第133話 予備舞と奉納舞
「……木原さん、どうかした? あっ、お稲荷様が見えるからか」
「……えっ? 広瀬君はなにを言っているのかな? 私には、尻尾が九本もある白くて喋るキツネなんて見えませんから」
「裕、彼女は君の新しい奥さんかな?」
「違います!」
「木原さん、見えていないんじゃぁ……」
早速奉納舞を始めることにしたが、両神社は一番最後の予定であった。
抜けている舞に関しては。ほぼ木原さんが考えてくれたけど、これも完璧ではない。
資料の現物がない以上、踊りながら改良していくしかなかった。
菅木の爺さんに頼んでいるのだけど、有名な書籍ってわけではないので苦戦しているそうだ。
舞の型が不完全でも、効果がゼロというわけではないので、予備の奉納舞は予定どおり実行されることになった。
まずは、竜神池稲荷神社がある竜神の森から始めることにしたのだけど、昨日、俺が両神社の石段横にいた怨体を退治した時の余波で、木原さんが霊感に目覚めてしまった。
沙羅姫が、彼女まで囮にしてしまうから……。
その結果、彼女にもステータスが出現したのだけど、彼女は頑なにそれを認めない。
プレイボーイである俺の同類になりたくないからだが、ステータスが出現している時点でなぁ……まあいいか。
しかも彼女、まだレベル1なのにお稲荷様が見えているという。
奉納舞を舞う資格があり、別世界の木原さんは死霊王デスリンガーを倒した人だ。
除霊師の才能があって当然ではあった。
「ボク、嫌われている?」
「いえ、とても綺麗なキツネさんですね」
「見えてるじゃん」
「里奈、それを言ってやるな」
「私、お稲荷様が見えるように、日々努力しているのですが……」
奉納舞に参加する四人目の男性神職さんは、本当に普通の神職さんなので、お稲荷様が見えていなかった。
お稲荷様が見えるようになるよう日々努力を重ね、だから奉納舞を踊る四人目に指名されたのだけど、木原さんに先を越されて複雑な心境なのであろう。
「とっ、とにかく奉納舞を始めましょう」
両神社で行われる奉納舞ではないので、四人でひっそりと舞うだけだ。
それでも聖域の強化に繋がるので、戸高蹄鉄山に手を出せない以上、できる限りのことはしておくべきだろう。
「では、始めます」
「わあ、楽しみだなぁ」
「なんだろう? 荘厳さの欠片もない」
「ボクだけじゃなくて、神様なんてみんな結構緩いからね」
「はあ……」
すぐに奉納舞を始めるが、舞自体は数分で終わってしまうものだ。
初の本番だが特に失敗もなく、聖域の強化には成功した。
木原さんが監修した部分は、かなり本物に近いことが確認された。
「パチパチパチ。とってもよかったよ」
「公園や広場で踊っている兄ちゃん、姉ちゃんを褒めているのと大差ないな」
拍手とかされてしまうと、本当に効果があったのか心配になってしまうな。
「効果はあったけど、踊りの一部が不完全みたいだね。完全ではないよ」
「そこは見抜いているのね」
「当然、ボクはお稲荷さんだからねぇ」
なににせよ、一ヵ所目が無事に終わってよかった。
次は……。
「旧山中神社だな」
竜神会所有の車で、旧山中神社へと移動する。
無事に解放された旧山中村は、古きよき農村風景を残す観光地となっていた。
ここで栽培された農作物は、両神社に奉納されたり、門前町の飲食店で使用される予定だ。
古い農家を使用した農家レストランがオープンしていたり、酒蔵や紙漉き工房も移転しており、旧山中神社と合わせて観光スポットになっている。
そして、竜神会の商売のネタでもある。
「あれ? 裕の新しい奥さんか?」
「違います!」
「俺が見えて、喋れているのに?」
「……喋るワンちゃんですね。前に、テレビで見ました」
「あれは、『ご飯』とか言っているように聞こえているだけじゃないか。姉さんは、俺とちゃんと会話しているよな?」
入り口に、『本日改装中』という看板が立っていたので、旧山中神社の境内には俺たちと妖狗以外誰もいなかった。
木原さんは、妖狗がただの大きな犬だと言い張ろうとしていたが、それなら会話はしない方がいいような……。
「私、どうにか妖狗様が見え、会話できるように努力しているのですが……」
車の運転手役も務めてくれている、神職のお兄さんはまたも落ち込んでしまった。
彼は木原さんとは逆で、お稲荷様や妖狗が見えるようになりたいのであろう。
だが、霊力が足りなくて見ることができないでいた。
「話は聞いている。早速舞を奉納してくれ」
「わかりました」
すぐに奉納舞を舞い、二ヵ所目である旧山中神社でも結界の強化に成功した。
「とはいえ、舞は完璧な方がいいと思うがな」
「そこには、みんな気がつくのね」
「里奈、気がつかないようでは、俺たちの存在意義がないじゃないか」
「それもそうね。次に行きましょう」
