第168話 招魂の術

「俺、涼子、千代子、沙羅、愛実は前衛だ! 桜は後方から弓で攻撃! 回復役の久美子と、里奈は歌と踊りでパーティ全員を補助してくれ!」


「任せて! 裕君」


「うわぁ、師匠、もの凄い霊団ですね」


「天草四郎? 小西行長? 竜造寺隆信? 高橋紹運? 妾が眠りについたあとの武士たちか。『うぃきぺでぃあ』で調べたぞ。しかし、室町の世以降は戦乱ばかりじゃの。それは、足利将軍家も没落するわ」


「歴史の教科書に出てくる人もチラホラと混じってますね。この人たち、成仏していなかったんですか……」


「弓で狙い放題なのはいいけど、矢が足りるかしら? そりゃあ、一般人は立ち入り禁止になるはずだわ」


「武士って、死んでも諦めが悪い人が多いよね。戸高備後守と同じだよ」


「討ち死にした人が多いからでしょう。数が多いから、私の歌と踊りで味方を強化し、悪霊たちを弱らせる!」




 菅木の爺さんが手を回し、阿蘇山火口には俺たち以外の人間は立ち入り禁止となっていた。

 密かに熊本県警が動き、誰も人を入れないようにしている。

 なぜなら、死霊王デスリンガーが倒された影響により、九州中で厄介とされる悪霊たちが次々と封印を破って復活。

 強大な霊団を作り、阿蘇山の火口を占拠していたからだ。

 この霊団を率いる、つまり一番強いのは天草四郎だった。

 戦国時代じゃなくて江戸時代に島原の乱を起こして討ち取られた人物だが、菅木の爺さんによると、密かに封印されていたらしい。

 それだけ恨みが強く、強力な悪霊である証拠であったが、他にも九州で討ち死にした様々な時代の武士やら兵士たちの悪霊を従え、まるで軍勢のようであった。

 霊団に加わっている悪霊の中には有名な人物も混じっていたが、正直誰が誰だかよくわからない。

 その武将の写真が残っているわけではないからだ。

 『豪華な鎧兜の人は有名人?』、くらいの感覚だ。 


「先頭のイケメンが天草四郎なのはわかる」


 天草四郎は美少年だったらしい。

 つまり俺の敵なわけだが、カリスマもあったようで、多くの有名な戦国武将たちの悪霊を従えていた。

 阿蘇山では野焼きもやらないといけないし、登山客や観光客が火口付近を見学することもあるので、いつまでも悪霊たちに占拠されていたら困る。

 菅木の爺さんは、地元の国会議員に頼まれて俺たちに依頼を持ってきた。

 ネットでは修羅の国と呼ばれる九州で、過去の戦で命を落とした多くの武士たちの悪霊を除霊できるのは、俺たちしかいない。

 実際、他の除霊師たちは誰も引き受けなかったそうだから。


「キュウシュウノチヨリ、ヒノモトゼンドヲテニイレ、キリシタンノクニニスルノデス!」


「そういうのは時代遅れだから」


 日本をキリスト教の国にするのは勘弁してほしいな。

 だって、俺は神社の息子なんだから。

 イケメンかもしれないが、そんなことだから一揆の旗頭に祭り上げられ、悲惨な最期を遂げてしまうのだ。


「宗教って怖いよね」


「裕君も神社の息子じゃないの」


「神道は、その辺が緩いから!」


 そもそも、俺が神社を継ぐ必要は……。

 あっ、 高校卒業したら神職を取らないと駄目なのか。

 俺も久美子も、神社の跡取りだから。


「竜神会自体が宗教団体だものね。私も裕ちゃんも、神職を取らないとだよ」


