第137話 悪運尽きて(その1)
「あーーーはっはっ! 僕が一番乗りだぜ。事前に戸高蹄鉄山周辺の土地をすべて買い取った、パパと僕の戦略的勝利だね。岩谷彦摩呂のカッコつけと、その手下たちが入り込もうとしたら、配置した警備員たちからボコボコにされるって寸法さ」
「いい気味ですね」
「実体のない悪霊を相手にしている除霊師なんて、喧嘩慣れした人間に対しては無力に決まっている。パパが集めた連中にタコ殴りにされればいい」
「警察に駆け込みませんかね?」
「それはないね。そのくらいのこと、パパにだって簡単にもみ消せることくらい、向こうも承知だからさ」
土御門家の誰だか知らないけど、パパが誘ったらすぐに僕に対して忠実になったな。
こんな連中が、日本の公官庁でデカイ顔をしていたなんて。
除霊師なんて、お金のある戸高家に飼われるくらいがお似合いな連中だ。
しかし、鬼の晴広ねぇ……。
3D画像程度のものを御大層に千年以上も隠すなんて、安倍一族の連中は質の悪い詐欺師だな。
「これだけの除霊師がいるんだ。鬼の晴広なんて楽勝だろう」
こんなことで、戸高家が安倍一族に成り代われるなんて、余裕すぎて笑ってしまうぜ。
パパが悪霊を侮るなって言ってたけど、僕に霊感はないし、見えもしないことに大金を使って……まあ、愚民たちが不安に思うことに対処するのも、選ばれた人間の義務ってやつかな。
僕は懐が大きいんだ。
「(兄さん、悔しいかい? 無能と言われた僕が戸高家の当主になり、政治家になり、上流階級の仲間入りをするけど、死んだ人間はそれをあの世から悔し気に眺めることしかできない。もっとも、本当にあの世があればの話だけどね)で、大丈夫なんだろうな?」
「はい。特別に予算をいただきましたので、優れた霊器を可能な限り集めております。これを多数用いれば、いかに鬼の晴広とはいえ」
「ふーーーん、ならすぐやれ」
そろそろ、岩谷彦摩呂たちが侵入してくるかもしれないからな。
周辺の住宅地建設予定地に潜ませている警備隊で排除できるはずだけど、一人でも戸高蹄鉄山に紛れ込まれると面倒だ。
「畏まりました。早速、鬼の晴広の除霊に入ります」
優れていると評判の除霊師たちを先頭に、僕たちは戸高蹄鉄山のU字の奥の部分にある個人墳墓へと歩いていく。
随分と陰気臭いが、石棺の置かれた墓なんてこんなものだろう。
「どうだ? 鬼の晴広は見えたか?」
「いえ……それが……」
「見えないのか?」
危険な悪霊は誰にでも見えると聞いたけど、それは嘘なのか?
もしくは……。
「はんっ! こんなことだろうと思った」
安倍一族の連中。
自分たちの価値を偽るため、わざと悪霊の嘘話を上流階級に拡げたんだな。
「自分たちは、長年危険な悪霊を抑え込んでいますって、恩着せがましく千年も嘘をつき、自分たちの価値を偽っていたってことか。つまり安倍晴明は、名前だけ有名な大昔の嘘つき野郎だったというわけだ」
「しかし……確かにここには、鬼の晴広が……」
「お前、実際に見たことあるのかよ?」
「さすがに見たことは……」
「現に今、いないじゃないか。もうこうなったら、あの石棺を開けて除霊したフリだけでいいだろう」
なんだよ。
ビビって損しちゃったぜ。
まあいい。
大金は使ったけど、これで安倍一族も終わりだな。
「あの石棺が、霊界との穴を塞いでいる? 鬼の晴広? 全部大嘘だったって世間に大々的に暴露してやるぜ! インチキ安倍晴明とその子孫たちってな。こんないかにもな石棺なんて置きやがって、 どうせなにも入っていないんだろう? おい! 石棺を開けてみろよ」
「石棺をですか?」
「そうだよ。嫌だってのか?」
「そんなことは……」
「オワコンの土御門家の人間が、この僕に逆らうのか?」
落ちぶれてパパに拾われたくせに、パパの後継者である僕の命令に逆らうというのか。
「生意気なんだよ! クビになりたくなかったら、 その石棺を開けてみろ!」
「……わかりました」
そうだ。
インチキ除霊師たちは、僕の言うとおりにしていればいい。
