第142話 火力戦と復活

「さあ、始めようか? 鬼の晴広」


「憎き父の血を強く感じる……。若造、お前を惨たらしく殺して腐人形とし、安倍一族を根絶やしにしてくれようぞ! 邪魔する者たちもすべて皆殺しだ! 陰陽師の大家? 最強の除霊師? 妻殺し、子殺しの安倍晴明に相応しくない評価だ。これより、安倍晴明の名は世間から忌まれるものとなるのだ!」


「お前は、その安倍晴明の息子だけどな」


「我は、梨花の息子なり! あの男の名を出すな!」


「そこが怒りの導火線か……。自慢じゃないが、俺はつい最近まで安倍晴明の子孫だった事実を知らなかったし、ご先祖様を意識したことなんてなかったけどな。祖父さんは凄かったらしいけど。とにかく、悪霊の分際で生きている人間に迷惑をかけるんじゃない! 諦めて、輪廻転生の輪に戻るんだな」


「我を舐めるなよ! 安倍晴明ですら除霊できなかった、この『鬼の晴広』をな!」


「そういう言い方は、父親を強く意識している証拠じゃないかな?」


「減らず口を……すぐに殺して、腐人形にしてやろう」





 軽い挨拶程度の会話だというのに、どうやら鬼の晴広を怒らせてしまったようだな。

 一瞬で眼前に、錫杖の先端部分が迫ってきた。

 恐ろしいまでのスピードだ。


「なかなかのスピードだが……」


 俺に対処できないわけがないので、すぐさま指で錫杖の先を摘まんで、額に穴が開くのを防いだ。


「その錫杖……いいね」


 どうやら、鬼の晴広の持ち物だったみたいだ。

 霊器から反転しているが、俺なら簡単に霊器に戻せる。


「無料働きは嫌だったんだが、これを報酬としていただくかな」


「若造、お前は死ぬのだ。なにを世迷言を……」


「そうかな? はぁーーー! 『爆霊陣』!」


 お前の大切な錫杖を俺が掴んでいるということは、互いに接近しているということだ。

 俺は大量の霊力を用い、鬼の晴広を中心とした半径一メートルほどの範囲を濃密な治癒魔法で覆った。


「なんだ! このとてつもない威力はーーー!」


「えっ? マジで?」


 死霊王デスリンガーの幹部クラスでも、これを食らえば一撃で消滅してしまう威力だというのに……。

 なんて頑丈なんだ。

 大ダメージを食らった鬼の晴広はかなり薄くなったが、残念ながら爆霊陣では除霊することができなかった。


「ちっ!」


 鬼の晴広は、錫杖を指で摘む俺を強引に振り切って距離を置いた。


「お前を舐めてかかっていたようだな。だが、残念ながら我は無敵!」


「無敵……ある意味当たっているかな」


 悪霊が死なないのは確かだからだ。

 除霊しても、あの世に行くだけなのだから。


「そういう意味ではない! この戸高蹄鉄山の冥穴は我が握っている。ゆえに、あの世からいくらでも霊力を補充できる。そう無限にな……」


 すぐに薄くなっていた鬼の晴広が元通りになった。

 どうやら冥穴経由で、支配下に置いた悪霊たちの霊力を利用して回復しているようだな。

 無敵というか、回復力が強い?


