第147話 戸高蹄鉄山の精霊

「これだけはやっておかないとな」


 死霊王デスリンガーを倒してから三日後。 

 俺は一人で、戸高蹄鉄山にある鬼の晴広の石棺の前に立っていた。

 死霊王デスリンガーに勝利したあとすぐに意識を失ってしまったが、大量にレベルアップしたおかげもあるのか一晩寝たらすぐに目が覚めた。

 久美子たちは疲れただろうからしばらく日常生活に戻ってもらっているが、この用事は俺だけでも問題ない。 


「鬼の晴広の石棺が、現世と冥界とを繋ぐ穴を塞ぐ役割をしている限り、決して五芒星の聖域が完璧になることはない、と言われていた。だが……」

 

 鬼の晴広の石棺は、すでにただの石棺と化していた。

 持ち主が除霊されてしまったからだ。

 石棺の下にある冥界との穴も、他の聖域にあった冥界に繋がる穴と同じく、俺が封印漆喰で塞ぎ終わった。

 これで、五芒星の聖域が完成するはずなのだが……。


「そうか。ここには、なにもないからな」


 安倍晴明の時代から、誰も立ち入っていないのだ。

 他の聖域のように、すぐに解放というわけにはいかないか……。

 いや、ここには、聖域を守護する存在がいないのを思い出した。


「戸高備後守の首塚があった戸高ハイムだって、戸高西稲荷神社と、銀狐を配置したものな。しかし、この戸高蹄鉄山にそんな存在がいるかどうか……」

 

 神社は新しく建てればいいが、問題はご神体だよなぁ。

 戸高蹄鉄山に、そのような存在がいるかどうか。

 なにしろ、長年鬼の晴広と共に封印されていたのだから。

 戸高蹄鉄山自体も蹄鉄型の岩山でしかないので、そう都合よく精霊や神様のような存在がいるかどうか。


「赤竜神様と青竜神様に相談してみないと……」


「あのぅ……」


「あれ? 今誰かが俺を呼ぶ声が?」


「あのぅ……すみません」


「うわっ! ビックリした!」

 

 突然耳元で囁かれるものだから、俺は驚きのあまり飛び上がってしまった。

 後ろを振り返ると、そこには束帯姿の中年男性が立っていた。

 特に特徴らしき特徴もない、陰の薄い目立たない人物だが、俺は彼が人間ではないことにすぐに気がついた。


「もしかして、戸高蹄鉄山の精霊ですか?」


「はい。戸高蹄鉄山が、安倍晴明により鬼の晴広の遺体と石棺を用いた封印を施される前から、私は存在しました」


 戸高蹄鉄山は、 U字型のとても変わった形状をしている。

 神道の大元である精霊信仰の対象として相応しく、 大昔の人たちから信仰されている間に、彼が誕生したのであろう。


「そうだったんですか。知りませんでした」


「ええまぁ……。私は、千年以上も存在感がなかったので……。安倍晴広よりも陰が薄い存在なんですよ」


「……」


 いくら冥界との穴を塞ぐためとはいえ、信仰により誕生、具現化した精霊の存在を隠してしまうとは……。

 鬼の晴広の件もそうだが、安倍晴明は除霊師としては優秀でも、人間としては色々と問題がある人物だったのかもしれない。


「五芒星の聖域の一角として、力を貸していただけたらと思います」


「それはありがたいですね。大昔の人間たちは、私を大層拝んでくれたのですが、ここ千年以上もいなかったことにされていましたから」


「ははは……」


 戸高蹄鉄山の精霊の精霊らしからぬ腰の低さに、一応安倍晴明の子孫である俺は、申し訳なさでいっぱいだった。


「ええと…… すぐに社を用意しますから」


 当然今から建設していては何年もかかってしまうので、お守りの中にある社を使うことにした。

 実は向こうの世界で、神社というか、 非常によく似た建物……アイテム扱いなのだけど……を手に入れていたからだ。


「竜神会の人たちを呼ぶか……その前に菅木の爺さん、いるかな?」


 とにかく、戸高蹄鉄山の精霊が自信がない、貧弱な状態のままだと、せっかくすべて解放された五芒星が完璧には機能しないので、急ぎ戸高蹄鉄山の精霊の居場所、神社を作ることになった。

 戸高蹄鉄山の蹄鉄の内側に、お守りの中に死蔵していた社を設置することにしよう。

 ご神体は、すでに封印の構成要素ではなくなった、鬼の晴広の棺を置くのがいいだろう。


「ご神体は、鬼の晴広の石棺か。確かにこうした方が、奴も二度と冥界から復活しようとは思うまい」


「拝まれていると、悪霊として力をつけられないから」


「上手い手だな」


 様子を見に来た菅木の爺さんだが、 裏で色々と後始末をやっているようだ。

 俺を関わらせる気はないようで、なにも話してはくれないけど。


「戸高蹄鉄山の所有権と、周辺の住宅建設予定地はすべて竜神会の所有となる予定だ。必ずそういう風に話をつけるし、反対する者もおるまい」


「住宅建設予定地の所有権は、戸高家じゃないのか?」


「今回の件の賠償で、あいつらは無一文になることが確定している」


「そんなに簡単に無一文になんてできるんだ」


「戸高高臣は死んだからな」


「死んだの?」


 あのおっさん、ついに因果が祟ったか……。


「なにより彼は、この国の上層部のほぼすべての人たちから恨まれている。法律なんて関係ない。安倍一族と土御門一家、他にも多くの将来有望な除霊師たちが、戸高家のせいで死んだ。そこまでやらかした戸高家には、法律なんてもう適用してもらえぬのだ」


