけれど。ルークが一度、その恋心を過去形にしていたなんて、知る由もない。


「確かに、そうかもしれませんね」

「えっ? だって、」


 だからこそ明日籍を入れるというのに、そんな迷信を肯定するようなことを言う彼を不思議に思ってしまう。


 そんな私の気持ちを見透かすような、ルークの眩しい金色の瞳と視線が絡む。その形のいい唇には、愛しさに満ちた微笑みが浮かんでいた。



「これはきっと、二度目ですから」




fin.

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二度目の異世界、少年だった彼は年上騎士になり溺愛してくる 琴子 @kotokoto25640

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