第121話 夕方のセール

「裕ちゃん! 見て見て!」


「えっ、なにを? 近所のスーパーのチラシかぁ……。卵が一パック六十八円! お一人様一パックまでね。随分と安いじゃないか」


「裕ちゃん、今夜はオムライスにしようと思うんだ」


「いいねぇ、オムライス。時おり無性に食べたくなるんだよなぁ」


「ではいざ行かん! 目標は夕方のセール品!」


「相川さん、今は午後三時半よ。今からスーパーに買いに行っても、特売品は残っていないのではないのかしら?」


「お嬢様育ちの清水さんも、ようやくスーパーの特売を理解したのね。でも大丈夫! これは夕方のセールの目玉だから」


「夕方のセール?」


「スーパーがお客さんを呼ぶためにセールをする時、時間帯を分けないと、朝にセール品目当てのお客さんが集中して、夕方にはなにも残っていなかったなんてことはよくあったの。でもそれでは、夕方の集客が非常に難しくなってしまう。だから、夕方にもタイムセールを打ってお客さんを呼び込むというわけ。国産鶏ムネ肉100グラム二十八円! こっちは制限なしね!」


「なるほどね」


「久美子、私は鶏の唐揚げはモモ肉の方が……」


「油で揚げれば同じです! 里奈ちゃんは、太り過ぎに注意しなければ駄目なんじゃないの? コンサートを主催している身としては」


「でもムネ肉はパサつくから。それに私って、どれだけ食べても全然太らないから」


「くっ! なんて卑怯な体質! ムネ肉のパサつきは調理方法を工夫すればいいんです! みんな、卵一パックと鶏ムネ肉を必ず確保するのよ!」


「えっ? 私もスーパーに行くの?」


「決まってるではないですか。葛城先輩」


「清水さん。あなたはお嬢様なのに、スーパーで特売品をオバちゃんやお婆ちゃんたちと取り合っていていいの? 高級スーパーとかに行けばいいのでは?」


「やってみると結構面白いですし、そもそもこの辺に〇城〇井はないですよ」


 〇城〇井を普段使いって……さすがはお嬢様ね!


「望月さんは?」


「忍びは、己の食料は己で確保するものです。普段お世話になっている以上、こういう時家計に貢献するのは当然ではないですか」


「相変わらずの優等生ぶりね。まあいいけど……」



 私たちは高級マンション住まいだけど、貰っている生活費はさほど高額ではない。

 私と裕ちゃんの両親は、未成年のうちから贅沢を覚えるとろくなことにならないという考えで、それでも定期的に外食をしたり遊びにも出かけているし、経費は請求すればちゃんと貰える。

 無理にスーパーの特売を利用する必要ないのだけど、これはもう昔からの習慣だからとしか言いようがないわ。

 それに、いつなにがあるかわからないのがこの世の中だ。

 この家のお財布を預かる身としては、できる限り節約を心がけないと。

 というわけで、私たちはセール品を求めて夕方のスーパーへと出陣することにした。


「みんな! 決められたノルマはちゃんと果たしてね。では突撃!」


 主戦場を、実家近くのスーパーから、戸高ハイム近くのスーパーに切り替えたけど、こちらのスーパーは夕方のセールが強化されているから、学生の身としては使い勝手がいいわね。

 実家近くのスーパーは夕方のセールがなかったから、セール品を確保するのが難しかったのだ。


「卵ゲット! 鶏ムネゲット! あとはお野菜と……お醤油も少なくなっていたから……セールには間に合わなかったわ。油は次のセールに間に合いそうね」


 みんなは、無事セール品を確保できたかしら?

