第124話 勘違いの愛実
「沙羅姫という方の病ですが、残念ですがあと一年も保てば上出来という状態ですね。ここまで病状が悪化していると、正直手の施しようがありません」
「なんだと! お前たちは医者のくせに、病人を治療できないというのか?」
「この方が室町時代の女性というのは俄かには信じられませんが、当医院は土御門家と長年のつき合いがあり、時に現代医学では理解に苦しむような症例や治療の記録も多数残っております。実際に私も、何度かそれを見させていただきました。ですが、この沙羅姫という方の病は現代にも普通にあります。簡単に言えば、全身に癌がある末期も末期な状態なのです。これでは治療の施しようもなく、ホスピスへの入院をお勧めする次第です」
「ふざけるな! 今彼女に死なれたら困るんだ、なんとかしろ!」
「できないことをやれと言われても困ります。念のために言っておきますが、彼女をどこの病院に連れて行っても同じことを言われると思いますよ。そもそも彼女が生きていること自体が奇跡のような状態なのですから」
「治せぇーーー! 金に糸目はつけん! 絶対に彼女を治すんだ! っ……あが……」
「当主様!」
「ああ、これは脳出血ですかね? お年なのに、急に激昂されるから……土御門さんを処置室へ」
「わかりました」
こんなことだろうとは思った。
当時では治療が困難な病を治すため、人間の体を冷凍保存しておく。
そんな企業が外国には存在するらしいけど、沙羅姫も同じなのだと思う。
室町時代の医療技術では到底治療できない病……全身ガンの末期…… を治療すべく、冷凍保存ではない霊的な方法で彼女の体を数百年間も保存していたけど、彼女の病気は現代でも治療できなかった。
悪いことに、私たちには再び彼女の体を保存する霊的な技術を持っていない。
今、激高しすぎて脳の血管が切れて倒れた当主が焦ったせいで、沙羅姫は一年以内に死んでしまうことが確定してしまったのだ。
可哀想に。
当主が身勝手な理由で彼女を蘇らせなければ、誰も知り合いがいない未来で癌で苦しみながら死ぬこともなかったというのに……。
「当主様!」
「大変だ! こんな時によりにもよって」
「もし今、当主様を失ってしまったら、我々はどうすれば……」
突然当主が倒れてしまったので、私と礼香以外の連中は、沙羅姫を放置して当主につきっきりになってしまった。
八十を超えた老人である当主が脳出血で倒れて意識がないとなれば、土御門家の次の当主が誰になるのか? という話になるのは当然だった。
説明するまでもなく、その地位を狙っている者たちは多く、沙羅姫どころではなくなって、当主が運び込まれた処置室の前で祈るように待ち続けるのみとなってしまった。
確かに色々とやらかして力をなくした土御門家だけど、残っている資産の額を考えたら、当主の地位は非常に魅力的であったからだ。
「そういえば、次の当主は蘭子さんだって話はどうなりましたかね?」
「礼香、確かに今の土御門家にはかなりの資産があるけど、土御門家の希望だと言いながら病院に運び込んだ沙羅姫を放置して、今死んでもおかしくない老人に縋がりついているような連中がもれなくついてくるわよ。もし私に話があっても辞退するわよ」
「そうですね。私たちって、一体なんだったんでしょうね?」
私たちは実力のみでB級除霊師となったので、一族の老人たちに期待されていたけど、警視庁のゼロ課に入って外で仕事をしてみたら、年下の男子高校生の足元にも及ばないのだから。
「広瀬裕は特別な気がします。岩谷彦摩呂とも全然違いますしね」
「アレと比べられる、広瀬裕が可哀想だと思うけど」
結局、広瀬裕が直接手を下したわけじゃないけど、彼の実力のせいで土御門家のメッキが剥がれてしまった。
多分これからは、除霊師一族としての土御門家に期待する国の上層部はいなくなるはず。
「身の振り方を考えなければいけないわね」
