第131話 膠着状態

「というわけで、木原さんと一緒に奉納舞の練習をしているのだけど、どうも避けられている節が……」


「裕がプレイボーイって……そういうタイプじゃないのにね。私としては、余計なライバルが増えないで結構なことだけど」


「そうだよね、里奈ちゃん」


「木原さんはお祖母様がアメリカ人で、彼女の金髪を受け継いだみたい。それでいて、日舞でいい成績を出しているとか。可哀想に。うちの高校に日舞の部活はないわけだけど、そのギャップが男子たちにとてもウケているみたい」


「ギャップですか?」


「金髪の女の子が、日舞をやっているというのがいいみたいね。言うなれば。忍者の望月さんが金髪だったのと、同じようなものよ。いわゆる、ギャップ萌えってやつ?」


 涼子、それは違うと思う。


「私は普段、クラスメイトたちに忍としての姿を見せていませんけどね」


「ものの例えよ、例え」


「それよりも、奉納舞はちゃんと覚えられたの?」


「それは勿論。除霊に踊りを用いることもあるから、基本的なものは覚えているのさ」


「別の世界でパラディンをしていた時ね。でもそれなら、私も踊れるのでは?」


「葛城先輩は……弓が得意でした……」


「他は?」


「弓が得意でした……」


「清水さんと同じかぁ……」


「葛城先輩、私と同じでなにか不服が?」


「さあ、どうかしら?」





 アルバイト中の休憩時間。

 みんなでジュースを飲みながら話をしたが、主な話題は木原さんに関するものが多かった。

 踊り方を解説した古い資料が両神社に半分ずつ保管され、それに竜神様たちが目をつけたというわけだ。

 彼女を、こちら側に引き込む手に使えると思ったのであろう。

 戸高蹄鉄山に手を出せない以上、すでに解放した五芒星の一角を強化するという目的も達成できるというわけだ。


「それを、ここで踊るとどうなるのかしら?」


「結界が強化される!」


「左様、五芒星の最後の一ヵ所があの有り様なのでな」


「さすがの菅木も、手が出せないというのだ」


「でしょうね」


 最近、白衣姿で両神社の敷地や門前町を歩き回るようになった竜神様たちが姿を現した。

 彼らによると、戸高蹄鉄山の周囲の土地はすべて戸高不動産が所有してしまったようだ。

 当然、勝手に入れば不法侵入になる。

 それを見逃すほど戸高高志の間抜けはともかく、父親の父は戸高高臣は甘くはないだろう。

 彼と俺たちは、敵対しているのだから。


「住宅地造成の名目で、戸高蹄鉄山の周辺には大勢の人間が出入りしている。大半が建築会社の人間だが、中に怪しいのがいるな」


「菅木議員」


 さらに、菅木の爺さんも姿を現した。


「戸高高志と、金に靡いた土御門一族。さらに、高い報酬に釣られた在野の除霊師たちと、安倍一族に敵対している除霊師一族が準備をしているようだ」


「準備ねぇ……。戸高蹄鉄山に封印された鬼を除霊するためかな?」


「他にあるまい。で、戸高高志たちは、戸高蹄鉄山の秘密を暴露しようとしている。これがなにを意味するかわかるかな?」


「小説とか、漫画とか、ドラマとか、映画とか。ネタが増えて面白いんじゃないかな?」


「裕……お前は本当にバカだな。せっかく学校で学年一番なのに、なんの役にも立っていないではないか……」


「大きなお世話だ! 崇拝の対象として、半ば神扱いになっている安倍晴明の力を落とすためだろう」


「なんだ知っていたのか」


 これでも、除霊師の端くれなのでね。


「裕ちゃん、どういうこと?」


「これはなにも、除霊師の業界の話だけじゃない。お寺や神社って、たまに変った人物や物が祀られているケースがあるだろう?」


「あるよね。吉田松陰を祀る神社とか、東郷平八郎を祀る神社とか。 どうしてそういう人を祀っているんだろうって思うことがある」


「大きな功績を残したり、人々の記憶に深く残っていたり。そういう人も崇拝の対象となるのが神道であり、京都に安倍晴明を祀る神社もある」


「晴明神社ね。表の世界では陰陽師として有名な安倍晴明だけど、除霊師の世界ではいまだにナンバーワンと称されるほどの除霊師よ。そんな彼は、多くの人々から崇拝、支持されて神に近い存在になっているわ」


