第132話 覚醒

「裕、上手じゃない。私のバックダンサーぐらい務まりそうよ」


「本当に上手……」



 広瀬君は、幼女から先輩までよりどりみどりのプレイボーイだけど、一緒に奉納舞の練習を始めたら、ものすごい早さで上達していった。

 彼には、踊りの経験があるみたい。

 葛山さんも元アイドルというだけあってとても上手だけど、広瀬君は意外だった。

 しかも……。


「裕、ここの部分、記録が擦り切れてるわね」


「この奉納舞について記載された本。どうして俺の実家の神社と、久美子の実家に半分ずつ保管されていたんだろうと思ったら……数ページ抜けてないか?」


「確かに、今のままだと途中で数パターン抜けているのが丸わかりよね」


 私も、それは感じていた。

 繋ぎ合わされた奉納舞について記載された古書は、そのまま踊ると途中で抜けている部分が目立ってしまうのだ。


「どこかに、数ページ分あるのかな? 里奈、木原さん、抜けている数パターンの予想はできるかな? 抜けている部分は探してみるけど、見つからなければページがない部分の踊りを予想して踊らなければ」


「裕、抜けたページのあてはあるの?」


「いやあ、ちょっと厳しいな。親父と母さんにも、久美子の小父さんと小母さんにも聞いてみたけど、心当たりはないって」


「私にはちょっと想像つかないわ」


 葛山さんの得意な分野の踊りと奉納舞ではまったくジャンルが違うから、 ページが抜けている部分の踊りを予想するのは難しいと思う。


「うーーーん、あくまでも予想ですけど、こんな感じになると思います」


 神社などで披露される舞については私も研究をしていたから、おおよその想像はつくけど……。


「ちょっと待ってね」


 私の踊りを見た広瀬君は、その部分も一緒に、最初から最後まで奉納舞を舞った。


「凄い……たった一度見ただけで……」


 私が予想した部分も合わせて、広瀬君はとても優雅に舞を舞っていた。

 まさか彼が、こんなに上手に舞えるなんて……。

 ちょっと見惚れて……じゃない!

 広瀬君はプレイボーイで、女性の敵だから!


「うーーーん、わずかにしっくりこないなぁ。ちょっと間違ってると思う」


「そう言われると確かに……」


 私が予想した部分は、大体合っているはず。

 でも、完璧ではないのは確かだ。


「若社長、 見つからないページがある以上、少しくらい違っていても仕方がないのではないでしょうか?」


 とここで、里奈さんのパートナーを務めている若い男性神職が、少しぐらい踊り方が間違っていても問題ないのではないかと意見した。

 彼、本当に目立たないなぁ。


「わずかに踊りの型が違うだけで、大分力が落ちてしまうものだから、できれば落丁しているページの正確な型を再現した方がいいんだよなぁ」


「そうですか……。落丁したページの心当たりはあるのですか?」


「両親に聞いても、心当たりはないそうです。亡くなった祖父さんがどこかから手に入れた本らしいので」


「試しに例の四ヵ所で舞ってみて、その効果を確認するしかありませんか」


「そうなりますね」


 神社の奉納舞に効果?

 そういえば、広瀬君は除霊師……相川さんたちも全員除霊師だから、奉納舞になにか除霊的な効果を期待しているってことかしら?

 私の両親が神職なので、霊的なものを批判するつもりはないけど、これまでの人生で霊なんて見たことがないから、 どうしても怪しく感じてしまう。


「早速来週。竜神池の竜神稲荷神社から、予備の奉納舞を執り行う予定です」


「結界が強化されるといいですね」


「落丁しているページは、今後も継続して探してもらいます」


 奉納舞で結界の力が強化される?

 神社と除霊師の世界がよくわからない。

 私は神職になる予定もなく、今のアルバイトは日本舞踊を続けるための資金稼ぎなのだから。


「ということで、木原さんも明日はよろしく」


「わかりました」


 神社で参拝客への対応をしても、奉納舞を舞っても実入りは同じだから、私はどちらでもいいけど。

 日本舞踊ではないけど、踊れるのは悪くないわね。


「あっそうだ。奉納舞を舞う人には、特別手当が支給されます」


「やったぁーーー!」


 これは嬉しい誤算ね。

 新しい着物を買うための貯金が捗るのだから。


「ちなみに、裕には特別手当は出ないの?」


「あの両親が、そんなに優しいわけがねえ!」


 えっ?

 広瀬君、竜神会の社長なのに?

 社長って、実はそんなにいいものではないのかしら?


「あとで、特別手当を貰える私がなにか食べさせてあげるから、元気出しなさいよ」


「ありがとう、里奈! 俺、牛丼がいいなぁ」


「……」


 さすがは、プレイボーイの広瀬君。

 女の子にデート代を出させるなんて……。


「(もしや、広瀬君はヒモ?)」


「じゃあ、明日」


 予備の奉納舞とはいえ、明日は頑張らないと。

 それから一時間ほど。

 四人で奉納舞の練習に集中したけど、広瀬君は踊るの上手だなぁ。

 思わず見惚れて……じゃない!




「愛実」


「えっ?」 


 踊りの稽古が終わったら、アルバイトの時間が終了した。

 私服に着替えてから両神社の石段を降りていると、思わぬ人物から声をかけられた。


「沙羅さん」


「先日は世話になったの。妾の社会勉強を兼ねたアルバイトも順調に進んでおる」


「それはよかったですね」


 私の予想だと、沙羅さんはかなりの名家のお嬢さんのはず。

 広瀬君の将来のお嫁さんだと自分で言っているから、きっと政略結婚なのね。

 ここでアルバイトをしているのは、少しは世間のことを知ってもらわないと、広瀬君の奥さんとしてやっていけないから。

 でも、今時そんなそんな人生を送る人がいるなんて……。


「実はの。愛実には秘めたる力があるのだ。それを教えにきた」


「秘めたる力ですか?」


 それってなんなのかしら?

