第129話 新当主
「はあ? 広瀬裕君が、安倍晴明の子孫だっただと? 土御門家の沙羅姫? 安倍一族の次の当主は、沙羅姫を妻とした広瀬裕に?」
「はい。愚かな現当主安倍星冥は、院政を敷くつもりのようです。息子と二代で、お飾りの広瀬裕を後ろから操るつもりでしょう」
「なにも知らない彼をお飾りにして、自分は批判されない位置から安倍一族を思うがままに操る算段か! しかし長老会は止めないのか?」
「止めないでしょう。適切な隠居料を渡せば」
「許すまじ! 長老会!」
やはり、岩谷彦摩呂はお坊ちゃまだな。
単純にこちらの狙いに乗ってくれる。
いくら勉強ができても、人生経験がない若造はこんなものか。
これで私も、ようやく非除霊部門に返り咲ける。
私は除霊師に向いていないのに、岩谷彦摩呂の参謀扱いにされ疲れ果てていた。
非除霊部門の連中は、私が重大な使命をこなせば、非除霊部門に戻してくれるという。
このところの、除霊部門の失態には目を瞑れないところがあるからな。
それに、岩谷彦摩呂は東大を出ているから、非除霊部門の気持ちを理解してくれるはず。
なにより悪人でないのがいいところだ。
世間知らずな部分は、我々で補えばいいのだから。
「とにかく、除霊部門の暴走を止めないといけません。これは緊急事態です。岩谷さんが、次の当主になればいいのです」
「僕が、次の安倍一族当主にか……」
いくら岩谷彦摩呂が善人といえ、安倍一族当主の座には抗えまい。
私は必ず受けると確信していた。
「しかし橘さん。現当主が、そんなに簡単に引退するとも思えないが……」
「岩谷さんが、直接行動すればいいのです。若手除霊師たちを集め、新しい安倍一族のためにみんなで直談判をしようと」
「無血クーデターか……」
「はい」
「わかった。僕と考えを同じくする、若手除霊師たちを集めよう。橘さん、留守番役をお願いしても構わないでしょうか?」
「任せてください」
岩谷彦摩呂は長老会に直訴を行う仲間を集めるべく、本屋敷を出て行った。
残された私は、すぐにある人物を呼び寄せる。
「どうだ? 手に入ったか?」
「はい。数百年前、沙羅姫の暗殺に用いた残りが厳重に保管されていました」
「安倍晴広の骨か……。これを、未熟な除霊師たちが間違えて体内に入れてしまった場合、一体どうなるんだろうな?」
「死にますよ。沙羅姫ほどの除霊師ならともかく、長老会程度の実力では、一日保つかどうか。しかも、いくら警察が検死しても、病死としか思われないはず。どうせバレても立件なんかできませんよ」
「では頼むぞ」
「あの年寄り連中は、ただ集まって、ああでもない、こうでもないと喋りながらお茶を飲むしか能がないのですから。せめて最後のお茶くらいは、 いい茶葉を使ってあげましょう」
「頼むぞ」
どうせあいつらは現場に出ていないから、死んでも安倍一族は困らない。
むしろ、改革に邪魔な老害どもがいなくなって好都合だ。
新しい当主は、岩谷彦摩呂で確定だな。
「(はぁ……。これで私は、非除霊師部門に戻れる)」
いくら除霊で成り上った家とはいえ、今の世に除霊師が大きな顔をしてもな。
この科学技術が圧倒的に進んだ世の中で、除霊に重点を置くなど。
欧米と比べたら、日本は圧倒的に時代遅れだ。
除霊部門のトップである当主は操りやすい岩谷彦摩呂にすげ変え、これからは非除霊部門が安倍一族を引っ張っていくのが一番だろう。
金さえあれば、悪霊に対処するなど容易だ。
除霊部門と非除霊部門。
主従を逆にすれば、安倍一族はもっと躍進するはず。
「安倍晴広の骨を用いた場合、その怨体が出現すると思いますが、いかがなさいなすか?」
「岩谷彦摩呂が除霊できなければ、除霊なんて雑事はその辺の除霊師にやらせればいい。除霊師なんて下請けみたいなものなのだから。確か、体内に骨を取り込んで害が出ても、露出させなければ安倍晴広の怨体は出現しないのだな?」
「はい」
「土葬にでもしておくか? 山奥にでも墓を作ればいい」
「確かに、それが一番楽ですね」
「では、そうするとしよう」
これからの安倍一族は、我々非除霊師部門が取り仕切る。
除霊師の才能がなかった私だが、東大を卒業することができた。
これからは正しいエリートとして、企業グループとしての安倍一族を発展させていかなければ。
そして岩谷彦摩呂の次の当主は、橘の姓を安倍に変えたこの私で決定だ。
「……えっ? 長老会の全員が倒れた?」
「はい。私はまったく知りませんでしたが、末期の癌だった者、心筋梗塞、くも膜下出血、急性大動脈解離等々、全員が会議室の中で倒れていました」
「いや……さすがにそれは あり得ない……」
現当主と長老会に、当主交代の陳情をしようとシンパたちと共に本屋敷に戻って来た岩谷彦摩呂たちであったが、会議中に全員が急病死したという報告を受けると、顔を青ざめさせていた。
普通に考えればあり得ないが、なにか霊的な要因があればあり得る。
だが、まがりなりにも除霊師の大家、安倍一族で現当主と長老たちが全員霊的な事象で急死するなど大きな恥でしかない。