「一度除霊されても、あの世から現世に戻りたいと願う悪霊たちは多い。そう願い続けることをやめないと、生まれ変わることもできないんだがな……」


 除霊師は、現世で害を成す悪霊をあの世に送ることしかできない。

 送られたあの世で悪霊が反省し、来世で生まれ変われるように努力するかどうかまでは責任が取れないのだ。

 戸高蹄鉄山の冥穴を完全に支配している鬼の晴広だからこそ、冥穴から現世に戻りたい悪霊たちを完全に支配して霊力のみを奪い、自分の力にできるというわけだ。


「安倍晴明って、実力はあるみたいだけどやっぱりド畜生だな」


 自分が殺した息子の悪霊を、冥穴から現世に戻ろうとする悪霊たちを防ぐ装置として、その場に封印してしまうのだから。

 よくできたシステムではあるけど。


「封印石じゃなく封印漆喰で冥穴を塞げば、 そこまでする必要はないけど……」


 この世界の悪霊たちは、死霊王デスリンガーやその配下たちのように、 なにもない場所に冥穴を開けるような真似はしないみたいだからな。

 元々あった冥穴を利用し、現世に出て来ようとしているパターンのみであった。


「だから、その霊力を簡単に鬼の晴広に奪われてしまう」


 この世界の弱い悪霊たちからしたら、邪神クラスの力がある鬼の晴広は絶対に敵わない相手なのだ。

 だから、冥穴から現世に戻りたいと願う欲望を簡単に利用されてしまう。

 鬼の晴広が戸高蹄鉄山から動けなければ、実にいい封印システムではあるが……。


「戸高高志も、岩谷彦摩呂も余計なことを……」


 安倍晴明は、鬼の晴広が戸高蹄鉄山個人陵墓付近から動けないように封印していた。

 それを自らの欲のために騒ぎを起こし、奴を移動可能にしてしまったのだから。


「(だからこそ、鬼の晴広を除霊しなければならないのだが……)こうなれば、連続して大ダメージを与え続ける! 爆霊陣乱れ打ち!」


 一度にほぼすべての霊力を用いた爆霊陣を鬼の晴広に対して放ち、霊力が尽きると同時に、お守りから霊力回復薬を取り出して飲む。

 これをできるだけ早いスパンで数十回と繰り返したが、残念ながら鬼の晴広を完全消滅させられなかった。


「なんて回復力だ……」


「残念だったな。だから我は無敵だと言ったのだ」


 いくらダメージを与えても、完全消滅には至らないのか……。

 さすがは、邪神クラスの悪霊だ。


「我は封印されていた千年以上の年月を用い、冥穴の完全なる掌握と、この世界に未練がある多数の悪霊たちの下僕化に成功している。人間のみならず、これまでに生まれ、死んだ、ありとあらゆる生物のな! 本能のみで生きていた畜生や虫などは、悪霊になってでもこの世界に戻ろうとする。そのすべて悪霊たちの霊力を利用できる我は無敵なのだ!」


