第152話 これも除霊

「もうそろそろかな?」


「広瀬くぅーーーん!」


「愛実、こっちだよぉーーー」


「はぁ……はぁ……。ごめんなさい、広瀬君を待たせてしまったみたいで……」


「いや、俺は全然待ってないからさ。愛実も無理して走らなければいいのに」


「ちょっと遅刻してしまったから……」


「たかが一分か二分じゃないか。 気にするような時間じゃないのに、愛実は真面目だなぁ。でも、俺のために急いでくれたのは嬉しかったよ」


「遅刻するとその分、広瀬君と一緒にいられる時間が短くなってしまうから、それが嫌だったの」


「愛実は今日も可愛いなぁ。それなら、二人で一緒にいる時間を少し延ばせばいいんだよ」


「広瀬君と一秒でも長くいられたら、私、とっても嬉しいな」





 俺と愛実は、東京スペシャルランドという、世界中の子供たちの悪霊によって占拠されてしまった遊園地の除霊を引き受けたはずなのに、どうしてこんなバカップルのデート開始を再現してしまっているのか。

 それは、東京スペシャルランドの除霊が、通常の方法では難しかったからだ。

 どうもこの遊園地、霊的な防御を一切考えずに建設されてしまったらしい。

 言い方は悪いが、成り上って大金を稼いだ企業家が豪華な建物や施設を作る時、 比較的こういうことをやらかしやすい。

 実は、全国の有名な遊園地の多くが、事前に一流の風水師や除霊師と相談して図面を引き建設工事をしている。

 なぜなら、せっかく高いお金をかけて建造物なり施設を建設しても、そこが悪霊の巣になってしまったら、かえって大損をしてしまうからだ。

 だが東京スペシャルランドは、その手の配慮を一切しないでほぼ完成させてしまった。

 方角や土地の場所、敷地内に霊道があるか、建造物の設計や設置の仕方が、悪霊を呼び寄せ、内部に留まってしまうようになっていないか。

 まったく気にしないわけだ。

  俺が調べたところ、東京スペシャルランドはわざとそういう風に作ったのではないかと思われるほど、最悪の場所、方角、設計、施設の配置となっていた。

 今日俺がこの園内にいるすべての悪霊を除霊したところで、また数日経てば元の木阿弥になってしまう。

 そこで、非常に胡乱な方法に見えてしまうが、通常の除霊とはまったく異なる方法で除霊を始めており、その過程で俺と愛実がバカップルを演じる必要があったというわけだ。


「(広瀬さん、木原さん。本当にこんな方法で子供たちの悪霊が消えるのですか? 東京スペシャルランドのあちこちに、悪霊除けのお札を貼るか、封印を施せばよろしいのでは?)」


 東京スペシャルランドのチケット売り場で、子供たちの悪霊に囲まれながら、おっかなびっくり受付をしている若い男性職員が、俺に小声で尋ねてきた。


「(今いる子供の悪霊たちを除霊し、お札を貼り、封印を施しても、一週間もすれば元通りになってしまいます。まずは、悪霊の力を落とす封印を東京スペシャルランドに施し、 悪霊たちを大人しくさせました。今、この東京スペシャルランドの施設や店舗、アトラクションを運営しているあなたたちに害はありません。ですから、今日一日は疑問を感じずに担当した仕事をこなしてください)」


 完成間近というか、施設についてはすべて完成している東京スペシャルランドは、本日、俺が作った『霊衣』を着けた職員たちが動かしていた。

 客は、生きた人間は俺と愛実だけで、あとは悪霊たちだけだけだ。

 封印による弱体化と、悪意の減少、そして、俺が作成した『霊衣』の装着により、俺たちはともかく、園内で働いている職員たちが悪霊に襲われる心配はない。


「(広瀬君、私たちがバカップルデートをすると、子供たちの悪霊は消えてしまうの?)」


「(勿論それだけでは消えはしないし、今はまだ悪霊たちを消しては駄目なんだ。いなくなれば、この東京スペシャルランドの立地と構造上、すぐに世界中から子供の悪霊を呼び寄せてしまうからだ)」


 その前に、この東京スペシャルランドに色々と処置をする必要があるので、まだ除霊はしない。

 わざわざ悪霊を弱らせる……悪意を弱める封印を東京スペシャルランド全体に施し、霊衣を着せて安全確保をした職員たちに、施設を通常通り稼働してもらう。

 すると、子供たちの悪霊は遊園地に興味を持ち始め、大人しくなった。

 

「(子供は遊園地が好きでしょう? 悪霊たちが大人しいうちに、『陽気』をこの東京スペシャルランドに溜め込むことができるのさ)」


「(『陽気』?)」


「(非常に説明が難しいけど、それが満ちている土地に悪霊は来ない。逆に『陰気』が満ちた土地は、悪霊の巣になりやすい)」


「(この東京スペシャルランドは、この陰気を溜め込みやすいってことですか?)」


「(極めて陰気を溜め込みやすい状態だね)」


 いったいどういう設計をしたのか知らないが、この施設は周囲から『陰気』を呼び寄せ、それを内部に溜め込んでしまう構造をしていた。

 そして東京スペシャルランドの構造上、そう簡単に内部に『気』を溜め込む性質を変えることができない。

 

