第170話 安倍晴明との決着
「実際に刀を交えて理解した。私が七十年以上の人生と、死後千年以上の時を経て辿り着いた境地に、二十歳に満たない若者が到達しているどころか、それ以上の実力を持っているのだと」
「いや、全然あんたに勝てる気がしないけど……」
「こちらは、君の攻撃を防ぐので精一杯でね。余裕がないのだよ」
とは言うが、安倍晴明はこれまでに戦ったどの敵よりも強かった。
霊力では、復活した死霊王デスリンガーに負けるが、体の大きさが人間サイズなので、小回りが利いて動きが早い。
なかなか攻撃が当たらないし、霊力の集中が早い。
全力で神刀ヤクモで斬りつけても、素早く効率的に、自分の神刀に必要な霊力を集めて防いでしまう。
これは、高城弥之助よりも戦い慣れているようだな。
安倍晴明は、あの世でも己を鍛えていたのか。
悪霊になるタイプには見えないが、まさか神になっていたとは……。
「大往生した私は、そのまま輪廻転生の輪に入るものと思っていた。特にやり残したこともないので未練もなかったのだよ」
安倍晴明は、陰陽師としても除霊師としても歴史に名を残す功績をあげているから、殊更現世に未練はなかったのか。
悪霊にならないのであれば、あとは天国でしばらく過ごして、輪廻転生の輪に入るだけだった。
「ところが、私の子孫たちは……」
死んだはずの安倍晴明に縋った。
彼を始祖として神聖視し、千年以上も祀り、その功績を大げさに世間に宣伝した。
その結果、今でも安倍晴明の人気は高い。
「だから、あんたは神になってしまったのか……」
「恨みはないが、煩わしくはある。だから私は、今回だけ子孫たちに介入しようと思った。運良く君が呼び出してくれたからな」
こんなことなら、安倍晴明を呼び出さなければよかったかも。
「落ちぶれて足掻く安倍一族など、これ以上続いても、無意味どころか世間に迷惑なだけだ。続ける条件は、安倍一族を一から組み直すこと」
「俺という異物が安倍一族を一度徹底的に破壊し、新しく作り直すのか……」
「そうだ。ここにいる子孫たちの多くは、安倍一族が永遠に続くことを願っている。だが、今のままでは続かない。新しい安倍一族を作り出さねばならず、それには痛みが生じる。まるで一から安倍一族を作り出すようにだ」
能力のない一族をパージし、外から新しい血を入れる。
だが、働かないおじさん、おばさん除霊師たちには受け入れられない条件だ。
なぜなら、彼らは自分たちが今のままかそれ以上の待遇を得つつも安倍一族が続くという、非常に都合がいい未来しか想像していないからだ。
そんな都合のいい未来はないけど、彼らは決してそれを認めない。
「だから、君に安倍一族をやろう」
「いらないよなぁ……」
「まあ、私が同じ立場でもいらないがね」
安倍晴明も、今の安倍一族は不良債権だと思っているんだな。
じゃあ、俺に押し付けるなよと思うが、これまでずっと子孫たちに呆れていたんだろうな。
「私に勝利したという、この場にいる誰もがわかる力を証明して、安倍一族を手に入れるがいい!」
「くっ!」
安倍晴明の斬撃がさらに強まった。
俺もそれに対抗せざるを得ないが、次第に違和感を覚えるようになった。
確かに彼は神に相応しい強さなのだが、それが真実ではないような気がする。
もしかすると、彼は俺に勝てないのではないかと。
「……(安倍晴明は強い……強いよな?)」
強いのは事実なのだが、なにかがおかしい。
安倍晴明に勝てるのかと言われれば、勝てそうだが、安倍晴明に勝利してしまったら、なにか俺にとってよくないことが起こるような気が……。
これは勘の類だが、除霊師はそういうものを大切にしないと。
「っ! 段々と攻撃が強くなってく。さすがだ」
「……(このままだと、安倍晴明の思惑どおりに進みそうな気がしてならない)」
大量の霊力を用いて攻撃する俺と、可能な限り霊力を節約しながら防戦し、たまにフェイントで攻撃してくる安倍晴明。
一見、両者の戦いは互角に見える。
だが、このまま戦いが推移すれば、俺は霊力の多さで安倍晴明を押し切るだろう。
段々と結末が見えてきた。
俺の予想どおりの結果で終われば、久美子たちや、柊隆一、倉橋恭也、安倍水穂、はともかく、残りのおじさん、おばさん除霊師たちは、俺が新当主に決まったと認識する。