すでに警察に検死は依頼していたが、当然毒物だのが見つかるわけもなく、純粋な病死だと結論づけられた。
おかしいと思う上流階級の方々は多いと思うが、まさか余計な口を挟んで、自分も急死者リストに名前を連ねたくはないだろう。
安倍晴広の骨はまだ残っているからな。
マスコミも、一切報道しないことになっている。
「岩谷さん、新当主就任おめでとうございます」
「しかし橘さん、これは……」
「これも安倍一族の未来のためですよ。仕方がないではありませんか」
彼はお坊ちゃまなので、おかしいと思ってもすっかり腰が引けたようだな。
だがその方が、非除霊師部門としても操りやすくて好都合だろう。
非除霊師部門に逆らえば、死ぬこともあり得るのだと新当主が理解してくれれば、お飾りに甘んじてくれるだろうからだ。
「(それにしても……)」
やはり、除霊師など下等な仕事でしかないな。
安倍晴広の封印されていた骨だって、買収したら簡単に手に入れることはできたのだから。
C級でしかないくせに、ギャンブルで作った借金で首が回らないなんて。
買収は容易だったので、こちらとしては好都合だけど。
「とはいえ、まだ長老会の連中が亡くなったことは公表しない方がいいです。岩谷さんは、新当主就任に向けて準備をしてもらわないと。まずは、足場を固めることです」
「そうだね……」
「岩谷さんの奥さんも決まりましたね」
「土御門家の沙羅姫か? しかし彼女は……」
「必ず彼女はここにやって来ますよ」
今は竜神会が保護しているが、そのうち取り戻さなければな。
菅木以外の政治家に金を積んでなんとかしてもらうか。
なにしろ彼女には戸籍がないからな。
安倍一族と懇意にしている政治家に頼めばいいだろう。
土御門一族は……あいつらはもう終わっているが、戸高家が手を貸している。
横から掻っ攫われないように注意しなければ。
「現在の土御門家は戸高家に侵食されている最中ですが、沙羅姫さえ手に入れてしまえば……」
戸高家の下につくのをよしとしない土御門一族から、確実に裏切り者が出るはずだ。
そしてそれは、戸高家の力を落とすことに繋がる。
「戸高高臣は、金を惜しまずに優秀な除霊師を集めています」
「知っている。戸高蹄鉄山に封印された安倍晴広を除霊し、世間に彼の存在を広く知らしめようとしているらしい」
安倍晴広の存在が世間に知られたら、安倍一族の評判はかなり落ちるだろう。
世間での安倍晴明人気が落ちてしまえば、それは安倍一族の弱体化に繋がるのだから。
「世間の人たちは、安倍晴明が歴史上最も優れた陰陽師で、除霊師であると、様々な創作物を通じて知っています。その人気も高い」
安倍晴明は、その人気のおかげで神に近い存在となっていた。
いわば安倍一族にとって、安倍晴明は御神体に近いのだ。
「安倍晴明の醜聞が世間に漏れるのはまずいのです」
「今でも、安倍一族の力は徐々に落ちているからね」
非除霊部門は、これまでにないほどの儲けを出しているがな。
お荷物で、赤字を垂れ流している除霊部門をどうにかマシにしないと。
「ゆえに、まずは……」
「戸高蹄鉄山の封印の維持か……。しかし、戸高蹄鉄山の周囲の土地はすべて戸高不動産の所有になっている。住宅地の造成を進めながら今この時にも、戸高高志のアホが除霊師たちと戸高蹄鉄山の封印を解き、安倍晴広の除霊を試みるかもしれない。そして僕たちは、戸高蹄鉄山に侵入する手がないんだ」
「ところで、安倍晴広の除霊は可能なのですか?」
非除霊部門としては、安倍晴広のようなリスクは一秒でも早く除霊して欲しいところだ。
無理なら封印を強化するしかない。
問題は、岩谷彦摩呂にその力があるかだが……。
「それならば問題ない。この岩谷彦摩呂と、安倍一族の除霊師軍団が、総力をかけて安倍晴広の悪霊を除霊しよう。ただし条件がある」
「条件ですか?」
「なるべく多くの霊器、お札を集めてほしい」
「わかりました。今回に限っては予算は無尽蔵です」
非除霊部門としては、岩谷彦摩呂が安倍晴広の除霊に成功してくれた方が好都合なのだから。
今回は大盤振る舞いだが、宣伝費のようなものだ。
そのあとは、経費や人員の面で色々とメスを入れさせてもらうがね。
戸高ハイムの事件の後始末を除霊師部門に任せたら、とてつもない大赤字を生み出してしまった。
これからは、非除霊部門が数字を見なければいけないのだから。
「急ぎ、人と霊器、お札を集めよう」
「そうですね」
何日かかるかわからないが、戸高家が動く前に準備を終えなければ。
向こうもちゃんと準備をすればそれなりに時間がかかるはずだから、今は監視の人手を集めておくかな。
大昔の悪霊だかなんだか知らないが、要は札ビラで除霊すればいいだけの話だ。
過去の遺物などとっとと消滅させて、 除霊師業界にも新しいものを取り入れていかなければ。
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