「(この東京スペシャルランドの立地は最悪だ。このままにしておくと、どうしても『陰気』を集め、溜め込んでしまう。そこで……)」


「(そこで?)」


 まずは、東京スペシャルランド内の陰気を減らしながら、新たに陽気を溜め込む。

 一度溜め込まれた陽気はその構造上、外にはとても漏れにくい。


「(なにより、園内に充満した陽気は新たなる陰気の侵入を防いでくれる。つまり、悪霊も入ってこれなくなる)」


「(陽気を東京スペシャルランドの敷地内に充満させてから、今いる子供たちの悪霊を除霊するんですね)」


「(そうだ)」


 ただ、悪霊と陰気が東京スペシャルランドの内部に流れ込むのを防ぐ封印を施せばいいというわけではないのだ。

 先に陽気を充満させ、新しい陰気が入ってこないようにもしないと、除霊してもその状態が継続しない。

 他にも別種の封印やお札は貼るが、まずは陽気を充満させ、いい流れを作ることが、東京スペシャルランドの除霊を成功させる唯一の方法なのだから。


「(溜め込んだ陽気は抜けないのですか?)」


「少しずつ抜けるけど、抜けにくくなるように仕掛けを施すからしばらくは大丈夫さ。なによりここは遊園地だ。一回オープンさせてしまえば……」


 遊園地で、陰気を放ちながら遊んでいる人がゼロという保証はできないが、陽気を放ちながら遊んでいる人たちの方が圧倒的に多いはず。

 一度オープンしてしまえば、余程集客に悩まなければ園内の陽気は溜まる一方なのだから。


「(あとは、勝手にこの遊園地で遊んだ人たちが、陽気を補充してくれる。この東京スペシャルランドが楽しければ楽しいほど、二度と悪霊は入ってこられなくなるわけだ」


 同時に、世界中から子供の悪霊たちがここに集まってくることもなくなるだろう。


「(先に、東京スペシャルランドの内部に陽気を溜め込んで、いい流れをつくるんですね。今いる悪霊たちを除霊しないのはどうしてですか?)」


「(これも、東京スペシャルランドの構造上の問題だよ)」


  今、園内にいる悪霊たちを除霊してしまうと、必ず外部から数日で悪霊たちが補充されてしまうからだ。

 つまりエンドレスな状態になってしまうし、いくら悪霊たちを除霊し、陰気を消したとて、陽気は一向に増えないからだ。


「(最初に園内に溜め込む陽気は、園内で俺たちで作り出す必要があるんだ。別の結界も張って陽気を増幅するようにしているけど、陽気を生み出す元が少ない)」


 まさか、今の状態で一般客を入れるわけにいかない。 

 となると、悪霊たちに稼働する遊園地で遊んでもらい、 その性質を陰から陽へと転換してもらう必要があるのだ。


「(子供たちは、悪霊じゃなくなってしまうんですね)」


「(いきなり除霊する方法の数百倍の手間がかかるけど、東京スペシャルランドが無事にオープンして経営を続けられるようにするには、この方法が一番手間がかからない)」


「(他の除霊師にはできそうにありませんね……))」


「(いや、できるんじゃないかな? 前の安倍一族とか、賀茂一族が全力でやれば)」


  経費を考えたら、数十億円貰っても赤字だろうけど。


「(私たちは、ラブラブカップルとして丸一日ここでデートをして、園内に陽気を溜める必要があるんですね)」


「(そういうこと。園内には陽気を増幅する結界が張られているから、少しくらいお芝居が入っていても、陽気は溜まるはずだ)」


 俺と愛実が本当の恋人同士としてラブラブデートをしなくても、男女二人で遊園地で遊んで陰鬱な気分になることは……あるかもしれないけど、今回はないと信じたい。

 というわけで、これから俺と愛実で園内に入ってデートというか遊ぶわけだ。

 これも除霊のお仕事だけど。


「(園内を陽気で充満させるんですね。わかりました。じゃあ……)」


 そう言うなり、愛実は腕を組んできた。


「(広瀬君、私たちはプロの除霊師なのでちゃんと仕事しましょうね。私たちは恋人同士ですよ)」


「(そうだね)」


 本物の恋人同士に近ければ近いほど、発生する陽気は増す。

 除霊の成功率は上がるので、ここはプロに徹しきらないとな。


「楽しみだね、愛実」


「広瀬君、どの乗り物に乗りましょうか?」


「実際に中を見てから決めようよ」


「そうですね」


 以上のような理由で、俺と愛実は手を繋ぎながら、東京スペシャルランドでの除霊を開始した。

 一見デートにしか見えないけど、ちゃんとした仕事なんだよ。





「ふむふむ、いい傾向だな」


「悪霊たちが、ジェットコースターに乗ってますね。悪霊なのに……」


「特別な結界のおかげさ。手間はかかるけどね」


「さすがは広瀬君」



 カップルとして東京スペシャルランドに入場すると、悪霊である子供たちが各種アトラクションに乗ったり、園内のパレードやショーを見学したり、フードコートやレストランで料理やお菓子を楽しんでいた。