 鬼の晴広に無限の回復力があるのであれば、いくら強力な攻撃を連続して仕掛けても、冥穴を塞がなければ倒せないということか……。


「(しかし、それは難しい……)」


 俺は、鬼の晴広に集中しないといけない。

 そして、戸高高志と岩谷彦摩呂の腐人形と戦っている木原さんは……。


「もう、しつこいです!」


「愛実ちゃん、ペロペロ」


「私の秘書に相応しい美しさだ。あとは、君も死んでくれれば完璧だ」


「ストーカーは嫌です!」


 霊力回復薬も渡しているので優勢に戦っているが、いくら除霊してもすぐに復活してしまうので、木原さんに冥穴を封印漆喰で塞ぐ余裕がないか……。


「(困ったな……)こうなれば!」


 俺は鬼の晴広に対し、さらなる爆霊陣の乱れ打ちで対抗するが、奴はギリギリのところで消えなかった。

 死霊王デスリンガー討伐後もレベルが上がり続け、これまでに与えたダメージの総量で、死霊王デスリンガーなら十体は倒せるほどのダメージを与えたはずなのに……。


「無駄だ、無駄だ! 戸高蹄鉄山の冥穴と完全に繋がっている我を除霊するなど、この世の除霊師にできるわけがないのだ! あの父でもできなかったのだからな!」


 あの安倍晴明が、冥穴と繋がる前の鬼の晴広を除霊しなかったということは、こいつは元々とてつもなく強かったはず。

 だからこそ、除霊しないで封印を選択したのだろうから。


「……それでもだ!」


 ただ様子見していても、鬼の晴広を調子に乗らせるだけだ。

 俺はあえて、爆霊陣と霊力回復薬のコンボを繰り返した。

 一撃で、俺の最大霊力を使い果たす強力な攻撃と、貴重な霊力回復薬による回復。

 この世界において、大昔から霊力回復薬は非常に貴重なものとされていた。

 それを躊躇いなく使い、これまでの除霊師では考えられない威力の攻撃を繰り返すことにより、こちらも無限の回復力があるのだとアピールする。


「(霊力回復薬は大量の在庫があるから、ドンドン使ってやる! どうだ? 安倍晴明でもできなかったことだ。怖いだろう? 鬼の晴広)」


 正直なところ、冥穴から無限に霊力を活用できる鬼の晴広にどう勝てばいいのかはわからない。

 とにかく相手の意表を突く戦法を用い、動揺した鬼の晴広がなにかボロを出すのを待つしかないのだ。

 普通の除霊師ならそんなことはできないが、これも向こうの世界で三年間頑張ってきたおかげだな。


「なぜ、それほどの霊水を使えるのだ? 作るのに手間と時間がかかるはずなのに……。ええいっ! その攻撃をやめろ!」


「敵にやめろと言われてやめる馬鹿がいるか。お前には無限の回復力があるかもしれないが、俺はそれに加えて、無限の攻撃力も兼ね備えてるのさ」


 勿論限界はあるが、それをわざわざ敵に真実を教えてやる義理はない。

 向こうが勝手にそう思って、なにかミスをしてくれるのが狙いなのだから。


「クソォーーー! これほどの威力の攻撃を次々とぉーーー! お前は化け物か?」


「化け物はお前だろう? 俺は人間だ」


「お前もか! あいつもそうだった! 自分は妖狐の血を利用して朝廷で出世したくせに、我の鬼の血に嫉妬した! 母に密通の濡れ衣を着せて殺し、我も殺して冥穴の封印に利用しやがって! 母違いの弟たちとその子孫のためだろうが、安倍晴明の血はすべて絶やしてやる!」


 思わぬ歴史の闇が発覚したな。

 安倍晴明の妻、梨花は、彼のライバルである蘆屋道満と不義密通をしていなかったのか……。

 

「ということは、もしや……」


「実は晴明は、次第に蘆屋道満に追いつかれつつあった。同時に、鬼の血を引く母、梨花の子である我の才能にも嫉妬していた。あいつは、自分が一番でなければ気が済まない男だったのだ。だから、蘆屋道満と我の抹殺を同時に謀った」


 力量で追いつかれつつあった蘆屋道満と、自分を超えるであろう晴広を、不義密通をした女の子供だからという理由で抹殺し、その悪霊を戸高蹄鉄山にある冥穴の封印に利用したのか……。

