第169話 広瀬裕VS安倍晴明

「裕ちゃん、招魂の儀に使う祭壇を組み終わったよ……って、寒くない?」


「それほどでもないかな。今はまだ秋だから」




 安倍晴明の霊を呼び出す召魂の儀のため、俺は滝に打たれ、久美子たちは祭壇を組む作業を終えた。

 どうして俺が、滝に打たれないと駄目なのか?

 その理由はよくわからないが、とにかく招魂の儀の前にこれをやらないと成功しないからだ。

 季節は秋になったが、レベルアップの影響か、向こうの世界で水浴びに慣れているせいか、さほど寒くはない。

 久美子たちも、色々と細かい決まりがある召魂用の祭壇をテキパキと組み上げてくれた。


「偉大なる安倍晴明様を直に拝めるとは!」


「誰が新当主に指名されるかな?」


「見当もつかないが、我々は新当主に従えばいいのだから、大した問題じゃない」


「……」


「裕君、大きな組織なり会社って、こんな人も混じるのよ」


 そりゃあ、安倍一族も衰退するよな。

 むしろ、よくこれまで保ったと思う。

 俺に新当主になれと迫ったくせに、安倍晴明に新当主を尋ねられると知ったら、指名された人に従うと言いきるのだから。

 彼らには自分の意見などなく、ただ安倍一族内で安定した待遇を得たいだけなのだ。

 役所や会社ならまだ許せるが、除霊師がこれでは話にならない。

 せっかく霊力があるのに、これまで大した努力もせず、ただ安倍一族にぶら下がってきた、働かない除霊師たちの末路だ。

 さて、そんな彼らに対し、安倍晴明はどんな言葉をかけるのかね?

 自分のイメージを守るため、あえてなにも言わないか、綺麗事で済ますかもしれないけど。

 安倍晴明くらいになると、いい人のフリをした方が利益が大きいからな。


「すまない、広瀬君。遅れた」


「招魂の術を行うと聞いたが、広瀬はそんなこともできるのか?」


「涼子姉さん、広瀬さんが次の当主になるのですか?」


「まさか。安倍晴明が裕君を選ぶわけがないもの」


「でも、一番相応しい気がします」


 まずないと思うが、もし指名されたとしても俺は断るけどな。

 俺は竜神会のトップだし、安倍の姓を名乗るつもりもない。

 安倍家の当主になると、わざわざ苗字を改姓しないといけないらしいから。


「とにかく、そろそろ始めよう」


 柊隆一、倉橋恭也、安倍水穂も来たので、早速招魂の儀を始める。

 久美子たちが組んでくれた祭壇に、自作した特別な三角錐の水晶柱を左右に二本、お神酒、塩、招魂の儀用の特殊なお札を置き、俺は目を瞑むり、お辞儀をしながら大麻(おおぬさ)を左右に振る。

