第166話 巻き込まれレベルアップ
「久美子、涼子、頼むぞ」
「うん、わかったよ」
「終わってしまえば特に体に害はないんだけど、これ痛いんだよなぁ。そういえば安倍晴明って、治癒魔法を使えたのかな?」
「使えませんでしたが、特殊な霊薬の調合に長け、除霊で大怪我を負っても、次の日にはピンピンとしていたという一族の日記が残っています」
「だろうな」
「広瀬、これからなにをするんだ?」
「悪しきダイダラボッチの代替品を作るのに、俺の肋骨が必要なんだよ。体から取り出したあとに久美子が治癒魔法をかければ、俺の体は完全に回復するけど、刃物で腹を切り裂いて肋骨を取るから、まあ痛いことと言ったら」
「そうなのか……麻酔は?」
「ここにはないし、アバラ骨の品質が落ちるから使わない」
「……それは大変だな」
「いっ、痛そう」
柊さんが取った近くのホテルの一室で、俺たちは作業を始めた。
まずは俺が横になり、涼子が霊刀である短刀で俺の腹を切り裂いて肋骨を一本採取。
すぐに久美子が、治癒魔法で完全に直すという作業からだ。
かなりスプラッターな光景になるというのに、母親と兄を失った安倍水穂もどういうわけか倉橋恭也と共に同席していた。
作業に使う短刀は霊器なので切味はよく、痛みは少ない……あくまでも普通の刃物よりはマシといった程度で、痛いものは痛いけど。
「涼子、水穂さんはいいのか?」
「ええ、本人は除霊師志望だから、勉強になると思って」
「俺の腹が切り裂かれて肋骨を切り取られるところなんて、見ても気分はよくないだろうに」
「除霊の現場では状態の悪い死体なんて珍しくもないし、悪霊自体が死亡時の姿をしていることも多いわ。水死して水ぶくれ、焼死して黒焦げ、事故で体が損傷して内臓がはみ出た状態なんてこともある。水穂が本当に除霊師を目指すのであれば、そういうものにも慣れてもらわないと」
「ほほう、姉ですなぁ」
涼子は少し恥ずかしそうに言ったが、異母姉妹が仲良くしてくれることを願うのみだ。
安倍水穂は、死んだ母親や兄と違ってまともみたいだからな。
「じゃあ、始めてくれ」
「いくわよ」
当然麻酔なんてないので、涼子は霊器である短刀で一気に俺の腹を切り裂き、先端から長さ十センチほど肋骨を切り取った。
出血と激痛が続くが、すぐに久美子が治癒魔法で俺の切り裂かれた腹と欠けた肋骨を完全に治してしまう。
「ふう……。やっぱりすごい痛いな」
「病院で肋骨を採取すればよかったのでは?」
「麻酔をして取り出すのは駄目なんだよ」
悪しきダイダラボッチの作り方は、容易に想像ができる。
要は、自分の肋骨を材料に疑似クローンを作り、その体内に悪霊や怨体、陰気を溜め込み続けるように改良するだけだ。
「封印に使っていた石碑を経由して、日本全国の山々で日々発生する悪霊、怨体、陰気を吸収し続けているというわけさ。ただ、強力な人間の悪霊は吸収できない」
だから、悪霊が出る山は全国に存在していた。
悪しきダイダラボッチは、山で死んで悪霊化した動植物、昆虫の吸収が限界なのだ。
「山では毎年沢山の虫が死ぬし、一年生の植物は枯れる。悪霊化する率は低いし、一体一体は大した強さでもない。でも、そこに山が誕生してから発生したすべての悪霊、陰気だ。チリも積もればというわけさ」
「数日なら悪しきダイダラボッチがなくても問題ないが、年月が経てば経つほど危険というわけだな」
「ああ、だから急ぎ悪しきダイダラボッチの代替品を作らなければいけないのだ」
「広瀬は、そんなものも作れるんだな」
「そこそこ手先は器用なので」
まさか、倉橋恭也に俺の事情を教えるわけにいかないので、適当に誤魔化しておいた。
悪しきダイダラボッチがないと、定期的に一つ一つの山を除霊しなければならない。
