第165話 フル霊力バーストアタック

「悪しきダイダラボッチ……。なんて大きさだ!」


「そりゃあ、日本全国にある山々がとてつもない年月をかけて溜め込んだ様々な生き物の悪霊、怨体、陰気の集合体なんだ。安倍晴明の奴、悪しきダイダラボッチシステムの構築に力を入れすぎて、悪霊、怨体、陰気の除霊、浄化はあまりしなかったようだな。おお、デカイ」


「広瀬……、この大きさでは、世間に隠しようがないじゃないか」


「そうだな。だが、それは別に俺の責任じゃないから。安倍一族の責任だ」


「広瀬君、厳しい一言だね」


「当たり前でしょう。安倍文子と清次の暴走を止められなかったんだから」


「まさか、彼女たちがこんなことをするとは思わなかったんだ……」





 悪しきダイダラボッチを復活させ、それを操って涼子を殺し、安倍一族どころか世界中の除霊師たちを影から支配しようとした安倍文子、清次親子は、自分たちが悪しきダイダラボッチによって殺されてしまった。

 非常に残念な結末だが、自分の実力を見誤った愚か者たちの最後としか言いようがない。

 それよりも、富士山の標高の半分くらいはありそうな、この巨人をどうするかだ。


「ちなみに広瀬、これを放置するとどうなるんだ?」


「日本人が壊滅状態になるんじゃないかな」


 悪しきダイダラボッチの元は、有史以前から日本全国の山々で死んだ多くの生物の悪霊、怨体、陰気だ。

 一体一体は人間に比べれば大したものではないが、 日本列島に山ができてから死んで悪霊化した多くの生物なのだ。

 霊力の量で言えば、死霊デスリンガーをも上回る。

 しかも、この悪しきダイダラボッチを倒してしまうと、今後山の悪霊の管理が非常に面倒臭くなる。

 さすがの俺でも、悪しきダイダラボッチを新しく作ることは難しいからだ。

 除霊師としての俺が総合力で安倍晴明に負けるとは思わないが、悪しきダイダラボッチを作り出し、宣伝が非常に上手な点などは勝てないと思う。


「壊滅状態なのか?」


「山に住む生き物たちからすれば、人間なんて侵略者でしかないんだから」


 昔、山は人間が容易に入れる場所ではなかった。

 なぜなら、山はそこに住むすべての生物と、死後も山から離れない悪霊、怨体、陰気に守られ続けていたからだ。

 人間は山に入って生活に必要なものを得るため、それらを欺き、時には命がけで戦い、命を落とす者も沢山いた。

 現在、人間が自由に山に人が入れるようになったのは、安倍晴明が悪しきダイダラボッチを作り出し、山の悪いものごと封印したからなのだ。


「当然、悪しきダイダラボッチを構成する悪霊、怨体は、このようなことをした人間たちを憎んでいる。山を守るため、今度は人間の領域に攻め込む可能性が高い」


 人間を徹底的に殺せば山は守られると、悪しきダイダラボッチは思っているはず。

 だからこそ、俺たちはこいつを極限まで弱らせてから封印する必要があるのだ。


「しかし、実体がないとはいえこれだけの巨体を……」


「それでもやるしかない。まあ、情報統制は失敗だな」


 俺からすれば、悪霊なんて無理に隠す必要はないと思うのだが、お上は霊を信じていない人たちに対し、情報を隠そうとする。

 政治家はそれが選挙対策にも繋がっているのだが、今、この富士の樹海に出現した悪しきダイダラボッチは霊力がない人でも簡単に見えてしまう。

 観光地でもある富士山やその周辺にいる人たちには丸見えだ。

 全高二キロ近い巨体なので、誰がどうやっても隠せないだろう。


「広瀬、俺たちはどうすれば……」


「まあ、死ぬな。おっと!」


 突然、悪しきダイダラボッチは拳を振り下ろしてきた。

 俺は周辺の人たちを霊力のバリアーで防ぎつつ、悪しきダイダラボッチが振り下ろした拳を受け止めることに成功した。


「広瀬……、どうしてそんなことができるんだ?」


「普通の人間が、あれを受け止められるものなの?」


