第167話 気まずい
「やはり、絶対に安倍一族の当主は必要なのだ! 幸いにして、柊執行部長の霊力が大きく成長し、安倍一族当主に相応しい力量を得た。彼にはこれまで、大きく混乱した安倍一族を纏めてきた実績もある。柊隆一を安倍一族の当主に推したいと思う」
「いや、今こそ新しき安倍一族を目指すべきだ! 老害化した長老会。見た目と口先だけで人気を得たのはいいが、その後安倍一族の力を大きく失墜させた岩谷彦摩呂。己の力量を見誤り、身の丈に合わぬ野心を抱いた挙句、悪しきダイダラボッチを復活させ、安倍一族を滅亡に追いやろうとした安倍文子親子。もう沢山だ! 今こそ、柊隆一を繰り上げて当主になどという、年功序列的な考えをやめるべきだ! 安倍水穂が優れた除霊師として優れた資質を得たと聞く。しかも、倉橋恭也といい仲だとか。安倍水穂を新当主にし、将来の夫として倉橋恭也を受け入れる。そうすれば、長年対立状態にあった倉橋一族との融和と再統合も可能となろう。思いきった手を打たなければ、安倍一族は本当に没落してしまうぞ!」
「それこそ、長老会などが考えそうな当主選定案だな。今回の事件で、安倍一族の信用はさらに落ちた。安倍文子に同調して死んだ除霊師たちのみならず、今回の事件の真相を知って、安倍一族と距離を置き始めた除霊師たちも出始めている。若手ほど、安倍一族に呆れ、失望しているのだ! 安倍水穂の才能は認めるが、現時点では素人に毛が生えた程度の経験しかない。それなら、倉橋恭也を安倍一族の当主として迎え入れた方がまだマシだ。もう小手先の改造人事案では駄目なのだ! 有史以来、悪しきダイダラボッチが溜め込んだ悪霊、怨体、陰気を悪しきダイダラボッチごと除霊したばかりか、すぐにそれと同じ仕組みのものを作り、富士の樹海にある石碑に封印した広瀬裕。彼に三顧の礼を尽くし、安倍一族の当主として迎え入れるのだ。彼の近くには清水涼子がいる。彼女が広瀬裕の妻となれば、いまだ頑迷な権威、血縁主義者たちも納得するだろう。そもそも、広瀬裕も安倍晴明の子孫なのだから」
「いや、柊執行部長を当主にすべきだ! 安倍一族の安定こそが最優先だ!」
「安倍水穂を通じて倉橋恭也と倉橋一族と再統合し、安倍一族の衰退を防ぎつつ、安倍一族初の女性当主就任で、改革の覚悟を世間に対し示すべきだ!」
「どちらにしても、身内から当主を出しているのは同じではないか! ここは、若くして安倍晴明と伍するかそれ以上の実力を持つ広瀬裕を迎え入れるべきだ。改革の痛みは致し方なし!」
「いや! 柊執行部長だ!」
「安倍水穂と倉橋恭也!」
「広瀬裕こそ、次の当主に相応しい!」
「という具合に、現在安倍一族は三つに割れて争っておる」
「争うのはいいけど、 当事者たちの置いてきぼり感はなんなんだろうな?」
「そうね。柊さんも、水穂も、倉橋さんも、裕君と私もいい迷惑よ」
「安倍一族の人たちが散々討論して誰かに決めても、本人は断るものね」
「そこなんだよなぁ……」
菅木の爺さんが、安倍文子親子と悪しきダイダラボッチ事件後の安倍一族の様子を知らせてくれた。
どうやら、悪しきダイダラボッチを倒した時にレベルアップしてしまった柊隆一、安倍水穂、倉橋恭也のみならず、俺たちも政争の道具とされているようだ。
昔のように力のある安倍一族を取り戻すため、やはり当主を置いた方がいいという結論に至ったようだが、主に三つの意見に分かれて言い争っていると。
問題なのは、当主候補に指名された誰もが、当主の座など望んでいないことだな。
「俺は竜神会の社長だからな。安倍一族の当主になんてならないぞ」
「なんでも、三顧の礼をもって裕を迎え入れるそうだぞ」
「勝手に三回も勧誘に来られたら迷惑よね」
「本当にそれだよ。しつこいセールスマンじゃないんだから」
里奈の言うとおりだ。
俺は暇じゃないんだから。
いちいち顔を合わせることになる、俺の身にもなってみろっての。
