第151話 東京スペシャルランド

「夫君よ。高級ホテルの『ろいやるすいーとるーむ』とは実に豪華なものよな。妾たちの『はねむーん』に最適ではないか。それにしても、田舎だと評判だった江戸がこんな大都市になるとは……。時間の流れとは凄いものよ」


「まったく、沙羅はすぐに色々と覚えちゃって……。残念だけど、そのロイヤルスイートルームには私たちもいるから」


「里奈よ。どうせ部外者はおらぬのだから、問題あるまい。夫君と久美子を筆頭とするその妻たちによる、東京遠征除霊。楽しまねば損であろう」


「沙羅さんの度胸には感心しますよ」


「そうか? 妾はいつもこんな感じだぞ」




 さすがは土御門家のお姫様で、室町時代は超一流の除霊師として活躍していただけのことはある。 

 俺たちは 急遽東京で大規模な除霊をするため、超高級ホテルのスイートルームを常宿として提供されたのだけど、それを臆することなく心から楽しむ沙羅に千代子が感心していた。

 

「涼子、安倍一族はやはり人手不足なのか?」


「安倍一族を見限って他の除霊師一族に所属を変えたり、フリーランスになってしまった人もいるの」


 大きく力を落とした安倍一族という泥船から逃げ出したわけか……。

 まさに諸行無常だな。


「安倍一族に所属するメリットが薄れたんだね」


「ええ、ぶっちゃけると相川さんの言うとおりよ。葛城先輩の祖父である日本除霊師協会会長が、裕君や私たちが修復した霊器や書いたお札を大量に市場に流したものだから、これまで、それらを少量ながらも融通してくれた安倍一族に所属するメリットがかなり薄れたのよ。なにより、岩谷彦摩呂の評価が大失墜して、同時にあんなのを一時的にでも当主扱いした安倍一族への不信感もあって、大分スリム化してしまったわね」


 安倍一族はなかったことにしているが、たとえ短期間でも長老会が謀殺されたあと、岩谷彦摩呂が安倍一族を指揮していたのは事実だ。

 それを知った多くの除霊師たちが、安倍一族に失望しても仕方がないというか……。


「まがりなりにも、安倍一族に所属していた多くの除霊師たちが、古の秘術、腐人形にされてしまったのもよくないわ。私のお父さんもそうだけど、悪霊に殺された除霊師は評価が大きく落ちるもの」


 悪霊を除霊するのが仕事である除霊師が、悪霊に殺されると評価が落ちてしまう。

 悲しいけれど、それが現実であった。


「清水さん、そんな簡単に所属って変更できるの?」


「できるわよ。たとえば今、京都で安倍一族を超えようと気勢を吐いている賀茂一族。 元々安倍晴明の師匠だった賀茂忠行の子孫たちだけど、安倍一族とも血縁関係があって血筋的に言えば遠い親戚みたいなものだから。そもそも、末端の除霊師なんてどっちに所属しても同じだもの。あそこは、安倍一族よりも除霊実績が重視されるというのもあるわ。優秀な除霊師なら、霊器のローンの保証をしてくれたり、貸与もしてくれるから」


「賀茂一族の方が、安倍一族よりも除霊に対しストイックなのね」


「その代わり、非除霊師部門なんてものはなくて、京都で不動産業をしているくらいだから資金力が……。だから、安倍一族の後塵を拝していたのよ」


  安倍一族ほど金儲けに固執しなかったばかりに、規模で安倍一族に負けていたのか……。 

 なんとも皮肉な話だな。


「で、その賀茂一族は今なにをしているの?」


「京都で、『清水寺大戦争』って感じね」


 桜の問いに、涼子がそう答えた。


「大戦争?」


「実は今、 清水寺の舞台が老朽化によって崩れるかもしれないという理由で、清水寺の参観が中止されているの」


「清水寺って、前にかなり大規模な補修工事をしていなかったっけ?」


 それもあるし、急に舞台が老朽化したと言われてもな。

 清水寺ぐらいだと、計画的に補修工事はしているはずなんだから、普通はあり得ない。


「本当は、あの舞台の下に大量に集まってきた悪霊と怨体を賀茂一族が総出で除霊しているのよ。あの舞台の下って、昔は死体を捨てていたところで、強固な封印がされている場所でもあるわ」