 買い物を終えたから、夕食の準備のため急ぎ自宅へと戻らないと。

 裕ちゃんのリクエストであるオムライスを作らないとね。




「 久美子、セール品の卵と鶏ムネ肉のパックと、〇〇〇〇ペタマックス!」


「裕ちゃん、そんなに大きなカップ焼きそば。一人で食べられるの?」


「半分ネタで購入してみたけど、同じものをこんなに大量に食べたら、食べられないのもあるけど飽きるな」


 裕ちゃん……いくら動画投稿サイトで沢山紹介されていたからといって……。




「相川さん、セール品の卵と鶏ムネ肉のパックと、飲みやすい青汁と、ビール酵母と、生酵素飲料よ」


「清水さんって、やっぱりお婆ちゃんだよね?」


「そんなことはないわよ! これからは健康に気づかう女子高生だって増えるはずよ!」


 もしそういう女性高生がいたとしても 、清水さんと同じラインナップはあり得ないと思う。




「久美子、セール品の卵と鶏ムネ肉のパックと、お菓子よ」


「里奈ちゃん、そんなに食べて太らないの?」


「太らないわね。見てよ。これなんて季節限定品なのよ」


 里奈ちゃんの体質が羨ましいわねぇ……。

 私がそのお菓子を全部食べたら、きっとお腹周りが……。




「セール品の卵と鶏ムネ肉のパックと、災害用のカンパンと缶詰各種です」


「缶詰?」


「忍びは、もしもの時に備えなければいけませんから。とはいえ、昔のように自分で非常食を作るのは時代にそぐわないという考えが主流になりまして。どちらかと言うとサバイバル訓練の方が重視されています」


 忍者の世界も、時代と共に進歩しているのね。


「せめてカップラーメンとか……」


「カップラーメンはそんなに保ちませんからね。忍びの世界では、缶詰と長期保存用のレトルトが重視されています」


「ガチだ!」


 まあ、防災用の保存食だと思えば?

 女子校生なのに、買い物をしたものがそこはかとなくオッサン臭いわね……。





「セール品の卵と鶏ムネ肉のパックよ」


「みんなみたいに、頼んでもいないものを買わないんですね」


「だって、頼まれていないから」


「葛城先輩って真面目なんですね」


「私が普通なのよ! むしろ、頼まれたもの以外をなに食わぬ顔で購入するみんなの方が問題じゃない」


「そこはもう諦めています」


 みんなに頼むと、身体能力が凄いから確実にセール品は手に入るんだけど、同時に必ず余計なもの……自分が欲しいもの……を購入してしまう。

 最初は注意したけど、無駄だからもう諦めているのだ。

 どうせみんな、自分のお小遣いで購入しているからというのもある。


「……どうしてあなたがお財布を持っているのか、よく理解できたわ」


 裕ちゃんは男の子だから、興味があるとあまりあとのことを考えないで購入してしまう。

 清水さんは健康によさそうなものをすぐに買ってしまうし、里奈ちゃんはお菓子が大好き。

 望月さんは保存食を溜め込もうとするし、葛城先輩くらいかな。

 言われたものしか購入しないのは。


「葛城先輩って凄いですね!」


「随分とハードルが低い『凄い』よね」


「久美子、本当に鶏ムネ肉を使って、パサつかない唐揚げなんて作れるの?」


「酒、塩、砂糖、マヨネーズでお肉をよくモミ込むと、パサつかない唐揚げになるから」


「さすがは久美子。今夜はオムライスと鶏の唐揚げね」


 里奈ちゃんって、裕ちゃんと好きな料理と味の好みが似ているかも。

 いくら食べても太らないの羨ましいけど……中年以降になったらドカンと太ってしまうかもしれないわね。

 それはさておき、早く夕食の支度を始めましょう。

 結局私が主に料理することになっているけど、嫌いじゃないし、みんなが美味しそうに食べているのを見るのが好きだからいいのよね。




「久美子、このスーパーには一つ欠点があるな」


「欠点?」


「見ろ! このチラシを! 両面刷りで裏が白くないから、お札の材料にできないんだ! これは大きな問題だ!」


「そうかな? 安いコピー用紙でもお札は書けるんだから、別に構わないんじゃあ……」


「チラシの裏なら無料なのに!」


 裕ちゃんは稼いでいるし、経費はちゃんと出るんだから、もう無理にチラシの裏を使わなくてもいいんじゃないかな?

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