第146話 後始末の始まり
「……これは……。のう、銀狐ちゃん」
「銀狐、ちゃんと撮ったよ。えらい?」
「確かによく映っておるの。えらい、えらい。あとでケーキを買ってあげよう」
「わーーーい!」
「完全なる証拠アリか……。もはや安倍一族も、戸高高臣も言い逃れはできまい……。と、拙僧は思うのだが」
「もしワシらが無罪放免しても、 この国の上にいる連中が許すはずがない。 完全に終わったな」
「下手に庇えば共犯扱いになるから、誰も庇わんか……。日本除霊師協会の会長としては、厳罰を下す立場として動かねばなるまい」
ワシに除霊師としての才能はないが、悪霊の気配には敏感だ。
裕が戸高蹄鉄山へ向かうと、これまでに感じたことがない禍々しい悪霊……いや、あれは悪しき神の類であろう。
それも複数感じ、ワシがこれまで生きてきて感じたことのない強力なものばかりだ。
鬼の晴広も混じっていることは確実で、裕がいなければ大変なことになっていたはず。
奴らのせいでこれまでに解放された聖域までもがザワつき、悪しきものが封印を破って飛び出そうとしたが、裕がお嬢ちゃんたちを配置し、除霊、再封印したので事なきを得た。
その後、銀狐の力でお嬢ちゃんたちは裕の救援に向かった。
ワシも急ぎ、人手を集めて戸高蹄鉄山へと向かったのだが……。
「さすがの拙僧でも、驚きを禁じ得ないな。孫の桜を広瀬裕のところに送り込んだ判断は正しかったが、もし桜になにかあったら、奥に殺されるところであった」
「日本除霊師協会の会長ともあろう男が、奥さんが怖いとはの」
「うちの奥はちょっとばかり特別なのでな。大体、菅木議員だって同じようなものだろうが」
「まあそうよな」
ワシは国会議員として全国を飛び回り、ろくに家に帰らないのに、一言も文句を言わずに家を守るばかりでなく、政治家の妻として働いてくれるのだから。
もっとも、『亭主元気で留守がいい』と思われておるかもしれないがな。
「で、どうする? 会長。大躍進のチャンスではないか」
除霊師の人手が足りないので、会長と彼が手配した除霊師たちを連れて戸高蹄鉄山の奥にある個人墳墓に向かうと、裕たちが倒れていた。
急ぎ介抱させるが大きな怪我はなく、霊力を使い果たして寝ているだけだそうだ。
全員、明日の朝になれば目が覚めるであろう。
先ほどまで感じた悪しき神の気配もなくなり、鬼の晴広の石棺はただのお墓と化していた。
中を確認させると、骨すら残っていない。
沙羅姫を重篤化させた鏃の材料となった鬼の晴広の骨だが、除霊と同時に朽ち果ててしまったものと予想される。
本来ならとっくに朽ち果ててしまっているはずの人骨が、悪霊の影響で残り続けることはよくあることで、だが鬼の晴広が除霊されてしまえば、千年以上の昔の骨が残るのは非常に珍しい現象だったからだ。
「そんな無駄な企みをせずとも、拙僧たちなにもせずに生き残った除霊師は全員躍進できるぞ。なにしろ、安倍一族の屋台骨がポッキリと折れそうなのだから」
「確かにな……」
今回の事件で、未来のある若い除霊師たちが大勢死んだ。
死体がないので確認に手間がかかるが、どう少なく見積もっても、三百人近くは死んでしまったはず。
死んだ除霊師が持っていたデジタルビデオカメラを、木原愛実、銀狐が拾って撮影を続けていたので、裕たちに聞かなくても詳細な状況が理解できたのが幸いと言うか……。
岩谷彦摩呂を信奉していた安倍一族の若手は壊滅し、戸高高志が父親の金で集めた土御門家の連中と、それに連なる除霊師たち。
さらに、土御門家と袂を分かった土御門蘭子と赤松礼香と彼女たちが集めた在野の除霊師たち……なぜか男性が多いが……別におかしくはないか。
着ていた服や装備、持ち物が残っているので、撮影された映像と合わせて死んだ除霊師の身元の確認をしなければ……。
「死体がないので、 遺族が納得するかどうか……」
「除霊師の家族なら、 死体がないくらいのことは覚悟してもらいたい」
