第148話 安倍一族執行部長

「柊隆一だと? 安倍晴明とは似ても似つかぬ名前だな」


「実は、安倍一族の当主になると簡単に改名ができてしまうのですよ。 この国の上層部との長年のつき合いのおかげで、簡単に裁判所に認めてもらえます。だから、誰も彼もが安倍晴明に名前を近づけたがる。亡くなった父も同じでした……」


「漢字違いの同姓同名さんが続いていた理由か……。読み方を同じにすれば、安倍晴明に近づけると思ったのかね?」


「安倍一族の当主の座というものが、それだけ重たい証拠ですよ。安倍晴明の名声に縋ってでも、当主の任をまっとうしなければ、と思うのでしょう」


「あんたは?」


「私は安倍一族の当主ではありません。臨時で預かっているだけです」


「しかし、三十歳はすぎているようだが、あんたのような若造で年寄り連中は納得するのかね?」


「納得もクソも、当主だった父も含めて長老会は全滅しました。 岩谷彦摩呂と組んで長老会を謀殺した非除霊師部門は現在粛清人事の真っ最中です。非主流派の中には、安倍一族から離脱しようとする動きもあります。沈みゆく泥船から逃げ出したいんでしょうね。なにより……」


「安倍一族の強みであった、霊器、お札や霊力回復剤などの供給ルートが、日本除霊師協会も太くなったからな。しかし、あんたは冷静だな」


「嘆いても仕方がありませんし、こうなってしまった以上、安倍一族を復活させるには荒療治が必要でしょう。ちょうどいい機会なので、長年溜まった膿はすべて出し切ってしまうことにします」


「あんたは嫌われるな」


「仕方がありません。亡くなった父からの遺言でもあるので」


「このままでは安倍一族が危ういと理解できていても、自分ではそれをどうすることもできなかった。先代の安倍清明もそうだが、歴史ある除霊師一族ってのも大変だな」


「あなたこそ、実は土御門家の血を引いているとか?」


「汚れ役を押し付けられた傍流も傍流な元管師一族の出だが、明治維新以降は完全に縁切られていてね。そもそも、もう除霊師としての土御門家は終わってしまったのだから」


「沙羅姫ですか……。彼女を当主にして復活させるという手もあったんですけどね。期待していた方々も多かったのでは?」


「それを目論んで、死んだバカが二人いるからなぁ。エリート風を吹かせていた小生意気な小娘たちで気に食わなかったが、若くして死んでしまうと哀れなものだ。彼女たちの死で、土御門家は終わったとも言える。除霊師としては実力があったからな。で、残った沙羅姫自身にその気がない。室町の世から蘇った彼女は古風な女性だ。自分は広瀬裕に嫁ぐから、広瀬沙羅になるって菅木議員に言っているようだぞ。どうせ大した除霊師もいなくなり、ただ残骸だけが残っても仕方がないだろう。土御門家は店終いだ。公家としてはそのまま続くが。で、そっちはどうなんだ?」


「思ったよりもトラブルは発生していませんが、抵抗勢力が沢山死にましたからね。ただ、一つ困った問題があります」




 非除霊師部門と岩谷彦摩呂がやらかした安倍一族は、現在私、柊隆一が臨時でトップに立って後始末をしているが、肝心の除霊にはさほど影響が出ていない。

 その理由は簡単で、先代当主であった安倍清明の死後、亡くなった父と長老会、さらには岩谷彦摩呂が率いていた若手グループとも距離を置いていた非主流派、安倍一族や土御門家に所属していない在野の除霊師たちがその穴を埋めていたからだ。

 いつの間にか彼らは優れた霊器を所持しており、お札と霊力回復剤も潤沢に供給されるようになった。

 これまでは、お金で除霊していた岩谷彦摩呂とそのシンパたちが無駄遣いをして、在庫を圧迫していたからな。

  それがなくなり、さらに日本除霊師協会を通じて、高性能なお札が潤沢に供給されるようになった。

 目の前の、実は土御門家の傍流だが、在野の除霊師として大活躍している元管師氏も、現在期待の若手除霊師として大活躍している一人だ。


「いい霊器ですね」


「ああ、色々とあって売ってもらったんだ」


「売ってもらえてよかったですね」


「ああ、売ってもらえない奴が多いんだっけか? 安倍一族には」


「ええ……」


 霊器の供給源は、日本除霊師協会と菅木議員を介してはいるが、すべて広瀬裕からだ。

 彼は、すでに使えなくなっていた古い霊器を修理、強化できる。

 現在、彼によって修復された霊器が市場に出回るようになったのだ。

 だが、これを購入できるかどうかは話が別だ。


「ただ安倍一族だからというだけで、使えもしない霊器を手に入れようと考えている者たちが多いのです」


「非除霊師部門からリストラされた連中か?」


「ええ、 この際ですから、箸にも棒にも引っかからないような連中は全員リストラしました」


  稼げているから相当自信があったようだが、いざ蓋を開けてみれば、非除霊師部門の人たちはお世辞にも優れているとは言えなかった。

 除霊師部門のおかげで、国や財界から美味しい案件を優先的に回してもらっていただけなのだ。

 安倍一族でもないのに、いつのまにかコネで入社して、高い給料を貰っている者たちもいた。

 政治家や大物官僚、財界人の行き場がない無能な子弟ばかりなので、これも経営危機を理由にクビを切らせてもらったが。 

 非除霊師部門は少数の優秀な者たちだけいれば回るので、 退職金をたっぷり与えて辞めてもらったわけだ。


「で、大した霊力もないのに、優れた霊器があれば除霊師になれるだろうと考えたバカたちがいたのか」


「自分は、安倍晴明の子孫だから大丈夫だろうと考えたのでしょう。霊器も余っているわけではないそうで、日本除霊師協会は実績がある者たちにしか販売していないようです」


「だろうな」


 日本除霊師協会が、除霊経験がない人間に貴重な霊器を販売しないのは当たり前だ。

 彼らはそれを理解できないようだけど。


「もう一つ、おかしな事象が発生していますよね? 元管師さんも」


「ああ。除霊をすると、身体能力と霊力が上がっていく現象だろう?  俺もそうだ。強い悪霊を除霊すればするほど強くなりやすい。これはアレか。昔遊んだRPGかね? で、原因はわかってるのかな?」