「ああいうのって、 一週間ぐらい講習を受けたら取れないのかな?」


「広瀬君……あまり就職に使えない資格の取得とは違うと思います」


「じゃあ、合宿で一ヵ月ぐらい?」


「師匠、運転免許じゃないんですから……」


「カミヲナンダトオモッテイルンダ! コノフトドキモノメ! コロセ! フシンジンナモノハシネ!」


 ちょっと将来の進路について久美子たちと話したら、天草四郎の悪霊がブチ切れてしまった。

 イケメンが怒ると迫力があるなぁ。

 だが、天草四郎の悪霊はどうして俺たちが時間稼ぎをしたのか、それに気がつくべきだった。


「グハッ!」


「ウグッ……」


「ジョウウン! タカノブ!」


 俺たちばかりに気を取られている間に、高橋紹運の悪霊が沙羅の薙刀で斬り裂かれ、竜造寺隆信の悪霊が涼子の『髪穴』で貫かれていた。

 さらに……。


「ウッ、カラダガオモイ……」


「私の歌と踊りは、下手な怨体なら浄化されてしまうほどのものよ。あんたたちがいくら強い悪霊でも、弱って当然というもの。自分の体を見てみなさい」


「カッ、カラダガウスクナッテル!」


 里奈の歌と踊りの影響を受け、悪霊たちは大分薄くなっていた。

 悪霊を構成する霊力が浄化により減った影響だ。


「ヨクモ! グハッ!」


「ユキナガ!」


「油断大敵ですよ」


 小西行長の悪霊は、千代子のクナイを数発受けて消え去ってしまった。


「ウッ!」


「アガッ!」


「弓で狙われてるぞ!」


「ここから逃げようだなんて思わないことね。そいつから矢で射抜いてあげるわ」


 桜は、 その場から逃げ出そうとした悪霊たちを最優先に射抜いていく。

 その腕前は、すでに超一流の領域にあった。


「雑魚は、『分裂札』で一気に殲滅よ」


「「「「「「「「「「ギャァーーー!」」」」」」」」」」


 霊団を構成する、戦で討ち死にした雑兵、足軽などの雑魚悪霊たちは、久美子が散弾のように分裂するお札、分裂札と治癒魔法で次々と薙ぎ払い始めた。

 数万の軍団なので、なるべく早く終わらせるには雑魚悪霊も同時に除霊しなければならない。

 それは、誰もダメージを負わないので仕事がない久美子の担当になった。


「ワガナハ、ヒャクタケトモカネ! ジンジョウニ……」


「うるさい」


「ガハッ!」


 名乗りをあげた悪霊の口の中に、ヤクモを突き入れて除霊する。

 阿蘇山火口の完全封鎖は一日しかできない。

 時間がないので、俺たちはひたすら悪霊たちを除霊し続けた。

 とにかく数が多いので、悪霊たちが有名人かどうかなどどうでもいいのだ。

 別に有名だからなんだって話だ。

 普通の除霊師ならすぐに死んでしまいそうな数の悪霊たちなので、俺たちが指名されたのだろうけど、数が多くて疲れた。


「ふう……。あとはお前だけか。天草四郎」


「デウスサマ! コノワタシニチカラヲ!」


「お前、悪霊だろう?」


 一揆起こして失敗し、江戸幕府によって首を刎ねられた天草四郎の悪霊が神を頼る。

 こんな不思議な話はないと思うが、悪霊は基本的に頭が悪くなる。

 言動が矛盾していても、別におかしな話ではなかった。


「お前を除霊しても苦情は出ないだろうから、覚悟してくれ」


「あっ!」


「どうした? 涼子」


 天草四郎の悪霊を除霊すると、なにか不都合があるのだろうか?