 やらかしすぎたというわけか。

 法律に則って処理をしていたら時間がかかってしまうので、非常の手段を用いていると。


「安倍一族だが、今は安倍星冥の息子が暫定で立て直しを図っている。だが、彼では完全に纏まらないだろうな……。なにより、非除霊師部門の粛正も担当するので、恨まれ役という損な役回りだ」


 岩谷彦摩呂に謀殺された当主の息子が、ボロボロになった安倍一族の後始末をしているのか。


「岩谷彦摩呂の謀略と、無謀な鬼の晴広の除霊にも積極的に手を貸していたことが判明した。なにより、非除霊師部門の真の目的は、非除霊師部門による安倍一族の支配だったのだから」


「なのに、岩谷彦摩呂に手を貸すんだ」


「奴の両親は都内で大量の不動産を所有し、資産運用でも莫大な金を稼いでいる。非除霊師部門とも懇意だし、奴は東大生だ。非除霊師部門には、学歴の高いエリートが多い。ウマが合うのだよ。除霊に学歴など関係ないというのに……。非除霊師部門とはいえ安倍一族の連中がそれをまったく理解していないどころか、もし安倍一族を完全に支配下に置いたら、不採算の除霊師部門の廃止まで考えていた。 許されるわけがなかろう」


 安倍一族の除霊師たちが損を切ってまで命がけで除霊していたからこそ、非除霊師部門は稼げていた。

 なのに、 面倒で赤字になる除霊師部門はリストラするけど、非除霊師部門はこれまでどおり稼ぎたいです。

 なんて、子供のような理屈が通用するわけないか。

 それは粛正の対象になるか。


「非除霊師部門の連中は、無一文で社会に放り出される」


「それは辛いな」


「なお、岩谷彦麻呂に手を貸していた連中は……事故死か病死か……」


「それは仕方ないな」


 いくら表沙汰にできないとはいえ、長老会を皆殺しにしてしまったのだから。

 安倍星冥の息子は、親の仇という理由でも、非除霊師部門に引導を渡すわけか。

 そして、非除霊師部門も縮小する安倍一族は大きく力を落とす。

 これからどうするのかね?


「土御門一族だが、公家の方が分家の断絶を決めた」


 華族制度がなくなっても、土御門家は名家として政財官界に影響力を持っていた。

 それは、分家扱いにして、実は本家である除霊師一族が日本のために貢献していると思われていたからだ。

 ところが、官僚化と霊力の低下、さらに霊風騒動の責任を取らされて公職から追放され、挙句の果てに戸高高志の共犯として一族の除霊師たちがほぼ全滅してしまった。

 

「除霊師のいない土御門一族など、ただの元名家というわけだ。分家の資産もすべて没収。本家はそれに文句も言えないさ」


 悪いことに、土御門蘭子と赤松礼香が独自に行動して、在野の若手除霊師たちと共に死んでしまった。

 この件でも土御門一族は責められ、ここに除霊師一族としての土御門家は滅ぶことが決まったというわけか。


「安倍家分家岩谷家も、もう終わりだ。あいつは悪運のおかげで、鬼の晴広の除霊に行くまで大いに我が世の春を楽しんでいた。その報いじゃな」


 あいつのおかげで、安倍一族も、日本除霊師協会も散々振り回されていた。

 たとえ本人が死んでも、奴の勘違いの原資を出した両親が許されるわけがないか。


「もっと早くに処理しておけば……無理か」


「まあ、民族性じゃな。最悪の結果になってから、非情の手段を取るのだから」


「ふぇーーー、色々大変だったんですね」


「……裕、なんか一気に体の力が抜けるな」


「だよなぁ……」


 千年以上もその存在を隠されていたせいか、戸高蹄鉄山の精霊はやる気もないし影も薄いのだ。

 せっかく具現化したのに、千年以上もいなかったことにされたのだから、消えなかっただけ大したものだと思うけど。

 精霊信仰の結果誕生した存在なので、人々に拝まれなければ弱る一方なのだから。


「で、取り急ぎ裕の持っている社を置くのか。しかし、裕はなんでも持っているの」


「たまたま手に入れただけだ」

 

