第128話 崩壊の序曲

「 ……父さん、用事ってなにかな?」


「誰にも言えない情報を手に入れた」


「どんな情報だよ」



 突然、父に呼び出された。

 急ぎ向かうと、二人きりで話があるという。

 なにか重要な情報……他人には漏らせないということか……。

 父は安倍一族の当主ではあるが、歴代で一番除霊師としての力量も、指導力もない無能だと言われていた。

 次の当主になるであろう。

 実の息子である私か、若手一番の有望株岩谷彦摩呂の繋ぎでしかないのだと。

 身内に評判が悪い当主は、当然ながら外部からの評判も悪い。

 父は、先代当主であった安倍清明よりも大分劣る除霊師だ。

 それでも、他の候補者たちよりもマシだという理由だけで当主に就任した。

 だが、当主になってからの父は苦労の連続だ。

 先代当主と多くの優れた除霊師たちを失った戸高ハイムの一件により、今の安倍一族の除霊能力は大幅に落ちている。

 仕方がないので、金を積んで、在野の優秀な除霊師たちに除霊を委託するなどという無茶を行っていた。

 安倍一族には実績が必要であり、それを大金で買い漁っている状態なのだ。

 これは、お金がある安倍一族だからこそできる芸当であったが、当然無駄金を使うので、非除霊部門から相当な突き上げを食らっている。

 そんな中、岩谷彦摩呂と彼を信奉する若手除霊師たちの評価が上がってきた。

 霊銃から、買い占めた大量のお札を飛ばし完全に採算度外視で除霊しているが、彼の実家は大金持ちなので、多少の赤字は節税のための必要経費にしかならない。

 それに、岩谷彦摩呂が次の安倍一族の当主になれば、簡単に取り戻せる額の赤字だ。

 安倍一族全体の除霊成績が落ちている中、岩谷彦摩呂たちだけが実績を増やしている。

 父を当主の座から下ろし、岩谷彦摩呂を次の安倍一族当主にと願う声が増えてきていた。

 このところ、色々とやらかした土御門家の凋落も激しい。

 あそこも安倍一族と似たような体質なので、今若い当主に変えて改革しなければ、安倍一族も没落してしまうかもしれない。

 焦った連中が、岩谷彦摩呂を次の当主に推しているわけだ。


「もしかして、彦摩呂に当主の座を譲るつもりですか?」


「まさかな。もしそんなことしたらどうなるか……」


 確実に、安倍一族は崩壊するだろう。

 なぜなら、彼が善人だからだ。

 そして世間知らずでもあった。


「近年の安倍一族の当主は、除霊依頼を上手く断るのも仕事なんだ。彦摩呂は断らないだろうな」


 どう戦力を計算しても、絶対に除霊できない悪霊は存在する。

 そんな悪霊の除霊依頼を、なるべく嫌われないようにしてどう断るか。

 もしくは封印など、除霊以外の方法で対応できないか。

 それを判断するのも、当主としての大切な仕事なのだ。

 その昔。

 もっと除霊師がアウトローな存在だった頃、優秀な除霊師ほど厄介な悪霊に立ち向かい、除霊に成功した例もあったが、失敗して死んでしまう除霊師の方が多かった。

 これはあまり表沙汰にされていないが、安倍晴明がナンバーワン除霊師の名を得た理由の一つに、自分の手に負えない依頼を必ず断ったというのがあった。

 それも、自分の評判を落とさないよう上手にだ。

 除霊はしないが、封印はするなどの手は打っていたが。

 ただ、封印のせいでさらに悪霊は強くなるし、なんらかのタイミングで封印が解けてしまうこともある。

 ただの先延ばしでしかないと、安倍晴明を批判する除霊師もいたが、除霊に失敗して悪霊に殺され、除霊師自身も悪霊となって人様に迷惑をかけるケースが多かったから、一概に安倍晴明が悪いとも言えないのだ。


「彼はニコニコしながら、自信を持って確実に除霊すると言うはずだ。安倍一族の当主が、除霊できますと言った依頼を失敗するわけにいかない。安倍一族の除霊師たちは、次々と潰されていくだろうな」