「とはいっても、しばらくは大人しくしているしかありませんよ」
「そうね、今独立しても仕事を回して貰えそうにないものね」
現在、土御門家の人たちが公職から追放された噂が、除霊師業界内に急速に広がっていた。
元々除霊師として大した実力もないのに、長年優秀な除霊師面して公職に就き、在野の除霊師たちに上から目線な態度で接してきたため、同業者たちにえらく嫌われていたのだ。
皮肉なことに私と礼香はクビになってからすぐに沙羅姫の付き人みたいなものにさせられたおかげで土御門家から食い扶持をもらえているけど、公職から追放されて仕方なしに除霊師業を始めた一族の人たちには苦戦する人が多かった。
仕事を回してもらえず、実質無職なんて人も多いと聞く。
安定した仕事と収入がなくなってしまったため、奥さんに離婚されてしまった人も。
可哀想ではあるけど、自業自得の面もあるので仕方がなかった。
「そんな連中が、土御門家の残った財産に群がってくるのよ。次の当主は、残った財産を自力で生きていけない一族に分配し続けて、ついには消滅してしまう最期を確認するだけの存在になるわね」
「となると、次の当主は投資に詳しい人がいいですね」
「礼香も言うわね。自称投資のプロは……土御門一族にいるのかしら?」
除霊師として生き残れる一族は、そんなに多くないでしょうね。
つまり、今土御門家の当主になるということは、我儘放題で無駄遣いが大好きな穀潰したちを引き受けるということでもある。
当主になんてならない方がいいに決まっているわ。
「もし当主になるように言われても、絶対に断わるわよ。それよりも沙羅姫よ」
自分たちが勝手に封印を解いてこの病院に連れて来たくせに、当主が倒れたら放置してどういうつもりなのかしら?
彼女は土御門家の希望の星ではなかったの?
「明日の希望の星よりも、今日の当主様に忠誠心を見せる方が大切なんでしょうね」
「肝心の倒れた本人は、忠実な彼らが処置室の前でさも心配そうにしている様子なんで確認できないでしょうに」
「現代でいうところの、社畜精神が豊富ね」
「今までは、言われたことだけしていれば、就職先がありましたからね。急に世間に投げ出されて不安しかないから、余計に倒れた当主が心配なのでしょう」
大方、そんなところでしょう。
「問題は、沙羅姫をどうするかよ。現代医学では治療できないにしても、霊的な方法で治療できないかしら?」
「できるかもしれませんが、彼女がいた室町時代は現代よりも優秀な霊能者の数も多く、霊的な技術でも圧倒的に上でした」
昔は、科学技術と同じぐらい、霊的な技術も人々の生活に利用されていた。
ところが江戸時代くらいから徐々に科学技術に比重が偏り、決定的だったのは明治維新と言われている。
胡散臭い霊的な技術よりも、西洋からやってきた科学技術だったというわけ。
西洋もそれなりに霊的な技術を重視している点を、西洋に留学までした明治維新の元勲たちも気がつかなかったようだけど。
彼らは下級武士が多かったので、江戸幕府が重視していた霊的なものを否定し、新しい世の中をアピールしたかったと聞く。
だから東京の結界が不完全となり、それが太平洋戦争の敗戦へと繋がったのは、除霊師業界の間では有名な話ね。
「土御門家でどうにもならない以上、安倍家ではどうかしら?」
「土御門家ほど酷いことになっていませんが、あの岩谷彦摩呂が最も有力な次期当主候補になっているような一族ですからねぇ。まだしばらくは倒れないにしても、沙羅姫を治療できる霊的な技術には期待できないと思います」
「となると……」
「広瀬裕ですね」
「ええ。他の何人も不可能でしょうね。少なくとも現時点では」
「問題は、彼に治療を頼んだとして引き受けてもらえるかどうかですね」
色々とあり過ぎて、広瀬裕がトップを務める竜神会と土御門家との仲は最悪であった。
沙羅姫の治療を頼もうにも、その伝手すら存在しないのが現実だったのだから。