霊に関わる除霊師には、一般人では考えられないほど不思議なことが起こる。
死体がないぐらいは我慢してもらうしかない。
「突然一般家庭に、除霊師の資質が出る者がいるのだ。一般人からすれば、どうして自分の家族の死体がないのかという話になる。菅木議員は、そうなった除霊師の家族に報告に行ったことがなかろう?」
「ないし、 あえて冷たいことを言わせてもらうが、それをなんとかするのが会長の役目ではないのかね?」
除霊師は、死と隣り合わせの仕事だ。
そのくらいは覚悟してもらわないと。
「……それはそうだが、とにかく犠牲数が多すぎる。戸高家な、確実に潰せよ」
「潰すに決まっている」
どうせ生き残れないからな。
除霊師でもない息子が大金で除霊師を集め、結果的に多くを死なせてしまったのだから。
いくら商売の才能があろうとも、戸高高臣には退場していただく。
殺されることはないと思うが、確実に没落してもらわなければ……。
「たった一人の息子が死んだのだ。あの家は終わりか……」
「外に子供がいるらしいがな。戸高高臣は早世した長男の件もあって、残った次男の戸高高志を異常なまでに甘やかしていた。しかし彼が死んでしまった以上、その外の子に跡を継がせようとするはずだ」
「外の子なんていたのか」
「会長にはいそうだがな」
「政治家こそ怪しいがな。拙僧は僧侶なので、致命傷となる隠し子などおらん」
「最近は、政治家も色々と大変でな。マスコミがすぐ嗅ぎつけるので、そんなものはおらんよ」
本当にいないが、お互い信じていないから、白々しい会話だ。
「ちょうどいい証拠もある。しかし、鬼の晴広の悪霊が別の世界の邪神を呼び出してしまうとはな」
「あんな化け物を除霊できるとは……これからの除霊師界は、広瀬裕を中心に回るはずだ」
「安倍一族はしばらく機能しないだろう。裕の負担が増すか……」
詳しく調べてみたら、岩谷彦摩呂が非除霊師部門と手を組んで長老会を謀殺していた。
あんな連中でも、いなくなれば安倍一族が混乱して当然だ。
さらに多くの若手除霊師たちも死んでいる。
この混乱を収めるのは大変だが、やらなければ日本の社会が大混乱に陥ってしまう。
いくら日本人の半分が霊を信じていなくても、除霊師がいなければ色々と不都合が生じてしまうのだから。
「非情の手段を取らねばなるまい。……次の選挙で、ワシの息子が当選できればいいがな」
「戸高高臣、安倍一族非除霊部門、土御門家は……大半が死に絶えてもう一族ではなくなったか……。戸高高臣や岩谷彦摩呂、安倍一族非除霊師部門に手を貸していた連中にもペナルティを受けてもらう」
『和をもって貴しとなす』の日本において、これからワシと会長のやることは反発も大きいだろうからな。
だが、やらねば日本が大きな混乱に陥ってしまう。
たとえ政治家の職を賭してもやるしかあるまい。
「……仕方があるまい。桜が優れた除霊師として覚醒した。拙僧が会長を辞めても帳尻は十分に合う」
覚悟を決めたワシと会長は、裕たちを自宅のベッドまで運ぶと、分担して各方面への根回しを始めた。
裕たちは……しばらく普通の学生生活を送っていればいい。
除霊師としての仕事は……なにしろ、鬼の晴広と死霊王デスリンガーか。
あんなのが大暴れをしたあとに、戸高市とその周辺で仕事なんてしばらくはないのだから。
「……高志が! 高志が、どうして? 広瀬裕ぅーーー! よくも高志を!」
「…… これだけ優秀な男でも、子を想う気持ちのせいで大きく判断を狂わせるのか……」
「菅木議員、拙僧らも他山の石として気をつけてるとしよう」
「貴様らぁーーー! よくも高志をーーー!」
早速昨晩の事件の後始末のため、各方面に根回しを始めたのだか、そのついでに戸高高臣に銀狐が撮影したデータ……戸高高志が死んで腐人形となり、死霊王デスリンガーに吸収されてしまった映像……を見せたら、激昂して手がつけられなくなった。