「それはきっと、私もですね」


「目障りな前当主の息子だ。一番先に潰されるさ」


「悪霊にはなりたくないですね。で、用事は?」


「新しい安倍一族の当主が見つかった」


「岩谷彦摩呂ではなく?」


「違う。先日情報が入ったのだ。土御門一族と繋がりが深い病院に、封印されし沙羅姫が運び込まれた。連中、よほど焦ったようだな」


「土御門一族の、眠れる沙羅姫ですか。本当に目覚めたんですね」


 土御門家の沙羅姫……。

 本当に、生きた人間が数百年も封印されていたなんて……。

 もっとも、昔は安倍一族でも行えたという秘術だ。

 とっくに失伝してしまったが。


「それは目覚めるさ。当時の土御門一族の力量ならば、除霊師を数百年眠らせるなど容易いことだ」


「まさかその沙羅姫を、安倍一族の当主にスカウトするのですか?」


「まだ話は終わっていない。その沙羅姫だが、その病院から逃げ出してしまったそうだ。土御門一族も、とことんツイていないな。でだ……」


 逃亡した沙羅姫はどういうわけか広瀬裕の元に向かい、菅木議員の息がかかった病院で治療を受けて完治。

 今は、広瀬裕の実家の神社で巫女のアルバイトをしているそうだ。


「治療? 沙羅姫は、病気か怪我をしていたのですか?」


「この事実を知る者は少ないが、彼女は安倍晴広の骨で作った呪いの鏃を体内に宿していてな。普通の人間なら、体内に入った途端即死だ」


「どうして土御門一族の沙羅姫の体内に、安倍晴広の骨で作った鏃が?」


「彼女が長い眠りにつく直前、安倍一族と土御門一族との間で大きな争いがあってな。土御門一族は、安倍一族の分断を謀った」


「分断?」


「実は、安倍晴明が外の女に産ませた子供がいて、その子孫が分家である広瀬家なのだが、その家中に頑なに安倍一族とは合流せず、 在野で除霊師をしていた裏広瀬一族とでも言うべきか。そんな連中がいた」


「裏広瀬家ですか……もしや!」


「その昔、我ら長老会や、前当主に煮え湯を飲ませた広瀬剛の先祖だな」


「しかし、彼と広瀬家とは関係がなかったのでは?」


「室町時代に分裂して、以後はまったく接触がなかったのだ。さらに、裏広瀬家は江戸時代には帰農して除霊師をやめていた。どうやら、広瀬剛は先祖返りだったようだな」


「広瀬裕もですか……」


「この情報を調べるのに、どれだけの金と時間と手間がかかったか……。当時の土御門一族は、沙羅姫と当時の裏広瀬家の跡取りであった『広瀬裕ノ進』とを婚姻させ、彼に安倍の姓を名乗らせようと画策した。広瀬裕ノ進と沙羅姫は、ともに優れた除霊師だったそうだ。ただ……」


「ただ?」


「沙羅姫には予知の才能があった。彼女はこの策が破綻すると予見したのだが、当時の土御門家の当主が、これを強行しようとして失敗した」


 裏広瀬家は、 安倍一族に狙われるようになったので地方に隠れ住むようになり、沙羅姫は暗殺されそうになった。

 当時の安倍一族の当主が、安倍晴広の骨で作った呪いの鏃で沙羅姫を狙撃したのだ。


「鏃の呪いのせいで、沙羅姫は死病にかかり、子供も産めなくなってしまった。ただ、沙羅姫は決して自分が死ぬことはないと予知していたようだ」


「数百年の眠りにつき、未来にて呪いを解いてもらう。広瀬裕か!」


 沙羅姫は、自分を治療できる広瀬裕と合流したわけか。

 その予知能力を使って。


「そう。私が次の当主に据えたいのは、広瀬裕だ。沙羅姫がその妻になれば、土御門家を支配下に置くことも可能だからな」


「実現すればいい策ですね」


 だが、肝心の広瀬裕が了承するわけがない。

 その前に、菅木議員によってこの策は潰されてしまうだろう。


「今のままでは実現しないが、いよいよ安倍一族が危急存亡の危機に陥ったとすれば、政治家である菅木は、安倍一族の立て直しに奔走するしかなくなる」


「安倍一族の危機……。さすがにもう少し先なのでは?」


「その見込みが甘かったかもしれない。どうやら、戸高高臣も除霊界隈のことに嘴を突っ込んでくるようになったからな。自分は霊感がないくせに。霊のことに関わっておけば、戸高家も上流階級に復帰だとか考えているのであろう。成金の悪い癖だ」