「そんな危ないところに、私たちって修学旅行で行ったのね……」


「封印が強固だから、それが破れて悪霊たちが出てきたわけではないみたい。死霊王デスリンガーが除霊された影響で、日本全国の悪霊分布に大幅な偏りができているようなの」


「戸高市はしばらく無風状態で、割を食ったのが東京と京都というわけか……で、妾たちは江戸……東京にいると」


「このチャンスに、賀茂一族は安倍一族の縄張りだった東京に進出したかったようだけど、京都の防衛で手一杯みたい」


「賀茂一族の連中は真面目じゃからの」


「そうなんだ」


「除霊師としての賀茂忠行及びその子孫たちは、決して安倍晴明や安倍一族に劣った存在ではないのじゃが、除霊のみに集中する癖があっての……」


「除霊師が、除霊に集中しては駄目なんですか?」


「いや、千代子よ。それは悪いことではない。じゃが、安倍晴明とその子孫たちは、昔から宣伝や組織運営が上手だからな」


 今も、多くの創作物に登場する安倍晴明。

 どうしてそうなったのかと言うと、実は安倍晴明自身及び、安倍一族による宣伝の上手さがあったからなのか……。


「実力があって宣伝も上手だったのは、妾が除霊師をやっていた時代も同じであった。今は宣伝に専念する余裕もないが……」


 そのおかげで、せっかく夏休み前半で霊器の修繕や改良に目途がついたのに、やっぱり東京の除霊が追いつかないので助けてくれと、会長経由で緊急依頼が入ってしまい、俺たちはとある高級ホテルのロイヤルスイートルームを拠点に、都内の除霊を担当することになったのだから。

 宿舎がロイヤルスイートルームってところは、かなり気を使われているようだ。


「ただ、いくらみんな強くなったとはいえ、一人で除霊に行くのは危険よ。そこで二人組を作って下さいって話になるのね」


「清水さん、それは一部の界隈では色々とトラウマを抱えたり問題になるやつだね」


 久美子、学生がその話題を出してはいけない!


「……学校のグループ決めじゃないから……。相川さんと望月さん、私と葛山さん、葛城先輩と土御門さんってところね。で、残りは裕君と木原さんね」


「あれ? 自分が広瀬裕と組むって言わないのね」


「葛城先輩、学校のグループ決めじゃないんですから……。木原さんは除霊師としての経験が一番浅いのに、死霊王デスリンガーのせいで爆発的に強くなってしまったので、裕君と組まないと不安があるから」


「うう……清水さんが正論すぎる……。裕ちゃんと組みたいけど、今回ばかりは仕方がないわ」


 涼子は、除霊に関しては真面目だからなぁ。

 久美子も、それは認めている。


「グループ分けに問題はないけど、私たちってどこを除霊するの?」


「はい、これが葛山さんたちの分ね」


 そう言うと、涼子は依頼書の束を里奈に渡した。


「多くない? 東京って除霊師がいっぱいいるんじゃないの?」


「それだけ、安倍一族の混乱の余波と、土御門一家の全滅が痛かったってことね。都内は 彼らの影響力がとても大きかったから。完全な独占とまではいかなかったのだけど……」


 元から、日本一の除霊師一族だった安倍一族と公官庁に影響力が大きかった土御門一家。

 都内の除霊のかなりの部分を取り仕切っていたのに、 突然大幅に規模が縮小したり、消滅してしまったのだ。

 影響がないわけがないか……。


「土御門一家自体の除霊師たちは、 特に最近かなりショボかったのは事実よ。でも、除霊依頼が多い東京に、地方の除霊師たちを派遣するなんてこともしていたの。だから、土御門蘭子さんと赤松礼香さんは、自分たちだけでかなりの数のフリーランスの除霊師たちを集められたでしょう?」


