第141話 再生腐人形 

「それにしてもまぁ……。菅木の爺さんも、 もう少し早く介入を決意すればよかったのに……」


「沢山除霊したつもりなのに、全然減ってないよぉ……」


「戸高高志も、岩谷彦摩呂も、どれだけ他人を巻き込めば気が済むのか……」




 戸高蹄鉄山に向け、隣接する住宅建設予定地内を木原さんと共に移動を開始する。

 途中、ワラワラ集まってきたと腐人形たちが襲いかかってくるが、神刀ヤクモで斬り裂き、お札を投げつけて除霊していく。

 死体に悪霊が重なった状態の腐人形は、残念ながらこの世界の大半の除霊師には手に負えないものだ。

 除霊する際の霊力消費量が激しくなるからだが、俺なら余裕で除霊できる。

 除霊に成功すると、腐人形は死体ごとボロボロに崩れて消え去ってしまった。

「広瀬君、どうして悪霊だけじゃなく死体まで消えてしまうの?」

「あくまでも推測だけど……」

 たとえ有機物である人間の死体でも、悪霊に乗っ取られた時点で霊的なものに変化してしまうからだと思う。

 向こうの世界のゾンビたちも、除霊すると死体ごと消滅してしまったのを思い出す。

 腐人形はゾンビではないが、ゾンビと同じような性質を持っているのであろう。

「えいっ! やっぱり消えた……。土御門蘭子さんと赤松礼香さんがお札を使っても腐人形はまったくダメージを受けなかったのに、私と広瀬君は腐人形を除霊できる。どうして?」

「力量が足りているからだ」

 俺と木原さんが腐人形を倒せるのは、その強さに達しているから。

 レベルが高いから……いや、多分昔の優れた除霊師はレベル1のままでも腐人形を除霊できたはずだ。

 だが、今の世の除霊師には腐人形は荷が重かった。

 だから、いくら高価なお札を使っても腐人形を除霊できなかったのであろう。

 そして、現代の除霊師たちがまったく歯が立たなかった腐人形を大量に操れるのは、間違いなく現代の除霊師ではない。

 さらにいえば、そんな奴が生きているわけがなかった。

「鬼の晴広。その悪霊が、この腐人形たちを作り出し、操っている」

「じゃあ、鬼の晴広を除霊できれば……」

「だがその前に……」

 まだ大量に残っている腐人形たちが、そう簡単に俺たちを戸高蹄鉄山へと行かせてくれないだろう。

 次々と大量に集まって来ては、俺たちに襲いかかってくる。

「数が多いよぉ!」

「多いけど、さすがに限度があるはずだ」

 腐人形は、無からは生み出せない。

 材料の死体がなくなれば、もう生み出されないはず。

「最悪、あと二体しか、新しい腐人形は生み出されないさ」

「二体?」

「俺と木原さん」

「ええーーーっ!」

「まあ、まずそれははないから安心して。とにかくこいつらをすべて倒さないと、鬼の晴広には辿り着かない。木原さん、頑張ってお札を使って腐人形を除霊してくれよ」

「わかりました」

 俺と木原さんは、次々と集まっては襲いかかる腐人形を除霊しながら、戸高蹄鉄山へと移動するのであった。




「……」

「どうしたの? 木原さん」

「扇……そのうち使えるようになったらいいなって」


 広瀬君は刀で、私はお札で腐人形を次々と除霊していく。

 戸高蹄鉄山まではもう少しで、次第に腐人形の数も減ってきた。

 広瀬君が強すぎて、腐人形を簡単に除霊してしまうからだ。

 土御門蘭子さんと赤松礼香さんが、広瀬君を篭絡、利用しようとする気持ちがよくわかった。

 そうなると気になるのは、私に渡された扇だ。

 確かに私は日本舞踊をやっていて踊りが得意だけど、広瀬君が私に除霊用の扇を渡したのが気になる。

 ゲームじゃないので、除霊で扇なんて……私はまだ除霊の世界に詳しくないけど、メジャーな武器なのかな?