「昔、ある有名人が天草四郎の生まれ変わりだって言ってたわ」


「……それは無理があるだろう」


 ここに天草四郎の悪霊がいるのに、誰かに生まれ変われるわけがないのだから。

 それにだ。

 死んだ人間が別の人間に生まれ変わったら、ほぼすべての人間が前世の記憶をなくしてしまう。

 自称、『私は前世の記憶がある』は話半分に聞かないと。


「これから俺が天草四郎の悪霊を除霊するから、いつか天草四郎の生まれ変わりがこの世に生を受ける可能性はあるけどな。では、サラバだ天草四郎」


「ムッ、ムネン……。デウスサマァーーー!」


 天草四郎の悪霊は、断末魔の声を上げながら俺によって除霊されてしまった。


「ふう……。これで終わりだ」


「大分レベルが上がったの。夫君や、涼子、久美子には及ばぬが」


 悪しきダイダラボッチの事件で、俺、久美子、涼子は思わぬ大量レベルアップを果たしていた。

 本来の予定では、悪しきダイダラボッチが封印された石碑の強化で終わる予定だったので、これはもう不可抗力って言っていいだろう。

 その代わりと言うか、阿蘇山の火口に集まった多くの悪霊たちの除霊には成功したので、沙羅たちのレベルもかなり上がったようだ。


「みんな、漏れがないように分担して悪霊を探してくれ。それで今日の仕事は終了だ」


「今日はね」


「仕方がないさ」


 それだけ、死霊王デスリンガーが俺たちによって倒された影響は大きかったというわけだ。

 封印された悪霊たちが現世に再び姿を現し、除霊師たちは懸命に除霊しているが、封印されていたということは厄介な悪霊ばかり。

 いくら除霊師たちの霊力が上がりやすくなったとはいえ、現状では歯が立たないケースが多かった。

 そこで、俺たちが全国を駆け回ることになったのだ。


「歴史上の有名人たちがいっぱい混じっていたようだけど、よくわからないうちに除霊しちゃったよね」


「わかったところでなぁ……」


 俺はそこまで歴史に興味がないし、どうせ悪霊なのでまともな判断力もない。

 話をするだけ無駄なので、とっとと除霊するに限る。


「とにかく無事に終わってよかった」


 念のため阿蘇山の火口部分すべてを探ったが、一体の悪霊も残っていなかったので、外に出て待ち構えていた熊本県警のお偉いさんたちに報告する。

 無事に除霊が終わったので、もう中に入っても大丈夫だと。


「あれだけの霊団を数時間で……。さすがは、菅木議員の秘蔵っ子ですね」


「秘蔵はされていないと思うんだけどなぁ……」


「日本除霊師協会が推している若手期待の除霊師たちは、賀茂家など名門除霊師一族の次期当主ばかりですからね。竜神会を知る人たちは少ないですよ」


 熊本県警のお偉いさんは、除霊師業界の裏事情にも詳しいようだ。

 そうでなければ、地方の治安は守れないのであろう。

 竜神会なんて立派な名前はついているが、除霊師は俺たちしか所属していない。

 一族や所属する除霊師の多さでは、名門除霊師一族に勝てるわけがないのだから。

 資金力では圧倒的なんだが、俺が使えるお小遣いなんてたかが知れているので、それは別にどうでもよかった。


「おかげさまで、九州に巣食う厄介な悪霊たちの上位ランカーがすべて除霊されました。ありがとうございます。報酬はかなり少ないですが……」


 それでも五億円なので、国にしては奮発したというか。

 これがすでに執行されたことになっている数年分の予備費というのは、それを知っているマスコミですら公表しない裏事情である。


「次は、中国地方だとか?」


「みたいです」


「封印が解けてしまったのに、その悪霊が普通の除霊師では手に負えないという事案が増え続けています。広瀬さんたちを心待ちにしていると思いますよ」


 死霊王デスリンガーめ。

 倒された後も迷惑をかけるとは。

 とはいえ、除霊師が真面目に除霊すれば霊力が上がる環境になったのはよかったと思う。

 今は他の除霊師たちが成長するまで、俺たちが頑張るしかないか。


「学校が、公休になりやすい除霊師学校でよかったね」


「本当にそれだな」


 無事に一件目の除霊が終わったので次の仕事場へ移動しようとしたら、突然目の前を数十名の装束、巫女服姿の男女に塞がれてしまった。

 若く……はないか。

 おじさん、おばさんたちだ。


「そなたら、何者じゃ?」


 いきなり進路を塞いできた彼らに対し沙羅が苦言を呈すると、代表して一人の男性が話し始める。


「私は、安倍一族の広橋守(ひろはし まもる)と申します。広瀬さん、あなたに安倍一族の当主に就任してほしいのです」


 そんな予感もしたが、この人たちは安倍一族の除霊師たちか……。

 しかし、今日本全国の除霊師が忙しい最中に、こんなところで油を売っていていいのだろうか?


「広橋さん、今は全国の悪霊の封印が緩み、解け、その対処で除霊師は忙しいはずです。安倍一族の当主の話はあとで構わないではないですか。なにより、柊執行部長の許可を得てそのようなことをしているのですか?」


「彼では駄目だ! 安倍一族は、初代に匹敵する実力を持つ広瀬さんがなってこそ、安倍一族は再生し、それが日本の除霊師業界の発展につながるのだから」


 この広橋という人物。

 自分の考えを語る時の表情が、岩谷彦摩呂寄りだな。

 こういう人は聞く耳持たなかったりするので、相手をするのが面倒なのだ。

 自分は絶対に正しいと思っているから、まず自分の考えを改めないんだよなぁ……。


「現状、柊執行部長が安倍一族を差配しているのだから問題ないと思います」


「いや、やはり当主がいないことは問題だと思う。長老会と岩谷彦摩呂のせいで安倍一族が混乱、縮小したせいもあるが、強いトップがいなかったばかりに、安倍文子、清次親子が暴走し、それに同調した一族もいて、安倍一族はさらに力を落としてしまった」


