第164話 末路
「ここね。悪しきダイダラボッチが封印されている祠は。ふう……、 どうしてこんな樹海の奥にあるのよ! この私にこんな不気味なところを長時間歩かせるなんて!」
「不用意に人が来ないようにしうかないと思うけどな。ママ、早く封印を解こうぜ」
「そうね、始めるわよ」
まったく、この私を誰だと思っているのかしら?
不快な悪霊たちが多い富士の樹海の中を、長々と歩かせるなんて!
次から悪しきダイダラボッチは、もっと簡単に辿り着ける場所に封印させましょう。
「それにしてもボロイ石碑だな。すでに刻まれている文字が見えないじゃないか」
「この石碑は、安倍晴明が刻んだものです。しかし、思った以上に風化が激しい。これは、じきに石碑を交換しなければいけなかったはず。このままでは、すぐに封印が解けてしまう可能性がありますから」
「ならちょうどいいじゃない。まずは封印を解いて清水涼子を殺させ、そのあとに再封印すればいいのよ」
「ママ、ナイスアイデア!」
「そんなわけないでしょう! もういい加減にしてよ!」
この私、安倍文子に対し反抗的な口を利く生意気な女は誰?
声の主を確認すると、なんとそれは水穂だった。
「水穂! あなたは大切な体なんだから、こんなところに来ては駄目よ」
「そう思うのなら、これ以上バカなことはしないでちょうだい! お母さんもお兄さんも、もう後がないのがわかってるの? 安倍一族から追放された二人が勝手に悪しきダイダラボッチの封印なんて解いたら、命の保証なんてできないわよ。なんのために安倍晴明がこんな石碑を掘って、悪しきダイダラボッチを封印したと思ってるのよ!」
「私は、あの偉大なる安倍晴明の直系に近い子孫なのよ。霊力に目覚めた私と清次が士魂鈴を用いれば、悪しきダイダラボッチを操るなんて容易いことよ」
「それよりも水穂。お前、家族を裏切るのか? 政略結婚の駒のくせに生意気だぞ!」
まったく、勝手に私たちを追いかけてきて。
もし顔に傷でもついたら、広瀬裕の食指が動かないじゃないの。
水穂は大人しくしていればいいのよ。
「お兄さん……。いえ、もうあんたなんて兄じゃないわ。士魂鈴程度で、しかも霊力に目覚めたばかりの二人が、悪しきダイダラボッチを制御できるわけがないでしょう!」
「大丈夫よ」
だって私と清次は、安倍晴明の血が濃いのだから。
悪しきダイダラボッチという手駒を得られれば、安倍一族のみならず、世界の除霊師業界を支配することだってと可能なはず。
「いや、無理だろう。というか、バカって本当に話が通じないんだな。そういうことじゃないんだけど……」
「お前は、倉橋恭也! 分家の雑種じゃないか。昔から、水穂に付きまとって! 安倍本家の血を狙ってだろうが、卑しい男だ」
「清次、お前に言われたくないな」
これだから、雑種の倉橋一族は……。
油断も隙もあったもんじゃないわ。
昔から、しつこくうちの水穂に付きまとって!
「これだから嫌なんだよ。根拠のない自信にあふれている勘違いバカは。遠縁とはいえ、この二人と親戚同士だなんて、世間に恥ずかしくて言えやしない」
「なんだと! 分家の雑種の分際で!」
そうよ!
清次の言うとおりよ。
倉橋一族は長年、偉大な安倍一族に逆らってきた雑種のくせに生意気なのよ!