 そもそも私が踊りを習っているから、除霊で扇を使うって考え方も短絡的だ。

 元アイドルだった葛山さんも、マイクを武器にしているなんてことはないのだから。

「(広瀬君は、私が除霊で扇を使えることを確信している。でも、どうして?)」

 これまでの練習では、お札で怨体を浄化したことしかないのに……。

「広瀬君、私では刀は使いこなせなさそうなの? だから扇なのかな?」

 気になったので、つい聞いてしまった。

「レベルが大分上がったから、それなりには使えると思うよ」

「相川さんたちも?」

「木原さんよりもレベルが高いから、もっと上手に使いこなせるはず」

「扇も?」

「扇は、とても使う人を選ぶから……でも……少し使ってみるか……」

 広瀬君は、またしてもお守りから黒い扇を取り出した。

 材質は金属のはず。

 その造りは、見ていて惚れ惚れするほどね。

 武器というよりも芸術品みたい。

「いいなぁ……」

 先ほど貸してもらった扇も綺麗だけど、これはもっと綺麗。

 これで踊ってみたい。

「俺もそんなに上手じゃないけど、レベルが上がったおかげで基本くらいは……」

 広瀬君は今まで使っていた刀を仕舞うと、黒い扇を構え、まるで踊るような動作で腐人形へと近づき、次々と扇で斬り裂き始めた。

 舞うように次々と腐人形たちを斬り裂き、遠く離れた腐人形に対しては扇を投扇興のように投げつける。

 すると不思議なことに、遠方の腐人形を除霊した扇が、まるでブーメランのように戻ってきたのだった。

 でもその姿はとても美しく、つい見惚れてしまうほどだ。

 この前の奉納舞でもそうだったけど、広瀬君の踊りも、扇を扱う所作も素晴らしいと思う。

「(広瀬君も、日本舞踊を始めたらいいのに……。そうしたら、一緒に大会に参加して……。同じ趣味を持つ者同士……そこから……)」

 一緒に踊りを習うというのは、悪くないかもしれない。

 いわゆる趣味友ね!

「広瀬君は、扇を武器にしても問題なさそう」

「いやぁ、やっぱり俺は刀の方が全力を出せるな。扇にはメリットがあるけど、扱いが難しいのさ」

「そうなんだ」

「きっと、木原さんの方が才能があると思うよ。俺はそう確信しているんだ」

「私が?」

「間違いないと思う」

 広瀬君が、私には扇を扱う才能があるって言ってくれた。

 なんか嬉しいかも。

「そうだな……じゃあ……」

 広瀬君は再び武器を刀に代えると、一番近くにいた腐人形の群れを除霊して、一体だけ残した。

「あまり深く考えないで、いつも踊っている時の感覚を忘れずに、さっき渡した扇で攻撃してくれ」

「はい……」

 私は踊りには慣れているけど、扇を使った除霊は初めて。

「大丈夫、緊張しすぎないで普段どおりやれば」

「うん……そうだね」

 あれだけ踊れる広瀬君が大丈夫だって言ってくれるのだから、きっと私はこの扇を使いこなせるはず。

 一旦体の力を抜いてから、私は踊る時と同じく第一歩を踏み出した。

 すると自然に体が動いて、舞いながら広瀬君が間引いてくれた腐人形へと接近。

 扇を一閃すると、そのまま腐人形は除霊され、消滅してしまった。

「できた……」

「俺が思ったとおりだった。じゃあ、次は……」

 それからも、扇の練習がてら次々と腐人形たちを除霊していく。

 広瀬君は、私が実戦練習をしやすいように、腐人形の集団を間引いたり、集団をバラしてくれたりと、初めて扇で戦う私のために色々としてくれた。

「(広瀬君って、優しいんだ)」

 私は、改めてそう思った。

 以前から、除霊師の才能が発露した私に色々と教えてくれていたから今さらだけど、踊りながら除霊できる扇を貸してくれたり、その戦い方を上手にレクチャーしてくれるのだから。

「(あとで、ちゃんとお礼を言わないと……)」

 それと、相川さんたちは他の聖域というところを守っているって聞いたから、せめて私は、腐人形相手に苦戦しないようにしないと……。

 このまま扇での除霊を頑張って、戸高蹄鉄山へと急ぎましょう。




「「ニクゥーーー!」」

「あーーーあ、こうなると、生前の経歴や能力、 顔の作りや体型なんてどうでもいいな」

「なんと言うか……。その、二人の対比が凄いですね……」



 ついに、戸高蹄鉄山へと到着した。

 すでに腐人形は一体も現れず、これで終わりかと思ったら……そういえば、お前らがいたな。

「岩谷彦摩呂と、戸高高志。 今回ばかりは、その悪運も尽きたか……」

 腐人形と化した二人が、俺たちの進路を妨害している。

 やはり、鬼の晴広は見逃してくれなかったか。

「広瀬君、この二人は強いのかな?」

「どうだろう?」

 ただ鬼の晴広は、他の腐人形たちは次々と俺たちを襲わせたのに、なぜかこの二人は残している。

 もしかしたら、なにか特別な強さを持つかもしれないので、十分に注意した方がいいだろう。

「うん? 今」

「錫杖の音かな?」

 前方にある、蹄鉄状の岩山の奥にある個人墳墓。

 そこから『シャンシャン』という錫杖の音が聞こえたと思ったら、白目を剥き、口からヨダレを流していた二人の腐人形が正常な表情に戻った。

 さらに……。

「この私こそが安倍一族の正当な当主であり、かの安倍晴明をも超える力を手に入れ、実績を後世に残す予定だったのだ! 広瀬裕、君は安倍一族であることを隠し、この私の宿願に手を貸さなかったな!」