「とにかく頼んでみるしかないわ」
「そうですね……」
「土御門家は、完全に新しくなるべきなのよ」
たとえ小さくても、優秀な除霊師のみで構成された実力のある一族に戻さなければならない。
「そのためには、新しい当主として沙羅姫が必要なのよ」
沙羅姫を新当主として、私と礼香が支える。
他は、今は人数が少なくとも除霊師として活動できる一族のみを受け入れる。
残った資産は、老害たちの年金にすればいいわ。
「となると、急ぎ沙羅姫を治療できる除霊師を探さないといけないわね。結局広瀬裕なんだけど」
「ですが、払いきれないほど高額な治療費を請求された場合どうしますか? 沙羅姫の状態だと、高額の請求がきてもまったく不思議ではありませんから」
「そんなの簡単よ。広瀬裕と沙羅姫を夫婦にしてしまえばいいわ。竜神会は血筋と歴史が足りないから、土御門家で補えばいいのよ」
「なるほど、いいアイデアですね」
結局、古い名家の血筋はあった方が便利なのよ。
礼香はともかく、私は年下すぎて広瀬裕は嫌だけど。
「だから、一刻も早く広瀬裕に連絡を取らなければ」
今の当主が既危篤状態になってしまった、今がチャンスというわけ。
「早速、竜神会に……」
「大変です! 患者さんが!」
ようやく方針が決まったと思ったのに、突然看護師が血相を変えて駆け込んできた。
「どうかしたの?」
「沙羅さんが病室を抜けて行方不明になりました! あんな重病なのに出歩くなんて、普通の人は立ち上がれないほど状態なのですが……」
「さすがは、沙羅姫ってことですか」
初代に匹敵する実力を持つ除霊師で、さらに昔の人だから現代人とはどこか体のつくりが違うのかもしれない。
とにかく今はそんなことはどうでもよく、今は一刻でも早く沙羅姫を見つけ出さなければ。
「他の一族は?」
「みなさん、治療中の患者さんが入った処置室の前で祈ってます」
「……どのみち、今の土御門家は終わる運命だったんですね」
「そうね」
あの連中は、もう好き勝手にやるがいいわ。
私たちは急ぎ、病院を抜け出した沙羅姫を探さないと。
「……踊り手じゃ。それも優れた」
「はい?」
「今はまだ雛の状態じゃが、じきに優れた踊り手となろう」
「はあ……」
巫女さんのアルバイトが決まり、勤務初日。
両親と共に引っ越した竜神会の社員寮……新しく綺麗なマンションで驚いたわ。しかも、家賃補助のおかげで実質家賃は無料みたいなものだった……から神社へと通勤している最中、巫女服姿の女性に声をかけられた。
私と同じく、神社で巫女さんのアルバイトをしている同僚?
でも、彼女が着ている巫女服は、私が働く神社の巫女服とはかなり違っていた。
大分デザインが古いような……。
もしかして巫女服が足りなくなったのかしら?
「あの……」
「沙羅という」
「サラさんですか。愛実です」
「愛実か。あの神社は、強き竜神の力で満ち溢れておるの」
「はあ……」
確かにこれから私が働く二つの神社の祀神は竜神様だけど、そんなことは誰でも知っていることで、でも随分と大仰しい喋り方をする子なのね。
私とそんなに年齢が違ってるようには見えないけど、もしかして、クラスメイトの清水さんみたいにいいところのお嬢様?
「あの神社にゆうがおる」
「はあ……確かにいますけど……」
私がアルバイトをする両神社の赤い方(戸高赤竜神社)は、クラスメイトである広瀬裕君の実家だから。
彼を呼び捨てにするなんて、もしかしてこの子は広瀬君の彼女?
あっでも、広瀬君は、相川さん、清水さん、葛山さん、望月さん、葛城先輩と。
五人の女子と同時につき合っているプレイボーイだって噂だから、もう一人ぐらい彼女がいても不思議ではないのかしら?
「(広瀬君の幼馴染だってお話の、相川さんでも裕ちゃんなのに、それを飛び越えて呼び捨てで裕って……)」
これって、もしかしたら修羅場案件?
私、彼女と一緒に行動しない方がいいのかしら?