倉橋恭也、少しぐらい顔がいいからっていい気になって。
うちの清次の方が、いい男に決まっているじゃないの。
「おまえらと長々話をしていると時間の無駄だから簡潔に言う。安倍文子と安倍清次、そして安倍一族の宝物庫から士魂鈴を持ち出した愚か者たちよ! お前たちは安倍一族から除名された。これ以上の悪事は慎むのだな」
「それにしても、倉橋一族も地に落ちたものね。安倍一族の命令で雑用なんてしているのだから」
安倍一族とは距離を置いていると公言しているくせに、その小間使いをしているなんて。
笑えてしまうじゃない。
「勘違いするなよ。倉橋一族が安倍一族と距離を置いて独自に動いているのは事実だし、これからもずっとそうだ。だが、倉橋一族が安倍一族の分家である事実は変わらない。お前たちのようなバカがいると、こっちも迷惑なんだ。悪しきダイダラボッチの封印を解くだと? そんなことをしたらどうなるのかわからないバカどもが、安倍一族を名乗るな! それにしても、柊執行部長も大変だな。まさかこんなことをするバカが一族にいて、さらにそれに同調する連中が現れるなんて。安倍一族はさらに力が落ちてしまうな」
「そんなわけがないでしょう。私たちは、この悪しきダイダラボッチを利用して安倍一族のみならず、世界の除霊師業界を牛耳るのよ。それよりも、水穂から離れなさい! その子は広瀬裕と結婚させるから、倉橋の雑種が近づいていいような存在じゃないの!」
これだから分を弁えない若造は。
本当に困ってしまうわ。
「……処置ナシだな」
「もうあなたを母親とは思わないわ。普段、安倍一族がどうこう言っているくせに、こんなことをしたらどうなるかも理解できないなんて……。刑務所に入るよりも辛い未来が待っているのに」
「非合法的処置ってか。僕はその手のことは得意だぞ。悪しきダイダラボッチの力を手に入れたら、ママと僕に逆らう連中は皆殺しだぜ!」
そうよ!
私たちが悪しきダイダラボッチの力を手に入れれば、 私たちの支配に逆らう除霊師は皆殺しよ!
そして、それをしても許される存在になるというわけ。
「なにが非合法処置よ。半グレと反社と関わりのあるチンピラの財布君でパシリなのに、とても仲がいいと思っている、『なんちゃってヤンキー』のくせに。実の兄だから、傍から見ていると痛々しいのよ」
「水穂ぉーーー! てめえ! 倉橋恭也にヤラれて言いなりになりやがったな!」
「おいおい、安倍清次よ。お前の目線で俺を語らないでくれないか。おい! 取り押さえろ!」
そう倉橋恭也が命令したと思ったら、周囲から次々と若い除霊師たちが姿を見せた。
まさか、倉橋一族が総動員ってこと?
「お前たちらがやらかせば、倉橋一族にも悪影響大なのでね。さすがの柊隆一も極秘裏に動いていたようだが、倉橋一族にも独自の情報網があるのさ。俺は次の当主なので、当然そういう情報は手に入りやすい。そしてお前らに配慮してやろうなんて気持ちは微塵もない。おい!」
「安倍一族である、この私たちに手を出すというの? もしそんなことしたらどうなるかわかっているのかしら。第一、犯罪じゃないの」
そうよ。
私に手を出したら傷害罪と暴行罪よ。
弁護士に頼んで、お前たちを訴えてやるんだから!
「語るに落ちるとはこのことだな。お前たちはお前たち自身がやったことの報いで、もう安倍一族じゃないんだよ。なにより、自分たちは好き勝手に非合法な行為に手を染めているのに、いざ自分が攻撃されると、犯罪だとか言って騒ぎ立てる。 ダブルスタンダードにも程がある。もうこれ以上聞く耳持てないな。捕らえろ」
「わかりました」
「清次! みんな! 倉橋一族のひ弱な除霊師なんて叩きのめしてしまいなさい!」
倉橋一族のひ弱な除霊師なんて、清次たちにかかれば簡単に無力化できるはずよ。
そうだ!
ここで倉橋恭也たちを徹底的に叩きのめし、私たちの支配下に置けば、安倍一族を完全支配するための尖兵にできるじゃない。
長年分裂状態にあった安倍一族と倉橋一族の統合もできて、私たちの株も上がるというものよ。
「恭也、俺は昔からてめぇが気に食わなかったんだよ! 今、どっちが上か教えてやる」
「ふーーーん、それは奇遇だな。実は俺もお前が大嫌いだったからな。お互いの気持ちが一致してよかったじゃないか。チンピラ清次君よ」
「地べたに這いつくばらせてやるぜ!」
うちの清次は強いのよ。
体が大きいだけの倉橋恭也なんて簡単に倒せるはず……はず?
