第58話 ドリーワン・レベル2 最終話

 屋上にドリーはいた。


 ゴスロリの服をその身に纏った彼女は両手を広げ、指をフェンスにをからませて、退屈そうに夜空を見上げていた。


 月は曇に隠れて見えない。


「何を見てるんだ?」


 ぼくは彼女の名を呼んで、顔をこちらに向けた彼女に、銃口を向けた。


「どういうつもり?」


 ドリーがぼくに尋ねる。


「こういうつもりだよ」


 ぼくはその足元に向けて拳銃の引金を引いた。


 銃声が鳴り響き、銃口と彼女の足元から煙が立ち上る。ドリーは微動だにしない。おじけづく様子もなく、まっすぐぼくの顔を見据えていた。


「そんなものでわたしを殺せると思ってるの?」


 その表情からは哀れみが見てとれた。


「殺せるさ。この拳銃は麻衣が夢から持ち帰ったものだからね」


 しかし、ドリーは顔色ひとつ変えることなく、


「お兄ちゃんと取引がしたいの」


 と言った。


「取引だと」


 ぼくは銃口をドリーに向けたまま近付いていく。


「そうよ」 


「その前に答えてもらいたいことがある」


「麻衣を車に突き飛ばしたのは」


 あれはただの事故だった、そう思いたかった。


「わたしよ」


 しかしドリーは最も残酷な真実をぼくに告げる。

 ぼくはドリーのこめかみに銃口を当てた。


「どうしてそんなことをした」


「お兄ちゃんに消えられたら困るからよ。麻衣ちゃんが契機を満了するとは限らないじゃない」


「ぼくはドリーワンを破棄して、麻衣たちがドリーワンを発症した。ぼくはおまえにとってもう用済みの存在じゃないのか」


「必要だから、麻衣ちゃんには一度死んでもらう必要があったの」


 一度死んでもらう?


「脳死状態になるのは誤算だったけどね。麻衣ちゃんに死んでもらうには、ここから突き飛ばすくらいのことしなきゃだめだったかな」


「まるで生き返るみたいな口ぶりだな」


「生き返る方法があるからよ」


 ぼくはドリーのこめかみにあてた拳銃をおろした。


「お兄ちゃんはドリーワンの契機を満了して契約を破棄したけれど、ドリーワンを与えられる資質を秘めた存在だということには変わりはないの」


 ドリーワンは、身勝手で、我が儘で、たとえ自分が悪くてもすべて他人に責任転嫁してしまうような、誰から必要とされていない、人間に与えられる。


 ドリーワンはそういった人間をふるいにかけ、間引き淘汰するために仕組まれたこの世界のプログラムだ。


「だけど、ぼくは変わった」


「変わったつもりになってるだけ。人はそんなに簡単に、ドリーワンを満了したり破棄したりしたくらいで変わることなんてできないわ」


 お兄ちゃんは、麻衣ちゃんのために、麻衣ちゃんにもっと自分のことを好きになってもらうためだけに、学校に行くようになった、ただそれだけ。


「お兄ちゃんはドリーワンを与えられる前と何も変わってなんかないわ」


 ドリーは、ぼくが一番触れられたくない場所に、遠慮なく踏み込んでくる。

 ぼくのすべてはドリーに見透かされているのだ。


 そしてドリーはもう一度、


「お兄ちゃんと取引きがしたいの」


 そう言った。


 ドリーの言う通り、ドリーワンの契機を満了し契約を破棄したところで、ぼくは何も変わってなどいなかった。

 自分で決めたことだったはずなのに、妹のためだと自分に言い聞かせて、いやいや学校に通った。ぼくに害をなす者を頭の中で殺してまでして。富田紘子に至ってはぼくが自殺に追い込んだようなものだ。


 契約を破棄したことだって、ぼくは聞こえのいい理由をドリーに話し、棗と同じ力を手にすることを拒んだけれど、妹にもう一度会いたかった、本当はただそれだけの理由だった。


 ぼくはいつも妹のためにと言い訳をして、妹のせいにして生きる、ずるい人間だ。


 変わらなきゃいけないことはずっと前からわかっていた。だけど、どうすれば変われるのか、ぼくには考えつかなかった。


 ぼくはこれからも妹のためという言葉を免罪符にして生きていくのだろう。

 妹を生き返らせるために、ドリーとの取引きに応じるように。


 ぼくは拳銃をアスファルトの上に置いた。


 ドリーの足元にひざまづく。


 女王のようにドリーはぼくに取引きの内容を告げる。


「お兄ちゃんには棗さんと同じ力を手にしてもらいたいの」


 そう言った。


「お兄ちゃんは一度ドリーワンとの契約を破棄してる。だからもう一度契約してもらわなくちゃいけない」


 また一年、夢を見ない夜に脅え続けて生きろというのだろうか。冗談じゃなかった。


「違うわ」


 しかしドリーがぼくの考えを否定する。


「お兄ちゃんにはこれからドリーワンとは別の力が与えられるの。ドリーワンよりももっと残酷で救いのない力よ」


「妹は本当に生き返るのか」


「麻衣ちゃんだけじゃないわ。宮沢リカも、富田紘子も、お兄ちゃんのことを好きでいてくれる、愛してくれる女の子たちをみんな取り戻すことができるわ」


 ぼくに選択の余地などなかった。何人もドリーワンから逃れることができない。いつかドリーが教えてくれたルールをぼくはかみ締めていた。ぼくもまたドリーワンから逃れることのできない哀れな羊のひとりなのだ。


「取引き、成立だよね」


 答えをわざわざ言葉にして口にする必要はなかった。


 ドリーが差し出した手にぼくはキスをした。





                     to be continued ??

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ドリーワン ~夢を見たとき、その夢からひとつだけ現実世界に持ち帰ることができる。夢を見なかった場合、現実の世界において大切なものを順番にひとつずつ失う。 ~ 雨野 美哉(あめの みかな) @amenomikana

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