 その考え方は間違っていないと思うが、 別に安倍一族が駄目になっても、除霊師業界に大きな影響はないと思うな。

 他にも名門除霊師一族はいるし、霊力に目覚めた日本人も増えた。

 将来除霊師の数は増えるのだから、今少しだけ俺たちが忙しく働けば問題ないはず。


「(どこかの名門企業が潰れても、そこの社員ぐらいしか困らないからなぁ。需要があれば新しく会社を立ち上げる人も出て、それが世間ってものじゃないかねぇ?)」


 確かに今回の事件で安倍一族の力はさらに落ちてしまったけど、倉橋一族の力は大幅に増した。

 それに、柊隆一の除霊師としての実力も大幅に増したわけで、人数は減っても安倍一族自体の力が落ちたとは思えない。

 むしろ、柊執行部長という強くなったトップが安倍一族を動かした方が、長い目で見て上手くいくような気がするのだ。


「俺は竜神会のトップなので、安倍一族の当主にはなれませんよ」


「竜神会と安倍一族が合併すれば、新生安倍一族は世界一の除霊師一族になれます。私たちも、広瀬さんを大いに支えましょう」


「……」


「(広瀬君。この人たち、除霊師になった私から見ても、全然実力がないように見えます。それなりに経験があるはずなのに……)」


 愛実が指摘したとおり、彼らは安倍一族に所属するも、除霊師としての実力はかなり微妙だ。


「(涼子、もしかして彼らは……)」


「(裕君の予想どおりよ……。岩谷彦摩呂と一緒に死んでしまった若手除霊師たちは、それでも頑張っている人たちだったけど……)」


 歴史が長い大企業や公官庁には、寄らば大樹の影的な人たちが一定数出てしまう。

 そこに所属していることのみを自慢とし、努力を放棄して会社なり組織になりにしがみつくことしかしないのだ。

 彼らも、そういう人種なのであろう。

 安倍一族に所属することのみを自慢とし、自分たちは努力をしない。


「(柊さんは、やる気のない除霊師たちをリストラする計画を立てていたみたい。せっかく除霊師学校ができたから、たとえ安倍一族とは血縁がなくても、若く優れた除霊師たちを安倍一族に迎え入れる。非除霊師部門みたいに、除霊部門も会社化したいみたいね)」


 それは、既得権益層から反発を食らいそうな方針だな。


「(柊さんが当主になると困るから、裕ちゃんや水穂さんなのね)」


 新しい当主にしてしまえば、しばらくは安倍一族の組織改編に手をつけられなくなるはず。

 そう考えた反柊隆一派の連中が、安倍水穂や俺を新しい当主にしようと画策しているのか。


「竜神会には竜神会の都合があるので、合併はないですよ」


 竜神会は少数精鋭というか、もし外部の除霊師たちを入れるにしても、やはり除霊師学校で優秀な成績を収めた若い人にしたい。

 安倍一族なんて抱えても面倒なだけだ。


「(師匠、この人たち、よく見ると結構年を取ってますね)」


「(そうだな)」


 三十代後半から四十代……中には五十代もいるようだ。

 働き盛りだと思うのだが、今の除霊をこなせばすぐにB級になれる状態でC級のままということは、彼らにはやる気が薄いのだろう。


「(他の名門除霊師一族もそうだけど、安倍一族の除霊師というだけで、かなり待遇が恵まれていると聞くわ。だから一定数、『働かないおじさん、おばさん除霊師』っているみたいね。生臭が頭を抱えているけど)」


 除霊師は社会的な信用が低い職業であるが、名門除霊師一族に所属していたら話は別だ。

 そのため、自分が所属している名門除霊師一族の力を自分の力であるかのように錯覚し、除霊師として恵まれた待遇にいるはずなのに危険な除霊はせず、フリーの除霊師に任せて手柄を横取りするような者もいると聞いた。