もしそうなったら、自分たちがリストラされないよう、またおかしな動きを始めるが、俺はそんな彼らをどうするか選択を迫られる。
このコスパの悪い連中を、竜神会の持ち出しで養い続けるか、それともリストラするか。
どちらを選んでも、俺がお金を損するか、リストラした一族の除霊師たちに嫌われるかだ。
負けても安倍晴明は損をせず、というか彼は、俺に負けるのが前提だろう。
今さら安倍晴明が俺に勝ったところで利はなく、そもそも俺と一対一で戦うメリットがないと思っていたら……彼の策が理解できた。
「(困ったなぁ……)」
「(裕ちゃん!)」
どうしようか悩みながらも戦い続けていると、久美子の視線を感じた。
レベルアップの影響もあるが、知り合いの視線を感じ分けられるなんて、俺も段々と神様じみてきたのかも。
見ると彼女は静かに頷いており、どうやら俺の悩みを察してくれたようだ。
その直後、久美子はそっと自分の体から放出した霊力を地面に這わせ、俺……にでなく、安倍晴明に補充した。
「っ!」
「さすがは安倍晴明だ。これは負けるだろうな!」
「そうだよな。やっぱり、安倍晴明は偉大なんだよ」
「いくら広瀬裕でも、安倍晴明には勝てないよな」
「安倍晴明万歳!」
久美子から強制的に霊力を補充され、さらに凄みを増した安倍晴明を見て、働かないおじさん、おばさん除霊師たちが喜びの声をあげた。
彼らからすると、俺の勝利は安倍一族大改革のスタートだ。
そしてそれは、自分たちがリストラされる可能性を意味するから、俺に負けてほしい。
ついさっきまでは、俺に安倍一族の新当主になってほしいと迫っていたのに、安倍晴明の言葉を聞いた途端、俺が負け、これまでどおりの安倍一族でいてほしいと願う。
都合がいいなんてものじゃないな。
「またか!」
久美子が、安倍晴明に対し二度目の霊力補充をおこなった。
どうやら、みんなからも霊力を集めているようだ。
可能な限り安倍晴明に霊力を補充し続け、俺が負けるようにする。
実に上手い手だ。
残念ながら、働かないおじさん、おばさん除霊師たちの中に、久美子の霊力補充を見破れる者はいなかった。
なにより、安倍晴明が不利になる細工ではなく、逆に有利になる細工なので、安倍晴明もズルとは言いにくい。
なぜなら、 久美子の霊力補充に気がつかない働かないおじさん、おばさん除霊師たちには信じてもらえないからだ。
「(負けるために策を弄すのか!)」
「(だって、安倍一族なんていらないもの)」
もし竜神会の規模を広げたければ、今除霊師学校に通っている生徒の中で優秀な人たちを雇えばいいのだから。
プライドばかり高く、努力もしない安倍一族の除霊師たちなんていらない。
「(いつの世でも、新卒は人気があるものだ)」
そして、働かないおじさん、おばさんはリストラに怯える。
残念ながら、これが世界の現実だ。
「(甘い甘い。どうして俺が、安倍一族の建て直しなんてしないといけないんだ。無様に滅ぶのが嫌なんて、それこそ贅沢だろうに)」
歴史上で大繁栄を誇った国家、組織、会社は、無様に滅ぶケースが大半だった。
美しく滅ぶ、綺麗に終わるなどまずあり得ないのだから。
「(正論だが、子孫たちの死を見たくないのも事実だ)」
「(言って聞かない連中に、俺が嫌われてまでリストラする意味ってあるか? もしくは、この無様な安倍一族を俺が養えと? 嫌だね)」
次々と神刀ヤクモで斬撃を繰り返すが、安倍晴明の受けが強くなってきた。
久美子が強制的に霊力を補充しているからだ。
そして、霊力補充が可能な安倍晴明が、悪霊ではない証拠でもあった。
「……」
「(おっと、わざと負けようなんて思うなよ)」
もし安倍晴明がそうしようとしても、 俺が必ず阻止してやる。
しかしまぁ、相手が負けようとするのを阻止する戦いってのも変だな。
そして、やはりさすがは安倍晴明。
俺がわざと負けようとしても、それを巧みに阻止してしまう。
人間である俺は、安倍晴明の攻撃を体に受けると、霊体に二度と回復しないダメージを受けてしまう。
そうならないよう、微妙に負けるのがとにかく難しい。
安倍晴明もそれを見抜いており、絶対に阻止してくるからだ。