「清次!」
「俺は除霊師だから、除霊だけしかできない軟弱者だと思ったのか? いや、違うか。別に俺は、特別腕っ節が強いわけじゃない。いかにもなファッションで、その手の輩と仲良くしている風に見せて、実はパシリをしているだけの清次に負ける倉橋一族の除霊師なんていないだけだよ。うちは、安倍一族の報復や嫌がらせに備えて体を鍛えているからな」
倉橋恭也!
雑種にくせに、よくもうちの清次を!
「除霊師の敵は悪霊だけじゃない。むしろ人間の方が性質が悪く、倉橋一族の除霊師は体を鍛えていた。オバサンのような、プライドばかり一人前で頭がおかしい安倍一族の報復を恐れてさ。清次は清次で、格好ばかり怖そうに見せかけて貧弱にもほどがあるな。他の連中もひ弱すぎて笑うしかないぜ」
まったく、どいつもこいつも。
それでも、安倍一族の除霊なの?
簡単に全員が取り押さえられてしまって。
「清次を離しなさい! 私たちを誰だと思っているの?」
私の可愛い清次を、足で踏みつけるなんて!
水穂にも手を出しているようだし、雑種の倉橋恭也は、必ず安倍一族の総力をかけて始末してあげるわ。
「オバサンたちが誰かだって? 元安倍一族の方々だろう。大人しくしてもらおうか」
「セクハラよ!」
「自分の都合のいいように、整合性のつかない発言がポンポンと出せて羨ましい限りだ。バカも極めると、案外人生楽なのかもな。無事に士魂鈴も回収できたから、これからここに来る柊さんに渡して終わりだな。まったく、俺たち若者がちゃんと現実を見ているのに、オバサンが夢みたいな妄想を語るって、安倍一族も末期だな」
「私を離しないさい! 安倍一族の私たちをどうしようと言うの? まさか……」
私は両脇から、二人の若い除霊師に掴まれていた。
この私を殺すというの?
安倍一族のために命を落とした、安倍清明の妻であったこの私を?
霊力に目覚めた私と清次を殺すなんて、除霊師業界にとって最大の損失だというのに!
「これまで散々好き勝手にやらかしてきたのに一度も罰を受けず、いざ自分に害が及ぶ可能性が出ると被害者面するなんて呆れたものだ。オバサンたちがこれからどうなるのか俺にはよくわからないけど、まあ自業自得というやつだ」
「冗談じゃないわよ! 水穂! 私と清次を助けなさい! 母親が命令しているのよ!」
ここで終わってなるものですか!
どうにか水穂を動かして、このピンチを脱しないと。
「何事も諦めが肝心だと思うけど。聞いたわよ、清水涼子さんを殺そうとして随分と無駄金を使ったようじゃない。殺人未遂教唆とかで捕まるんじゃないのかしら? 私にはどうにもできないよね」
「水穂ぉーーー!」
私はあなたの幸せのため、広瀬裕と結婚させようと努力しているというのに!
肝心のあなたが、どうして私に冷たいのよ!
「なにが私の幸せのためよ。全部自分の幸せのためじゃない。物心ついた頃から、自分勝手で、我儘で、今のこの時代に名門意識を持って鼻持ちならないあなたにはウンザリ。大好きな息子と一緒に沈没したら?」
「水穂ぉーーー! 実の母親に向かってなんて親不幸な!」
水穂、本当にあなたはあの人にそっくりね。
私と、私に似ていると言って清次を無視したあの人に!
「私も清次も霊力を得たのよ! 私たち親子を無視してバカにする安倍一族を必ず支配して、あいつらを顎で扱き使ってやるのよ!」
「そんなことは無理よ。諦めて刑務所に行くのね」
「ということだ。もうすぐ柊隆一も到着するだろう。彼にオバサンたちを引き渡すが、これからどうなるのかは俺にもわからないな」
「クソッ! 離しなさい!」
このままでは、私の身の破滅よ!
どうにかこの場から脱出しないと……と考えていたら、突然心の中に何者かの声が響き渡った。
『(力が欲しいか? 目の前の敵を滅する力が)』
「(欲しいわ! 私は力が欲しい!)」
霊力がなかった私と清次をバカにした安倍一族!