その後は、若い男性神職さんが運転する車で、戸高ハイムの敷地内にある戸高西稲荷神社へと移動した。
「うわぁい、奉納舞、奉納舞」
「あれ? この子は、広瀬君の若い彼女さんだったはず?」
「あのねぇ……」
木原さんの中では、俺は見た目五歳児にも手を出すプレイボーイのようだ。
新築されたばかりの戸高西稲荷神社の前に巫女服姿の銀狐を見つけ、勘違いも甚だしい誤解をしているのだから。
「木原さん、あなたには戸高西稲荷神社の御神体が見えるのですか?」
「えっ? この子も?」
「木原さんは凄いですね。さすがは、奉納舞の踊り手に抜擢されるわけです」
若い男性神職さんは、銀狐が見える木原さんを心から羨ましがっていた。
普段は幼稚園に通い、人間の暮らしをする銀狐は誰にでも見えるが、戸高西稲荷神社の御神体の時は、見える人が限られているからな。
「お姉ちゃん、やっぱりお兄ちゃんの新しいお嫁さん」
「違います」
「そうかな? それよりも奉納舞ね」
銀狐に促され、俺たちは戸高西稲荷神社の前で奉納舞を舞った。
これで三ヵ所目。
次は、高城市にある高城神社へと向かう。
すると、イチョウの精霊が俺たちを待ち構えていた。
「御神酒もいいけど、奉納舞もいいわね。裕、でもお酒は?」
「ありますよ」
「ありがとう」
念のため用意しておいたお酒を渡すと、イチョウの精霊は一升瓶に入った日本酒を一気に飲み干した。
「美味しい。ありがとうね、裕。ご加護をあげるわ」
イチョウの精霊は、再び俺の頬にキスをした。
「妙齢の美女にまで!」
そして恒例となったが、木原さんはますます俺をプレイボーイ認定していくわけだ。
どうせ否定しても無駄なんだろうなぁ……。
「木原さん、高城神社の御神体であるイチョウの聖霊様が見えるのですか?」
「……見えません」
「あの、見えているように会話していましたよね?」
若い男性神職さんは、木原さんをとても羨ましがっていた。
真面目な彼がいつか御神体を見れるようになればいいのにと、俺も里奈も心から思う。
「愛実は見えているのに、見えないフリをして。世の中って、儘ならないものね」
里奈は、いまだに御神体が見えないと言い張る木原さんと、御神体を見たくてたまらない若い男性神職さんを見比べながら、この世の不条理を実感しているようだ。
「さあ、これで四ヵ所目の奉納舞だ」
「ねえ、裕。その子、新しいお嫁さん?」
「違います!」
イチョウの精霊の問いを、木原さんが全力で否定した。
そこまで強く言わなくてもいいと思うけど……。
微妙に傷つくな。
「では、始めましょう」
高城神社での奉納舞も無事に終了し、最後の金山神社へと向かう。
すると、またも御神体である金髪の男性に声をかけられた。
「奉納舞、いいですね。お願いします」
「金ピカだ!」
「木原さん、やっぱり御神体が見えるんですね。羨ましいなぁ」
結局、若い男性神職さんは御神体を見ることができなかった。
でも一生懸命だから、将来に期待しよう。
ステータスが出現しないのは、俺に好意を持っていないからか?
でも、木原さんは俺をプレイボーイ扱いして避けているのに、どうしてステータスが出現したんだろう?
謎だ……。
「愛実って、実は裕が好きだったりして」
「そんなことありません! この前、怨体から助けてくれてちょっと格好いいかもって思ったり、踊りも上手でいいなぁ……て思わなくもないですけど、プレイボーイだから駄目です」
「アメリカだと、プレイボーイって褒め言葉ですけどね」
「「「「……」」」」
若い男性神職さんの呟きは、俺たち全員にスルーされてしまった。
そういう問題ではないんだ。
「奉納舞を頼むよ」
「了解しました」
というわけで、これで両神社以外は最後の奉納舞となった。
四人による踊りは、慣れてきたのでミスもなく、無事に終了した。
「結界が強くなりましたね。戸高蹄鉄山の穴はどうにもならないけど」
「やはり、そうですか……」
金富神社の御神体は、結界自体は強くなったものの、やはり解放されていない五芒星の最後の一つ。
戸高蹄鉄山を非常に問題視しているようだ。
「鬼が蠢いていますね。獲物が来るとわかっているのでしょう」
「獲物かぁ……裕じゃなきゃ、いい獲物よね」
「悲しいかな。人間は、自分の実力を客観的に判断できない人が多いのです」
その獲物とは、岩谷彦摩呂たちか、戸高高志たちか、それとも両方か。
金富山の御神体は、両者による鬼の晴広の除霊が確実に失敗すると思っているようだ。
「君が除霊すればいい」
「そう上手く行かないのが、人間の世の中なんですよ」
「みたいですね。でも……」
「でも、なんですか?」
俺は、金富山の御神体に気になっていることを問いただした。
「最後は上手く纏まると思うけど、その過程で滅びゆく者たちも……。こればかりは仕方がない」
「滅びゆくですか……」
それは、安倍一族ですか?