誰が見ても戸高高志が悪いのに、それを戸高高臣は認められない。
優れた経営者なのに、子供が絡むとおかしくなってしまう。
人間という生き物は、神様から見ても理解に苦しむ生き物かもしれないな。
「広瀬裕は人殺しだ! 助けられたはずの高志を助けなかったのだから! 戸高家の力を用いて必ず報いをくれてやる!」
「一応忠告しておく。今回の件で一番悪いのはお前の息子だ。岩谷彦摩呂も同レベルだがな。 このままだと日本どころか世界中が大混乱するところだったのを、裕やお嬢ちゃんたちが命がけで止めたのだ。なのに、裕に復讐だと? 本気か?」
「はん! 戸高家の献金がなければ議席を保つことすらできない、寄生虫の政治家がなにを抜かす! 私が広瀬裕に復讐を果たすといったら必ず果たす! 少し献金を増やせば、私に協力する政治家などいくらでもいるさ」
「いるだろうが、そんな連中は役に立たないぞ」
この国の上の近い政治家ほど、今回戸高高志がやらかした事件に衝撃を受けている。
すでに、戸高家を潰す算段はできているというのに……。
かなり非合法な手になると思うが、戸高高臣には無一文に近い状態になってもらう予定だ。
殺さないのは、せめてもの情けだと思ったのだが……。
残念ながら、こいつは命を落とす羽目になるな。
「それと、ワシはお前から献金など貰っておらん。だから、お前に遠慮する理由などないな」
「菅木議員、時間がないぞ」
「ああ、そろそろ行くか。忠告はしたが、どうやら無意味だったようだ」
「私の力を舐めるなよ! どんな手を使ってでも、広瀬裕を惨たらしく殺してやる! あのガキの周りにいる女たちは私の性奴隷とし、戸高家のためになる除霊師を産ませ、専属の除霊師としてこき使ってやる!」
随分と口が悪いが、ついに本性が出たな。
一度没落した家をここまで大きくしたのだ。
若い頃、こいつは人様に言えないようなことを沢山してきた。
反社会勢力に所属していたこともあるし、まあそういう男なのだ。
そうしなければ成り上れなかった、という事情があるにせよ。
「拙僧の孫に対し、随分な言い方だな。頭の悪い下劣な妄想にはつき合いきれん。 どうせお前はあと数分で死ぬからな」
「脅しか? 私はこれでも空手の段位持ちでな。ジジイ二人が殺せるはずがない」
ここに来て、格闘技経験アリ自慢か……。
戸高高臣。
愛する息子の死で、完全に壊れてしまったようだな。
「ワシらが自ら手を下すわけがなかろう。まあすぐにわかる話だ。じゃあな」
「成仏せいよ」
ワシと会長は、戸高高臣の元を辞した。
「この私が死ぬ? これだから、怪しげな除霊師と、それと組む老害政治家は!」
よくも私の可愛い高志を!
この恨みは、必ず晴らしてやる!
戸高家の力を総動員して広瀬裕を抹殺し、その周りにいる女たちを犯し孕ませて、戸高家を守る武器とするのだ。
そして、新しい私の後継者を守らせる。
新しい後継者は外に産ませた子供……母親の血筋が悪いのは仕方があるまい。
名門戸高家を絶やすわけにいかないのだから。
「パパ……パパ……」
「その声は?」
死んだと聞いていた高志の声が聞こえたので後ろを振り返ると、そこには高志の首だけがあった。
まるで、ミイラかゾンビのように肌の色がどす黒い。
可哀想に、こんな姿になってしまって……。
それでも、 父親である私の元に戻ってきてくれるとは……。
「高志よ」
私は、急ぎ高志の首を抱き抱えた。
「パパ……」
「高志、もしや?」
霊ではなく、首だけになったとはいえ、高志の口が動いて話をしている。
もしや、高志は生きているのか?
「首だけで人が生きてるというのは不思議だが、必ずやお前を元に戻してやるからな。金に糸目はつけないぞ! 世界中から高名な医者を呼び寄せるのだ!」
ざまあみろ!
菅木、会長!
私の高志は生きていたぞ!
だが、私の可愛い高志をこんな姿にした広瀬裕には必ず復讐してやる!