 彼のおかげで戸高市周辺は安定したが、確かに安倍晴明はろくでもない奴だな。

 ただ、この事実が世間に知られるかと問われれば……。


「(もし知っても、誰も世間に広げないだろうな……)」


 なぜなら、安倍晴明はスーパースターだからだ。

 今さらそんな醜聞を聞かされても、晴明神社も、出版社も、テレビ局も、映画会社も困ってしまう。


「別にただの創作物だからな。俺からしたら、安倍晴明がどんな奴でも問題ないさ! だが、お前はとんでもない悪党だ!」


 戸高高志、岩谷彦摩呂、土御門蘭子、赤松礼香、安倍一族の若手除霊師たち、土御門一家の大半。

 彼らに従った多くの除霊師たち。

 さらには、住宅地建設予定地で戦っていた多くのアウトローたち。

 推定で、三百人近い人間が腐人形にされて死んだ。


「大量殺戮者が、他人の悪行を悪しざまに批判してもなぁ。そういうのを、五十歩百歩、目クソ鼻クソ、類は友を呼ぶって言うのさ」


「ぐぬぬ……。いい加減にやめろ! 無駄だ!」


「そんなものはやってみないとわからないし、本当に無意味だったら、俺の霊力が尽きるまで放置しておけば済むはずだ。さては、俺の無限の回復力に恐怖しているな?」


「そんなことはない!」


 鬼の晴広は。あきらかに動揺しているな。

 しかし、まだその綻びはまだ見えない。

 霊力回復薬は勿体ないけど、また作れるし、鬼の晴広が異質な強さを持つことは事実だ。ケチらずに続けよう。


「いい加減にやめろぉーーー!」


「嫌だね。まだまだ続くよ」


 鬼の晴広は、爆霊陣と霊力回復薬のコンボを嫌がっている。

 ならば、ただそれを続けるのみだ。






「(クソォーーー! この安倍晴明をも越える我が、ただの人間の除霊師に攻撃を受け続けるなど……。なんて威力なんだ!)」




 父、安倍晴明に殺されてから千年以上、我は冥穴を経由して冥界に干渉し、いまだ現世に未練を持つ大量の人間だけでなく、ありとあらゆる生物の悪霊たちを支配下に置いた。

 悪霊たちが持つ霊力をすべて奪い、いつか現世で安倍晴明のその子孫たちを根絶やしにするためだ。

 真の安倍一族当主になるはずだった我を殺し、遥かに力の劣る異母弟たちが当主になった安倍一族など、存続する価値もないのだから。

 そして父はこれまでの評価が一変し、これより未来永劫、悪党として名を残すであろう。


「(しかし、こいつの相手は非常に分が悪い……)」


 我が千年以上もかけて冥界で集めた、現世への未練が深い悪霊たち。

 それが、こいつの尋常ではない威力の攻撃で、次々と消滅しているのだから。

 千や二千の除霊師たちでは到底不可能な、我が支配する悪霊たちの完全なる除霊。

 それが成されてしまうのは時間の問題であった。


「(億や兆の数ではないのだぞ! あいつは化け物か?)」


 このままでは、力負けしてしまう。

 そこで、もしもの時に備えて用意しておいた戦法を用いるとしよう。


「(この戸高蹄鉄山周辺には、六ヵ所の冥穴がある。今は封印石で塞がれているが、随分と昔のものだ。すでに綻びは存在している)」


 我は、千年以上にも及ぶ修練の結果、戸高蹄鉄山以外の冥穴にも干渉できるようになった。

 この若造はそれを知るまい。


「(六ヵ所の冥穴から同時に、悪霊たちを現世に出現させる。さすれば、この若造は、それらの悪霊たちに対処しなければならない。我はその隙を突いてとりあえず逃げ出し、時期を待って安倍一族の連中を根絶やしにするのだ)」


 現世で悪霊、腐人形軍団を再編し、その圧倒的な戦力でこの若造を殺す。


「(実にいい手だ。では、この周辺の冥穴から悪霊たちを……。ふんっ、やはり封印石を交換していないので脆いな。封印石の交換もできないとは、愚かな子孫たちだ。悪霊たちは簡単に現世に出られそうだ。突然、あちこちにある冥穴から悪霊が出現するのだ。 大いに慌てるがいいさ)」


 さて、いつこの若造はそれに気がつくかな。

 その時に見せる、奴の慌てふためいた顔を見るのが楽しみだ。






「……うん? ああ……」


「……どうした? 若造」


「ああ、ちょっとトラブルがあったみたいだな」


「落ち着いていて大丈夫なのか?」





 容赦なく爆霊陣と霊力回復薬のコンボを繰り返していると、周辺の空気が少しザワついた。

 これはもしかして……。

 その前に、妙に鬼の晴広が嬉しそうだな。


「なるほど。やはりそうか……」


「なにが、やはりそうなんだ?」


「ああ、この周辺にある聖域に置かれた冥穴から、悪霊たちが噴き出したようだな」


「その割には、随分と落ち着いているな」


「まあな」


 なるほど。

 その犯人はお前か。

 千年以上もの時を経て、鬼の晴広は他の聖域にある冥穴をコントロールできるようになっていたようだ。


「(無限の回復力に使っていた悪霊たちを、わざわざ他の冥穴から飛び出させたということは……)」


 もしかすると、鬼の晴広の回復力も無限ではなかったということか。

 わざわざ戦力分散の愚を犯してまで、苦し紛れの手を打ったのだから。

 俺の動揺を誘って……逃げるつもりか?