それはとても難しいので、やはり悪しきダイダラボッチと同じ機能を持つものを復活させるのが一番面倒がなくていいのだ。
「でも、いつかは巨人化した悪しきダイダラボッチの代替品が、封印を破ることもあり得ますよね?」
「当然そうなるね」
俺は、水穂の問いに答えた。
「だがそれは、数万~数十万年先の話だから、その時はその時代の除霊師に対応してもらわないと」
悪しきダイダラボッチに似たものは復活させるので、あとは自分たちでなんとかしてくれとしか言いようがなかった。
俺は、そんなに長生きできないのだから。
「さてと。俺というか、優れた除霊師の肋骨を霊水に漬け、ここに暗黒ムカデの黒焼き、サルーン草、 紫水晶の粉末を入れる」
すべて向こうの世界のものだが、浸けると俺の肋骨が黒ずんできた。
「これで下処理が終了したのと同時に、肋骨の表面がしばらく柔らかくなるので、ここに『疑似人体陣』をナイフの先端で全体に細かく刻んでいきます」
疑似人体陣を刻むと、俺の肋骨が疑似的な人体になる。
これは中身がスカスカなので、この中に日本全国の山々から集めた悪霊、怨体、陰気が詰め込まれていくというわけだ。
「よしと、これで完成だ」
肋骨にすべての疑似人体陣を刻み終えると、黒ずんでいた俺の肋骨が悪しきダイダラボッチに似た姿に変身した。
高さは十センチほどと非常に小さかったが、材料が俺のアバラ骨の先端部分なので当然だ。
「随分と小さいけど、大丈夫なのか?」
「こいつが日本全国の山々から吸収した悪霊、怨体、陰気を内側に溜め込んで、悪しきダイダラボッチ以上に大きくなるんだよ。その前にと……。久美子、涼子、『霊媒液』の用意はいいか?」
「大丈夫よ」
「ちゃんとレシピ通りに調合したよ」
「ありがとう」
様々な霊薬、魔法薬に使う材料と、先ほどの暗黒ムカデの黒焼き、サルーン草、 紫水晶の粉末が入った霊水を混ぜ、『霊魔人』を一晩漬け込む。これで、悪しきダイダラボッチ以上の性能を持つ代替品、霊魔人が完成だ。
「一晩漬けておくと、この霊魔人の外殻がよく伸びるようになるんだ。だから、悪しきダイダラボッチよりも沢山悪霊が入るぞ」
「はるか遠い未来の子孫たちは大変そうだな」
「それは、その時代の除霊師がなんとかしてくれ。どうせ、俺も倉橋も生きていないから」
「それはそうだな。あとは石碑か?」
「ああ、これは素材になる石は用意してあるから、あとは刻むだけだな」
「そんな巨大な石材を持っているのか?」
「まあな」
お守りに入っていた、向こうの世界の火山石だけど、これなら前の石碑よりも封印力は増すはずだ。
「広瀬には秘密が多そうだな。とにかく今は、悪しきダイダラボッチと同じ効果があるものが再封印されればいいのさ」
倉橋恭也は、次の倉橋家の当主だと聞く。
だが、安倍一族の連中に比べると話はわかるようだな。
「さて、石碑を彫るか」
俺がお守りから石材を取り出したら、柊さんと倉橋たちはとても驚いていたけど、今は明日に間に合うように石碑を彫る方が大切だ。
それに、今の状況で口が軽いやつはろくな目に遭わないことくらい理解しているだろう。
「そういえば、裕ちゃん。またレベルが上がったよ」
「凄いわね。数字が上がってしまうと、もうどうでもいいような気もするけど……」
広瀬裕 (パラディン)
レベル:4897
HP:77542
霊力:118636
力:4807
素早さ:5179
体力:5341
知力:3543
運:3897
その他:刀術、上級治癒魔法
相川久美子(巫女)
レベル:3566
HP:44670
霊力:52222
力:3178
素早さ:3799
体力:3897
知力:3986
運:5222
その他:神級治癒魔法、神級調理
清水涼子(除霊師)
レベル:3551
HP:48780
霊力:48791
力:3742