「で、彼らが鬼の晴広や死霊王デスリンガーたちに殺されてしまったのか……」


 そりゃあ、除霊師不足になるよなぁ。

 土御門一家が呆気なく潰されてしまった理由もよくわかるというか……。


「裕君が修繕、改良し、私も書いたお札が潤沢に供給されているから、夏休み中にこの依頼書の束をクリアすれば、あとは東京も自前でなんとかするでしょう」


「つまり、東京都内の特に厄介な除霊依頼は、すべて夫君と妾たちに押し付ける算段なのじゃな」


「その代わり、随分と報酬はいいようですね」


 どの依頼書を見ても、億以下の案件はなかった。


「それは、除霊困難で放置されていた依頼ばかりだからであろうな。妾の子孫たちは不甲斐ないの」


「土御門さんの直接の子孫じゃないからじゃないですか?」


 涼子の言うとおりで、もし沙羅さんの子供が土御門一家の当主を務めていたら、決して安倍一族に負けなかったはずだ。

 公官庁に縋りつくなんて真似をしないで済んだかもしれない。


「妾の場合、今、夫君の子供を産めば万事解決じゃ」


「……むむむっ、それで土御門一家の復活でもするんですか?」


「久美子よ。 どうして妾がそんな面倒なことをしなければならぬのじゃ。ろくに除霊もできぬ穀潰したちなど養いたくないぞ。幸い、菅木が色々と手を回して妾の戸籍を用意してくれたが、土御門家とは関係ない、たまたま苗字が同じ土御門沙羅としては、すでになくなった土御門家のことなど知らぬ。さあ、 手分けして、早く除霊 終わらせようではないか」


「夏休み中に終わらせないと、除霊師学校の件もあるものね」


「それもあるが……。里奈、 せっかく東京に来たのじゃから、 早く終わらせて観光をしたいではないか」


「そっちね」


「せっかくだから、色々と行きたいですよね」


「千代子、そなたは準備がいいの」


 いつの間にか、東京観光案内という本を持っていた千代子に、沙羅さんは感心していた。


「じゃあ、出かけるかな。夜はこのホテルに戻ってくるということで」


 俺たちは二人組になって、都内の除霊依頼をこなすことなった。

 今は仕方ないけど、今後はなるべくこういうことがないようにしてほしいな。





「木原さん、この悪霊はかなり強力だけど、特殊な事例というわけではないので、そのまま除霊すれば大丈夫」


「……」


「どうかしたの? 木原さん」


「広瀬君! 色々と疑問があります!」


「なにが? この悪霊の特性についてとか?」


「違います! どうして私だけ『木原さん』って、よそよそしい感じで呼ぶんですか?」


「ええと……」


 