 しばらくそれを続けていると、まだ昼間なのに突然空が暗くなり、快晴だった空に雲が大量に発生する。

 そして上空の雲が割れると、そこから一人の人間……いや、霊が地上に向けてゆっくりと降りてきた。

 貴族が着る正装に身を包んだ七十歳すぎと思われる白髪の老人で、間違いなく安倍晴明だと思われる。

 見た感じ、死ぬ直前の姿格好のようだ。


「大した準備もせずにこの私をあの世から呼び出すとは。さすがは私の血を一番受け継いだ子孫だな」


「やはり、広瀬君は安倍晴明の子孫なのか……」


「血が薄い子孫か。まあ、しっかりと努力を重ねているようだからなにも言うまい」


 安倍晴明は俺に対し、自分の血を一番継いだ子孫だと言った。

 柊さんに関しては、血は薄いが、しっかりと努力を重ねているとは評価している。

 大分上から目線だけど、有名人だし、除霊師の大先輩だから仕方がない部分があるのかも。


「他にも……優れた力を持つ子孫たちが……お嬢さんは、土御門の家の者か。しかし、安倍一族の血も少し受け継いでいるようだな」


 安倍晴明は、久美子たちも安倍一族の血を引いていると断言した。

 安倍晴明が死んでから、千年以上も経っている。

 厳密に探ればその子孫は多数いると思われるので、実は血筋なんて気にしても仕方がないような気がしてきた。

 ただ彼は、沙羅を見て一発で土御門家の者だとわかったので、実力者であることは認めないと。


「我らの偉大な開祖、安倍晴明よ。一つ聞きたいことがある」


「答えられることなら答えよう」


「今の安倍一族の状況をご存じとは思うが……」


「自滅と呼ぶにふさわしい状態だな。このままではあと十年保てば大したものだと思うが」


「なんだって! 安倍一族が滅ぶだと?」


「そっ、そんなわけがない! 安倍一族はこれからも未来永劫続いていくはずだ!」


「いくら偉大なる先祖でも、それは間違っている!」


「…… はっきり言わないとわからないのか? お主たちのような、ろくに除霊もしない連中が一族面するから、安倍一族は駄目になったのだ。古来より、唐天竺の国々ですら興亡を繰り返してきた。安倍一族が永遠だと思う方がおかしい。私が努力をしたおかげで大分保ったではないか。諦めが肝心だと思うが」


「「「……」」」


 安倍晴明から、安倍一族を駄目にする害虫扱いされた働かない除霊師たちはショックを受けたのか、うなだれてしまった。

 さらに、安倍一族は千年以上も続いたので、もう滅んでも仕方がないとまで言われてしまい、さらに落ち込んでしまう。


「悲しんでる暇があったら、一体でも多くの悪霊を除霊するのだな。それで、聞きたいこととは?」


「安倍一族の次の当主を誰にするかです」


 安倍晴明は、自分の軟弱な子孫たちに塩対応をした。

 さらに、『安倍一族は千年以上も続いたのだ。もう滅んでも仕方ないのでは?』とまで言い切った。

 彼がそこまで言うということは、新しい当主を指名しないかもしれない。

 安倍一族が滅んでも仕方がないと、ハッキリと言い切ったのだから。


「安倍一族の新当主か……ひろせ……」


「ご苦労様でした。当主に相応しい人はいないですね。『ターン』」


「ぬぉーーー!」


 安倍晴明がなにやらとんでもないことを言おうとしたので、俺は急ぎ昇天の術で彼を天に返した。


「広瀬君、今、安倍晴明は広瀬君を指名しようとしていなかったかな?」


「気のせいではないでしょうか」


 俺にはできないし、働かない除霊師のオジサン、オバサンの面倒を死ぬまで見続けるほど慈善家ではない。

 俺は竜神会の当主、社長で、久美子たちに責任のある立場なのだから。


「柊さんって言おうとしたのかも」


「じゃあ、途中で天に戻さなければよかったのに……」


 倉橋恭也め、正論を……。

 とにかく、 俺はどんな手を使っても安倍一族の当主就任を阻止してやる。


「こらぁーーー! まだ私が返答する前に天に戻すな!」


「ちっ!」


 それにしても、さすがは安倍晴明。

 俺の『ターン』を打ち破り、再び地上に下りてきたのだから。


「私は忖度することなく、安倍一族の当主に相応しい人物の名前をあげるのみだ。それをお主たちが受け入れるかどうかはまた別の話なのだから。安倍一族の新当主に一番相応しいのは、ひろ……」


「『ターン』」


「だからぁーーー! 私が答える前にぃーーー!」


 再び安倍晴明が俺の名前を言おうとしたので、つい『ターン』を使って天に返してしまった。

 これまで安倍晴明とその子孫たちの尻拭いで忙しかったので、つい意地悪をしてしまうのだ。


「……広瀬、安倍晴明は広瀬って言ってなかったか?」


「そうかな? 『柊』って言ってなかったか?」


「……ひろ、まで聞こえた」


 倉橋恭也!

 そこは適当に誤魔化せばいいものを!

 どうやら、自分が選ばれることはないことがわかったからって!


「だから、話が進まないだろうが! 誰が安倍家の当主にふさわしいかと聞かれたら、それは広瀬裕と答えるに決まっている。それを実行するかどうかは、生きてる人間たちで考えてくれ」


 またすぐに天から戻ってきた安倍晴明が、ついに俺が安倍一族の当主に相応しいと断言した。

 働かないオジサン、オバサンたちが目を輝かせているが、俺は知らん!