「そういうことを考える者は、夫君を三顧の礼で迎え入れる自分に酔っておるのだ」
「沙羅さん、ぶっちゃけますね」
「愛実は知らんのか? 三顧の礼というのは、向こうもその気があって初めて成立するものだぞ。自分は二度も断ったのに、主君は諦めずに三度自分を訪ねてきた。雇われる方としても、自分の評価が上がるし、大いに気分がよかろう。古代中国において三顧の礼で迎え入れられたとされる賢人の例は多いが、太公望然り、諸葛孔明然り。その事実が歴史書に残っているということは、三顧の礼を受けた者も世間に大いに宣伝したからに決まっておる。自分の評価が上がるのでな」
「当事者同士のみがそのやり取りを納得したのなら、わざわざ世間に知らせる必要はありませんもんね」
「主君が三度自分を誘いに来た。それほど自分は優れた人物なのだと。安倍晴明のみならず、昔にも宣伝が上手な者は沢山いた。安倍一族の連中は違うがの」
「俺にはまったくその気がないのに、空気も読まず安倍一族当主にならないかと勧誘に来るんだからな。もはや、安倍一族当主の座にそこまでの価値はないだろう」
「おおっ、言いますね。師匠は」
安倍一族は、かなりオワコンに近い。
それにしても、国なり組織なりは外部的な要因よりも内部的な要因で滅ぶことが多いというのは本当だったな。
安倍一族は、内紛で徐々に規模が縮小しているのだから。
「長老会、岩谷彦摩呂、安倍文子親子。すべて安倍一族の人間だものね。うちの生臭も、他山の石にすればいいと思うわ」
桜の発言はかなり辛辣だったが、間違っているとは言えなかった。
「除霊で忙しいと言って会わなきゃいいのさ」
「実際、裕君は忙しいものね」
「本当、菅木の爺さんのせいでさぁ……」
「報酬はちゃんと出しているぞ」
「逆に、よくそんな予算があったな。地方の過疎地域の除霊案件で億の予算を出せるのが凄い」
「怪しいかも」
「相川の嬢ちゃん、ちゃんと地方交付金の予備費から出しているぞ。悪しきダイダラボッチの件が、この国の上層部に知られてしまったのでな」
地方には、手付かずの瑕疵物件や除霊案件が多い。
民間に除霊を任せると赤字なので誰も手をつけない物件、土地でも、まさかそのままにできず 予算がつく事例がある。
ところが、予算がついても赤字なので依頼を受ける除霊師がいない。
そもそも悪霊が厄介すぎて誰も除霊を受けないという案件が多数存在するのだと、菅木の爺さんが説明してくれた。
「予備費扱いで、予算を執行もしないで放置なんて、よく問題にならないよね。そういうのってマスコミの餌食になりそう」
「霊に関する事例なのでな。あえてマスコミも触れないのさ」
霊を信じていない視聴者たちに、除霊絡みの税金の無駄遣いを指摘したところで意味はないし、霊を否定的に報道するとこの国の上層部を敵に回す。
そもそもマスコミ自体が、霊と関わり深いのだ。
「テレビ局は悪霊や怨体が溜まりやすく、大手マスコミほど不動産業もやっているのでな。除霊師を敵に回した結果、所有している不動産物件の除霊を引き受けてもらえなければ、連中は詰む」
「マスコミ業なのに不動産業もやっているんだ。マスコミって」
「別に隠してはおらぬぞ。大手マスコミ各社の決算を見ればわかる。社名を隠せば、不動産業を営む企業の決算に思えるほどだ。彼らが社会の公器、社会の木鐸、第四の権力などと言っておられるのは、優良不動産を多数所持しているからだ。下手にそこを突いて、自分の会社の所有物件に悪霊が居ついた時に除霊を引き受けてもらえなければ潰れるのでな」
マスコミも空気を読んで、その手の報道は控えるわけか。
「つまり、夫君と妾たちが除霊で全国行脚する必要があるわけじゃな」
「そういうことだ。しかし、安倍一族の中で裕を当主にしようと考える者がいるとは思わなかった。しばらく戸高市にいない方がいい。学校は公休扱いにするから問題ないぞ」
「わかったよ」
トラブルを解決すればするほど、また別のトラブルと仕事が増えるのはどういうことなんだろう?