一族の決定で好きでもない私と結婚し、まともな家庭を築かなかった夫!
そんな私をあざ笑うかのように、夫の子供を勝手に産んだあの女!
安倍一族の血が薄いくせに霊力に恵まれ、安倍一族の若手除霊師としての評価を上げていったあの女の娘、清水涼子!
『(ならば、すべて捨てて我を受け入れよ! 成功すれば、こやつらなど簡単に殺せよう)』
そう、倉橋恭也も、夫に似た水穂も殺せるというわけね。
ならば、水穂と広瀬裕を政略結婚させるなんて、回りくどいことはやめるわ。
「最強になった私が、私に逆らう者たちを皆殺しにして、すべてを支配してやるわ!」
「なんだ? オバサン、突然なにを?」
私が決意を固めた瞬間、体中にこれまでに感じたことがない力が溢れ出てくるのが実感できた。
「できるわ! 私はなんでもできる! この力があれば!」
「恭也、あの石碑!」
「いつの間に、こんなにひび割れたんだ? このままだと悪しきダイダラボッチの封印が!」
なんだ。
結局同じことじゃないの。
悪しきダイダラボッチは封印の外に出たがっており、私と組む余地があるということね。
その力を、私が利用してあげるわ。
「さあ! 悪しきダイダラボッチよ! 私の体を自由に使うといいわ!」
両手をあげながらそう叫ぶと、石碑のひび割れがさらに増し、ついにバラバラに砕け散った。
そして石碑があった地面から、黒い巨人の影のようなものが出現して、私の体に入っていく。
「凄い! 私の力が! 霊力に目覚めた時の比なんてものじゃない! この力があれば私はなんでもできる!」
『そうだ! この力があればなんでもできるぞ! お前はなにを願う?』
「安倍一族を支配するわ! いえ、もう皆殺しでいいわね」
だって、私一人いれば最強なんだから、もう駒なんていらないわ。
むしろ他人なんて邪魔よ。
他人がいたら、私が好き勝手にできないじゃない。
「安倍一族も、倉橋一族も、他の除霊師たちも皆殺しにしましょう」
だって、もう邪魔だから。
邪魔なゴミは、すぐに捨てなけばいけないのだから。
『そうだ! 除霊師などろくなものではないぞ。我を封印した安倍晴明の子孫など皆殺しにしたほうがいい。山を汚し、侵す人間も邪魔だ』
「そうね、人間なんて皆殺しにしてしまいましょう」
「ママ、ママはなにを言っているんだ? 今のうちに逃げないと!」
清次、当然あなただけは別よ。
夫も、水穂も、安倍一族も、倉橋一族も、すべての除霊師、人間を皆殺しにしても、あなただけは……。
『お前は個で最強の存在になるのだ。他の人間などいらぬだろう』
「そうね。他の人間なんていらないわ」
「ママ、なにを? あがっ……」
本当に私は最強になったようね。
人間の首が簡単にへし折れてしまったわ。
清次、私が産んだ可愛い子。
でも、もういらないの。
だって、私が一人いれば、他になにも必要ないのだから。
「私は安倍文子! この世界で唯一にして最強の人間。他の人間は皆殺しよ!」
腹が立ったから、まずはすぐに士魂鈴を奪われて捕らわれてしまった安倍一族の連中の心臓を拳の一撃でぶち破り、手刀で頭を二つに叩き割り、 首をへし折ってやったわ。
「はははっ、気持ちいいわ!」
「ママ……」
「イタイ……。ワタシハシンダノカ……」
『美味しい魂があるぞ』
「本当ね」
殺した清次と、安倍一族の連中が悪霊になってしまったけど、私からしたら美味しいご馳走でしかない。
次々と漂う悪霊を食べていく。
『美味いだろう?』
「美味しいわ」
これまで生きてきて、こんなに美味しいものを食べたことがないわ。
『そうだろうとも。やはり人間を惨たらしく殺して悪霊とし、それを食らうのは最高だな。私もこれで大幅にパワーアップできたぞ。数が多くても、植物や虫や動物の魂は薄いのでな』
「次は……。水穂ぉ、 あなたは倉橋恭也たちと共に心して惨たらしく殺してあげるわ。水穂、あなたは夫に似ていて気に食わなかったのよ! 死ねぇーーー」
今の私の身体能力ならば、数十メートル離れた水穂に一瞬で接近できるわ。
そのか細い首をへし折るなんて容易いことよ。
「はははっ! 死ねぇーーー! 水穂!」
これで、憎き夫の血を継いだ子供は清水涼子のみ!