「確かに安倍晴明って、色々な創作物に出てくるわよね。主人公で大活躍するような作品が多いわ。私もアイドル時代に、安倍晴明が主役だったアニメの主題歌を歌ったことがあるもの」


「安倍晴明は、特別な感じがしますね 」


「千代子が思うような印象が、大半の世間一般の人たちも感じているわけだ」


 そんな安倍晴明を始祖に持つ安倍一族は、代々大いなる恩恵を受けてきた。


「安倍一族がここまで繁栄しているのは、半ば神格化した安倍晴明のご利益ってやつだ」


 土御門一族が除霊師としての力を大きく落とし、公務員化してしまったのは、近年の除霊師の質の低下をモロに食らってしまったからだ。


「安倍一族は、非除霊師部門の稼ぐ金と、安倍晴明の恩恵……ご利益でこれまでなんとかやってこれた。もし彼のご利益がなかったら、土御門家とそう変わらない状況だったろう。これだけ言えばわかるよな?」


「戸高高志は、安倍晴明のスキャンダルを暴いて、安倍一族を失墜させたいわけね」


「そういうことになるな」


「でも安倍一族って、いまだに安倍晴明頼りなのね。彼もいい加減休みたいでしょうに……」


 桜は、死んでから千年以上子孫たちに利用される安倍晴明に同情的なようだ。


「安倍一族だと、ご先祖様効果でちょこっと除霊力に補正がつくって感じだな。それでも、ここ近年の霊力の低下は深刻な問題となっていたが……」


 他の除霊師たちよりも、有利であることに違いはなかった。


「いつまでもご先祖様頼りでは、必ず限界が訪れるわよね」


「だからワシは、裕に大いに期待しておるのだよ」


 いまだ安倍晴明のご利益は偉大だけど、子孫の方がくたびれてきたという感じかな?