「そうだ! 高志を完全に治したら、広瀬裕の周りにいる女たちを高志にやるぞ。除霊師を産ませるんだ!」
「パパ…… やっぱりパパは、僕の大好きなパパだ」
「私は高志の父親だからな。このぐらいのことは朝飯前さ」
「でも、その前に一つお願いがあるんだ。いいかな?」
死んだと思って悲しんでいたら、また高志が私にお願いをしてくれるなんて……。
こんなに嬉しいことはない。
「どんな願いでも叶えてやろう。遠慮なくパパに言うといいさ」
「ありがとう、パパ。じゃあ、僕にその体をちょうだい」
「勿論いいさ! 体?」
高志、お前はなにを言って?
「首から上は邪魔だから、全部食べちゃおう。いただきます」
「高志! あがっ!」
両手に抱きかかえていた高志の首が、私の首筋に噛みついた。
首の肉と頸動脈が広範囲に渡って噛み千切られ、首から大量の血が吹き出し一気に意識が遠のいてきた。
首を深く噛み千切られたのに、痛みがまったくないということは……。
これはもう駄目なのか……。
「高志……どうして?」
「親は子供のために身を削って当然さ。そのために、命がけで逃げ出してきたんだから。首から上を全部食べちゃお」
「……高志……やめ……」
「僕を殺した鬼の晴広って、高継兄さんと同じ存在だったらしいよ。だから、完全に輪廻転生できなかった高継兄さんは早死にしたんだって。鬼の晴広は除霊されたから、あの世で兄さんと仲良くね」
「た…… か……し」
私は、こんなところで死ぬわけにいかないんだ。
名門戸高家に生まれたくせに、ろくに努力もせず酒を飲み、博打を打ち、母や祖母や私に暴力を振るってきた父や祖父。
私はそんな家庭環境が嫌で早くに家を出て、お金のためにどんな汚いこともやった。
運よく警察には捕まらず、いやそれは私が選ばれた人間だからだ。
神が、戸高家の復活を望んでいるのだと。
それなのに……。
駄目だ……もう意識が……高継……本当にあの世に……。
「少し首が安定しないけど……。さあて、 これで動けるようになったら、 もっと沢山の人間の肉を食らって……あれ?」
「『あれ?』じゃねえ。広瀬裕曰く『悪運が強いか……』。会長が見せてくれた映像から推察するに、死霊王デスリンガーとやらと共に除霊されて消えたはずなのに、首だけ父親の元に戻ってくるとか…… 。しかし、会長と菅木議員も性格が悪いな。実の息子の腐人間に戸高高臣を始末させてから、俺に除霊させるなんて。ギャラがいいから文句はないけど」
やはり、広瀬裕に貰った霊器の日本刀は優秀だな。
戸高高臣の首から上を食い千切り、自分の頭を据えた戸高高志の腐人形を袈裟斬りにしたら、一撃で除霊できてしまったのだから。
これで、戸高高臣の死因は悪霊化した実の息子に殺されたということになる。
世間には、病死と発表するのだろうけど。
そして、戸高高臣が一代で築き上げた大企業グループは解体される。
これだけやらかしたので、その資産は迷惑をかけた各所に賠償金名目で分配されて終わりだな。
戸高高臣には親族も多いが、普通に暮らせば一生生活に困らないぐらいの口止め料を貰って終わりだろう。
元々、戸高高臣の商才のおかげでそれなりのポジションにいた連中ばかりだ。
ここから起死回生ができる才能があるとは思えん。
余計な野心を抱く者たちがいるかもしれないが、そいつらは誰にも気がつかれず、ろくでもない最期を迎えるだけだろう。
「はあ……戸高親子もそうだが、岩谷彦摩呂がやらかして、安倍一族は開店休業状態だ。土御門家ももう終わりだろう。元管師の俺がこんなに大忙しとは、運命の皮肉と言うか……」
このところ体が軽くなってきたし、力が増して手加減をしないと物を壊してしまう。
霊力も大分上がったような気がするので、あのまま管師を続けなくてよかった。
その切っ掛けをくれた広瀬裕に感謝しつつ、 今は稼がせてもらうとするか。
「しかし、土御門一族はほぼ全滅。安倍一族も若手の七割が死亡。これ、どうやって収めるのかね?」
元々管師の家系である俺は名家出の除霊師たちからは嫌われていたので、今は非主流派の一匹狼として活動しつつ、高みの見物としましょうか。
戸高高志の腐人形を除霊して、一体三億円の報酬かぁ……。
毎度あり!
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