第171話 新当主 広瀬裕

「広瀬君、こうなったら私では治めようがない。好きにしてくれていいから、安倍一族の当主になってくれ」


「そう言われたら、俺は本当に好きにやりますよ?」


「まったく構わない。もうあの連中には愛想が尽きた」


「わかりました。好きにやらせてもらいましょう」




 俺は、安倍一族の当主になることを了承した。

 俺と安倍晴明の戦いを目撃し、俺が勝利したと思ってる能天気な連中は、勝手にこの事実を知り合いの除霊師たちに吹聴し回っている。

 あの安倍晴明に勝利した人物が、安倍一族の新当主になる。

 安倍一族は、これから再び繁栄の時を迎えるのだと。

 今のうちに俺の偉大さを宣伝して媚びを売っておけば、まさか自分たちをリストラなどすまい。

 そう考えての行動であり、心から俺を支持しているわけではない。

 彼らは、安倍一族である自分たちが特別だと思っている。

 俺のような外様が当主になるのは非常事態だからで、本当は若造が当主になるのが堪らなく嫌だが、背に腹は代えられないので仕方なくと言った感じだ。

 もし状況が落ち着いたら、平気で俺を追い出そうとするだろう。


「安倍一族であることしか、自分を誇れるものがないのは辛いの」


「本当ね。うちの生臭も呆れてたわよ」


 沙羅は名門安倍一族の末路を見て、時の流れの無情さを実感していた。

 桜も、安倍一族の働かないおじさん、おばさん除霊師たちに呆れているようだ。


「裕君、どうするの?」


「俺は安倍晴明からも、今、柊さんからも好きにやれって言われてるから、当然好きにやらせてもらうさ」


 当主なったのに、一族の連中に気ばかり使う羽目になるなんて嫌だ。

 俺は好きにやらせてもらう。


「確かに安倍晴明はそう言ってたけど、それって難しくない?」


「柊さんも苦労してましたからね。師匠が安倍晴明を倒したからといって、素直に言うことを聞く人たちには見えません」


 里奈と千代子も心配なようだが、もうやると決めた以上、本当に好きにやらせてもらう。

 もしそれで安倍一族が潰れたとしても、別に俺の懐と心は痛まないのだから。


「別に、俺の言うことなんて聞いてくれなくていいさ。嫌なら出て行ってもらうから」


「広瀬君、穏便に済ませた方が……」


「愛美、それじゃあこれまでとなにも変わらない。安倍晴明が言ってたじゃないか。一度潰す覚悟が必要だって」


「裕ちゃん、穏便にね」


 久美子は、俺がこれから大騒動を起こすことに気がついたようだ。


「もし潰れても、俺はなにも困らないからな。安倍晴明の連中はぬるま湯に浸かってるのが多いから、これからは毎日スリリングな日々を過ごしてもらおう」


「広瀬君……いえ、当主。お手柔らかに 」


 柊さんは、彼らの相手をするのに疲れたようだな。

 清々しい表情を浮かべている。

 このまま徐々に衰退する安倍一族という現実を受け入れるって選択肢もあったんだ。

 だがそれを拒否したのであれば、相応の努力はしてもらわないと。

 そして、それについてこれないのであれば、潔く安倍一族から追い出されてもらおうか。

 俺は安倍一族の立て直しはするが、安倍一族に属する駄目除霊師たちの将来にまで責任まで持てない。 


 明日の安倍一族のため、 ここは大ナタを振るわせてもらうとしよう。




「あっ、安倍一族が竜神会の下部組織だと! そっ、そんなバカなことがあっていいものか!」


「竜神会など、新興の宗教法人ではないか! 歴史ある安倍一族の上に立つ資格などない!」


「それを決めるのは、安倍一族の新当主である俺なんですよ。俺は竜神会の社長でもありますし、今辞めるわけにもいかない。そして安倍一族は、竜神会に借金がある。少なくともそれを返済するまでは、安倍一族よりも竜神会の方が上です。悲しいかな、この世はお金の力が大きいので」


「ふざけるな! 神聖なる除霊と金儲けを一緒にするな!」


「そうだ! 我々は、お金のために除霊をしているわけじゃない!」


「安倍一族として生まれた責務として、世の中のために除霊をしているのだ」


「……」




 安倍晴明から好きにやれと言われたので、好きにやることにした。

 もう遠慮はしないし、安倍一族が竜神会に借金があるのは事実だ。

 これからも執行部長として安倍一族の実務を任せる予定の柊隆一は知っているのに、働かないおじさん、おばさん除霊師たちは知らないって、どれだけ怠けてるのか……。

 大して除霊もしないのに高給を取り、除霊以外の仕事を手伝うわけでもない。

 むしろ、そういう仕事をしている霊力がない一族を見下していた。

 安倍文子が暴走した原因の一つに、彼らのごう慢な態度もあったのだ。


「あなたたちが安倍一族から借りている霊器ですが、岩谷彦摩呂の件で非除霊師部門をパージした影響でローンを組んで購入しているのですよ。知らなかったのですか?」


 じゃあ、非除霊師部門をパージしなければよかったじゃないかって?