正直なところ、俺と安倍晴明との戦いは、 傍から見たらわけのわからない状態になっていた。
「はぁーーー! 『フル霊力バーストアタック』!」
当たるわけがない大技を放ち、霊力切れで負けたように見せかける作戦だ。
彼なら余裕で回避できるはずの『フル霊力バーストアタック』にわざと命中して負ける可能性があったので、 途中で軌道を変えてわざと命中しないようにした。
「クソッ! 俺の渾身の必殺技が避けられてしまった! このままでは霊力が尽きてしまう……」
わざと口に出し、自分が大ピンチであることをアピールする。
当然、霊力の回復なんて絶対にしない。
続けて、霊力が尽きかけ、このままでは安倍晴明に勝てないと、焦りながら攻撃をする様を見せつける。
勿論それは芝居で、このまま順調に推移すれば、俺が霊力切れで負けるだろう……と思ったら……。
「っ!」
鍔迫り合いをしていたら、俺の体に霊力が流れ込んできた。
安倍晴明が、久美子から補充された霊力を俺に押し付けたのだ。
「(まさか、そんなことができるなんて……当たり前か)」
安倍晴明は千年以上もあの世で修行して、神に近い力を得ているのだから。
悪霊ではないので、俺に霊力を送り込むことは可能であった。
「(いるか! 返す!)」
俺は、自分の霊力を再び安倍晴明に押し付けた。
「(このまま霊力切れになって気絶してしまおう)」
安倍晴明の神刀で斬られると、霊体に修復不可能なダメージを受けてしまうので、この方法で負けるのが一番安全だ。
「(俺の残りの霊力すべてを、安倍晴明に押し付ける! なんと!)」
ところが向こうも同じことを考えていたようで、こちらに霊力を押し付けてきた。
互いに霊力を押し付け合うが、神刀で鍔迫り合いも続けているので、見た目には普通に戦っているようにしか見えないだろう。
「(私は、霊力が尽きたらあの世に戻らざるを得ないのでね。つまり、君の勝ちだよ)」
「(させるか!)」
霊力を押し付け合い、お互いに自分が負けようとする変な勝負が続く。
「はぁーーー! 『霊波砲(れいはほう)』!」
鍔迫り合いを解いた直後、神刀ヤクモから大量の霊力を用いた霊力砲を放った。
当然安倍晴明に当たらないよう、軌道を弄っている。
まったく見当違いの方向に撃たず、安倍晴明が事前にそれを察知して当たらないようにしていた、という風に見せかけるのがポイントだ。
安倍晴明がそれにわざと当たって負ける可能性もあるので、『霊波砲』の軌道設定は難しかった。
だが、これで俺の霊力は尽き、このまま意識を失って勝利……と思ったら……。
「(回復してるじゃないか!)」
さすがは神になった男。
久美子と同じく地面を経由して、自分の霊力を俺に補充しやがった。
これでは意識を失うことができない。
「むむむっ!」
もうこうなったら、すべての霊力を安倍晴明に押し付け、俺は気絶するしかない。
というか、この方法を用いないと、安倍晴明はわざと霊力切れになってあの世に強制帰還しようとするはずだ。
この方法だと、ビジュアル的に俺が勝利したことがわかりにくい。
神となった安倍晴明なら、俺に除霊されても霊体に回復不能ダメージを受けないはずなので、神刀ヤクモで斬られたり、霊力攻撃を食らって消滅したかったはず。
なぜなら、わかりやすく彼が負けたことをアピールできるからだ。
でも無理そうなので、自分が霊力切れで自滅する戦法を選んだな。
久美子と俺が霊力補充を続けているので、絶対にそれはさせないけど。
「(神様が負けると、評判が落ちるでしょうに……)」
「(そんな評判などどうでもいい。君が勝利を掴みたまえ)」
「(別にいらないけど)」
「(若い者が遠慮するものじゃない)」
「(遠慮じゃなくて、本当にいらないんだよ!)」
俺は、安倍一族当主の座になんの未練もないのだから。
「霊力が……意識が……(俺の霊力を全部、安倍晴明に押し込んでやる!)」
「霊力がなくなると、私はあの世に戻らなければならない。その時は近い!(私の霊力を全部、君に押し付けてやる! これで君の勝利だ!)」
さらに、勝負はわけがわからなくなってきた。
どちらがすべての霊力を失ってこの勝負に負けるかという、奇妙な方向に走り出したからだ。