 実際には食べられないので、お供えのように前に置かれているだけだけど、これでも霊には味がわかるから、子供たちは大喜びである。

 いい供養になるのだ。

 

「世界一のジェットコースターかぁ……。楽しそう」


  今は閉鎖されているが、予定通りオープンしていたら、話題になるはずだった最新巨大遊園地なので、アトラクションの数は豊富だった。

 オープン前に遊ぶことができるのは、ある意味得はしたと思う。

 

「愛実は、ジェットコースターは苦手?」


「大丈夫です。楽しそう。乗りましょう」


「そうだね」


 園内に陽気を溜め込むため、俺と愛実は楽しく遊ぶ必要がある。

 早速、この東京スペシャルランドの売りであるという、巨大なジェットコースターに乗った。

 

「高低差は世界一で、トリプルループの直径も世界一かぁ……。おおっーーー!」


「きゃぁーーー!」


 戸高市にはない、スリリングな巨大ジェットコースターを俺と愛実は心ゆくまで楽しんだ。

 他の席にも子供たちの霊が座っており、 悲鳴を上げながら楽しんでいる。

 職員たちも、俺と愛実以外は霊にも関わらず、 テキパキとアトラクションを動かし、 食事やお菓子、ジュースなどを作って出していた。

 もっとも霊は食べられないので、 客が代わる度に下げて廃棄する必要があるのだけど。

 とにかく、順調に園内に陽気が満ちつつあった。


「お化け屋敷かぁ……」


 霊と除霊師がお化け屋敷に入るのは変だと思われるかもしれないが、それはそれこれはこれというやつである。

 薄暗いお化け屋敷に入るが、すぐに愛実が腕を組んできた。


「……もしかして、お化け屋敷は苦手?」


「私、除霊師になって日が浅いですし、お化けに慣れていないんです……」


 そう言いながら、さらに強く腕を組んでくる愛実。 

 彼女の胸の感触が……これは仕事だけど、まあこういう役得も少しぐらいはね。

 愛実は、これまで霊とは無縁の生活を送っていた。

 普通にお化け屋敷を怖がっても不思議ではない。


「(というか、新鮮だな)」


 久美子は子供の頃から霊が見えていたから、お化け屋敷に入っても全然怖がらないんだよなぁ。

 当然腕なんて組んでこず、前にお化け屋敷に入った時は普通に歩きながら、幽霊がどれだけ本物に近いか二人で品評していた。

 常に本物の霊を見ている除霊師がお化け屋敷に入ると、自然とそういうことをしてしまう人が多いのだ。


「うらめしやーーー」


「きゃぁーーー!」


 幽霊に変装したキャストを見た愛実が悲鳴をあげ、俺に抱きついた。

 彼女もじきに慣れて、 お化け屋敷に入っても怖がらなくなるだろうが、久美子たちと違って新鮮で可愛らしいなぁ、と思ってしまう。

 みんな、作り物の幽霊なんて怖がらないからなぁ。


「私、除霊師失格でしょうか?」


「除霊師はみんな、 時間が経つと慣れていくから、今のうちだけだよ」


 あっ、そうだ! 

 俺と久美子も、幼少の頃はお化け屋敷で普通に怖がっていたのを思い出した。

 あれは、戸高デパートで期間限定で営業していたお化け屋敷だと思う。

 その頃は、除霊師になるとか考える以前だったからなぁ……。


「広瀬君は怖がらないんですね」


「慣れちゃうからね、どうしても」


  逆に考えると、お化け屋敷を楽しめないから損をしているかもしれないけど。


「ただ……変な光景だな。ここ」


「霊を脅かす、幽霊に化けた人間のキャストですか……」


 お化け屋敷には霊たちも入ってきており、人間のキャストが脅かすと普通に驚いていた。

 段々と、悪霊独特の憎しみに満ちた表情が薄れ、普通の霊に戻りつつある。

 そして遊園地を楽しむと、多くの陽気を出し、それが園内に充満しつつあった。


「除霊は順調に進んでいるな。成功したら、東京スペシャルランドに悪霊は寄ってこなくなる。そうしたら、またみんなで遊びに来るかな」


「そうですね。さあ、夜まで頑張ってデートを続けましょう」


「……そうだね」


 これはお芝居なのか、本当のデートなのか。

 段々とわからなくなってきたけど、久美子以外の女の子と二人で遊園地デートも悪くない……これは仕事なので、ちゃんとデートしないとな。

 なにしろ、陽気の出に関わるのだから。

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