第122話 戸高蹄鉄山個人墳墓
「ええっーーー! この周辺の土地を買収されるのですか?」
「文句あるのか? 金ならパパがいくらでも出してくれるんだ」
「いや、その……ここは……あの……。絶対に駄目です! そもそもここは、中心部に戸高蹄鉄山(とだかていてつざん)がありまして、効率よく開発できる土地ではありませんよ。やめた方がいいです」
「お前が土地の所有者じゃないんだろう? お前は管理しているだけだ。この土地が売れれば、お前にも仲介料が入って得じゃないか。早くこの土地の所有者を紹介しろ」
「個人情報保護の観点から、それはできません」
来る選挙に向け、この僕戸高高志が敏腕実業家であることの証明とすべく、積極的に土地の買収を進めていた。
戸高市の再開発に貢献できれば、きっと市民たちは僕に票を入れる。
パパが言っていたんだ。
賄賂なんて渡してもすぐにバレるから、もっとクレバーにやれって。
戸高不動産による積極的な再開発のおかげで戸高市の地価が上がれば、土地やマンションを持っている人たちの資産が勝手に増えていく。
彼らは、その貢献者である僕とパパを支援するはずだって。
だから僕は、必ずこの土地を購入しなければならないんだ。
「なにか勘違いをしていないか? 僕は戸高蹄鉄山とその周辺の土地の所有者と土地の売買交渉をするだけだぞ。どうしてこの土地を管理している不動産屋のお前がそれを阻止するんだ?」
「戸高蹄鉄山に囲まれた『個人墳墓(こじんふんぼ)』は永遠に封印されなければならない場所なのです。戸高蹄鉄山周辺は過疎化も進んでいて、あえて開発する必要もない土地ですから」
「僕が開発すれば、すぐに地価は爆上がりさ。それに個人墳墓とやらは、今は封印されているんだろう?」
「ええまぁ……」
「じゃあいいじゃないか。この個人墳墓だけを避けて開発すればいんだろう?」
「やめてください! 周辺の土地が騒がしくなったら、個人墳墓の封印にどんな影響を及ぼすか……」
「封印が解けるのか?」
「その可能性は高いです。だから絶対にやめてください!」
「安心しろ。戸高不動産には、凄腕の除霊師たちがいるんだから」
「敏腕除霊師だろうがなんだろうが、駄目なものは駄目なんです! この個人墳墓の封印が解けたら大変なことになるんですから」
「だいたい個人墳墓ってなんだよ? 誰の悪霊が封印されているんだよ?」
せめて、誰の墓なのか名前くらい書いておけよ。
「言えません……口が裂けても」
「まあどうでもいいけど。どうせ僕が集めた除霊師軍団には勝てないから。土地の所有者ももう掴んでいて、今パパが交渉しているんだよね」
「そんな……」
「だいたい、どうしてこんな厄介な土地がゼロ物件じゃないんだよ。お前の言うことは嘘くさいな。どうせ仲介料を釣り上げようとして脅しているだけだろう。僕には通用しないけどね」
「戸高蹄鉄山はゼロ物件ですが、その周辺の土地はゼロ物件じゃないんです。代々の所有者が身銭を切って個人墳墓の封印が解けないよう、土地を開発しないでくれていたので……」
「そんな事情、僕には知ったことではないけどね。おっと、パパからだ。パパ、どう? すぐに売ってくれた? 負動産化していて、子孫が管理費と固定資産税の負担に耐えられなくなったんだろう。いくらで買えたの? 安いなぁ。ありがとう、パパ」
今、パパから電話があったんだけど、土地は簡単に購入できたみたい。
どうやら今の持ち主は、この土地を持て余していたようだ。
維持費で破産寸前にまで追い込まれており、喜んで土地を手放してくれたってパパが教えてくれた。
「残念だったな、不動産屋。ここに貧乏人向けの住宅地を作ろう」
このところ、戸高市中心部の地価が上がっているからな。
ここに手頃な値段の住宅やマンションを建てれば、若いファミリー層が購入してくれるはずだ。
車があれば、三十分ほどで戸高市の中心部に辿り着けるのだから。
「じゃあそういうことで」
「そっ、そんな……」
不動産屋がガックリ肩を落としているけど、貧乏は人生が思うようにならなくて大変だな。
その点、僕は人生の勝ち組決定だから、そんなことで悩む必要はないけど。
「どうだ?」
「戸高蹄鉄山ですが、人の手が入っています。岩山を馬の蹄鉄型に掘削したので、戸高蹄鉄山というわけです。その中心部に個人墳墓を置いて封印を強化した。戸高蹄鉄山のあちこちに、小さな社がいつくもありますから」
「で、この墳墓って誰が入っているんだ?」
「資料を調べたのですが、そこからはまったくわからない仕組みになっているんですよ。詳しく調べようとすると、とあるところから邪魔が入ります」
「とあるところ?」
「安倍一族ですよ。別ルートからの情報ですが、この個人墳墓の主は間違いなく安倍一族の人間です」
「いいこと聞いちゃった」
僕は天才だから、個人墳墓の主を除霊しろなんて無茶は言わないけど、誰の悪霊が封印されているのか興味があったので、事情に詳しいと言っている除霊師を呼んで個人墳墓を案内させていた。
戸高蹄鉄山の内側は静寂そのもので、厄介な悪霊が封印されている個人墳墓があるようには見えないな。
かなり強固な封印がされているおかげだと、案内役である年配の除霊師が説明してくれた。
「ということは、封印を施したのは安倍一族の誰かか?」
「誰かというか、安倍一族の始祖、安倍晴明で間違いないでしょうね」
「安部晴明の封印だって? あいつ、京都で活動してたんじゃないのか?」
安倍晴明って、京都で妖怪退治をしていたんじゃないのか?