「俺は安倍一族じゃないので当然ですよ」

 俺が 安倍晴明の血を継いでいようがなかろうが、安倍一族に所属していない以上、安倍一族のために働くわけがないのだから。

「君は、安蘇人古墳において偉大なる力に目覚めた私に、是非安倍一族に入れてくださいと頭を下げるべきだったのだ」

「……なんだ? 急にこいつ?」

 今さら、そんな意味がないことを言われても……。

「やはり、岩谷彦摩呂は死んでいる。死者は、過去の未練に縋るのだから」

「顔色も、腐人形そのものだものね」

 木原さんの言うとおりで、二人の顔色は土気色のままだ。

 残念ながら、もう治癒魔法をかけても意味はないな。

 いや、逆にその身を焼かれてしまうだろう。

「僕が戸高家の当主になったら、お前を雇ってやるから助けるんだ!」

「だから無理だって」

 戸高高志に至っては、自分が死んでいるという認識すらないようだ。

 元々頭も悪かった……すでに死んだお前は戸高家の当主になれないんだがな。

 きっと、除霊されるまでその事実に気がつかないはず。

 認識の固定化も、悪霊の最大の特徴なのだから。

「可哀想だが……」

 除霊するしかないので、俺は神刀ヤクモを構えた。

「ふっ、この特別な力に目覚めたうえ、晴広様に力を授かった私に勝てるかな?」

「晴広様ねぇ……」

 鬼の晴広は、この二人になんらかの利用価値を見出したようだ。

 特別扱いして、自分の石棺を守らせているのだから。

「そして、私は君の欠点に気がついた。それは、パートナーが除霊師として未熟だという事実だ。だから私は……はあっ!」

 どこで手に入れたのか。

 刀を持った岩谷彦摩呂は、腐人形とは思えない素早さで俺に斬りかかった。

「ははっ、これで君は、未熟なパートナーを助けることはできまい! おいっ! 豚!」

 どうやら、俺と一対一で戦っている間に、木原さんを戸高高志に襲わせる作戦か……。

 この二人、上下の関係が決まったのかな?

「誰が豚だ! 偉そうに僕に命令するな! お前はまあまあ可愛いから、腐人形にして僕の側に置いてやるぞ」

 そうでもなかったようだな。

 あの戸高高志が、岩谷彦摩呂の下につくわけがないか。

「死んでも嫌です」

 残念ながら、戸高高志の性格と容姿では、木原さんに好かれるわけがなかった。

 彼女から、『心の底から嫌です!』という言葉と表情をぶつけられてしまった。

 奴が、女の子にモテるわけがないから当然か……。

「生意気な女め!」

 で、いつもどおりキレるのは、死んでも同じだった。

「広瀬裕は、岩谷彦摩呂の相手でお前を助けられない。すぐにお前を殺して、僕たちの仲間入りだぁーーー!」

「くっ! やられるものですか!」

「ははっ、僕は知ってるぞ! お前が半人前の除霊師だってことをな! 僕の勝利……えっ?」

「バカか? お前は?」

「広瀬裕、君は僕の相手を……あれ?」

 なにが、自分は特別な力に目覚めただ。

 そんな認識だから、今こうして死んでも恥を晒しているんじゃないか。

 岩谷彦摩呂が鬼の晴広に少し強化してもらったところで、俺に勝てるわけがない。

 神刀ヤクモを用い、奴の目にも止まらぬ早さで岩谷彦摩呂を斬り裂くと、そのまま木原さんに襲いかかる戸高高志の進路を妨害しつつ、同じく縦真っ二つに斬り裂いた。

 二人は、自分たちが真っ二つにされた事実にも気がつかないまま消滅してしまった。

「弱いな……」

「そうですね」

 なんか、木原さんでも余裕で倒せそうなほど弱かったな。

「これまで、しょうもない妨害ばかりしてくれたが、最期は呆気ない……っ!」

「広瀬君!」

 再び、俺と木原さんに緊張が走る。

 除霊され、その死体ごと消滅したはずの二人が、再び先ほどと同じ姿で俺たちの前に立っていたのだから。

「私は無敵だ!」

「僕こそ無敵だ!」

「どういう仕組みだ?」

 向こうの世界で、一度除霊したゾンビが復活することなんてありえなかったのに……。

 冥穴経由で復活するケースもあるが、その時には死霊になっているのが常識だったのだから。

 なぜなら、冥界にたとえ死体でも、肉体を持ち込むことなどできないからだ。

「木原さん!」

「任せて!」

 次は、木原さんが二人を扇で斬り裂いて除霊した。

 やはり、彼女でも簡単に倒せてしまう。

 だが……。

「無駄だと言うのに」

「僕は無敵だよぉーーーん!」

  またしても二人はすぐに復活してしまい、これは早急に対策を立てる必要があるな。

 と、思っていたら、二人の背後から禍々しい空気を感じた。

「すでに邪神の領域か……鬼の晴広」

 個人陵墓からこちらに歩いて来た、山伏姿の格好をし、錫杖をつき、その額には大きな角がある人物。

 悪霊には見えないが、彼が鬼の晴広なのだと俺はすぐに理解した。

 同時に、奴がすでにただの悪霊ではなく、邪神レベルの強さを持っていることも。

「さすがは、憎き父の血をもっとも強く引くどころか、奴を凌駕しているだけのことはある。再生腐人形くらいでは、大して消耗させられないな。しかし、 いくら弱くても、すぐに復活するのであれば足止めにはなる」

「足止め?」

「その未熟な小娘の相手にはちょうどよかろう。高志、わかっているな?」

「えへへ、兄さん。この女を腐人形にしてやるよ」

「兄さん?」

 戸高高志の奴。 

 鬼の晴広が兄って……なにを訳のわからないことを……。

「輪廻転生の関係で色々とあるのだよ。岩谷彦摩呂、お前もだ」

「お任せを晴広様。あなた様がこの世に復活した暁には、この私めを安倍一族の当主にしてもらいたく」

「お前の働き次第だな」

「わかりました。この女を腐人形にしてしまいましょう」

「私が邪魔なのね……。こうなったら! 広瀬君、この二人は任せて」

 木原さんは扇を構えると、二人と戦い始めた。

「弱いけど、すぐに復活するから面倒ね。でも……倒し続ける!」

 だが、やはり何度除霊してもすぐに復活してしまう。

 今はいいが、このままではじきに木原さんは消耗してしまうだろう。

 そうなる前に、俺は鬼の晴広を倒す必要があるのか……。

「死んでなお、憎き父の作った俗人の巣の頭を求める。醜き子孫たちだが、利用価値はあるか」

 それにしても、どうして二人の腐人形はすぐに復活してしまうのだ?

 なにかしらの霊力供給を受けている、と見るのが正しいのか?

「ここには、冥穴がある。そこから地上に出ようとする悪霊たちから霊力を奪い、私が二人に供給しているだけだ。つまり、この私を止めるには……」

「鬼の晴広、お前を除霊する」

「それができればいいがな。子孫たちによって、しょうもない理由で目覚めさせられたのだ。せっかくの機会なので、父の血をすべて絶やしてくれようぞ」

「酷い男だな」

 岩谷彦摩呂の安倍一族当主への正式就任を援助すると嘘をつき、木原さんを攻撃させているのに。

「私は嘘はついていないさ。全員腐人形の安倍一族が、多くの人間を殺して、腐人形を増やし続け、この世を混乱に陥れるのだ。安倍晴明の名声は、地に落ちるであろう。これほど愉快なことはない」

 なるほど。

 すでに死んだ岩谷彦摩呂には、死人ばかりとなり、生者を食らって腐人形の仲間を増やす安倍一族がお似合いというわけか。

「俺としては、そんなことをさせるわけにいかないのでね。お前を除霊する!」

「お前は、素晴しい再生腐人形になるだろうな」

「なってたまるか」

 再び神刀ヤクモを構え直し、俺と鬼の晴広による一対一の戦いが始まった。

 そして木原さんは……。



「広瀬君が除霊に集中できるようにしないと……。でも、何回除霊しても復活してきて気持ち悪い!」

「ははっ、私は無敵だからね。君を腐人形にして、私の秘書にしてあげよう。美しい君は、この僕と釣り合いが取れるからね」

「この女は、僕が腐人形にして側に置くんだ!」

「こんなモテ方、嫌だよぉーーー」

  何度除霊しても復活する二人の腐人形に対し、木原さんは涙目で戦い続けていた。

 彼女に限界が訪れる前に、鬼の晴広をどうにかしないと。

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