 基本的に、向こうの世界の死霊、アンデッドもそうだが、いざとなると逃げることに躊躇がない。

 こいつも同じなんだろう。


「(ただこいつは、案外苦労人なのかもな)」


 他の冥穴から悪霊たちが噴き出したら、俺がその対処に向かうと本気で思っているのだから。

 これがただ優れた除霊師なら、他の冥穴から噴き出した悪霊たちの対処は後回しにする。

 たとえそれで犠牲者が出たとしても、先に大元である鬼の晴広を除霊した方が、最終的な犠牲者の数が少ないと考えるからだ。


「(だが世の中っては、それが理解できない人が多い。彼らの意見を尊重する人も多い)」


 今回のケースだと、もし慌てて六ヵ所の冥穴の対処に向かうと、やはりあとで鬼の晴広による被害が多く出て、世間に批判されるという最悪の結果となってしまう。

 でも、六ヵ所の冥穴を後回しにすると、やはり犠牲者はそれなりに出て、世間から大きく批判されてしまう。

 なぜなら、除霊に詳しくない一般人に対し、小よりも大を優先した結果こんなに犠牲者が減りましたと説明しても、信じてくれないからだ。

 『あなたが、六ヶ所から噴き出した悪霊たちを優先しなかったら、多くの人たちが死んだ!』、『鬼の晴広を優先したから、この犠牲者の数で済んだ? 人が死んでいるんすよ! 不謹慎な発言です!』と批判する人たちが必ず出てくるのだから。

 いつの世も、世論ってのは無責任で残酷だったりする。

 俺たちも、向こうの世界で散々経験したことだ。

 多分、鬼の晴広にもそういう経験があるんだろうな。

 だから俺が、他六ヵ所の冥穴を優先すると思っている。

 実はこいつ、父親である安倍晴明よりも他人には優しい除霊師、陰陽師だったのかも……。


「(まあ結局、安倍晴明のような能力のあるクズの方が、世間から評価されるケースが多いのが現実だったりするんだけど……)」


 今の鬼の晴広が外道になったのは、父親に殺されたせいかもしれないな。


「行かなくてもいいのか? 現代の除霊師よ」


「まずお前を除霊することが最優先だ。他は、後回しでいいだろう」


「なっ!」


 俺も除霊をしている時は、性格が安倍晴明寄りだからな。

 ただ、彼ほど手段を選ばない人間ではない。

 事前に久美子たちに封印漆喰以下、多くの道具を与えて各聖域に待機させておいてよかった。


「……なるほど」


 スマホにメッセージが入ったので見ると、それは久美子からだった。


「『神社の地面が爆発して、そこから悪霊たちが噴き出してきたけど、全部除霊して、地面の奥の穴を封印漆喰で塞いだよ。褒めて』か……」


 続けて……。


「『竜神池の岸辺が突然爆発して、そこから悪霊たちが噴き出してきたわ。全部除霊して、露出した穴を封印漆喰で塞いだわ。褒めてくれていいのよ』か。『戸高西稲荷神社があるマンションの庭の地面が爆発して、大量の悪霊たちが襲ってきたけど、私の歌と踊りで成仏させてあげたわ。裕、 今度ご褒美で私をデートに連れて行ってくれるわよね?』、『お兄ちゃん、私も手伝ったよ。デートしようね』。(これで半分……」