「全国巡業の旅ってやつに出かけるか……」
「裕、アイドルのコンサートじゃないんだから、出張じゃないの?」
「それだ!」
お仕事が増えていく一方だな。
とにかく俺たちは、全国へ除霊行脚の旅に出かけることになった。
安倍一族の当主争いだが、柊さんでいいんじゃないのか?
「くそっ! これは悪霊たちの強さを見誤った!」
「賀茂さん、一時撤退を推奨します」
「僕たち、これでも霊力が1000近くまで成長したんですけどね」
「拙者たちはまだまだ未熟ということだ。無念だが、一時撤退するしかあるまい」
「……」
「倉橋さん、どうかしたのか?」
実に困った。
安倍文子、清次親子と悪しきダイダラボッチの事件を解決したあと、俺は賀茂たちとの除霊を再開した。
俺たちは、除霊師業界若手ナンバーワンチームとして、除霊師業界のイメージアップのため五人で活動している。
だが、悪しきダイダラボッチの件で広瀬裕と彼の傍にいる七名の美少女除霊師たちの実力は隠せなくなっており、すでに俺たちの存在意義はなくなりつつあった。
世間では、野郎よりも美少女の方が人気があるのでな。
俺たちなんて、せいぜい校内の女子生徒たちが『キャーキャー』騒ぐだけだ。
彼女たちは広瀬裕の本当の実力なんて知らないので、見栄えはいい俺たちに黄色い声援を送る。
そのことを同じマンションに住むようになった水穂に言うと、『先輩除霊師たちってのん気なのね』と呆れたように言っていた。
彼女は関係を修復した異母姉、清水涼子から色々とアドバイスを受けるようになり、まだ中学二年生なので放課後に除霊講義を受けながら早速除霊師として活動しているが、わずか数日で一人前の除霊師として認められるようになった。
まあ、霊力13500だからな。
そして俺も、水穂よりは霊力が低いが、それでも10600である。
少し前、賀茂たちが霊力を計った。
賀茂俊が、霊力940。
土御門史崇が、霊力930。
綾小路晶が、霊力930。
橘一刀が、霊力925。
そして、レベルアップ前の俺が920だっだので、なんか色々とやり辛い。
たまたま、広瀬裕が悪しきダイダラボッチを除霊する現場にいたばかりに、俺と水穂と倉橋一族のトップ除霊師十三名、そして柊隆一の霊力が大幅に上がってしまった。
別に悪いことをしたわけではないのに、なぜか罪悪感を覚えてしまう。
そして、今日も五人で除霊をしていたのだが、どうやら依頼者側が悪霊の強さを間違って算出したようだ。
たちまち苦戦に……いや、これまでの俺なら一緒に苦戦していたはずだが、今なら余裕で除霊できてしまう。
だから撤退する必要などないのだが、ここで俺が一人で強い悪霊たちを除霊してしまうと、曲がりなりにもチームになってきた五人の結束が乱れるような気がして……。
そんなこと、以前は考えるような性格ではなかったんだけどな。
「(一緒に撤退してしまった方が、 波風立たなくていいか……)」
「ニガスカ!」
「「「「「「「「「「シネッ!」」」」」」」」」」
賀茂が撤退命令を出そうとしたその時、突如地面から鎧武者と兵士たちの悪霊が浮かび上がってきた。
「ワガナハ、オサナイムツノカミ!」
「最悪だ!」
賀茂が絶望するのも無理はない。
なぜなら小山内陸奥守という武者は、この地方で豊臣秀吉に対し反乱を起こし、彼の怒りを買って族滅させられた人物だからだ。
豊臣秀吉の怒りを買ったせいで、小山内陸奥守とその一族、家臣たちの墓所や首塚はいまだ不明とされ、確実に悪霊化したであろう霊団がどこを彷徨っているのかわからないという最悪の状態だったのだが、まさかここにいたとはな。
別の悪霊たちの除霊依頼のはずだったのに……。
「逃げられないか……」
「このところずっと順調だったから、思わぬ落とし穴だ」
「賀茂君、倉橋君、土御門君、橘君。どうしようか?」