安倍晴明の血を継ぐ者たちと共に必ず殺してやる!
「水穂ぉーーー!」
「避けられない!」
最近やっと除霊師として活動するようになった水穂が、すべてを超越する人間になった私に勝てるわけがないじゃない。
いくら優れた除霊師でも、身体能力は普通の人間と大きく違わないのだから。
「一撃で首を刎ねてやるわ!」
もうすぐで水穂の首を……。
憎き夫に似た水穂の首を……。
「死んで悪霊化したら、私が食らって……えっ?」
もうすぐ水穂の首に手が届くところで、私の視界をなにかの影が遮った。
続けて頬に風を感じたと思ったら、両腕の感覚がなくなってしまう。
なにも感じることができなくなった私の両腕は、そのままダランと垂れ下がってしまった。
「私の腕がぁーーー! 上がらないわ!」
「あらごめんなさい。いくら髪穴がパワーアップしても、悪霊と人間の霊体を区別して斬り落とすなんてことはできないの」
「清水涼子ぉーーー!」
なんと、私が水穂を殺すのを邪魔したのは、私が誰よりも殺したいと願っていた清水涼子だった。
この女は私の邪魔をしたばかりでなく、私の両腕を使えなくしやがった!
「清水涼子ぉーーー! どうして?」
「私があなたという人間に対してなにか感情を抱くと思っていたのですか? 仕事だからですよ」
「私の腕をよくも!」
私の両腕を使えなくして!
傷害罪じゃない!
「あなたの腕の霊体は、体から切断されてしまいましたからね。回復するかどうかは運次第……。なによりも、あなたはもう死んでいるではありませんか」
「私が死んでいる? ふんっ、三流除霊師がなにを言うのかと思えば……」
私が死んでいるだなんて、わけのわからないことを……。
これだから、安倍一族の血が薄い女は……。
「オバサン、自分の体をよく見てみるんだな」
「お前は……。広瀬裕とそのオマケ」
「誰がオマケよ! 相川久美子よ!」
どうせ、広瀬裕に媚びているビッチたちの一員でしょう。
水穂も始末することに決めた今、あんたたちなんてゴミ以下の存在よ。
それよりも、私の体がどうしたと……。
「なによ? これは!」
私の綺麗な肌が土気色になっていて、さらに体中が傷だらけ、血まみれ、青あざだらけじゃないの!
「とてつもない年月、悪霊を吸収して巨大化した悪のダイダラボッチをその体に宿して、生き続けることができると思っていたのか? それに、その身体能力の高さだ。オバサンの体はそれに耐えられないから、 動けば動くほど体が壊れていく。しかも、気がつかないのか?」
「気がつかないって……。なにをよ!」
「そこまで負傷して、どこも痛くないなんておかしいだろう。決定的な証拠を見せてやるよ。久美子」
「了解だよ、裕ちゃん」
オマケ女が、なにやら青白い光を私に向けて放ってきた。
それが私の体に触れると……。
「体が燃える! 熱い! 死ぬぅーーー!」
「治癒魔法を受け付けない生物なんていないよ。オバサン、あんたはもう死んでいるんだ。それに、悪のダイダラボッチを受け入れたオバサンがいつまでも意識を保てるものか。悪のダイダラボッチ。酷いことをするな」
「どういうことよ?」
『どういうも、こういうも。お前はすでに悪霊と化していたのだ。それにも気がつかないとは……。まあいい。我が食らってやろう』
「どういうことなのよ? ちゃんと説明しなさいよ!」
『こういうことだ』
わっ、私の体が風船のように膨らんできた。
このままでは破裂して死んでしまう!
『愚か者め。お前はもう死んでいるのだ。お前の腐った汚い肉など一刻も早く剥がすに限る』
「私を騙したのね!」
『お前たち人間の世界では、騙される方が悪いと言うではないか。サラバだ』
「体がぁーーー!」
今にも私の体は裂けてしまいそうなのに、まったく痛みを感じないなんて……。
悔しい!
