第172話 正統安倍一族
「はい、あなたにはこの霊器を貸与します。次の依頼ですが、事前に事務方から詳細な説明を受けてください」
「わかりました……。柊執行部長、突然会社みたいになりましたね 」
「前からこうしたかったんだが、内部の、特に中年、年寄りの抵抗が激しすぎてな。新当主になったらすぐに許可が出て実行できた」
「霊器もありがたいです。以前は怨体の浄化しかしないベテランたちが、見栄を張るために独占してましたからね」
「面目ない。だが、これからの安倍一族は大きくかわるぞ」
「霊器のおかげで、我々若手が多くの除霊ができるようになったのはいいですね」
「本当だよ。働かないベテランたちも、穏便に安倍一族を出て行ってくれて助かった」
広瀬さんが新当主になった安倍一族だが、彼は滅多に顔を出さないと宣言した。
引き続き、私が執行部長として実務を見るが、以前に比べると仕事が楽になった。
色々と改善したかったことが、スムーズにできるからだ。
以前なら、働かないベテランたちや、頑なに変化を嫌う老人たちの反発が強く、さらに私は執行部長でしかなかった。
もし彼らが反発して安倍一族を出て行ってしまったら……という懸念もあり、なかなか実行に移せない改革が多かったのだ。
今は、広瀬さんから『好きにやれ、俺が認める』、『去る者は追わず』と言われていたので自由にやれた。
なんと言っても、あの安倍晴明に勝利した新当主だからな。
ベテランたちとて、下手に逆らうわけにいかない。
そこで、まずは働かないベテランたちから霊器を返却させた。
元々所有権は安倍一族にあり、ろくに除霊しない人たちが優れた霊器など持っていても意味がない。
新当主命令で返却させた霊器は、若手で才能とやる気のある者たちに改めて貸与した。
早速、彼ら若手除霊師たちは大きな成果を出してくれた。
除霊件数が増加し、新当主の評価が上がったのだ。
これで、広瀬さんが外様だという理由で反発する者たちも減るだろう。
格好つけで霊器を借りていたベテランたちは不満なようだが、怨体の浄化には必要ない。
彼らは収入体系が変わったことにも不満があるようだが、週に二~三回怨体の浄化だけして年収二千万円はおかしい。
そこで浄化の回数を増やし、年収は半分にした。
浄化の需要は多いし、浄化も危険な仕事であることに変わりはない。
そのくらいの年収は出すさ。
その代わり頻度は増やしたので、仕事は大分忙しくなったようだが。
死霊王デスリンガーが除霊された影響で、彼らの霊力も増えていた。
週に五日、一日二~三件の浄化くらいできるだけの霊力はあるのだから。
除霊に回った若手の代わりに浄化を頑張ってほしい。
下がった年収に文句を言う人たちも多いが、それなら除霊の仕事が山ほどあると教えたら、みんな黙ってしまった。
死霊王デスリンガー消滅の影響で霊力が上がったのだから、借りていた霊器で除霊をすればよかったのに……。
それができていたら、こんなざまにはなっていないか。
「しかし、ベテランの反発が予想されますね」
「それは新当主も予想していてね。当然手は打ってある」
やる気のない人たちを重要な地位に置かず、去る者は追わない。
私はさらに安倍一族の除霊師の数が減ることを極端に恐れ、大胆な改革案を出せなかった。
新当主は、血筋、家柄しか自慢することがないやる気のない除霊師など辞めてもらって結構とまで言い放った。
「ですが、腐っても除霊師じゃないですか。大丈夫ですかね?」
「大丈夫だ。補充はできるんだ」
除霊師学校の生徒たちが徐々に成長しつつあったので、放課後に除霊師として活動を始めた人も多い。
実は、他の除霊師一族でも争奪戦が始まっていた。
それどころか、死霊王デスリンガーが除霊された余波で霊力に目覚めたのは、大半が日本人だ。
「世界の除霊師一族が、優れた日本の若い除霊師を好待遇で引き抜こうとしているのさ。当然、安倍一族もそれに参戦する」
だから、安倍一族が気に入らないので出て行きたければ、好きにすればいいのだ。
「たとえ才能がなくても、ちゃんと努力している者はクビにしない。除霊師学校に通っている者たちは経験が浅い。安倍一族は長年除霊師として活動しているので、その経験を活かして彼らをフォローする仕事だってあるのだから」
非除霊部門は、なにも投資や商売ばかりしているわけではない。