 安倍水穂、それが俺が普通の人間でない証拠だ。

 実体はないが、高密度な霊力の塊である悪しきダイダラボッチに攻撃されれば、人間の肉体程度なら、霊体ごと粉々にされてしまう。

 今回は俺が防いだが、悪しきダイダラボッチとの戦いではフォローできなくなるかもしれない。

 だから、倉橋恭也、倉橋一族、安倍水穂、柊隆一には『死ぬな』と言っているのだ。

 久美子と涼子なら言わなくても理解してくれるが、倉橋恭也にそこまでの理解力があるかどうかわからないので、念のため言っておいた。

 それを守らずに死んでも、俺に責任はないと言う宣言に等しい。


「悪いな、悪しきダイダラボッチよ。わざわざ俺に触れてくれて」


 悪しきダイダラボッチが振り下ろした巨大の拳を受け止めることに成功した俺は、そのまま悪しきダイダラボッチの体に治癒魔法を流し続けた。

 すると、体中から黒い煙が立ち上り、その体が少しずつではあるが小さくなっていくのが確認できる。


「裕ちゃん、手伝うよ!」


「私も!」


「頼む」


 久美子が治癒魔法をかけ、涼子はレベル上昇で得たその驚異的な身体能力を用いて、髪穴で何度も悪しきダイダラボッチの足を斬り刻んでいく。

 すると、悪しきダイダラボッチから吹き出す黒い煙の量がさらに増え、さらに縮小していく様子が確認できた。


「悪しきダイダラボッチを構成する、悪霊、怨体、陰気を除霊、浄化して本体を極限まで小さくするしかない。久美子、涼子、お札も霊水もケチるな」


「「了解!」」


「俺たちは?」


「今の一撃で理解できたと思うが、悪しきダイダラボッチの攻撃を食らって死なないでくれ。あんたたちが死んで悪霊化すると、手間が増えるから」


「わかった……」


「倉橋君、そういうことなので、 私たちにできることは広瀬君たちの足を引っ張らないことだけだ」


 柊さんは理解してくれているので楽だった。

 封印が解けた悪しきダイダラボッチとまともに戦えるのは、俺、久美子、涼子だけだから仕方がない。


「いくぞ! 『爆霊陣』乱れ打ち!」


 強力な治癒魔法の円陣で悪しきダイダラボッチを囲み、濃厚な治癒魔法を連続して放ち続ける。

 悪しきダイダラボッチに対し、複雑な戦法など必要ない。

 確かにこいつは恐ろしい攻撃力を持つのだが、恐ろしいほどの巨体がネックとなって、それほど素早く動けない。

 注意すれば、攻撃を食らうことなどまずあり得ないのだ。

 倉橋恭也たちは初見で油断したのだろうが、 だからこそ悪しきダイダラボッチは恐ろしいとも言える。

 もし俺たちがいなかったら、今頃は煎餅のようにペシャンコになっていただろう。


「はあっーーー!」


 涼子は、悪しきダイダラボッチの足元を狙って髪穴で次々と攻撃していく。

 そして久美子は、大量のお札を投げ続ていた。


「大分小さくなった? まだ全然巨体だよ」


「やはり、とてつもない負のエネルギーの塊だな」


 悪しきダイダラボッチは、死霊王デスリンガーほど強くはない。

 だが、その耐久力は圧倒的だ。

 俺たちが全力で攻撃を続けてしばらく、ようやくひと周り小さくなった。


「おいおい。広瀬たち三人が、俺たちなら数百人がかりでも与えられるかどうかわからないダメージを喰らわせて、ようやくひと周り小さくなっただけなのか……」


「有史以前からの悪霊と負のエネルギーの集合体だからだ。日本全国の山々に分散している頃から厄介だったものを、安倍晴明が悪しきダイダラボッチとして纏めて封印したからな。確かに奴はトロイが、あまりに耐久力がありすぎて、日本全国の除霊師たちを集めても除霊することは困難なはずだ」


「除霊してはいけないのでは?」


「そうだよ、水穂君。悪しきダイダラボッチがなくなると、再び全国の山々が独自に悪霊と陰気を溜め込むことになる。すぐに人間の侵入を拒むようになるし、一つ一つの山の除霊依頼を受けるなんて、今の日本除霊師協会では不可能だからだ」