「逃げるのは難しそうだ。そして、我々五人では小山内陸奥守の悪霊に勝てない」
「……(いや、勝てる。それも、かなり余裕で)」
この五人組は、一応賀茂がリーダーということになっているが、全員の実力はほぼ同じ。
だからこそ五人で組まされたのだが、まさか俺だけがこんなに強くなってしまうとは……。
除霊師として強くなったのでいいことだと思うんだが、人間関係って難しいと思う。
「倉橋、珍しく大人しいな。やはり、勝ち目がないし、逃げられないとわかるとなにも言えないか」
「倉橋さん、まだ諦めてはいけない。きっと、なにか手があるはずだ」
「そうだよ、倉橋君」
「このピンチを潜り抜けるには、全員が実力以上の力を発揮しなければならない。倉橋殿、落ち込んでいる場合ではないぞ」
四人がずっと無言の俺に声をかけるが、お前たちは勘違いしているんだ。
俺からしたら、小山内陸奥守の悪霊は全然大したことがない。
なんなら、すぐにお札を投げつけて除霊してしまいたいほどだ。
「(それでいいんだけど……)」
もし五人の中で俺だけの霊力が抜きん出てしまった事実に、四人が気がついてしまったら。
日本除霊師協会の思惑でチームとなった五人だが、それなりに除霊をこなしてきて仲間意識も出てきたというのに……。
だが……。
「(猶予はないか……)」
このまま実力を隠して、小山内陸奥守の悪霊に殺されるのは嫌だからな。
「シネェーーー!」
「全力で回避か、防ぐんだ!」
賀茂たちは、襲いかかる小山内陸奥守の霊圧に圧倒され、その動きを普段よりも鈍らせていた。
悪霊の強さに体がすくんで動きが鈍る。
それだけ、実力差がある証拠だ。
俺はなんともないけど。
「倉橋!」
「倉橋さん!」
「倉橋君!」
「倉橋殿!」
運がいいのか悪いのか。
小山内陸奥守の第一目標は俺だった。
それに気がついた賀茂たちが俺に注意を促すが、肝心の俺はほとんど危機感を覚えない。
流れるような動作でお札を投げると、小山内陸奥守の悪霊は呆気なく青白い炎と共に消えてしまった。
霊団を構成していた他の悪霊たちも、そのままの流れで次々と除霊してしまい、わずか数十秒で周囲に一体の悪霊もいなくなってしまった。
「倉橋……。お前、なんでそんなに強くなったんだ? 数日前までは、私たちと同じくらいの実力だったのに……」
「安倍一族で不始末を起こした人を捕らえに行ったら、広瀬裕が悪しきダイダラボッチを有史以来の膨大な悪霊たちと共に除霊してしまったことは知っていますけど……」
「倉橋君が除霊したわけではないから関係ないんじゃぁ……」
「どうしてそんなに安いお札で、あの小山内陸奥守の悪霊を除霊できたんだ? この数日でなにがあったんだ?」
運悪くというか、すべての悪霊を除霊してしまったため、その後の俺は賀茂たちから質問攻めに遭ってしまう。
これまでの俺たちだったら絶対に歯が立たなかった悪霊を、俺一人で除霊してしまったのだ。
驚かれて当然というか……。
まさか嘘をつくわけにもいかず、俺は広瀬裕が悪しきダイダラボッチを倒した現場にいた影響で、霊力が上がったことを教えた。
「いいなぁ……」
「私も参加したかった……」
「霊力が10000超え……ねえ、倉橋君」
「なにかな? 綾小路」
「この際、このチームのリーダーは倉橋君でいいのでは?」
「頼むからそういうのはやめてくれ!」
「しかし、除霊は実力本位の世界だからな。拙者を鍛えてほしいのだ、リーダー」
「だから俺は、リーダーじゃないっての!」
俺たち五人はほぼ実力が拮抗していたのに、思わぬアクシデントで俺だけが強くなってしまった。
この気まずさを解決する方法を、誰か教えてくれないか?
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