「父さんは、安倍一族には荒療治が必要だと考えているのですか?」


「もはや、安倍一族は当主がコントロールできていない。非除霊部門には、分離独立の動きがあるのだ」


「本当ですか? ですが……」


 安倍一族の非除霊部門が大成功を収めているのは、どれだけ大赤字になっても、日本で除霊の仕事をこなしていたからだ。

 非除霊部門のみで分離、独立してしまえば、これまで受けられていた恩恵がゼロになってしまう。


「彼らは、そんなこともわからないのですか?」


「非除霊部門が大きくなりすぎたツケだな。彼らは、自分たちの実力だけで非除霊部門の大成功があると思っているのだ。いくら言っても聞かないし、採算が悪いどころか、赤字を生み出している除霊部門がなくなればいいと本気で思っている。そんな彼らに妥協点があるとすれば……」


「安倍一族の当主を、岩谷彦摩呂にするですね?」


「そうだ」


 彼は東大に通っており、非除霊部門の連中からすれば御しやすい。

 同類だと思っている節もある。


「もし、岩谷彦摩呂が新当主になったら、一時的に非除霊部門との関係は改善するだろう」


 だが、それはあくまでも一時的なこと。

 すぐに赤字を生み出す除霊部門と揉めるようになるはずだ。


「岩谷彦摩呂はお坊ちゃまだ。安倍一族を維持しようとして、非除霊部門の言いなりになるだろうな」


「そうなれば、除霊部門の経費削減、リストラが敢行されるかもしれないと?」


「安倍一族が普通の企業なら仕方がないが、安倍一族は除霊がメインの仕事なのだ。非除霊部門は、赤字を埋めるために存在しているのだから」


 安倍一族の除霊能力が落ちれば、それに比例して非除霊部門の利益も落ちていくはずだ。

 なぜなら、除霊をしない安倍一族に政財界が便宜を図る必要などないからだ。


「大赤字の除霊部門があるからこそ、非除霊部門が儲かるという構図にまったく気がついていない非除霊部門の連中は多い。自分たちは優秀だから、非除霊部門が独立しても大丈夫だと思っているのだ。まあ……彼らの多くは除霊師としては使えないと判断され、非除霊部門に飛ばされた身。除霊部門に対して鬱屈した感情があるのだろう」


「だから、一度安倍一族には地獄を見てもらうと?」


「そうだ、というよりもそうなるのを避けられないだろうな。ワシも含めて長老会は老害扱いされて散々批判されてきたが、岩谷彦摩呂も当主になってみればわかるさ。これだけ古く大きな組織を変えるのがいかに困難かということを。口で言ったことを実行するのがどれだけ大変なのかを。お前は、しばらく身を隠せ」


「身を隠す?」


「死にたくないだろう? さて、そろそろ長老会の定例議会だ」


「父さん、まさか……」


「どうかな? 岩谷彦摩呂の奴、自分の情報収集能力に随分と自信を持っているようだが、その情報を誰が提供していたのかまではわかるまい。なにより、かなりプライドを傷つけられただろうからなぁ……」


「父さん? 彦摩呂が、プライドを傷つけられた?」


「早く逃げろよ、時間がないからな」


 長老会の定例会議……まさか!

 いや、さすがにまさかな。

 岩谷彦摩呂は所詮はお坊ちゃんで、自ら手を汚すなんてことは……。

 それでも父さんからの命令だ。

 急ぎ私は、安倍一族の本家屋敷を出て姿を隠した。

 それが、私と父さんとの最後の会話になってしまったとも知らず。

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