「裕ちゃんが、安倍一族の当主に一番相応しいんですか?」


「当たり前だろう。私の血を濃く受け継ぎ、霊力も圧倒しているのだから。除霊に詳しければ、誰でも広瀬裕を指名するはずだ。次の候補だが、お嬢さんもそうだな。そもそも、ここには当主が務まる除霊師が多いではないか」


 安倍晴明は、俺の次の当主候補として、久美子、涼子、里奈、 桜、千代子、沙羅、愛実、倉橋恭也、安倍水穂、柊隆一を指さした。


「多くないですか?」


「この時代の除霊師たちは実力がイマイチな者たちが多いが、今、名前をあげた者たちは、霊力に優れておる。今指さした者たちなら誰にでも務まるのだから、好きに決めればいい。すでに死んでいる私がその決定に文句を言うことなどない。大体、私が一日でも長く安倍一族が繁栄するように努力を重ねたというのに、直系を自称する子孫たちにはバカが揃ってるのだ。今は安倍一族の人間ではなくても、私の血を継いで霊力に優れているのなら、その実力を認めて新当主就任を祝えばいいものを……。だから、安倍一族などなくなっても仕方がないと思っているのだ」


 安倍晴明は、このところの子孫たちによる不祥事のせいで、もう安倍一族など滅んでもいいと思っているのか……。


「子孫なので滅びよとまでは思わぬが、別にもう安倍一族が日本一の除霊師一族でなくても構うまい。除霊師としての実力がないのに、無理に日本一を保とうとすると粗が出るどころか、自分も、周囲の人たちも不幸になるだけだ。実際、私が命がけで作った悪のダイダラボッチの封印を己の欲望のために解いたバカたちは子孫だったのだから。私が生きていた頃、私のやり方を批判する者たちは多かった。それでも私の名前が後世にまで伝えられたのは、自分なりに懸命に陰陽師と除霊師の仕事をしたからだ。そこの連中、無駄に年ばかり取って、ちゃんと除霊もしておらぬようだな。私が当主なら、お前たちのような穀潰しは追放していたぞ」


さすがというか、俺は安倍晴明の性格は決してよくないと思っていたが、まさか自分の駄目な子孫たちを平気で切り捨てるとは。

仕事はできたみたいなので、歴史に名前を残したのだろうけど。

そういえば彼は、自分の子供すら殺した男だからな。


「じゃあ、柊さんが新しい当主でいいかな」


「そうだよね。霊力もあるんだから」


「まあそうだな」


 俺と久美子の考えを、安倍晴明は否定しなかった。


「ですが、晴明様は広瀬裕が一番安倍家の当主に相応しいと考えているのでしょう? それならねぇ……」


「えへへっ、私たちは広瀬さんの新当主就任を心から支持しますから」


 安倍晴明にまで穀潰し扱いされたオジサン、オバサン除霊師たちは、猫なで声で俺に媚を売り始めた。

 もし柊さんが新当主になれば、彼らはリストラされるか、今よりも待遇が悪くなるはず。

 そこで、俺を支持して与党になり、その恩恵に与ろうというわけか……。

 性格はともかく、除霊師としては優れている安倍晴明から見たら、彼らはなさけない子孫というわけだ。


「だが、どうやら埒が明かぬようだな。では、こうしよう。私の『分身体』を置いていく。それを倒した者が好きにやればいい。私の分身体に勝利できた者が、安倍一族の当主になって好きにやるもよし、安倍一族を終わらせてもよし。千年以上も昔に死んだ私に、誰が新当主に相応しいか聞くよりも建設的ではないか。除霊師とは、グダグダ言わずに悪霊を除霊できる者が偉いのだ。無料働きでは嫌だろうから、私の分身体を倒した者には、いまだ未発見の財宝を与えようではないか。では、私は忙しいのでこれで」


 言いたいことを全部言ったのか、安倍晴明はそのまま天へと昇ってしまった。

 と思ったら、そこに安倍晴明と同じ正装姿の若者が立っていた。

 黒く艶やかな髪を肩まで伸ばしている、二十歳前後のイケメン。

 よく見ると、爺さんだった安倍晴明によく似ているような……。

 もしや分身体とは、安倍晴明が若く、一番体が動く頃の自分を再現しているのか?