「早くゆうに会わなければ。では参ろうぞ」
「はい(逃げ損ねたぁーーー!)」
仕方なしに、私と彼女は一緒に両神社の社務所へと向かった。
するとそこには、広瀬君たちの姿が……まさかアルバイト初日にこんな修羅場に巻き込まれてしまうなんて……。
「ゆう!」
「えっ? 誰?」
「えっーーー!」
広瀬君、 さすがにそれはないと思う。
裕って呼び捨てにするくらい親密な女性を、いくら相川さんたちが一緒にいるとはいえ、知らない人扱いするのは男性として恥ずべきではないかと思うわ。
「木原さん、どうしてそんな大声を?」
「私、中村先生から聞きました! 広瀬君が六股しているって!」
「木原さん、それは誤解……」
「そうよ、木原さん! 中村先生は女性にモテない僻みを裕ちゃんにぶつけているだけだから! 裕ちゃんは六股なんてしていない! なぜなら私とだけラブラブだから!」
「……」
相川さんって、浮気症の広瀬君を信じているのね。
健気だわ。
でも、そういう女性をダメンズ好きって言うのよ。
「木原さん、中村先生はあまりに女性にモテないから、つい妄想が入ってしまうことがあるの。裕君は六股なんてしていないわ。だって私にぞっこんだから」
「ああ……」
広瀬君は、清水さんが世間知らずのお嬢さんなのいいことに……。
なんて酷い人なのかしら!
「そうよ。裕に六股なんて器用な真似ができるわけないじゃない。裕は私とだけラブラブだから」
「ええ……」
葛山さんって、元はもの凄く有名なアイドルだったのに、そんな彼女を………。
広瀬君って見かけによらず、もの凄いプレイボーイだったのね!
「木原さん、私と師匠は、師匠と弟子、主人と召使いの関係ですが、そこには誰よりも深き愛があるのです 」
「はあ?」
広瀬君って、望月さんを奴隷にしているってこと?
しかも、望月さん自身は喜んでいる節があるし……。
もしかして広瀬君には、ご主人様の才能があるのかしら?
「広瀬裕、また二人もの女の子に好かれてしまったの? 本当に仕方がないよね。私ぐらいよ。本妻として冷静にその事実を受け入れられるいい女って。感謝しなさいよね」
「おおっ!」
葛城先輩まで!
これで来年あたり、後輩が入学してきたら、広瀬君は全学年の女子を網羅してしまうことになるかも。
「裕ちゃん、女性に好かれ過ぎだよぉ」
「仕方がないとはいえ、もう少し自重してほしいわね」
「引っ越してきたばかりの木原さんと、随分と巫女服姿が板について……この人が着ている巫女服って両神社の巫女服じゃないわね」
「師匠と縁を結ぼうと、他の神社が送り出してきたのでしょうか?」
「それはあるかも!」
なんか、清水さんたちが盛大な勘違いを……。
あれ?
でも私はサラさんの正体をよく知らないわけで、もしかしたらそうなのかしら?
広瀬君は儲かっている神社の跡取りだから、政略結婚?
「念のために言っておきますが、私は広瀬君の彼女じゃないです! 今日からこの神社でアルバイトをする予定なんです!」
そこはちゃんと間違いを正しておかないと、私もで広瀬君のハーレム要員扱いされてしまうのだから。
「「「「「当たり前じゃない!」」」」」
「えっ?」
相川さんたち、そこは意見が一致しているのね。
「で、隣の彼女も?」
「この子はたまたま偶然出会って、目的地が一緒だっただけです」
私は、葛城先輩にサラさんとの出会いを説明した。
「広瀬裕、こちらの彼女とは知り合いなの?」
「いや、初めて会うけど……」
「そうだったの! じゃあ彼女は?」
葛城先輩は、サラさんを『じぃーーと』観察し始めた。
「『予知夢』で見たとおりじゃ。妾は土御門家の沙羅。ゆうの妻となり、優れた除霊師となる子を沢山残すよう神託を受け、長き眠りについたもの。ゆうは、夢で見たとおりじゃの」
「「「「「「ええっーーー!」」」」」」
いきなりそんなことを言われたら、さすがに私も相川さんたちも驚くわよ。
すみません。
この人、実はちょっと危ない人なのかしら?
「ゆう、末永くよろしく頼むぞ。だがその前に……妾が長い眠りにつくことになったもう一つの原因である不治の病。治療を頼むぞ、夫君よ ……さすがに体が……」
「えっ?」
沙羅さんはそこまで言い終えると、広瀬君に抱きつきながら倒れ込んでしまった。
「広瀬君! 病気の女の子まで!」
「木原さんは誤解している!」
言い訳がましく叫ぶ広瀬君だけど、これからは私も気をつけてアルバイトをしなければ。
サラさん、大丈夫かしら?
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