互いに神刀で斬り結び、霊力を用いた攻撃に見せかけた霊力の押し付け合いを続けると、徐々に双方の霊力に限界が出てきた。
「……はぁ……はぁ……(久美子? もう限界か)」
久美子は、涼子たちの霊力まで集めて安倍晴明に押し付けていたが、もう限界であった。
霊力が切れる寸前で、その場にへたり込んでいる。
安倍晴明の負け逃げをここまで防いでくれて感謝しかないが、もう彼女には頼れない。
なお、倉橋恭也、安倍水穂、柊隆一は、霊力が尽きてへたり込んでいる久美子たちを不思議そうに見ていた。
他の安倍一族の働かないおじさん、おばさん除霊師たちも同じだ。
俺たちと安倍晴明が密かに行っている、霊力の強制補充と押し付け合いが察知できていないのだ。
「広瀬裕、私の子孫たちは嘆かわしい限りだろう?」
「さあね。自分の子孫たちなんだから、これからは枕元にでも立って教えてやったらどうだ? あの三人なら、すぐに理解できるだろう」
「あの三人はね。だけど世の中には、教えても無駄な人たちというのはいるのだよ。……もうすぐ決着だな」
安倍一族の働かないおじさん、おばさん除霊師たちのことか……。
双方の残り霊力が少ない。
どちらが負けるか……お互い負けこそが勝利だけど……次の一手で決まる。
俺も安倍晴明も、残りすべての霊力を相手に押し付けようと放出した。
二つの霊力の玉が、ちょうど二人の中間地点でぶつかり合う。
「うぬぬっ! いけぇーーー!」
「食らえ! 広瀬裕!」
久美子たち以外には、霊力の玉が攻撃的なものにしか見えていないが、これを食らうと霊力が回復してしまう。
必ずや、安倍晴明に押し付けなければ。
気合を入れて霊力の玉を押しやるが、向こうも負けてはいない。
しばらく押し合いへし合いの状態が続いたが、ここで戦況が大きく動いた。
突然、安倍晴明が立っている場所近くの土中から黒い霊力の玉が飛び出し、それが彼に命中した。
霊体にダメージを受ける攻撃性のある霊力の玉であり、あまりに安倍晴明の近くから飛び出したので、俺は対処できなかった。
この一撃で、安倍晴明の霊力は完全に尽き、俺の勝利(負け)が決まってしまう。
「やってくれたな……(してやられた!)」
「(初手で仕込んでおいたのでね)よもや、あのような場所に霊力の玉を仕込んでおき、私の隙を突いて攻撃するとはな……」
すべての霊力を失い、すでにその身が透明になっている安倍晴明がわざと苦悶の表情を浮かべつつ、俺の戦術の巧みさを褒めていた。
「私の負けだ……」
「(この野郎……)」
なんのことはない。
黒い霊力の玉は、安倍晴明が最初に地面に仕込んでおいたものだ。
俺の巧みな攻撃に見せかけて、自分で自分を攻撃するとは思わなかった。
なにより安倍晴明の凄いところは、戦いの最初に黒い霊力の玉を地面に潜ませておき、それをあの戦いの中でずっと維持したことだ。
そして、最後の最後で自分を攻撃して負けた。
安倍晴明は最初から自分が負けようとしていたから、これは俺の完全な敗北だ。
「よくぞこの安倍晴明を倒した。広瀬裕、安倍一族の次の当主は君だ」
「絶対に嫌だ!」
「別に、無理に名前を変える必要などあるまい。新しい安倍一族の当主として、好きにやって構わないぞ。初代安倍晴明がそれを認めよう。では、サラバだ!」
そう言い残すと、安倍晴明は完全に消滅してしまった。
勿論除霊されたわけではなく、あの世へと戻っただけであろう。
「くそっ!」
「裕ちゃん、どうするの?」
「どうするもこうするも、俺は安倍一族の当主になんて……」
断るに決まっている、と言おうとしたら……。
「安倍晴明が指名した人なら仕方がないのか……」
「そうだな。安倍晴明が指名したからな」
「従うしかあるまい……だが、 今の待遇が悪くなるのは認められない。労使交渉を始めるぞ!」
「そうだな! 団体で交渉して新当主の下でも……まあ、我々が広瀬裕を支持すれば、まさかリストラなどすまい」
「若い当主は、我々ベテランが支えなければな」
「……」
安倍晴明に謀られて、この千年間で不良債権化した安倍一族を押し付けられてしまった。
さて、これからどうしたものやら。
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