 しかし安倍晴明のみならず、除霊師の霊力は老齢の方が多いはず。

 どうして、わざわざ分身体を若くしたのか……。


「というか、安倍晴明って結構自分勝手だな」


「確かに……」


 俺も、倉橋恭也と同じ意見だ。

 勝手に呼び出した非がこちらにあるにしても、自分の分身体を倒した者が好きにしろと言い放ち、そのままあの世に戻ってしまったのだから。


「広瀬君?」


「俺はその手には引っかかりませんよ。アレは、安倍晴明の容姿や強さをコピーした人工悪霊みたいなものだと思います。柊さんが倒して、安倍一族の当主を名乗ればいいと思います」


 その方が、俺も面倒がなくていい。

 安倍晴明の隠し財宝。

 興味はあるが、俺は今さらいらないしな。


「そっ! そんな! 広瀬さんが倒して安倍一族の新当主になりましょうよ」


「柊隆一は、新当主に相応しくない!」


「そうだ! 実力もないし、年上に対する敬意が足りない!」


「(知らんがな)」


 それはあんたたちが、年上として敬意を払われるような行動を取っていなかっただけだろうに……。

 霊力測定器で探ってみると、みんな100を超えているのに、どうしてちゃんと除霊しないのかね?

 ちなみに、安倍晴明の分身体の霊力は5000だった。

 この世界での5000はとてつもないが、俺たちや、柊隆一さん、倉橋恭也、安倍水穂には及ばない。

 だから安倍一族の当主は、その中の人間なら誰でもいいと、安倍晴明は言っていたのか。

 柊さんによると、働かないオジサン、オバサン除霊師たちは、もし危険なことをして死ぬと今の生活がなくなってしまうから、弱い怨体の浄化しかしないのだそうだ。

 そして、それだけで年収二千万円以上らしい。

 安倍一族の除霊師の数を保つためとはいえ、よくこんな人たちを長年高待遇で雇い続けたものだ。

 それは、柊さんも頭にくるはずだ。

 今の安倍一族は、決して資金が豊富というわけでもないのに。


「そこまで言うのなら、そなたらが倒せばいいのでは? 倒せば新当主として、好きに安倍一族を差配できるぞ」


 沙羅も意地の悪い発言を。

 この人たちにそれほどの実力とやる気があるのなら、今の安倍一族はこうなっていないはず。


「かかってこないのであれば、こちらから参ろう。さて、私と普通に戦える除霊師はいるのかな? 『縛霊不動陣(ばくれいふどうじん)』!」


「裕ちゃん!」


「これは……どうして?」


 突然、体の芯からこれまでに感じたことがない寒気を感じた。

 大幅にパワーアップした死霊王デスリンガーと対峙しても、ここまでのヤバさは感じなかったというのに……。


「裕ちゃん……体が地面に縛り付けられたように動かないよ」


「裕君、私も駄目」


 この前、 俺と一緒に大幅にレベルアップしたはずの久美子と涼子ですら動けなくなってしまったのか。

 この安倍晴明の分身体は、なにかがおかしい。


「なんなの、この寒気は……。裕、これでは歌うこともできないわ……」


「師匠、 すみません」


「駄目ね。 動けないばかりでなく、体の震えが止まらなくて、弓を持つことすらできない……」


「妾と愛実も駄目なようじゃ。夫君よ、そいつは本当に安倍晴明なのか? 人間の霊の分身体とは思えない威圧感を感じる……。すまぬ、動けぬ……」


「広瀬君、私も動けません」


 里奈、千代子、桜、沙羅、愛実も、その場に縛り付けられたように動けず、身体を襲う寒気に争うので精一杯のようだ。


「やはり、棚ぼたで霊力が増えたぐらいでは……」


「涼子姉さんでも動けないから、私も無理みたいです。寒い……」


「広瀬君、どうやら私は戦いに参加することもできないようだ」


 倉橋恭也、安倍水穂、柊隆一も駄目か。

 他の、安倍一族の人たちは……確認するまでもないな。

 全員が硬直したように動かない。

 普段ろくに除霊をしていないんだから、これほど強い霊圧に晒されたら、体が動かなくなるに決まっている。

 逆に、よく死ななかったと褒めてやりたいぐらいだ。


「やはり、一人だけしか生き残らなかったか……」


「あんた、本物の安倍晴明の霊だな。それで、さっき天に戻った老人の安倍晴明の方が分身体なんだろう? それにしても、霊力を隠せるとは……。すでに神と化している安倍晴明なら可能なのか」