「晴明はわざわざ京から離れたこの地までやって来て、ここに個人墳墓を造り、そこに悪霊と化した一族を封印したのでしょう。さすがは、あの安倍晴明が施した封印です」
「その一族って誰なんだ?」
「『安倍晴明の幻の嫡子』。噂で聞いたことはありますが、戸高社長に雇われて一族の秘密を探るまでは、都市伝説や与太話の類だと思っていました。ですが、この個人墳墓を見てしまうと……」
「安倍晴明って、もの凄い陰陽師で、除霊師でもあったんだろう? そんな奴が除霊しないで封印するって、とんでもない悪霊なんじゃあ。それにしても、安倍晴明の子供が厄介な悪霊になるんだな」
「そこは、安倍晴明の負の部分としか……彼は歴史に名を残すほど優れた陰陽師であり、除霊師でもありました。ただ、必ずしも人間として優れていたとは言い難いのです」
「そういう奴、多いよな」
すぐに思いつくのは、勉強バカの岩谷彦摩呂か。
顔と学歴だけはいいから、バカな安倍一族の若手除霊師たちから支持を受けているけど、除霊師としては全然大したことないからな。
僕は除霊師じゃないけど、実業家としては天才で、人格も優れてるって評判だから。
「どんな噂なんだ?」
「安倍晴明の母親が妖狐なのは、除霊師たちの間では事実だとされております。そして彼の妻なのですが、 古典の物語で出てくる梨花(りか)という女性がおりまして。ただ彼女は晴明が留守の間に、彼のライバルである蘆屋道満と関係を持ち、彼女に夢中になった道満は彼女を手に入れようと、晴明にイカサマの術勝負を仕掛け、勝負に負けてしまった彼を殺してしまったとか。まあ晴明がその程度で死ぬわけもなく、彼は師匠により蘇生されられ……というのは嘘で、幻術の類で殺されたように見せかけたそうです。晴明は、道満と不逞の妻である梨花も斬り捨てました。彼女と晴明との間に子供はいなかったことにされています。名前が残っている晴明の子、吉昌と吉平は名前が伝わっていない後妻の子供でして……とここまで言えばわかるかと」
「実は梨花との間に子供がいて、そいつが幻の嫡男なのか」
「はい、その晴明はその嫡男が不貞を働いた梨花の子供であることを気に入らず、彼女のあとに斬り捨ててしまったとか」
「それでそれで」
「実は梨花は、鬼と人間との間に生まれた娘でして……。しかも、幻の嫡男『晴広(はるひろ)』は、隔世遺伝で鬼の血を濃く引いていたとか。霊力も成長すれば、陰陽師としてはともかく除霊師としては晴明を凌駕したであろうと。晴明は自分が一番でないと気が済まなかったようで、自分よりも優れた嫡男の存在が元々気に入らなかったという話もあります」
「詳しいな」
「ええまあ ……私は分家ですが、安倍一族とは対立関係にある除霊師一族の人間なので。極一部の除霊師関係者しか知らない情報ですよ」
さすがは、クソの岩谷彦摩呂の先祖。
見事なまでに人間のクズじゃないか。
「つまり、個人墳墓には『鬼の安倍晴広の悪霊』が封印されているのか」
「晴明は自分が斬り捨てた息子の悪霊を除霊できず、この個人墳墓に封印した。だから墓碑もありません。もしそんなことが世間に知れたら、晴明の評判は地に落ちてしまうからです。この情報を得るために、私の一族は何人も犠牲者を出したそうですよ」
そこまでして、安倍一族の弱みを握りたかったのか。
「最近活動が活発な竜神会ですが、これまで解放した場所をこうやって地図で結びますと……どうやら聖なる五芒星を作り、戸高市を世界最強の『霊的都市』にしようとしているようです。成功したら、この戸高市という場所が霊的な業界に携わる人間の聖地となるでしょうね」
「だろうな。だから僕がここの土地を握るんだよ」
生意気な広瀬裕がこの戸高蹄鉄山にある個人墳墓を除霊しようとしても、周辺の土地はすべて戸高不動産のものだ。
勝手に入れば、不法侵入者としてパパに頼んで処罰してもらうだけさ。
「個人墳墓に手を出せず、菅木と一緒に泣き喚けばいい。まあどうしても除霊したいって言うのなら……そうだな。竜神会のすべてを僕に差し出し、一生僕の奴隷として働くというなら話を聞いてやってもいいかな」
これまで散々僕を虚仮にしやがって!
すぐに周辺の土地の工事を始めて人を入れ、広瀬裕が戸高蹄鉄山に侵入できないようにしてやる。
もし個人墳墓が除霊されなくても、僕は全然困らないかな。
「ああ、ゆかいゆかい」
久々に溜飲が下がる思いだ。
すぐに周辺の土地に住宅地を造成しないとな。
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