私は、私をバカにしてきた連中を一人も殺すことなく死んでしまうというの。
「清水涼子! 水穂! 安倍一族! 倉橋一族! みんな死んでしまえばいいのよ!」
駄目だわ。
もう意識が……。
暗闇の世界に引きずり込まれていく。
もしまた生まれ変わることができたら、どいつもこいつも必ず殺してやるわ!
「裕ちゃん……」
「ピンチに陥って、悪しきダイダラボッチの誘惑に乗ったんだろう。いくら注意しろと事前に注意されていても、 貧すれば鈍するだ。この手の誘惑に乗って死を早める奴が多い。安倍文江もな。しかし……」
「影の巨人……。悪しきダイダラボッチ」
「……清水さん……」
「私たちは、普通の異母姉妹とは違うわ。それは仕方がないことなのよ。でも、さすがに死なれてしまうと後味が悪いから……」
「ありがとう、お姉さん」
「……」
清水涼子と安倍水穂。
あまりにも二人の間には色々とありすぎて、感動の姉妹再会というわけにはいかないか。
それよりも今は、死霊王デスリンガーよりもはるかに巨大な悪のダイダラボッチの再封印が先か。
「裕ちゃん、除霊しないの? 再封印だと、またいつか悪のダイダラボッチがこうやって復活してしまうかもしれないのに」
「俺もそう思った。どうなんだ? 広瀬裕」
「ああ、倉橋恭也か……。悪のダイダラボッチ自体は、非常に優れたシステムだからな。日本の山々に溜まる穢れ、悪霊の類をいちいち個別に浄化するのは骨なんだ」
優秀な除霊師のチームが数十年おきに除霊、浄化しなければいけなくなる。
最近除霊師は増えつつあるが、山の除霊は国が依頼してくることが多いので、依頼料が安い。
除霊を引き受ける人がいないばかりに、人が入れない山が増えてくる可能性が高かった。
山で発生した悪霊をすべて纏めて悪のダイダラボッチに集めて封印し、以後も発生した生物の悪霊たちを吸収できるようにしている。
性質の悪い悪霊には効果がないが、それだけなら除霊師も個々で対応しやすかった。
「だから悪のダイダラボッチを浄化せず、極限まで弱らせてから、士魂鈴を用いて再封印するのがベターな方法だと思う。石碑が壊れてしまったので、これは新しく作り直すしかないな」
「なるほど……。手伝おうか?」
「手伝ってもいいが、死なないようにしてくれよ」
「我々にもプライドがあるのでね。死なず、足を引っ張らないように手伝わせていただく。いいよな? 柊さん」
「私も、広瀬君たちの足手まといにならないようにするのが精一杯なんだ。しかし、悪しきダイダラボッチが再び封印されるまでは必ず確認しなければならない。三流除霊師としては辛いところだ」
「ですね」
倉橋恭也と柊隆一。
ともにトップクラスの除霊師だと思うが、俺たちが反則すぎるんだろうな。
とにかく、悪のダイダラボッチを間違えて除霊してしまわないようにしないと。
「柊さん、菅木の爺さんに連絡を入れた方がいいですね。これは後始末が大変そうだ」
「安倍文子、安倍清次、他三名。安倍水穂さんには悪いが、愚かな最後としか思えないな」
「いえ、柊さんの言うとおりだと思います」
悪事を企んだ全員が惨たらしく殺されてしまったが、特に安倍文子の死体は破裂して正視できない状態になっていた。
これの処理は、菅木の爺さんに任せるしかない。
「とはいえ、それはあとの話だ。涼子、久美子、油断するなよ」
「了解」
「水穂さん、あなたは除霊の経験が少ないから、必ず悪しきダイダラボッチとは距離を取って、無理に攻撃しようなどとは思わないで」
「わかりました……。あの……涼子姉さん」
「……わかればいいのよ。水穂」
複雑な事情をもつ姉妹だが、少しは打ち解けることができたようだ。
あとは、悪のダイダラボッチを再封印するだけだな。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます