第138話 悪運尽きて(その2)
「橘さん、いよいよですね」
「はい。封印石も持参しておりますので、まずは鬼の晴広を除霊し、そのあと、悪霊が出てくる穴を塞げばいいのです」
「今回は火力戦が展開できるので、非除霊師部門に感謝しますよ」
「今回は、予算を出す意味がありますからね。これまでの除霊部門は、正式な契約書も交わさずに、昔から引き受けてるという理由のみで条件の悪い仕事を引き受け、利益が出ないどころか、大赤字を垂れ流しているのです。しかも、それが宣伝になることもなく、安倍一族になにも利益をもたらしていない。これではいつか、安倍一族の財政が破綻してしまいます。不必要な封印、除霊、浄化、瑕疵物件の管理は仕分けして引き受けない方がいいのです。たとえば、安蘇人大古墳。あんなものは、無駄の極致でしかありません。毎年、除霊師たちを無料奉仕させてなんとも思わない長老会。彼らは消えて当然です」
「まあ、そこで私は大きな力を得たので、まったくの無駄というわけでは……」
「まずは鬼の晴広を除霊して、大きな力を得ようではありませんか」
「しかし、よく戸高蹄鉄山に入れたものだ。戸高高志の妨害があって当然だと思っていました」
「向こうがそういう手に出るのなら……まあお金を出せばね……」
「ぎゃぁーーー!」
「オラぁ! 死ねよ!」
この私、岩谷彦摩呂と、橘さん、そして私を支持する若手除霊師たちは、無事戸高蹄鉄山に到着した。
戸高高志が宅地の工事関係者を装って配置しているチンピラたちの妨害を予想したが、橘さんが対抗可能な戦力を先に突入させてくれたようだ。
夜中の宅地工事現場に、悲鳴と怒声、打撃音が鳴り響く。
双方素性のよろしくない連中だが、さすがに銃は用いていないようだ。
いくら懇意にしている政治家や警察幹部がいても、銃撃は簡単に誤魔化せないからであろう。
橘さんが用意してくれた戦力と、戸高高臣が用意した戦力が戦っている隙を突き、上手く戸高蹄鉄山に入ることができた。
「戸高高志たちは、どこにいるのでしょうか?」
「すぐに追いついてくる可能性があるので、急ぎ除霊に入った方が……なっ!」
「岩谷さん? どうかしたのですか?」
「先を越されていたようですが……その……」
「これは……」
鬼の晴広の棺が置かれているという、戸高蹄鉄山のU字の奥の部分。
そこに向かうと、すでに戸高高志に雇われたと思われる在野の除霊師たち。
そして、彼に従っている土御門一族の者たちが先に到着していた。
過去の仕事で知り合った見覚えのある顔がいくつかあるので、見間違えるわけがないのだが……。
「岩谷さん、彼らの顔色ですが……。これは一体、どういうことなのですか?」
「……悪霊ではない……はずですが……」
あの顔色では、全員間違いなく死んでいるはずだ。
しかし周囲に悪霊の気配はなく、まるでゾンビのような……。
死んで間もないはずなので体は腐っていないが、白目を剥き、口からヨダレを垂らし、顔色のみならず全身が土気色で、まるでゾンビ映画に出てくるゾンビのようであった。
「ゾンビ? そんなものが実在するのですか? 伝承の類だと……」
「私も、ゾンビが実在するなんて話は聞いたことありませんし、資料を見たことがないです」
「これでは、鬼の晴広を除霊できないのでは?」
「まずは、このゾンビたちを除霊しましょう」
計画は変更になってしまったが、彼らは戸高高志に従っていた除霊師たちだ。
除霊してしまえば、奴は戦力を失ってなにもできなくなってしまうはず。
まずは、戸高高志の戦力を奪い取る……それにしても不憫な……。
戸高高志は愚か者だが、在野の除霊師たちや土御門家の連中には罪はないというのに……。
しかし、この不思議な現象はちゃんと調査をしなければなるまい。
「橘さん、戸高高志の戦力をすべて奪ってしまえば、明日、一度やり直すことも可能なのですから」
「お金はかかりますが……仕方がないですね」
除霊する対象が増えてしまったので、お札代は純粋に考えても二倍以上になってしまうのか……。
だが、戸高高志をまる裸にできたのは悪くない。
このままゾンビでいるのも辛いだろうから、この私が君たちをあの世に送ってやろう。
「そういえば、肝心の戸高高志がいませんね」
「大方、ゾンビになった手下たちを恐れて逃げたのでしょう」
彼はバカみたいなことばかり言う中身がない人間なので、せっかく父親が集めた除霊師たちが全滅したので、怖くて逃げ出したのであろう。
「太っているくせに、逃げ足だけは一人前ですな」
「彼は、悪運だけは一人前なのさ」
どうせどこかに隠れているのだろうけど、あれだけ太っていてよく身を隠せるものだ。
もしくは、もう父親に泣きついる最中かな?