素早さ:3689
体力:3678
知力:4015
運:3016
その他:槍術、お札書き
悪しきダイダラボッチを倒した直後にレベルが上がったのだが、それどころではなかったからな。
本当なら、悪しきダイダラボッチを倒すのではなく、弱らせて再封印する予定だったのでレベルは上がらないはずだった。
ところが、俺が計算違いで倒してしまったものだから……。
まあ、もう数字に関しては気にしても仕方がないかもしれない。
「ねえ、裕ちゃん。もしかしたらなんだけど、悪しきダイダラボッチを倒した私たちパーティのレベルが大幅に上がったとすると、柊さんたちも同じかもしれない」
「ああっ!」
俺たち以外の除霊師にレベルやステータスは表示されないが、死霊王デスリンガーが倒された影響で、悪霊を倒すと強くなるのは事実だ。
成長に大分個人差があるようだが、彼らは悪しきダイダラボッチを倒した現場に一緒にいたのだ。
レベルが上がらないはずが……。
「大変だよ! 広瀬君!」
昨日の現場に出かけようと、ホテルのロビーでそんな話をしながら柊さんたちを待っていたら、そこに血相を変えた柊さんが飛び込んできた。
「朝起きたら、とてつもない霊力になっているのだけど、これは君たちが悪しきダイダラボッチを倒した現場にいた影響かな?」
「でしょうね」
「やはりか……」
やはり柊さんのステータスは見えないが、以前よりも圧倒的に霊力が増えているのがわかった。
しかも、ちょっと尋常ではない量だ。
「どれどれ……」
お守りから取り出した小型の『霊力測定器』で柊さんの霊力を計ると、なんと8700という数値が出た。
なお、この小型霊力測定器は俺の自作である。
「8700! これまでの十数倍だよ! 昨日は全然気がつかなかった」
「それはそうですよ」
昨日の時点でレベルが上がっても、霊力は一晩寝なければ回復しないのだから。
それと、ステータスが出ない人間は霊力以外のステータスの伸びが極端に少ないような気がする。
そうでなければ、レベルアップの影響で突然怪力になったら気がつくはずだ。
「ああ、でも。昨日からとても身体が軽くなったような気がするな」
「じゃあ、柊さんも同じパーティと見なされたのでしょうね」
「なるほど。たまたま現場に居合わせただけで悪いような気がするが……」
「悪しきダイダラボッチに叩き潰されて煎餅になっていたかもしれないので、そんなに気にすることはないですよ。それなら、安倍一族の力のある当主になってください」
「私が当主にか……。確かに、今の霊力なら文句は出ないはず」
それどころか、間違いなく安倍晴明よりも霊力が多いはずだ。
「複雑な心境だけど…、あっ!そうだ! じゃあ、倉橋君と水穂君、そして倉橋一族のみんなもか」
急ぎ出かける前に、倉橋恭也たちの霊力を霊力測定器で計ってみたのだが……。
「10600! 朝起きたらなんか変だと思ったら……」
「13500です。前はもの凄く低かったんですけど……」
「俺は4800だ!」
「3700だな」
「6100! すげえ!」
「一週間前から除霊を始めた水穂が、倉橋君よりも霊力が多いなんて……」
倉橋恭也、安倍水穂、その他倉橋一族の除霊師十三名。
思わぬ偶然により霊力が大幅にアップしてしまったが、これはこれでまた問題が起こりそうな……。
だが今は、霊魔人の設置と再封印の方が先だろう。
俺たちは急ぎ昨日の現場へと向かい、無事に悪しきダイダラボッチに似たものを復活させるのに成功したが、このあと、日本の有名除霊師一族の相続争いに巻き込まれることになるとは……。
そんなことをしている暇があったら、ちゃんと除霊してくれと言いたい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます