第123話 最後の一人

「全国大会に出るのはいいんだけど、交通費と宿泊費が高くつくわね。高校の部活としては、日舞はマイナーだから予算も少ないし」





 事前に予約しておいた戸高市内のビジネスホテルにチェックインした私は、戸高西通りというメインストリートを歩いていた。

 明日、日舞の高校全国大会が戸高市民ホールで開催されるので、会場への道筋と踊る舞台の様子を確認した帰りだ。


「部活の予算がないから、前日に現地入りできるだけマシかぁ……」


 応援役の顧問の先生と数少ない部員たちは、部に予算がないから、明日の早朝に新幹線と電車を乗り継いでやって来る予定だ。


「予算がないって不幸ね」


 私、木原愛実は、幼い頃から祖母の影響で日舞を習っており、今では一年生ながら高校の全国大会の優勝候補だった。

 アメリカ人なのに日舞が大好きだった祖母の隔世遺伝で金髪の私は、最初はこの髪の色のせいで年配の踊り手さんたちに嫌がらせをされることもあったけど、今では実力で批判を跳ね返すまでになっている。

 とはいえ、日舞で食べていくというのはとても大変なことだ。

 あくまでも趣味の延長という扱いなので、こうして大きな大会に出る度にお金が飛んでいってしまう。

 空いている時間にアルバイトをして必要な経費を賄っているけど、普段は学業と日舞の練習があるから、なかなかアルバイトの時間が取れないのよね。


「どこかに時給が高いアルバイトって……危ないアルバイトは除いてだけど」


 高校なんてどこでもいいから、そういうアルバイト先があったら、そこの近くにある学校に転校してもいいくらいよ。


「時給が高いアルバイト。どこかにないかなぁ ……って!」


 宿泊先のホテルを目指して戸高西通りを歩いてたら、掲示板に話をしていたそれが貼ってあった。


「巫女さん募集中! 週末だけも可! 時給千二百円! こんな地方都市に、こんなに時給が高いアルバイトがあるなんて! 日舞の全国大会も毎年戸高市。だから引っ越しましょう……とはならないわね……。惜しい!」


 戸高市に引っ越せば一人暮らしになってしまうから、その分家賃や生活費がかかってしまう。

 引っ越すのは現実的ではないわ。


「両親の収入は決していいとは言えないし、これまでどおり地道にやるしかないわね」


 そう思いつつ、翌日の全国大会に臨んだわけだけど、私は見事高校の全国大会で優勝した。

 別に賞金は出ないけど、好きでやってることだから仕方がない。

 大会が終わった次の日の月曜日。

 高校の朝礼で全国大会に優勝したことを紹介されたけど、結局部活の予算は一円も増えなかった。

 褒めるのは無料って言葉、事実なのよね。


「せめて、遠方の大会に参加する時の交通費ぐらい出してほしいわね。野球部やサッカー部は、全国大会の『ぜ』の字にも引っかからないのに、あんなに予算が出ていいわね」


 部活を終えて自宅への帰り道。

 そんなことを考えながら歩いて自宅マンションに戻ると、珍しく両親が揃っていた。

 うちは共働きで、夜遅くなることも度々あるのに。

 少なくとも、こんな時間に家にいたことは一度もなかった。


「愛実、ちょっといいかな?」


「いいけど、なあに?」


「実は、お父さんとお母さん、転職することにしたんだ」


「神社の神職って、転職があるのね」


「私も母さんも社家(代々神社を営む家)の出ではないから、志していた神職になれただけでもラッキーなんだが、収入がなぁ……」


「愛実のお踊りにかかる費用も出せていないから」


 日舞は私が好きでやっているから仕方がないけど、もし一部でも費用を出してもらえるのならありがたいわね。


「そんな時、とても雇用条件がいい神社の話を聞いてね」


「人手不足で、今すぐ来て欲しいというお話なのよ」


 神職って給料が安いって聞くから、条件の良い所に転職するのは悪くないんじゃないかしら。

 『罰当たりなことを!』とか言いそうな古い人たちのことを気にしても意味がないし。


「ただ、愛実も転校することになってしまうから」


「別にいいわよ」


 両親が転職に成功して、日舞の大会に行く旅費を出してもらえるかもしれないとなれば、転校するぐらいどうってことないわ。


「それで、どこの神社なの?」


「戸高赤竜神神社と戸高山青竜神神社という二つ並んでいる神社だ。竜神会という宗教法人が運営していて、かなり羽振りがいいらしいな」


「ふうん」


 竜神会って、宗教法人ってよりも任侠さんたちの団体みたい。

 あれ?

 確か、戸高赤竜神社と戸高山青竜神神社って……。


「あっ、思い出した! アルバイト募集の張り紙で見たわ!」


 日舞の高校全国大会があった戸高市の中心部で見た、巫女さんのアルバイトを募集していた神社。

 あの神社にお父さんとお母さんが転職するなんて!

 これはなんという偶然なのかしら。


「(待てよ。あの二つの神社は巫女さんのアルバイトも募集していたから、週末に働けば、私もお小遣いもゲットできる!)」


 うちは両親とも薄給だから、私も結構我慢しているところがあって。

 今はアルバイト代の大半を日舞関係のことに使ってしまっているから、もし両親の給料が上がってお金を出してもらえることになれば……。


「(踊りの帰りに甘いものを食べに行くとか、ラーメンを食べに行くとか。ちょっと可愛い小物を買ったり、もっと綺麗なお洋服が買えるわ! 下着も……もっとこう、キュートでセクシーなものも欲しくなる年頃だから)転校、全然問題ないわ」


「そうか。じゃあ戸高市に引っ越しだな」


「新しい転職先には寮も完備していて、家賃補助が出るからとても安く借りられるんだって。部屋数も多いのよ。面接の後で見せてもらったわ」


「面接行ってたの?」


「リモートだけど、面接の後で寮の映像も見せてくれたのよ」


 竜神会って進んでいるのね。


「実は、日舞の高校全国大会が行われたのが戸高市だったのよ。それで、巫女さんのアルバイトを募集していたわ。私も週末にアルバイトをするわ」


「それがいいな。愛実は綺麗だから合格すると思うぞ」


「なんか俗っぽいわね。お父さん」


 巫女さんのアルバイトって、可愛い子しか採用されないのかしら?


「戸高赤竜神社と戸高山青竜神神社は、今全国で一番注目を浴びている神社なんだ。なんでもとっても御利益があるとかで。地下から汲み上げてお祈りを捧げてから販売している水を飲むと疲れが取れるとか、二つの神社のお守りを持ってると運気が上がるとか。今では平日の昼間でも参拝客が多いから、猫の手も借りたい状態らしいよ」


「そんなに凄い神社なのね。時給がもの凄く高いのも納得できるわ」


「じゃあ、すぐに引っ越しの準備を始めましょう」


 こうして私は、関東圏の高校から戸高市にある戸高第一高校へと引っ越すことになった。

 両親は大幅に収入が上がると言って喜んでいるし、私も週末巫女さんのアルバイトをすれば……。


 この時はバラ色の高校生活が始まると思って大喜びしていたのだけど、まさかこの選択が私の人生を大きく変えてしまうなんて。

 ただ浮かれていた私には、まったく予想できなかった。





「さあて、お仕事お仕事」


「……相川さん、また大きくなったかしら?」


「少しね。ちょっとブラジャーがきつくなったかも」


「そう、いいわね……」


「涼子、大きければいいってものではないわ。だって、私が全国的なアイドルだった頃、私よりも胸が大きなライバルたちは沢山いたわ。彼女たちの大きな胸に大喜びするファンたちがいたのは確か。でも、私の人気は不動のものだったの。グラビアの人気ランキングでも不動のトップだったから、胸の大きさは関係ないわ。あっ、でも。私は涼子よりも胸の形がいいから」


「はっ? それは聞き捨てならないわね。誰がそれを判断したのかしら? 自分? それを判断するのは裕君なのよ」


「では、自分が一番だと思います。自分は忍びとして活動しやすい、ちょうどいい胸の大きさなので」


「ちょうどいい胸ってなによ? 一年だけだけど、人生の先輩である私が知り得た事実を教えてあげるわ。それは、男性は大きな胸が好きってこと。しかも、背が高すぎる女性は好まれない。つまり、広瀬裕は私が一番いいと思っているに違いないわ」


「葛城先輩、私はそこまで背は高くないですから。胸の大きさも負けませんよ」


「形は私の方がいいはずよ」


「そうかしら? なんなら比べてみる?」


「お姉ちゃんたち、早く着替えて行かないと、お兄ちゃんに怒られるよ」


「(銀狐ありがとう。声をかけづらかったんだよ)」




 俺は竜神会のトップにして神社の跡継ぎなので、たまに神社関連の仕事をすることもある。

 今日は、両神社お守りに入れる『幸運石』を作る仕事があった。

 幸運石とは、向こうの世界では比較的容易に作れるアイテムだ

 これを持つと、運が五パーセント増える。

 五パーセントなんて大したことないと思う人も多いかもしれないが、簡単に作れるし、これを持っていたおかげで命拾いした兵士たちが沢山いたのも事実だ。

 材料は花崗岩なので、簡単に手に入る。

 碁石くらいの大きさと形に加工し、ツルツルになるまで磨き上げるが、これは菅木の爺さんが紹介してくれた地元の墓石屋がやってくれるので、それに俺たちが運気を込めるわけだ。

 俺一人でやってもいいのだけど、久美子、 涼子、里奈、千代子、桜の五人が五芒星の陣形で石を囲んで運気を込め、さらに俺が運気を送り込めば作業も早く終了する。

 アルバイト代も出ているので一ヵ月に一回、こうやって全員で幸運石の作成に勤しんでいた。

 今週から、週に一回になって仕事が増えたけど。

 この幸運石を入れたお守りが飛ぶように売れているそうで、その分俺たちも忙しくなっていたのだ。


「じゃあ、始めようか」


 まずは大量の幸運石を山積みにし、それを久美子たちが五芒星の形に囲んで運気を送り込みは始める。

 俺は、さらにその外側から五人に運気を送り込むわけだ。

 幸運石の量が多いので一人だと三十分くらいかかっていたんだが、久美子たちが手伝ってくれるおかげで五分ほどに大幅短縮が可能となっていた。


「終わりだ」


「持っているだけで、本当に運が上がる石。ファンタジーだね、裕ちゃん」


「運の数値が五パーセントの増加で、効果は一年間しかないけど」


「お守りの効果は一年間なので、毎年お守りを購入することをお勧めします。と竜神会がアナウンスしているのが正しいって……美味しい商売ではあるのね。全国どこの神社やお寺のお守りよりも効果抜群なのは事実だから」


「五パーセントって数字が微妙よね。つまり、このお守りに頼りきるのは駄目ってことね。お守りを手に入れても、努力しないとオーディションに合格できないってこと」


「葛山さんはなんでもアイドルに結び付けますね。受験で今日はちょっと運悪く難しい問題が多かったかも……という状態を緩和するくらいの効果はありそうですね」


「五パーセントだと、宝くじを買っても当たらなそうね」


 みんなそれぞれ好き勝手言ってるけど。

 普段ちゃんと努力してこのお守りに頼るのであれば、そう悪くない結果が出るということだ。

 必ずではないけど、実際にお守りを購入したら資格試験に合格した。

 プロポーズが成功した。

 推薦入試に合格した。

 等々SNS上で評判となっており、特に宣伝もしていないのに、平日の昼間から多くの人たちがお守りを求めて神社に詰めかけるようになった。

 もしお守りが売り切れだと大きな騒ぎになってしまうので、俺たちは幸運石の製造量を増やしたのだ。


「裕ちゃん、うちの神社も人が増えたね」


「参拝客も職員もな」


 これまでは両家の両親と、俺と久美子がたまに掃除をすれば十分に回っていた二つの神社だけど、今では多くの神職さんやアルバイトの巫女さんたちを抱えるようになった。

 それでもまだ人手不足だそうで、主に社家(代々神社を営む家)ではない神職さんを雇っているそうだ。

 神社の求人って、どうしても社家(代々神社を営む家)の人たちが優先なので、せっかく資格を取っても神社で働いていない人が多かった。

 いくら竜神会が人手不足でも、社家の人たちのみでギリギリ回している神社から神職さんを引き抜くわけにいかず、だから社家ではない人たちをスカウトし始めたのだ。


「そういえば、今度転職してくる人たちの娘さんが、戸高第一高校に転校してくるとか」


「へえそうなんだ。どんな人なんだろうね」


「普通の人じゃないかな?」


 神職の子供だからって、必ずしも除霊師の才能を持っているわけではない。

 大半が、ただの高校生だと俺は思うのだよ。


「娘さんだって聞いたけど、可愛い子かな?」


「……裕ちゃん、可愛いとどうなの?」


「そうね、是非とも聞きたいわ」


「裕、怒らないから私に教えなさい」


「師匠、英雄色を好むと言いますが!」


「広瀬裕、あまり感心できないわね。で、可愛いとどうなの?」


「どうって……」


 俺は別に、転校生が可愛いからといってつき合いたいとかそういうことではなくて、転校生が可愛かったらクラスが盛り上がるかなぁ、ぐらいに思っただけで。


「中村先生が喜ぶ」


「裕ちゃん、それは今の時代、色々と危ないと思うな」


「そうかな?」


 どうせ中村先生がモテるわけないんだから、そう問題ではないだろう。

 転校生は明日来るというので、きっとクラス中が盛り上がるんだろうなと思いつつ、俺たちは幸運石作りを終えてから自宅へと戻ったのであった。





「すでにみんな聞いてると思うが、このクラスに転校生が入ってきたぞ」




 翌朝。

 学校でホームルームが始めると、中村先生が転校生の話をした。

 同じ学校だと聞いていたが、まさかこのクラスに転校してくるとは思わなかった。

 しかし転校生は女子なのに、中村先生はえらく冷静だな。


「あれ? 中村先生がもの凄く冷静だ。転校生は女子なのに」


「広瀬、先生の守備範囲は女子大生からだ」


「別にそんな情報聞きたくないです」


「お前が聞いたからだろうが! 木原、入って来い」


「木原?」


 あれ?

 木原って、どこかで聞いたような……。

 などと頭の中で考えていたら、教室に話題の転校生が入ってきた。

 輝くような金髪が特徴の、俺が向こうの世界で共に戦った仲間と同じ顔、姿格好をした美少女の存在に、教室中が色めき立つ。


「やったぁーーー!」


「中村先生、よくやった」


「俺は関係なくね?」


「相川、清水さん、里奈ちゃん、望月。 うちのクラスには美少女が多いのに、みんな広瀬に夢中でよぉ」


「ようやく俺たちに春が来たぞ!」


 クラスの男子たちが勝手に喜んでいるが、俺は別の目的で彼女を観察していた。


「(間違いなく愛実だが、こちらの彼女は、除霊とはまったく縁がない生活を送ってきたようだな。霊力も常人並。これでは、俺たちの世界に関わることはないか)」


 除霊師の才能はあるはずだが、現時点で彼女に『除霊師としての才能がありますよ』なんて声をかけても、俺が怪しまれるだけだろう。

 それに、現時点で彼女の除霊師としての才能が必要とも思えない。

 向こうも俺を知っているわけないのだから、普通のクラスメイトとして接するのが一番なんだろうな。


「木原愛実です。前の学校では、日舞をやっていました」


「大和撫子やぁ!」


「今度、応援に行くぜ!」


 いや、男子たちよ。

 間違いなく、日舞ってそういうものじゃないぞ。


「(日舞をやっていたというのは、違う世界の彼女と同じなのか……)」


 向こうの世界で一緒に戦った愛実は、習っていた日舞を生かして、扇子で戦うというちょっと変わった戦闘スタイルであった。

 この世界だと、どうなんだろう?


「(さて、どうしたものか……)」


 大喜びのクラスメイトたちに自己紹介をする愛実を眺めながら、俺は彼女とどう接したらいいものか、しばらく考え込んでしまうのであった。

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