 やはり、久美子たちを各聖域に配置しておいて正解だったな。

 みんなレベルが上がっていたので、悪霊の除霊にそう苦戦しなかったようだ。


「次は……。 『山中神社の境内の地面が突然爆発して、大量の悪霊たちが噴き出してきました。妖狗さんと共同で浄化して、地面にあいた穴は塞いでおきました。師匠、褒めてください!』、『 広瀬裕、高城神社の井戸が吹き飛んで、そこから大量の悪霊たちが飛び出してきたけど、ちゃんと除霊して、できた穴を塞いでおいたわ。お礼に私をデートに連れて行ってくれても罰は当たらないと思うわ』、『夫君。金富山の中腹が噴火したかのように爆発し、悪霊たちが飛び出してきたが、除霊して、できた穴を封印漆喰で埋めておいたぞ。しかし、れべるあっぷの恩恵とは凄いものよな。あれだけの悪霊たちを、そう苦もなく倒せるのだから。さすがは、我が夫君。すぐに式を挙げなければ』……終わり」


「なにが終わりなのだ?」


「気がつかないのか? 遠方の六ヵ所にある封印石の強度すらわかったお前が」


「大分脆くなっていたので、派手に吹き飛ばし、悪霊たちを送り込んでやったわ! 今頃、大変なことに……あれ? なぜ冥穴の封印がこんなに強くなったのだ? 現世に送り込んだ悪霊たちは?」


「残念でした。もう除霊されてしまいました」


 こいつ、意外と間抜けなところがあるな。


「無限の回復力とやらにも限界があるようだし、あとは爆霊陣と霊力回復薬のコンボで消えてくれ」


 その後の俺は、一切止めることなく、爆霊陣と霊力回復薬のコンボを繰り返していく。

 このまま油断することなく、鬼の晴広を完全に浄化するためだ。


「待て! 卑怯だぞ!」


「こんなことに卑怯もクソもあるか。それに、もうそろそろ木原さんも限界だろうからな」


「もうしつこいです!」


「なんか、気持ちよくなってきた」


「戸高高志、お前の意見に同調したくはないが、確かにこれはクセになるかも……」


「変態は嫌ぁーーー!」


 木原さんは、ただひたすら戸高高志と岩谷彦摩呂の腐人形を浄化し続ていたが、やはりすぐに復活してしまう。

 それどころか、彼女の攻撃を気持ちいいとか言い始めて、俺から見てもドン引きな状態だった。

 あいつら、Mだったのかよと。


「広瀬君! まだ?」


「もうすぐだ。木原さんの攻撃もとても役立っているから、続けてくれ」


 二人がすぐに復活してしまうのは、鬼の晴広から霊力を供給されているからだ。

 つまり復活すればするほど、鬼の晴広の回復力を奪っていることになるのだから。


「だから、レベルが上がり続けているんだ」


 RPGで言えば、中ボスをただひたすら倒し続けているようなものだからな。

 それはレベルが上がるだろう。


「うぐぐ……」


「(もうすぐ除霊できるな……)」


 鬼の晴広は、大分薄くなってきた。

 回復力の源である、冥界から現世に戻りたい悪霊たちのストックが尽きかけているのであろう。


「(もう一押しだ!)」


 このまま油断せず、一気に除霊してしまおう。

 俺は、爆霊陣と霊力回復薬のコンボを緩めることなく、作業をただ連続して繰り返すのであった。





「(このままでは、除霊されてしまう! どうすれば……)」


 いくら父の血を強く引いているとはいえ、たかが人間のくせに、我を圧倒する霊力を持つとは……。

 若造め……。


「(こんなことは、あってはならないのだ!)」


 この戸高蹄鉄山で千年以上、ただひたすら憎き父に復讐するため、我は力を蓄えてきた。

 こんなことがあっていいわけがないのだ。


「(父の血をすべて絶やすまでは!)」


 しかし、このままではあと数分と保たないはず……。

 千年をかけて、ありとあらゆる悪霊たちを従えてきたのに、あいつの爆霊陣のせいでみるみる除霊されてしまった。

 別動隊として、他の冥穴からこの世界に送り出された悪霊たちも全滅し、せっかく苦労して支配下に置いた冥穴も塞がれてしまった。

 除霊され、この戸高蹄鉄山の冥穴まで封印されてしまえば、我は悪霊としての自我を保てなくなってしまう。


「(復讐を達成できないまま、輪廻転生の環に戻されるのは嫌だ!)」


「ならば、 俺様に手を貸す気はないか?」


「誰だ?」


 我に声をかけられる悪霊?