 後ろで、柊さんが倉橋恭也と安倍水穂に説明していたが、確かにその通りというやつである。

 極限まで弱らせてから封印する。

 だから、俺たちが散々苦労しても経験値は入らないという地獄仕様だ。


「菅木の爺さんと会長に言って、お札代と依頼料をふんだくってやる!」


「裕ちゃん、なかなか小さくならないよ」


「それだけ、あの巨体にみっちりと詰まっているのよ」


 かなりの長丁場になりそうで、なんか面倒臭くなってきたな。

 それに、長時間富士の樹海から全高二キロの巨人……○ののけ姫で見たようなダイダラボッチが突如出現したんだ。

 大騒ぎになって、もし一般人がここに様子を見に来て死者でも出たら面倒だ。


「時短でいくか」


「そんな方法あるんだ」


「あるけど、威力がとてつもなくてな。たとえ死霊王デスリンガー相手でも、完全にオーバーキルになる」


「裕君、じゃあ、どうして死霊王デスリンガーに使わなかったの?」


「溜めが必要だし、あいつだと回避しちゃうんだよ。だが、この悪しきダイダラボッチはトロイからな」


 こいつに攻撃を当てられない生物はいないはず。

 そのくらい、巨体すぎて鈍いのだ。


「久美子、涼子。一分だけくれ。悪しきダイダラボッチを攻撃しまくって足を止めてほしいんだ」


「わかったよ、裕ちゃん」


「任せて」


 死霊王デスリンガーとの戦いで一分間も戦闘に参加しないのは厳しいどころか、容易に反撃を食らっていただろうが、この悪しきダイダラボッチなら大丈夫だろう。


「一生懸命頑張って開発したけど、全然使い道がなかった『フル霊力バーストアタック』だ!」


 俺は、悪しきダイダラボッチの前で停止して霊力を両腕に溜め始める。

 敵の真ん前で一分間も動きを止めないと使えないので、当時はもの凄い威力の必殺技を覚えることができたと大喜びしていたのだけど、すぐに涼子たちから『必殺技を放つ前に、敵の的になってしまうから役に立たない』と言われて凹んだものだ。

 この必殺技は、俺の霊力のみならず、お守りに入れてある霊力回復剤なども用いてとてつもない霊力を両腕に溜め、一気に標的に向かって放つものだ。

 威力も貫通力もピカ一なので、命中すれば神様でも殺せる計算だった。

 これだけの予備動作を標的の前で見せるので、普通に強い奴にはまず当たらないんだけど、この必殺技を開発している当時は気が付かなかったのだ。


「(今、『フル霊力バーストアタック』が初めて役に立つ。悪しきダイダラボッチがトロくて助かった)」


 確かに無限に近い回復力を持つものの、悪しきダイダラボッチは久美子の治癒魔法とお札乱れ打ち、涼子の髪穴での連続攻撃に翻弄され、俺どころではなくなっていた。

 連続攻撃を受けて大分頭にきているようで、たまに二人を攻撃するのだけど、あまりに遅すぎて当たらない。

 もし命中したら煎餅のようになるので、油断は禁物なのだけど。

 倉橋恭也たちは俺の言うことを聞き、悪しきダイダラボッチから少し離れたところで俺たちが戦う様子を見守っていた。


「(霊力が溜まった!)久美子!  涼子!」


「「はいっ!」」


 もし人間に『フル霊力バーストアタック』が命中すると完全に霊体が破壊されて死ぬので、俺の合図で二人は最後にタイミングを合わせて一斉攻撃をしてから、すぐに悪しきダイダラボッチの傍を離れた。


「今だ! 『フル霊力バーストアタック』!」


 そしてその直後、俺の『フル霊力バーストアタック』が両手から放たれ、悪しきダイダラボッチの体の中心部に命中する。

 俺の予想どおり、トロイ悪しきダイダラボッチにはこれを避けることができなかった。


「ウモォーーー!」


 青白い光の奔流に包まれた悪しきダイダラボッチは、耳の鼓膜が破れそうなほど大きな牛の鳴き声に似た悲鳴を数十秒もあげ続けた。

 その間に、悪しきダイダラボッチの体はみるみる小さくなっていく。


「ようし、上手くいったな。 あとは、この士魂鈴で壊れた石碑の跡に再封印すれば……」


 石碑は俺が作れるので、それが終われば再封印は終了というわけだ。

 士魂鈴が使用できるまで、悪しきダイダラボッチが小さくなっていくのを眺める俺たち。

 これでようやく面倒臭い仕事が終わったと思い安堵していると、予想外の事態が発生してしまった。


「裕ちゃん、もしかすると威力が強すぎるんじゃあ……」


「そうね、なんか消え入りそう」


「なんと!」


 俺の計算だと、たとえ『フル霊力バーストアタック』を食らっても、もう少し攻撃を続けなければ再封印が可能なまでに弱らせることができないはずだったのに、悪しきダイダラボッチは今にも消え去ろうとしていた。


「待て!  お前には耐久力ぐらいしか長所がないんだから、もうちょっと粘れよ!」


 おかしいな?