 岩谷彦摩呂がやらかしたせいで、もしこれからお荷物になる非除霊師部門を切り離さなかったら、安倍一族は破産するところだったんだ。

 それに、霊器をローンを組んで購入しても、安倍一族の財務状況はそこまで悪くない。

 だが……。


「霊器の貸与対象の変更はあるので、外されたら速やかに霊器を返却してください」


「霊器を返せだと!」


「横暴だ!」


「そうだ!  我らに死ねと言うのか?」


「大げさですね」


 大体、弱い怨体の浄化しかしてないのに、ただ除霊師歴が長いだけで性能のいい霊器を独占するなよ!

 怨体の浄化なんて、安いお札があれば十分だろうに。

 霊器は、お前たちが見栄を張るために存在するわけじゃないんだ。


「あなたたちは弱い怨体の浄化しかしてないし、霊器を持ってるのに、なぜかお札代を安倍一族に請求してますね。俺はそういうのは許さないので。若手でお札だけで悪霊の除霊をしている一族の除霊師がいる状況は看過できません。彼らに霊器を貸与するので、霊器を返却してください。なお、拒否した場合は、然るべき処置を取らせていただきます 」


 お前らに、霊器なんていらない。

 死霊王デスリンガーが倒された影響で、こいつらでも性能がいい霊器を使えるようになったからって、年長者なのを理由に優秀な若手から霊器を奪いやがって!

 しかも、悪霊を除霊していればまだ許せるが、弱い怨体の浄化しかしないのだから。

 そんな危険なことをしなくても年収二千万円超えだから、努力なんてしなくなって当然か。


「霊器は、ローンを払い終わるまでは竜神会の所有物だ。返却しなければ、竜神会の社長として盗難届けを出させてもらう」


「ですが、除霊ができなくなってしまいます!」


「そうです! 安倍一族の除霊数が減ってしまいますよ!」


「除霊?  浄化しかしてないくせに。除霊数は、今あんたたちが独占している霊器をやる気のある若手に渡すだけで増やせるさ。で、窃盗で捕まりたいのか?」


「……」


 俺が強く言ったら、いい年をしたおじさん、おばさんたちが黙り込んでしまった


「あと、安倍一族は竜神会の下部組織になったので、就業規則も変わりました。嫌なら、いつでも独立したり、第二の人生を歩んでもらって問題ありませんから」


 週三~四回、弱い怨体の浄化をするだけで年収二千万円超えって……。

 俺と久美子が、五千円のお札か、一万円のお札を使うかで悩んでいたのって、いったいなんだったんだろう?


「どの金額のお札を使うかで悩んでいたのは、裕ちゃんだけどね」


「……まあその話は置いといて」


 大体、安倍一族は除霊師不足だったはずなのに、働かない除霊師たちがいることが驚きだ。


「柊さん、なんとかならなかったんですか?」


「安倍一族も会社組織化していたから、働かないという理由で、正社員扱いの除霊師は切れなくてね……」


「別に、竜神会もクビにはしませんよ」


 さすがに収入は半減するけど。

 怨体の浄化も数が依頼が多くて人手は必要だから、引き続き彼らに任せればいい。

 ただ、これまでのような給料や、高性能な霊器の貸与はしないだけだ。


「やる気がある除霊師は、あえてフリーランスを選ぶ人が多いけど、頑張ってみるのも手ですよ。除霊すれば、霊力も上がりますから」


 怨体の浄化だけでは、霊力はなかなか成長しない。

 それに、これまでぬるま湯に浸かっていた彼らでは難しいか。


「とにかく、俺が新しい安倍一族の当主になった以上、好きにやらせていただきますので。悪しからず」


 俺は、働かないおじさん、おばさん除霊師たちから貸与した霊器を取り上げた。

 彼らは不満そうな顔を浮かべていたけど、元々ちゃんと除霊しない人たちが悪いのだ。

 諦めて怨体の浄化に専念するか、心機一転除霊を頑張ってくれてもいいのだけど……無理だな。

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