「そこまでわかっているのなら、私とひと勝負しようではないか」


「意味あるのか?」


「広瀬裕。君は若いね。そこで動けなくなって転がっている子孫たちだが、私は彼らを愛おしく思っているのだよ。だからこそ、君が安倍一族の新当主となり、駄目な一族は追い出す。今、下界では除霊師が増えている。血筋などに関係なく、優れた者たちを鍛え、導き、この千年以上下がり続けた除霊師の実力を上昇させてもらわないと」


「結局、 俺を安倍一族の新当主にしたいのか……」


「その方が、色々と捗るのでね。安倍一族は残るが、一度完全に壊してから再生してもらう。柊隆一には難しい相談だ」


 やはりというか、安倍晴明は安倍一族のことを気にかけ、その情報を詳細に掴んでいた。

 俺を安倍一族の当主に据え、破壊からの再生を担当してもらう。

 そこまでして、俺を新当主にしたいのか……。


「その前に、神に等しい実力を持つ私と戦ってもらおうか。私を倒せば、自然と君が安倍一族の新当主ということさ。これは運命であり、誰にも止めることはできない」


「あんたを倒せる気がしないな」


 霊力5000は、本当の実力を隠した数値だった。

 安倍晴明は、その死後千年以上の月日を経て神格化され、彼を祀る神社もあり、今も様々な媒体で人気がある。

 むしろ安倍晴明は、その死後に爆発的に霊力を強めたのだ。


「今のあんたの霊力を、おっかなくて見れないな」


「安心するがいいさ。私は神みたいなものだが、君は神殺しだ。霊力では君に負けている。だが、私には千年以上の優位があるからね。あの世でも修行や実戦を続けた経験を生かし、なるべく長時間君に抗ってみることにしよう」


「そう言われても、勝てるかどうか怪しいな」


「裕ちゃん、頑張って!」


「裕君!」


「裕!」


「師匠!」


「広瀬裕!」


「夫君!」


「広瀬君!」


「君は綺麗な女性たちに慕われていていいね。私は配偶者には恵まれなかったからね。羨ましくもなるけど、嫉妬したりはしないから安心してくれ」


「だろうな」


 安倍晴明がモテないわけがないのだから。

 実際、若い安倍晴明はビックリするほどのイケメンだ。


「じゃあ、始めようか。神刀『タケミカヅチ』!」


 安倍晴明が叫んだ瞬間、天から雷が落ちて彼の体を直撃した。

 ところが彼の体が感電したり焼け焦げることはなく、その手にはとてつもない力を感じる日本刀が握られていた。

 神刀ということは、俺と同じく神様に作ってもらったのであろう。


「同じ神刀か……。神刀『ヤクモ』!」


 俺もヤクモを構え、そのまま全力で斬り合いを始めた。

 二つの神刀の刃がぶつかり合うたびに火花が飛び散り、しばらく激しい攻防が続いた。


「やはり、霊力や力では君に勝てないね。おっと」


 だが、安倍晴明の方が剣術には長けていた。

 鍔迫り合いを続けていたら、突然安倍晴明が微妙なタイミングで力を抜き、そのせいで、俺は前につんのめってしまった。

 そしてそこに、彼の一撃が振り下ろされる。

 そのまま真っ二つにされては堪らないので、強烈な治癒魔法の塊を放射し、彼の体を後ろに吹き飛ばした。


「やはり、パワーではまったく歯が立たないか……」


「パワーねぇ……」


「死んで千年以上も経つと、色々と覚えるものさ」


「なるほどね」


 確かにこのまま戦いが進めば、俺の方が優れている霊力と身体能力で押して勝利できるような気もするが、相手はあの安倍晴明だ。

 なにか、とんでもない切り札を隠してるような気がしなくもない。

 それでも今は、 少しでも彼を消耗させなければ。


「『霊波斬(れいはざん)!』」


「おっと! そんなものを食らったら、私の霊体が大ダメージを受けてしまう。死んでから千年以上、神となるためにあの世で懸命に修行を続けたのに、まさか二十歳にもならない少年に及ばないとは……。これだから世の中とは面白いのだ」


「俺は別に面白くないけど」


「今の若い者は淡白だね。まあいいさ。どちらかが負けるまでこの勝負は続くのだから」


 俺と安倍晴明の真剣勝負は続く。

 果たして俺は、伝説の陰陽師にして除霊師で、今は神となった安倍晴明に勝利できるのであろうか?

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