「(特に安倍一族に多くて、岩谷彦摩呂が台頭したのには、そんな理由もあったのよ)」


 今、 普通の会社でも高給ばかり取って働かないおじさんの問題が発生し、リストラを進めている企業が多いと聞くが、まさか除霊師業界でもそんな話が……。

 桜は会長からその話を聞いたのだろうが、人手不足なうえに、中堅除霊師にそんな連中が沢山いたら頭を抱えたくなるだろう。


「(そんな除霊師、昔にもいたがな。当然、安倍一族にもおったが、数が増えたような気がするの)」


 昔から、名門除霊師一族に所属していることを鼻にかけるが、ちゃんと除霊をしない除霊師は存在したのか。

 そんな奴、霊力がないのなら追放されるが、曲がりなりにも霊力があると追い出せないわけか。

 そんなやる気のない除霊師でも、怨体くらいは浄化できるからだ。


「(やる気のないフリーの除霊師なんて、すぐに仕事をなくして失業なんでしょうが、安倍一族に所属しているだけで高い給料は貰えてしまうのだから、それは柊さんもリストラしようとするわよ。『忙しいけど、猫の手ならない方がマシ』ってことね)」


 特に今の安倍一族は、資産状況が大分悪化している。

 役立たずに高給を支払っている余裕はないのか。


「広瀬さん! あなたこそが次の安倍一族当主に相応しいのです」


「我々は全力で支援しますよ!」


「柊隆一なんて追い出してしまいましょう」


 そりゃあ、岩谷彦摩呂に人気が出るわけだ。

 そして彼らの魂胆などお見通しだ。

 自分たちが支持した俺が当主になれば、まさかリストラはしないだろうと。

 いやむしろ、出世していい役職に就けると思っている。

 除霊師は会社員じゃないんだが、名門病、大企業病とはどの業界でも深刻なようだ。


「俺は当主にはなりませんよ」


「そこをなんとか! お願いします!」


 多くの警察関係者たちに見守られる中、数十人に土下座をされてしまう俺。

 恥ずかしいったらない。


「(こいつら……。どうにかいい手はないかな?)」


 どうせ当主になんてならないが、彼らを諦めさせる方法があればいいのだが……。


「(この様子だと、安倍水穂も大変だろうな。こいつらは基本的に権威主義者だから、誰か偉い人が別の人間を当主に指名すれば……。菅木の爺さん? いや、彼では駄目だ!)となると……。あっそうだ!」


 あの人物に聞くのが、一番てっとり早いじゃないか。


「(裕ちゃん、あの人物って?)」


「(安倍一族全員が、その人物の意見を聞いたら必ず聞き入れる凄い人だ)」


「(裕君、もしかして……)」


「そのもしかさ。ならば、あの世より安倍晴明の霊を呼び寄せて、直接彼の見解を聞こうじゃないか」


 さすがに安倍晴明本人が意見を述べたら、この連中も素直に従うはずだ。


「(でも広瀬君、もし安倍晴明が広瀬君を次期当主に指名したら?)」


「(まさかな。柊隆一を指名して終わるんじゃないかな)」


 もし俺が安倍一族の当主になったら、実質一度滅んだに等しい状態になるだろう。

 なぜなら俺は、今目の前で俺に土下座をしてるような連中は、新しい安倍一族のためにならないと、即刻リストラしてしまうだろうからだ。

 なにより、俺は安倍の姓を名乗るつもりもない。

 安倍姓でない俺が当主になってしまったら、実質安倍一族ではなくなってしまうのだから。


「夫君は、招魂の術を使えるのか?」


「イタコみたいに、俺の体に降ろすわけじゃない。あくまでも、短時間この世に呼び寄せるだけさ」


「それでも大したものだがな。さすがは、妾の夫君よ」


 沙羅に褒められたけど、そこまで難しい術ではないんだけどなぁ。

 本当に十分二十分、あの世から死者を呼び出して話を聞くだけなんだから。


「とにかく、仕事先についてこられて土下座をされても困るんだ。早速、安倍晴明の霊を呼び出してみよう」


 俺も、安倍晴明に言ってやりたいことがあった。

 おまえの子孫たちは、どれだけ俺に迷惑をかければ気が済むのかと。

 彼に文句を言ったところでどうこうなる話ではないが、安倍一族の次期当主への見解を聞いてみようではないか。

 もし判断を誤れば、自分のせいで安倍一族は滅んでしまう。

 もし将来そうなったら、心の中で『ざまあ』と思うことにしてやろう。


 さて、招魂の術の準備でもするかな。

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