 ふと地面を見ると、そこにはネズミの悪霊がいた。

 だが、あの若造の爆霊陣を連続して食らっている状態で、ネズミの悪霊が除霊されないのはおかしい。


「お前は何者だ?」


「以前、別の世界であの若造によって倒され、この世界で理不尽な輪廻転生の環に叩き込まれた者だ。俺様に力を貸せば、あの若造を殺せるぞ。今の奴は仲間も少ない。なにより、今の俺様は弱いが、お前が俺様を取り込むことで、とてつもなく強くなるはずなんだ」


「本当か?」


「疑うのなら、そのまま除霊されるがいい」


「……わかった。お前を受け入れよう」


 このまま除霊されてしまうよりは……。

 我は、ネズミの悪霊を取り入れた。

 すると、みるみると力が増し、大量の霊力が体内から湧きあがってくるのが確認できた。


「あの若造を殺したら、俺様はそっちの体に移ってやる。今は協力して、あの若造を殺すのだ!」


「それがいいようだな。ならば、もっと力を増すか」


 あの二体は、もう好き勝手動かさない方がいいな。

 こいつらも吸収して、さらに力を増すとするか。

 若造め!

 これまで散々、我を馬鹿にしやがって!

 必ず惨たらしく殺してやる!




「もうすぐ……なんだ?」


「広瀬君! 二人が!」


 本当に、あと数秒で鬼の晴広の悪霊を除霊できるはずだったんだ。

 それが突然、奴の体が眩く光り、同時に木原さんが相手にしていた二人もその場から消え去ってしまった。

 そして、鬼の晴広を包んでいた眩い光が晴れると、そこには見覚えのある奴が立っていた。


「久しぶりだな。異世界のパラディン二人よ」


「死霊王デスリンガーか!」


 なんと、俺が向こうの世界で倒したはずの死霊王デスリンガーが、この世界に復活してしまったのだ。

 こいつ、この世界に転生していたのか?


「以前の俺様だと思うなよ。 色々と苦労したおかげでパワーアップしているうえに、鬼の晴広と、オマケの二人もか……。合体した俺様は無敵だ!」


「若造、形勢逆転だな」


「僕に逆らうなんて許せないな! 広瀬裕なんて死んじゃえ!」


「この私を差し置いて、安倍一族の新当主にでもなられたら困るのでね。死んでくれたまえ」


 死霊王デスリンガーは、さらに巨大化してパワーアップしており、その胸部には鬼の晴広の顔が、両肩には戸高高志と岩谷彦摩呂の顔が埋め込まれていた。


「気持ち悪い……じゃなかった! 広瀬君、この変な巨人、私を顔見知りみたいに言ってるけど誰?」


「忘れたのか? パラディンの小娘よ。この死霊王デスリンガーに歯向かい、さらに一度倒してくれたことを後悔させてやるぞ!」


「私はそんなことしたことありません!」


「シラを切りおって、お前も惨たらしく殺してやる」


「そんなぁ……。広瀬君、この人変だよぉ……」


「簡単に説明するとだ。この世界とよく似た世界の別の木原さんが、異世界で俺と一緒にその巨人を倒しているんだ」


「……じゃあ、私じゃないよね?」


「多分、向こうにそんな言い訳は通用しないと思うな。生き残りたければ倒すしかない」


「そんなぁ……」


「死ぬ覚悟はできたか?」


 まさか二人だけで、さらに木原さんがレベル、経験不足の状態で、大幅にパワーアップした死霊王デスリンガーと戦う羽目になるとは……。

 俺は急ぎ、スマホで久美子たちに救援のメッセージを送ってから、木原さんと二人で生き残りをかけ、次の戦いを始めるのであった。

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