どちらにしても、どうしようもない困った男だ。
私とは違い、奴が死んでも、悲しむのは父親くらいか。
「とにかく今は、彼らを除霊させることに専念しよう。霊銃隊! 前へ!」
相手は鬼の晴広なので、除霊の準備に抜かりはなかった。
世界中から残存する霊銃を高額で買い集め、安倍一族の除霊師たちで霊銃隊を編成。
同じく金を惜しまずに集めたお札の大火力を用いて、厄介な鬼の晴広を薙ぎ払う予定だ。
「ただお金を使って、除霊師を集めればなんとかなると思っている、戸高高志のアホと私は根本的に違うのさ。霊銃隊! ゾンビを薙ぎ払うんだ!」
「「「「「了解しました!」」」」」
「霊銃隊、発射用意だ!」
霊銃隊の隊長は古くからの私のシンパで、私ほどでないにしても、除霊師としての評価は高い。
きっと、私の信頼に応えてくれるはず。
「霊銃隊! まずはゾンビたちを薙ぎ払え! 撃てぇーーーい!」
霊銃隊の隊長の合図で大量のお札が霊銃から放たれ、多くのお札が張り付いたゾンビたちが青白い炎に包まれた。
これだけのお札攻撃を食らえば、いかに討伐実績のない未知のゾンビとて……。
「彦摩呂さん!」
「どうした? 田中君」
「まったく効果がありません!」
「そっ、そんなバカな……」
ゾンビたちを覆う青白い炎が消えた瞬間、霊銃隊の隊長である田中君が悲鳴のような声をあげた。
なぜなら、あれだけのお札を用いてもゾンビたちを一体も減らせなかったうえ、まったくダメージを受けていないように見えたからだ。
「もっと高価なお札でやってみてくれ!」
「ですが、鬼の晴広を除霊する分のお札が足りなくなります」
「今回は延期だ! このゾンビたちを除霊することを最優先とする」
「わかりました! 撃てぇーーーい!」
再び、大量のお札が発射された。
今度は高価なお札を使っているので大丈夫なはず。
再びゾンビたちは青い炎に包まれ、それが晴れると……。
「彦摩呂さん! また駄目です!」
「そっ……そんなバカな!」
確かにいまだ肉体があるゾンビだが、死んでいることに違いはないではないか。
どうして除霊できない?
そもそも映画じゃあるまいし、どうしていきなりゾンビなんて出てきたんだ?
「岩谷さん! ここは一旦逃げた方がいいのでは?」
「バカを言わないでくれたまえ!」
もしこのゾンビたちが戸高蹄鉄山から外に出てしまえば、安倍晴明が戸高蹄鉄山にある霊界との穴を塞ぎ、それを安倍一族が管理し続けていたものが破られたと、この国の上層部に思われてしまうではないか。
私が当主になってすぐ、そんな不始末を起こすわけにいかない。
「ゾンビだけは倒すんだ!」
「しかし、どうやってです?」
「お札を惜しむな! 橘さん?」
「はい……」
橘さんも死にたくなかったようで、お札のウェポンフリーの許可をくれた。
さすがにこれなら、ゾンビたちを焼き払えるはず。
鬼の晴広の悪霊を除霊するわけではないが、ゾンビたちだけでも除霊しておかなければ、安倍一族の信用問題になってしまうのだから。
「しかし、岩谷さん! 今度こそ本当に除霊できるでしょうか?」
「なにがなんでも除霊するんだ!」
「「「「「はいっ!」」」」」
私は、全力での除霊をみんなに命令した。
ゾンビたちを除霊し終えたら、一旦撤退すればいいだけの話だ。
それほど危険では……。
「ぎゃぁーーー!」
「彦摩呂さぁーーーん!」
「助けてくれぇーーー!」
「お札が効かない! クソッ! 首に噛みつくな!」
そっ、そんなバカな!
高価なお札を惜しまずに使っているのに、ゾンビはその動きを止めず、そのまま霊銃隊や他の除霊師たちに襲いかかった。
まるでゾンビ映画のように、私を支持する除霊師たちがゾンビに食い殺されていく。
「……岩谷さん!」
「仲間を置いて撤退するのは悔しいが、見ているがいい! 私は必ずここに戻って来て、鬼の晴広ごとお前たちを除霊してやる! 撤退……」
「岩谷さん!」
「橘さん? お前は……」
「肉ぅーーー!」
ここで戸高高志の登場とは!
しかもその顔色は土気色で、奴もすでに死んでいたとは……。
「クソッ! この豚め! 離せ!」
どうして、戸高高志の豚がこんなに素早いんだ……。
一瞬で私の首に食らいついた。
そうか!
死んで体のリミッターが外れているから……実際、土気色の戸高高志の死体は徐々に無理をした反動で壊れ始めていた。
「がはっ!」
「岩谷さん! 助けてくれぇーーー!」
橘さんが他のゾンビたちに襲われて首を齧られ、大量に出血している。
そして私も、戸高高志に食い千切られた首から大量に出血し、次第に気が遠くなってきた。
いくらお札を貼り付けても、戸高高志のゾンビにはなんの効果もなかった。
「まさか、こんなバカなことが……私は、偉大な除霊師で……」
ゾンビになった戸高高志になんて負けるはずがないんだ。
私は、安倍一族の始祖である安倍晴明をも超える除霊師として、日本のみならず世界で評価される存在に……。
「離せ……この豚が……」
これ以上出血したら、私は死んで……そうだ!
そして、無様なゾンビになってしまうではないか。
今すぐにでも、この豚を除霊しなければ……。
だけど、力がもう……。
「天才である……この岩谷彦摩呂が……戸高高志のゾンビに……殺される……なんて……」
「肉ぅーーー!」
すでに橘さんの声は聞こえず、死んでゾンビになってしまったのか……。
「橘……さん……」
「肉ぅーーー!」
もう私以外に、生きている人間は一人もいなくなったようだ。
薄れゆく意識の中で私が最後に見た光景は、ゾンビ化した橘さんを始めとする、多数の安倍一族の除霊師たちであった。
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