 踊り?

 いや、私の踊りは隠していないから!


「妾には予知の力があっての。愛実は今日、霊感に目覚めてしまうのだ」


「霊感ですか? 私に?」


「ああ」


 これまで、一度もその手の現象に縁がなかった私が?

 でも、どうして今日なのかしら?


「実はの。この神社の石段の脇。見えるか、あそこだ」


「はあ……なにも見えませんね」


 沙羅さんに示された石段の横を見たけど、そこにはなにもなかった。

 もしかして、そこに幽霊がいるのかしら?


「悪霊ではない。怨体の集団じゃ。この神社には、連日多くの参拝客たちが詰めかける。それに対応すべく、裕たちはアルバイトの巫女を増やした。しかも、愛実も含めて可愛い子ばかりじゃ」


 ここのアルバイトの巫女たちは、県内でも屈指の高時給のため、とてもレベルが高いと、多くの男性たちの間で評判になっているみたい。

 中には、巫女さん目当てで参拝に訪れている人たちも……そんなんでいいのかしら?


「そういう負の感情が集まって、怨体を強化することもあるのだ。愛実、もう一度よく見てみるがいい」


「はい」


 もう一度、同じ場所を見てみると……。

 さっきはなにもなかったはずなのに、徐々に人間の影のようなものが……。


「あれ? しかも、次第に濃くなってきたような……」


 でも、顔などは確認できなかった。

 黒い影人間のように見えるのだ。


「元は、とてもレベルの低い怨体であり、そこに参拝客の様々な負の感情が集まって強化された怨体というわけじゃ。こうなってしまうと、元の怨体はなにもできず、ただ負の感情に操られるのみ」


「負の感情って、主にどういうものなのでしょうか?」


「美しい巫女たちに、邪な感情を抱いた男性たちの執心。それが大量に集まっているので、美しい巫女を見ると……」


「あれ? もしかして?」


 巫女のアルバイトをしている、私と沙羅さんが狙われるってこと?


「ちょっと、沙羅さん!」


「ミコサンノカミノカオリヲ、クンカクンカシタイーーー!」


「変態だぁーーー!」


 もしかしなくても、沙羅さんは私を怨体を誘き寄せる囮にしたってこと?

 あと、怨体ってこんなに変態なの?


「安心せい。妾も囮じゃ」


「安心できません!」


 黒い人型の影は、そのまま私たちに襲いかかってきた。

 あまりに素早く、これでは回避できないと諦めかけたその時、私と沙羅さんの間に何者かが割って入ってきた。


「広瀬君?」


それは、白衣姿の広瀬君だった。


「怨体なのに、もう喋れるのか……。参拝客が増えすぎるのも考えものだな。負の感情が集まりやすくなるから。さてと、消えてもらいましょうか」


「ミコォーーー!」


「霊でもない怨体の妄想にまで責任持てん。来世がないからな」


 広瀬君は、なにか文字が書かれた紙を……お札かしら?

 それを黒い影に向かって投げつけると、青白い炎と共に黒い影は消えてしまった。


「凄い……」


 除霊って、こんな風にやるんだ。

 いつもの広瀬君とは違って、除霊している時は格好いい…って!

 駄目よ、愛実!

 プレイボーイの広瀬君に心を許しては。


「おおっ! さすがは妾の夫君」


「もう夫にされている……」


「さすがよな。昔の除霊師たちの中にも、裕に伍する凄腕など存在せぬぞ」


「そうなんだ」


「妾が生きていた室町の世の除霊師たちも、平安の除霊師たちにははるかに劣ると、主に年寄り連中からバカにされたものじゃ」


「人間って、同じことをしてるんだな。要するに、初代安倍晴明の死後から、除霊師の実力は落ち続けていたわけだ」


「霊器やお札、除霊方法は進化し続けていたので、わかりにくくはあったがな。安倍晴明が偉大すぎただけとも言うが」


「なるほどねぇ」


「それよりも、頭の上になにか浮かんでおるが……」


「……そうなんだ? どんなものが思い浮かんでいるのかな?」


「こんな感じじゃな」


 頭の中に、なにかが思い浮かんで?

 沙羅さんは、一体なにを言っているのかしら?


「あっ……」




木原愛実(踊り手)


レベル:1


HP:30

霊力:5

力:8

素早さ:12

体力:15

知力:12

運:8


その他:舞踏武術、至高の踊り手



 なんか、子供の頃に遊んだRPGのステータス画面のようなものが……。

 もしかして、これと同じようなものが沙羅さんにも?


「(でも、ということは私も広瀬君のハーレム構成要員に? まさかね! 確かに、踊り方が綺麗だなとか、今、助けてもらってちょっと格好いいな、とか思ったけど……)


 今の私は、彼氏よりも踊りなのよ!

 格好いい彼氏と休日に映画を見に行って、ちょっとお洒落なレストランで食事をしたり、綺麗な景色を見に行ったりとか、そういうのに憧れていないわけではないけど……。


「(広瀬君は駄目!)」


 きっとどこかに、私だけを愛してくれる白馬に乗った王子様がいるはずだから。


「木原さん、どうかしたの?」


「なんでもないよ、広瀬君」


 おかしなステータスのことは話せないわね。

 きっとそのうち消えるだろうから、今は黙っていましょう。

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