 アイテム扱いの神社なんて、菅木の爺さんからしたら理解の範疇外か……。

 手に入れた俺も、使い道がわからなくて死蔵していたからな。


「新しく神社を建てていたら、数年はこのままだぞ。社があれば、残りの境内の造成や、鳥居の設置はすぐにできるだろう?」


「急がせるとしよう」


「では」


 俺は、戸高蹄鉄山の蹄鉄の内側中心部に、向こうの世界で手に入れた社を設置した。

 

「おおっ! 思った以上に立派な神社ではないか」


「で、鬼の晴広の石棺をご神体にする」


 大きな社の中に、鬼の晴広の石棺を安置した。

 戸高蹄鉄山の精霊と一緒に拝まれることで、 再度悪霊化することを防げるという仕組みだ。


「これで形になったかの……おおっ!」


 社を設置し、ご神体を安置すると、突然戸高蹄鉄山の精霊が激しく光り出した。

 さらに遠くの空を見ると……。


「他の聖域からも、光の柱が上がっているな」


 残念ながら一般人にはまったく見えないけど、俺と菅木の爺さんにはよく見えた。

 すべて解放された五芒星の聖域が、完全に機能し始めた証拠だ。

 そして、戸高蹄鉄山の精霊を包んでいた光が晴れると、そこにはさきほどの陰が薄い中年男性ではなく、ダンディなイケオジが立っていた。

 束帯姿のイケオジ……。

 モテそうでいいな。


「別人?」


「広瀬君、よく見たまえ! 顔は同じじゃないか。私だよ」


 確かに、 顔の作りはまったく同じだった。

 でも、 あの自信なさげな精霊と、同一人物だとわかる人はほとんどいないと思う。

 しかし、社があるだけでこうも変わってしまうなんて……。


「神社名は、戸高蹄鉄山神社でいいのかな?」


「豪華な社をありがとう。これで参拝客たちが拝んでくれるようになったら、私の力はもっと増すよ。なにより、これが 完全に解放された聖域の空気……。実にいいね」


 戸高蹄鉄山の精霊のみならず、すべての聖域から光の柱が上がったあと、この戸高市の空気が一変したのがわかる。

 これで無事に、戸高市が『霊的に守られた都市』になったわけか。


「ただ、 大昔の平安京もそうだったが、維持するのはそれなりに大変だぞ」


「たまにだが、強い悪霊が出るようになるからな」


 聖域から発する清浄な空気のおかげで、聖域の範囲内で弱い悪霊や怨体はほとんど発生しなくなる。

 その代わり、その清浄な空気に屈せず、聖域を壊そうとする厄介な悪霊たちが、周辺から集まってくるはずだ。

 なぜなら向こうの世界と同じで、負、死を司る死霊、悪霊、アンデッドの類は、正、清浄なるものを破壊しようと目論むのが本能だからだ。


「そのおかげで、日本の他の地域はかなりマシになるがな。今回の事件で死んだ除霊師たちの穴を完全に埋められるとは思えぬが……」


 彼らが主に除霊していた中、低級の悪霊と怨体たちの除霊は、逆に除霊を担当していた彼らが大量に死んでしまったので、除霊状況は悪くなると思われた。


「あれ? 上位の悪霊なんてそう数がいるわけじゃないから、戸高市はそう大変でもなくて、逆にそれ以外の地域は厳しいのか?」


「まあ、あれだ。裕が作ったり整備していたお札と霊器を売却するから問題あるまい」


 はっきり言ってしまうと、 実は今回の事件で死んだ除霊師たちの中で、惜しいという人材は少なかった。

 才能以前に、除霊師とは個人の実力が最も重要視されるのに、戸高高志、岩谷彦摩呂、土御門蘭子、赤松礼香になんの疑いもなく従い、呆気なく殺されてしまったのだから。

 もし今はそれほど実力がなくても、才能があれば勘のようなものが働いて、戸高蹄鉄山になどに行くわけがない。

 実は、安倍一族にも、数少ない土御門一家や在野の除霊師の中にも、嫌な予感を察知して、決して彼らとは関わり合いにならなかった除霊師たちもいたのだから。


「とにかく、聖域の完全なる復活は成った。怪我の功名と言うか、雨降って地固まると言うか」


「戸高蹄鉄山神社、いい名だ。一日でも早く、多くの参拝客たちが訪れるように工事してほしいね」


「任せてください」


「落ち着いたら、竜神様たちのところに顔を出すからよろしく」


 先ほどのしょぼくれ具合とは打って変わって、戸高蹄鉄山の精霊は社ができて嬉しそうだった。

 その後、急ぎ竜神会が戸高蹄鉄山神社として整備を行い、その間に戸高蹄鉄山とその周辺の土地は、正式に竜神会に譲渡された。

 なお、その前日に戸高家と安倍一族及び岩谷家、土御門家に関わるいくつもの企業が破産したと、官報に記載された。

 だが、その件を報道したマスコミはまったくなく、それは彼らが日本の上にいる人たちを敵に回した証拠であった。


 鬱陶しい連中だったが、最期は呆気ないものだったな。

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