そうしたら、食うに困らない程度には養ってやる。
「開けます……これは……」
「どうした?」
僕も開けられた石棺の中を覗き込んでみたけど、そこにはなにも入っていなかった。
「やはり僕の予想どおりだな」
安倍晴明の幻の嫡男である鬼の晴広とその悪霊。
ここにあるという、霊界と繋がった穴。
すべて安倍一族が、自分たちを世間に対し高く売りつけるための嘘話だったんだ。
「安倍一族セコッ! ダサッ!」
この事実を世間に公表して、安倍一族の評判を地の底にまで落としてやる。
そうすれば、戸高家が飼っている土御門家と除霊師たちが日本の除霊師業界を牛耳ることになるのだから。
随分と安い頂点だが、あの岩谷彦摩呂程度がデカイ顔をしている業界だから、そんなものだろう。
「(霊が見えない僕が、除霊師たちを取り仕切る立場になるとはね。まあ、鬼の晴広もそうだけど、いもしない霊をデッチあげ、もしくは強く見せて、自分たちの評価を上げているようなクズ連中が除霊師だ。 それでもまったく問題ないだろう)石棺の中に、安倍晴広の遺体があるんじゃないのか?」
「そのはずなのですが……」
パパも大げさなんだよ。
悪霊だなんて、大したことがないものを必要以上に恐れてしまって。
そもそも、ここには悪霊なんていないかったんだから。
「ようし、その石棺を運び出すぞ」
戸高不動産の社員たちに、在野の除霊師たち、そして土御門家の連中もいるんだ。
このインチキ石棺をここから運び出し、安倍一族による悪霊詐欺の証拠としてやろう。
「あの……若、石棺を動かすのはどうでしょうか?」
社員の一人が、僕に意見してきやがった!
「そのままの意味に決まってるだろうが! なんだよ、僕に逆らうのかよ!」
「悪霊はいないかもしれませんが、もしその石棺が本当に霊界との穴を塞いでいたら……」
「除霊師でもないお前が、そんな心配をしているのか?」
霊界に続く穴なんて、嘘話に決まっているじゃないか。
石棺の下には、なにもないに決まっている。
もし繋がっていたとしても……僕が考えることじゃない。
「しょうもないことで怖がっていないで、とっとと石棺を運び出すぞ。それとも、僕に逆らってクビになるか?」
「……石棺を運び出します」
そうだ。
それでいいんだ。
いちいち僕に意見して、無駄な時間をかけるなよ。
「じゃあ、全員で一斉に持ち上げるぞ。せぇーーーのぉーーー!」
「「「「「ふんっ!」」」」」
「重たい……」
「どうして動かないんだ?」
「それだけの人数で持ち上げて、どうして動かないんだよ!」
いくら石棺が重たいとはいえ、微動だにしないというのはどういうことだ?
「お前ら、手を抜いているんじゃぁ……」
「「「「「ひぃーーー!」」」」」
突然石棺を持ち上げていた連中が、手を離して逃げてしまった。
「お前ら、すぐに作業再開しないとクビにするぞ!」
「若……あそこ……」
「あそこになにがあるんだよ?」
悪霊でも見えたってのか?
社員の一人が指さした方を見ると、僕は息が詰まるかと思うほどの衝撃を受けた。
なぜなら、そこには土気色をした人間が立っていたからだ。
しかもその顔は……。
「兄さん……」
どうしてここに、亡くなったはずの兄さんが?
ここは、安倍晴明の息子の死体があるんじゃなかったのか?
「戸高社長、奴の額を見てください」
「……角?」
「ええ……あれが、鬼の晴広です」
「悪霊には見えないぞ」
顔色は悪いけど、鬼の晴広は千年以上も経った死体には見えなかった。
石棺に納められた死体が動き出した?
それよりも……。
「どうして兄さんが……」
「若、高継様に似ているだけなのでは?」
「そう……だよな」
まさか、千年以上も昔に死んだ人間と、数年前に死んだ兄さんが同一人物のわけがない。
きっと他人の空似だろう 。
「ふっ、久しぶりじゃないか。高志」
「えっ?」
「なんだ? 実の兄であるこの私のことを忘れたのか? それも仕方がないか。高志はとても頭が悪いからな」
「そっ……そんな……」
どうして鬼の晴広が、 兄さんなんだ?