 俺の計算だと、まだ全然余裕だったはずなのに……。


「あっーーー!」


「どうしたの? 裕ちゃん?」


 そういえば俺、この世界に戻ってきてからもレベルが沢山上がっていたんだった。

 俺の計算は、向こうの世界で死霊王デスリンガーを倒した直後くらいの強さで計算したものだった。

 どうせ『フル霊力バーストアタック』なんて欠陥品で使わないと思っていたから、再計算をすっかり忘れていた。


「待って! 消え去らないでくれ!」


「ウモォーーー! モォーーー! モ……」


 俺の願いも虚しく、天才除霊師安倍清明の遺産悪しきダイダラボッチは、この世から完全に消え去ってしまった。

 これは完全にやってしまったな。


「……倒せたからいいか」


「裕君、悪しきダイダラボッチがないとこれからの人生、ずっと日本の山々の除霊に駆り出されるのではないかしら?」


「……他の除霊師たちがやってくれるはずだから……」


 これはあれだ。

 もし俺たちが悪しきダイダラボッチを除霊しなかったら、間違いなく日本は壊滅的な被害を受けていたはず。

 だから、悪しきダイダラボッチを再封印ではなく除霊してしまった件を気にしてはいけないと思うのだ。


「裕君、そんな言い訳、菅木議員や柊さんに通用するかしら?」


「(なんとか誤魔化すしかないか? いや、俺に悪しきダイダラボッチの再現は不可能だけど、同じようなものは作れる。これで誤魔化そう)」


 思いっきり除霊してしまったが、まだヒントが残っているかもしれない。

 俺は、悪しきダイダラボッチの跡地を探り始めた。

 すると……。


「……骨片かな? しかも、人間のものっぽい」


「裕ちゃん、この骨って、『バーーーン』した安倍文子のものじゃないの?」


「いや、絶対に違う」


 なぜなら、よく見るとその表面には特殊な加工がしてあったからだ。

 そして、俺はこの骨が誰の骨なのかすぐにわかった。


「安倍晴明の骨だな。どうやらアバラ骨らしい」


 悪しきダイダラボッチを作るために、自分のアバラ骨を用いたのか。

 除霊師が自分の骨を用いて作る封印用の器と考えれば、俺でも悪しきダイダラボッチに似たものは作れるはずだ。


「一日もあれば、再封印用の石碑と合わせて作れる。悪しきダイダラボッチは残念だったけど、代替品があるから問題ないだろう」


「裕君、作業は自宅マンションに戻らなければ難しいの?」


「いや、この近くでホテルでも取ればいいんじゃないかな。ここで野宿する意味もないから」


 一日や二日、悪しきダイダラボッチがなくても問題ない。

 明日までに悪しきダイダラボッチの代理品と石碑と仕上げて、ここに戻ればいいのだから。


「なら安心だ。私たちもここに宿泊して明日に備えることにしよう。倉橋君たちと水穂君はどうするかね?」


 柊さんは、悪しきダイダラボッチを除霊してしまった件を気にしていないようだ。

 代替品でも、同じ機能があれば問題ないと考えたのであろう。

 以前の安倍一族なら、『偉大なる安倍晴明の遺産を破壊して!』などと怒られてしまいそうだからな。

 安倍一族にとって、安倍晴明は神に等しい存在なのだから。


「安倍晴明は偉大でも、その子孫はこのあり様よ。あの人たちは、自分の血筋を自慢に思っていたけど、結局一回も除霊しないまま死んでしまったわね」


「水穂……」


 そういえば、安倍水穂は母親と兄を失ってしまったのか。

 彼女にとってはあまりいい母親と兄ではなかったようだが、それでも家族だ。

 かなりショックだと思う。


「水穂、今は今回の事件の結末をすべて見守る方が大切だ。その後なら、まあ俺がつき合ってやるさ」


「恭也……」


 なるほど。

 これが、極めて自然に女子にモテてしまうイケメンなのですね。

 安倍水穂と倉橋恭也。

 俺から言わせると、この二人のどちらかが新しい安倍一族の当主でいいんじゃないかって思えてきた。


「広瀬君、今全員分のホテルを取った。大したホテルではないが、今はオフシーズンでほとんどお客さんも宿泊していないようだし、そちらに移動して作業を始めようか」


「そうですね」


 悪しきダイダラボッチの代替品と、再封印に使う石板だな。

 一晩もあれば完成するので、まずは移動することにしよう。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る