なにより、岩谷彦摩呂の件で完全にパージしてしまった。
彼らは、『除霊なんて金にならないのに、これまで除霊部門の赤字を補填してきた俺たちを捨てるなんてバカな話だ。お荷物の除霊部門をパージできて、こっちが清々する』などと捨て台詞を吐いて出ていったが、今では倒産寸前にまで追い込まれていた。
それはそうだ。
非除霊師部門が稼げていたのは、安倍一族の除霊の恩恵を受けていたからなのだから。
安倍一族から離れた非除霊部門に便宜を図る者などおらず、彼らはただの怪しげな投資会社になってしまい、すぐに人脈や取引先が細り、あっという間に没落してしまった
残った非除霊師部門でも投資や、不動産管理、美術の取引、製紙業(和紙)などもやっているが、その多くは普通の会社で言うところの事務的な業務であった。
霊力が少ない、ない一族でも、除霊師学校出の除霊師たちをしっかりとサポートしてくれれば、成果に応じた給料を出している。
「中途半端に霊力があって、働かない連中が一番性質が悪い。彼らは……まあ、じきに出て行くだろうな」
「ですが、出て行ったら安倍一族を名乗れなくなるのでは? そこが彼らの一番拘わるところでしょう」
「そんなものは、名乗ってしまった者勝ちな部分もあるのでね。そしてそれを我々が止めることはできないのだよ」
勝手に出て行って、それでも安倍一族を名乗り続けるのか?
柊さんがじきにそうなると予想しているし、除霊師一族の名乗りに商標登録が存在するわけではないからな。
好きに名乗っていいが、安倍一族の名を掲げた以上、それ相応の実力が求められる。
それに応えられなければ、偽物と見なされるだけなのだから。
「新当主。というわけでして、我ら真に安倍一族を憂う者たちは、ここを出て行くことにしました」
「それは長い間ご苦労様でした」
若造が!
少しくらい霊力が多いからといって威張り腐りやがって!
大体、いくら安倍晴明の血を引くとはいえ、余所者を当主にしてしまうなど、もう安倍一族は終わりだ。
今一番脂が乗った我々ベテランの待遇を落とし、その士気を下げてしまうなど愚の骨頂だというのに……。
それに加えて、不満があるのならいつでも出て行ってくれて構わないと言いやがった。
こうなったら、出て行ってやろうじゃないか。
そして我々と同じく、広瀬裕とその腰巾着である柊隆一に不満を持つ者たちを集め、新しい安倍一族『正統安倍一族』を結成し、若造たちに煮え湯を飲ませてやる!
「わかっていると思いますが、安倍一族から借りた霊器は返却してください」
「そちらこそ、 しっかりと退職金を支払ってもらうぞ。もし支払わなければ……」
「そこは、就業規則に従って出しますよ。ところで、これから大丈夫なのですか?」
「ご心配なく」
ふんっ!
若造に心配されるほど落ちぶれてはおらぬ。
そんなわけで、我々四~五十代のベテラン多数と、柊隆一に不満がある熟練の老人たちが纏まって安倍一族から飛び出した。
「幸い、金はあるからな。まずは霊器の購入を急ごう」
我々が本気を出せば、除霊など容易いはず。
ただ、霊器があった方が除霊が捗るので、正統安倍一族に参加した全員がこれまでに蓄えた資産や退職金を用いて優れた霊器を購入した。
金が足りずにローンを組んだ者も多いが、すぐに返せるから問題ないだろう。
「これがあれば、広瀬裕や柊隆一に大きな顔などさせないさ」
「そうだな。すぐに除霊の仕事を受けよう」
「いや、まだ待つんだ。いい策がある」
「いい策とはなんだ?」
「それは……」
策とは、しばらく安倍一族の様子を見ることだ。
「これだけの凄腕除霊師たちが抜けたんだ。安倍一族は岩谷彦摩呂の騒動のあと、ようやく上げつつあった除霊成績を大いに下降させるはずだ」
もしそうなれば、安倍一族は日本除霊師協会のみならず、日本の政財界、上層部の方々からの評価を大きく落とすはず。
「そこで、我ら正統安倍一族が颯爽と除霊をこなすのだ。そうすれば、我らが本物の安倍一族として認められる」
「なるほど、それは実にいい手だ」
「待つのも大切か」
「そういうことだ」
広瀬裕、柊隆一と若造と小娘たち。
我々優秀なベテラン除霊師たちを追い出したことを後悔するがいい!
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