それとも、戸高一族ですか?
と、俺は彼に直接問いただすことができなかった。
とにかく奉納舞は終わったので、あとは両神社で舞って終わりだな。
「ふう、終わったわね」
「無事に終わってよかったですよ」
「見に来たお客さんも多かったなぁ。里奈がいるから」
「腐っても、 元アイドルってことよ。木原さんも大分人気があったようだけど」
「そうですか?」
「金髪美少女が舞を舞っていると、萌える人たちがいるのよ 」
「はあ……」
「里奈は、なにを言ってるんだか……」
「裕、知らないの? 世の中ってのはそんなものよ」
週末。
両神社で行われた奉納舞は、大盛況のうちに幕を閉じた。
踊り手に選ばれた俺たちの仕事は、これで一旦終了だ。
とはいえ、これらかも奉納舞は定期的に行われるであろうから、その度にこのメンバーが召集されると思う。
木原さんが再び引き受けてくれるかどうかわからないけど。
「あれ? 裕」
「どうかしたか? 里奈」
「(なぜか、レベルが上がっているんだけどどういうこと?)」
里奈のレベルが上がったって?
怨体も、悪霊も退治していないのにか?
確かに確認してみると、里奈のレベルが5つも上がっていた。
「(奉納舞を無事に終えた達成経験値が入ったってこと?)」
「(そういうのでもレベルが上がるの?)」
「(いやあ、向こうの世界ではそういうことはなかったなぁ)」
あくまでも、アンデッドを倒すか、悪霊を除霊しなければレベルは上がらなかった。
こっちの世界では、奉納舞がクエスト達成みたいな扱いなのかもしれない。
「ああっーーー!」
「どうかした? 木原さん?」
「別に……」
里奈がレベルが上がったということは、ステータスが表示されるようになった木原さんもなのか?
急ぎ確認してみると……。
木原愛実(踊り手)
レベル:100
HP:1110
霊力:5
力:102
素早さ:121
体力:143
知力:101
運:67
その他:舞踏武術、至高の踊り手
「レベル100!」
奉納舞を踊っただけで、レベルが一気に100って……。
木原さんにとって、このクエストはとても大切なことだったのか?
「あの……木原さん」
「私は、ステータスなんか出てませんよ」
「あの……悪いんだけど、そのままにしておくと死ぬかもしれないよ」
「ええっーーー! どうして?」
「それはね……」
木原さんは一気に除霊師として強くなった。
だが、霊力の使い方や、怨体、悪霊たちへの対処方法がわからない。
下手をすると、ずる賢い悪霊たちに利用され、非業の最期を迎えてしまうかもしれないのだ。
桜と同じで、無理に除霊師として活躍する必要はないけど、怨体と悪霊への対処方法を学んでもらわないと。
「私が除霊師?」
「なろうと思えばなれる」
しかも才能と能力だけなら、すでに世界でトップクラスの除霊師だ。
「奉納舞を舞っただけなのに……」
俺はすでにレベルが上がりすぎているせいか、1しかレベルが上がっていなかった 。
決して、踊りが下手だったからではないと思う。
木原さんは、元々レベル1だから沢山レベルが上がっただけなのだから。
「沙羅姫のこともあるし、明日から俺たちが色々と教えることになると思うけど、時給は発生します」
「うう……時給で巫女を釣って口説くプレイボーイの策にかかってしまったなんて……」
「俺、本当に印象悪いのな」
「そういうこともあるわよ。私は、裕がプレイボーイなくらいの方が、逆にありがたいくらいに思っているけど」
「葛山さん! 不純ですよ!」
「愛実はお婆ちゃんみたいなこと言うのね」
金髪なのに、古風な考えを持つ美少女。
校内でも神社でも、人気のある理由がわかるような気がする。
「はあ……」
「どうかしましたか?」
「私、頑張って奉納舞を踊ったのに、御神体は見えるようにならず、霊感もつかず。木原さんが羨ましい……」
「「……」」
霊感など欲しくなく、俺たちともなるべく関わりたくない木原さんがこんなことになってしまい。
御神体を目視できるように霊感が欲しいのに、一向にそれが叶わない若い男性神職。
世の中とは、儘ならないものだなと感じる俺と里奈であった。
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