「僕は騙されないぞ! お前は兄さんのフリをしているだけだ!」
「それは違うな。戸高家の無能な次期当主よ」
「どういうことだ?」
「本当に私の石棺をどかすと、霊界と繋がっている穴があるのだよ。そして、私とお前の死んだ兄は非常に似ているだけでなく、親和性が高い。頭の悪いお前に説明しても理解できるかどうかわからないがな。この私、鬼の晴広が悪霊とならずに死ねたら、戸高高継に生まれ変わっていたはずなんだ。可哀想に、お前の兄は私の魂を継がなかったばかりに早死にしてしまった」
「おっ、お前なにを……」
「そんなことはどうでもいい話だが、数百年前、私の肋骨の一部を盗んだ子孫には報いをくれてやったし、ここに無断で入り込んだお前たちも同じ末路となる。この私を起こした報いだ」
「ふんっ! そうはさせるか! 除霊師たち、鬼の晴広を除霊してしまえ!」
鬼の晴広は本当にいたのか……。
それならそれで、大金で買い集めた霊器を装備した除霊師軍団で除霊してやる。
そしてその功績は、僕のものってわけさ。
「お前はバカだな。これまでよく生き延びられたものだ」
「ふんっ! 僕は天才だからね!」
実の母に嫌われようと、優秀な兄に比べられようと、少しばかり商売でミスしようと。
僕は生きているし、僕が挫折することも、損害を受けることもない。
つまり僕は、この世界に選ばれた真の天才なんだ。
「顔の良し悪しや、体型、学業成績、運動神経。そういう常識的なモノサシでは僕を計れない。僕は、真に選ばれた天才なんだ。だから僕は死なないのさ」
「そう思いたければ好きにそう思うがいい。だが……」
「ぎゃぁーーー!」
「なんだ、これ! 悪霊?」
「やっ、やめろ!」
鬼の晴広の体から、黒い霧のようなものが噴き出し、僕が集めた除霊師たちに襲いかかった。
僕が買い与えた霊器があるから余裕だと思ったのに、わずかな時間で全員が倒れ伏してしまった。
「不甲斐ないぞ! 土御門家も、田舎の除霊師たちも、本当に使えないな!」
僕は急ぎ、その場から走り出した。
「僕は天才で、選ばれた人間だから、こういう時に逃げるのを躊躇わないのさ」
バカは意地を張って居残り、そのまま悪霊に殺されてしまうはずだけど、僕は天才だから次の機会を待つことができる。
だから、僕の成功は約束されているのさ。
「どうせ、パパに頼むだけだろう? 高志、お前は本当に変わってないよ」
なんて速さだ!
もう僕に追いつきやがった!
でも、 必ず逃げ出してやる!
「私が死んだあと、少しは努力をするのかと思えば、やっていることは以前と同じだ。父に頼むだけ。父も、私が死んでお前しか後継者がいないものだから、甘やかしに甘やかしてこのざまとは」
「お前ぇーーー!」
お前に、僕のなにがわかるって言うんだ!
「だから言っただろうが。私の石棺は霊界に繋がっているし、そこからお前の兄の霊を呼び出して食らい、その記憶を利用することぐらい容易いと。なにしろ、戸高高継は『もう一人の私』なのだから。弟は兄にこき使われるものだ。死体に霊を封じ込めて使役する、安倍一族の禁断の秘儀『腐人形(ふにんぎょう)』となって……お前は、岩谷彦摩呂とか言う奴が気に入らないのか。お前の体にそいつを殺させてやるよ。もっとも、お前はここで死ぬんだけどな」
「くそぉーーーー!」
僕は、こんなところで死んでいい人間じゃないんだ。
顔が悪くても、太っていても、勉強ができなくても、運動が苦手でも、仕事ができなくても。
そんなことなど関係のない、選ばれた人間である僕が死んでいいはずが……。
「僕が、こんなところで……死んで……いい……わけが……」
駄目だ……もう意識を保てない……。
「無能が死んだな。さて……」
沢山の腐人形が確保できたのは幸運だったな。
どうやらもう一組、現代の除霊師たちが私を除霊するためにやってくるようだ。
腐人形を増やすいい機会だ。
それに私も鬼じゃない……ああ、鬼か。
吸収した戸高高継の霊に免じて、戸高高志の願いを一つぐらいを叶えてやろうじゃないか。
「岩谷彦摩呂……父の子孫……」
こいつも腐人形にして、この戸高蹄鉄山を守護させるか。
とにかく、父が霊界との穴を封印するのに使った私の石棺をどかすなり、破壊しなければ。
「……周辺に 、かなり強固な聖域の守りが……完璧ではないが、石棺の封印を解くのに手間がかかりそうだ。だが……」
再び私の眠りを妨げた罰だ。
霊界との穴を解放してそこから多くの霊を呼び寄せて吸収し、戸高蹄鉄山を起点に逆聖域を張り、我ら悪霊たちの楽園を作りあげてやる。
そして多くの人間たちを腐人形として使役し、父の血を引くものを一人残らず根絶やしにしてやる。
それこそが、我が母、梨花の仇を取る唯一の方法なのだから。
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