「『死霊王デスリンガー』ですか。あの鬼の晴広まで吸収してしまったという、別の世界の邪神。映像を見ましたが、あの化け物がこの世界で広瀬裕によって倒されてから状況が変わった、と見ています」


「まあ、正当な努力をして除霊を続ける除霊師が報われるようになったんだからいいんじゃないか」


「肝心の安倍一族は、かなり規模を縮小することになりますけどね」


「大丈夫なのか?」


「ある程度の規模では残りますし、他にも有力な除霊師一族はあります。日本で一番ではあるが、以前のように圧倒的ではなくなっただけですよ」


「広瀬裕と、一族の清水涼子だったか。どちらかに新当主になってもらえないのか?」


「無理でしょう。なにせ向こうは、日の出の勢いがある竜神会の広瀬一族なのですから。安倍一族のようなオワコンに興味はありませんよ」


「本人たちにその自覚はあるのかね?」


「本人たちにそれがあろうとなかろうと、実質そうなっていますから。なお安倍一族ですが、しばらくは新しい当主を立てられそうにないですね。下手な人間を新当主に立てた結果、反発した非主流派に抜けられると困るので」


 これからの安倍一族は、私が作った執行部で一族の除霊師たちをサポートする互助会的な組織になっていくだろう。

 非除霊師部門はリストラで大分お金がなくなったが、身軽になった分、 高収益体制になっていくはず。


「というわけで、私は執行部長を名乗って細々とやっていきますよ」


「安倍一族がなくならずに済んで、よかったと言えばいいのかな?」


「よかったでしょう。他の除霊師一族だったら、確実に土御門家の後を追ったはずですから。まさしく、安倍晴明のおかげでしょう。持つべきは偉大な先祖ですよ」


 卑怯ではあるが、鬼の晴広の秘密は隠すことができた。

 もっとも、実は安倍晴明が父親としてはクズという事実が知れると、色々と困る人たちがいるので、あえて事実を暴露しようとする人たちはいなかったけど。


「偉大なご先祖様も、長年こき使われて大変だな。いつ休めるのかね?」


「そこは子孫のために辛抱していただきたいところです。ところで、あの計画については聞いていますか?」


「ああ、『除霊師学校』の件だろう? そんなものが本当に必要なのかね?」


「やはり、死霊王デスリンガーとやらがこの世界で倒された影響でしょうか。突然、霊力に目覚めた人たちが増えたようで。しかも大半が子供だ。ただ、どういうわけかで霊力に目覚めたのは日本人ばかりなのです。いえ、海外の人もいますが、すべて日本在住の人という条件がつきます」


「どう思う?」


「爆心地に近かったからでしょうね」


 死霊王デスリンガーという、とてつもない強さを持つ邪神を広瀬裕がこの戸高市で倒したのが大きいと思う。

 倒された時の霊的な衝撃というか爆風が、日本に住む人たちを襲い、そのせいで新たに霊力に目覚めた人たちが出てしまった。

 私はそう予想している。

 除霊をすると強くなる現象も、間違いなく死霊王デスリンガーが倒された影響であろう。


「これから、除霊師の世界は大きく変わるでしょう。ただ決して悪い方向には進んでいないと思います」


「安倍一族はちょっと不幸だったかもな」


「こればかりは仕方がありませんね。歴史の流れと言うものです。さてと、これから出張です」


「東京か? 京都か?」


「東京ですよ。安倍一族の非除霊師部門は東京にありますから。やらかした岩谷家の資産関連の処理もありますので」


 岩谷彦摩呂のせいで、安倍一族はとんでもないことになったのだ。

 極秘裏にだが各所から請求がきているので、岩谷家の資産はすべて没収しなければ。


「岩谷家の人間が、素直に渡すのかね?」


「逃げられると思ったら大間違いですよ。彼らが敵に回したものを考えれば、反社会勢力や闇金の方がまだマシでしょう」


 この国のお上も了承しているので、岩谷家の人間は無一文が決定だ。 

 その後も、まともなところには就職できないだろうし、生活保護を貰って暮らすしかないんじゃないかな。

 特に岩谷彦摩呂の両親は、奴に大量の資金を提供していたようなものだ。

 財務省関係者なんて主犯扱いしているくらいなのだから。


「お金の力は大きいですよ。なにより彼らも、岩谷彦摩呂の人気を利用もしていたのですから」


 安倍一族の次期有力当主は、東大出のイケメン。

 岩谷家の不動産業は、かなり好調だったと聞く。

 息子の除霊費用の赤字なんて気にならないほど。

 

「見た目と口先だけの男のせいで、一家が没落とは酷い話だ」


「他山の石とするしかないでしょう」


「それもそうか。……ところで、その刀は霊器か?」


「ええ。 これから先、除霊もできない除霊師は必要ないでしょうから。東京には除霊の仕事が山ほどあるんですよ」


 安倍一族を預かっている身だからこそ、空いてる時間に除霊をして力をつけなければ。 

 父や長老会の二の舞になるのはゴメンだからな。

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