 永遠に続く国家、組織、会社はないけど、安倍一族も例外ではないのか。


「でも、あの安倍晴明でも除霊できなかった『鬼の晴広』の悪霊の除霊を、あの風船男ができるのかな?」


「無理なんじゃないかな?」


 そもそも、あいつは除霊師ではない。

 集めた除霊師たちの質によるが……安倍一族でも無理なんだから、やめた方がいいかも。


「で、安倍一族は、戸高高志による鬼の晴広の除霊を阻止しようとしているわけね」


「それがのぅ、どうも安倍一族の様子がおかしい」


「おかしい?」


「清水の嬢ちゃんは、このところ安倍一族の誰かと接触したり、話をしたことがあるか?」


「ないですね」


「では、知らなくても当然か。ここのところ、長老会の消息がようとして知れぬ。そして、あの岩谷彦摩呂が、 鬼の晴広を除霊しようと準備を進めているそうだ」


「無理ですよ!」


 まあ、あの安倍晴明が除霊できないぐらいだからな。

 岩谷彦摩呂じゃ無理だろう。


「当主と長老会は止めないのか?」


「だから、その止めるはずの当主と長老会が行方不明なのだ。噂では、次期安倍一族の当主は岩谷彦摩呂に決まったという」


「マジで?」


 それって、最悪の人選じゃないかな。


「ということは、岩谷彦摩呂と戸高高志による、除霊競争が始まるというわけね。最悪の戦いになるでしょうね」


「双方準備に時間がかかるので、今は膠着状態だが、もし動き出せばどのような結果を招くか……」


 今すぐ俺に除霊依頼があれば、一人でも鬼の晴広の除霊はできる。

 でもそんなことはできず……ちゃんと社会のルールを守ると大変な結果を招くなんて……。

 現代の除霊は色々と大変だ。


「奉納舞は、予備の舞が、竜神池稲荷神社とこれまで解放した四ヵ所の五芒星でも行われる予定だ。これで、もしもの時の混乱を防げよう」


「青竜神様、もしもの時の混乱って?」


「誰も気がついておらぬようだが、実は鬼の晴広の遺体が封印された石棺。あれ自体が、悪しき入口を封印しているのだ」


「安倍晴明とやらは、自分の息子の悪霊を封印しつつ、戸高蹄鉄山にある悪しき入り口の封印もしているようだ」


「えっ? 悪しき入り口?」


「どうやら戸高蹄鉄山には、地獄と繋がっている穴が存在しており、それを塞ぐように鬼の晴広とやらの棺が置かれているようだ」


 なるほど。

 安倍晴明は、その弱点を補って余りあるほど優秀な除霊師だったというわけか……。

 不義を働いた妻が産んだ子を殺したが、その遺体と石棺で地獄への入り口を封印したのだから。


「じゃあ、鬼の晴広は除霊しちゃいけないんじゃないの?」


「そうとも言うな」


「なんでそれを、安倍晴明の子孫である岩谷彦摩呂が知らないのよ?」


 里奈。

 それは、岩谷彦摩呂が本質的にはバカだからだと思う。

 もしくは、彼の考える華々しい除霊師としての活躍に、過去の文献や古文書を調べることが入っていないからであろう。

 若い除霊師でそれをサボる人は多いので、岩谷彦摩呂だけの問題ではないけれど。

 わざわざ言うまでもないが、除霊する悪霊の情報を知っていた方が成功率は上がる。

 ちゃんとした除霊師なら、必ず下調べぐらいはするのだ。

 実際、涼子は昔の崩した文字でもちゃんと読めた。


「他の安倍一族も知らんのだろう。なあ、菅木よ」


「知っていれば、岩谷彦摩呂が除霊しようとすれば止めるでしょうからな」


 赤竜神様の推察を、菅木の爺さんが肯定した。

 それにしても、鬼の晴広の悪霊を除霊すると地獄への穴が開いてしまうわけか……。


「その穴を塞ぐことはできるのか?」


「できるな、裕なら」


「俺?」


「もしやできぬと思っているのか?」


「まあできると思う」


 その手の悪霊が噴き出す穴って、死霊王デスリンガーがよく人間たちを混乱に陥れるため、 定期的に開けていたからだ。

 せっかく苦労して除霊した悪霊たちが、まるで某〇イダーの再生怪人のように再登場すると、大いにテンションが下がったものだ。


「でも、戸高蹄鉄山には入れないんだろう?」


「残念ながらな。戸高高臣が、周辺の土地をすべて買収してしまったからだ」


 勝手に入れば不法侵入となり、戸高高臣ともなれば懇意にしている警察幹部もいるはずだ。

 すぐに逮捕されてしまうのであろう。


「戸高高臣は、金の力で安倍一族に代わる巨大な除霊グループを作ろうとしているのか……」


 トップに政治家になる予定の戸高高志が就任し、資金は戸高高臣が出す。


「安倍一族の没落後、その穴を埋める除霊師グループを実質運営することになる戸高一族の力は大幅に増すだろう。ただ……」


「菅木さん、ただ?」


「岩谷彦摩呂も、戸高親子も、一つだけ大切なことが理解できていない。裕にはわかるか?」


「あいつらに鬼の晴広が除霊できるぐらいなら、とっくに別の除霊師が除霊しているはずだ」


 岩谷彦摩呂も、戸高高志もそうだが、あの根拠のない自信はどこから湧いてくるんだろう?

 実はあの二人が、本質的に似ているという証拠であり、彼らの行動のせいで迷惑を被る人たちの苦労も考えてほしいものだ。


「どちらにしても、俺たちは戸高蹄鉄山に入れないんだ。今はその時に備えて準備するしかないな」


「裕ちゃんの場合、今は奉納舞だね」


「ああ、五芒星の強化ができる」


 五芒星の最後の一ヵ所、戸高蹄鉄山がそのままなので完璧とは言えないが、他四ヵ所を強化するのは理に叶っていた。


「俺は奉納前の練習しないとな。下手だと、木原さんに叱られてしまうから」


 みんなで長々と話していたせいで、つい休憩時間が長くなってしまった。

 慌てて戻った俺と里奈だが、踊りに関しては真面目な木原さんに練習に遅刻した件で怒られてしまった。


「駄目ですよ、広瀬君。葛山さんとのデートは、お休みの日にしてください」


「デートではなかったんだよなぁ……」


「とにかく、舞の練習を始めましょう 。私、こういう系統の踊りはあまり経験がないから、しっかりと練習しないと」


 除霊師に関する事件は、あまり世間では目立たない。

 だが、その結果が国家の浮沈に関わることも多く、世界でも有数の除霊師一族である安倍一族の危機が俺たちにどのような影響をもたらすか。

 戸高家の動きも気になるところだが、今は奉納舞の練習に集中しよう。

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