 俺は一番経験の浅い木原さんと組み、都内のとあるオフィスビルの一室に潜んでいる悪霊の除霊を始めたのだが、いきなり理解不能な質問をされてしまった。

 木原さんという呼び方がよそよそしいって……。

 それは、この世界の木原さんは一緒に死霊王デスリンガーを除霊した木原さんとは違う人で……ああ、死霊王デスリンガーは一緒に除霊したか……。

 とにかく、この世界の木原さんとは知り合ったばかりなので、特にイケメンでも、女性慣れしているわけでもない俺は、木原さんを木原さんと呼ぶのが普通なのだから。


「他のみんなは、名前で呼んでいるじゃないですか」


「他のみんなは、付き合いが長かったり、色々とあったから……」


「私も色々とありましたよ」


「確かに……」


 鬼の晴広、腐人形、死霊王デスリンガーとの死闘。

 この世界の普通の除霊師だったら、まず経験できなかったはずだ。


「だから、私のことは愛実と呼んでください」


  ちょっと怒りながら、でも期待しているような表情を浮かべる木原さん。

 これを断るのは、 男性としてはどう思うかというような展開だ。


「愛実、このオフィスビルの一室に封印されている悪霊だけど、 強力ではあるが、今の愛実の実力なら余裕で除霊できるから落ち着いて」


「わかりました」


  愛実と名前で呼ぶようになったのがよかったのか、彼女は封印されていた悪霊を、あっけないほど簡単に除霊してしまった。


「終わりました」


「念のために、分離して隠れてる怨体や、依頼書には記載されていない他の悪霊のチェックも忘れないように」


「はい」


 その後も色々と教えながら都内中を駆け回るが、この依頼書って、あきらかにこれまで除霊できなくて放置してた依頼ばかりだよな。

 えらく報酬がいい依頼ばかりなのは、除霊してくれる人がいないからこそ、報酬が釣り上がっていったという面もあるのだから。


「相川さんたちは大丈夫でしょうか?」


「大丈夫だと思う」


 一人ならともかく、二人で組んでもらっているから、そう滅多なことではトラブルに見舞われないはずだ。


「ええと……次は……東京都内だけど随分と外れだなぁ……『東京スペシャルランド』? 遊園地の名前……あれ? どこかで聞いたような……」


 なんだったかな?

 テレビだったような気が……。

 名前のセンスのなさについては、それを除霊師が口にしても仕方がない。

 除霊師もサービス業なので、顧客が不愉快になることは言わない方がいいのだから。


「私も、ニュース番組で聞いたような……」


「とにかく行ってみよう」


 俺と愛実で、依頼書に書かれた東京郊外に向かうと、そこには確かにかなりの規模の遊園地があった。


「もの凄く新しいな」


「本当だ。でも、誰もいないな……」


「ええ……この東京スペシャルランドは、悪霊たちのせいでオープンできなかった遊園地ですから……」


 遊園地の入口付近にいた中年男性が案内人のようで、俺たちに東京スペシャルランドの説明をしてくれた。


「我が社が某ネズミ園に負けないよう、 社運をかけて建設していたのですが、完成間近に悪霊の集団に占拠されてしまいまして……。さらにこのところ、悪霊が劇的に増えてしまったのです」


「それは難義な話ですね」


  せっかく大金をかけて新しい遊園地を建設したのに、悪霊たちのせいで営業できないのだから。


「少し前に、あちこちのテレビ番組で宣伝、紹介もしてたんです。でも、結局オープンできなかったから……」


 だから、東京スペシャルランドの名前に聞き覚えはあるけど、それが上手く思い出せなかったわけか……。

  オープンできない遊園地の話題なんて、 テレビがいつまでも取り上げるわけないものな。


「悪霊が沢山いますけど……」


「子供ばかりだな」


「ええ、それとこれまでに除霊した悪霊たちとちょっと違うような……」


「愛実は、そこに気が付いたか」


 確かに、遊園地のあちこちにたむろしている子供たちの霊は悪霊だ。

 だが、 これを普通に除霊してもキリがないはず。

 なぜなら……。


「この東京スペシャルランド自体が、世界中の子供の悪霊たちを呼び寄せる装置になってしまっている。ただ除霊するだけでなく、今後二度と子供の悪霊たちが呼び寄せられないよう、色々と手を講じないと」


「そうなのですか……とにかく我が社としましてもお手上げ状態でして、無事にオープンできるように除霊していただければ、報酬の二十億円は確実に支払いますので」


「広瀬君、 普通に除霊するだけじゃ駄目なんですか?」


「この遊園地自体が、多くの子供の悪霊たちを呼び寄せる負の存在になってしまったから、これを正に戻す必要があるんだ。ええと、依頼人さんにも手伝ってもらいますよ」


「東京スペシャルランドがオープンできるのでしたら喜んで」


  以上のようなやり取りののち、 俺たちは東京スペシャルランドに巣食う子供の悪霊たちを除霊することになった。

  ちょっと面倒なんだけど、報酬がいいので頑張らないと。

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