第120話 弓コレクション
「広瀬裕! 生意気なガキめ!」
この前は、よくも恥をかかせてくれたな。
僕がパパに頼んで揃えた除霊師軍団が華麗に霊風を消し去るはずだったのに、それを邪魔しやがって!
しかも、いつも女子高生を何人も引き連れて!
僕はモテモテだけど、仕事とプライベートはきっちり分けているぞ。
あんないい加減な奴に出し抜かれるなんてあり得ない!
きっと なにかズルをしているんだ!
「広瀬裕に仕返しをしてしてやる! あいつに穴はないのか?」
必ずあるはずだと僕は、パパに広瀬裕の欠点、隙を探ってもらった。
するとあった!
「あいつにくっついているビッチの一人葛城桜、日本除霊師協会会長の孫娘か……自身は仏教の宗派のトップねぇ……」
なるほど。
広瀬裕が活躍しているように見えるのは、会長の差し金か。
納得がいった。
天才の僕が、バカな高校生でしかない広瀬裕に負けるわけないからな。
「となると……」
広瀬裕と、日本除霊師協会の仲を裂けばいいんだな。
「会長本人になにかしても無駄だから、狙いは孫娘の桜か……」
会長の孫でなければ、僕の彼女の一人にしてやってもよかったんだが……。
さて、どうしてくれようか。
僕はパパに頼んで、葛城桜の弱点を探すことにした。
そして、それは見つかった!
「弓術が好きなのか。あんな金にもならない競技……」
僕は優れた経営者だから、スポーツなんて金にならないものはしない。
頑張ってオリンピックで金メダルを取ったとしても、脳筋は引退後、僕の会社で雇ってもらうのがせいぜいなのだから。
「となると……いいこと思いついちゃった! パパに頼んで、葛城桜に……楽しみだなぁ」
きっと葛城桜は広瀬裕になんとかしてくれと泣きつくだろうけど、会長の宣伝のコマでしかないあいつには手が出せない。
怒った葛城桜は、広瀬裕の無能を会長に言いつけ、あいつは力を落とすという作戦だ。
「実にスマートでいい手段だな。早速パパに頼もうっと」
それほどお金はかからないだろうけど、入手にはコネや人脈が必要なものだ。
パパに頼んだ方がいい。
そして、手に入れたものを葛城桜に送りつければ……。
「使いたくなるけど、呪われているし、誰も除霊に成功していないものだ。持て余して広瀬裕に泣きつくけど、あいつもなにもできないで葛城桜の怒りを買う。そしてビッチは祖父である会長に言いつけて、広瀬裕は力をなくすわけだ」
実にいいアイデアだ。
間違いなく、僕は天才だな。
「この問題はこれでよし。新進気鋭の経営者として,新しい事業を考えないとなぁ」
こうやって実績を稼いでから、選挙に出て政治家になる。
そして将来は総理大臣というわけだ。
僕の将来は希望に満ち溢れているな。
いやあ、本当。
才能があり過ぎるとやりたいことが多くて困っちゃうよな。
「藤原秀郷。平将門討伐やムカデ退治で有名な弓の名人ね。五人張りと呼ばれる特別製の強弓を用いたそうよ。実は除霊師としても活動していて、使っていた弓は残っていたの。でも彼の死後、討伐した平将門の怨体が憑いてしまって。たとえ怨体でも、平将門のものだから危険で手は出せないわ」
「なるほどね」
「次は、源為朝。同じく弓の名手として有名ね。藤原秀郷と同じく、五人張りの弓と特製の矢を使って、戦場で対峙した平清盛を驚愕させたそうよ。彼は正式に除霊師を名乗っていなかったけど、敵だと思って矢を放ったらそれが悪霊で、矢が命中した悪霊が一瞬で消滅してしまったと記録にあるわ。その死後、使っていた弓矢には、彼に除霊されることを恐れた悪霊の軍団が憑りついてしまって……。同じく封印指定ね」
「ほうほう」
「三人目は、平教経。源義経のライバルと称された猛将で、弓の名手でもあったわ。一乗谷の戦いで討ち死にしたとも、壇ノ浦の戦いで自害したとも伝えられているけど、実は出家して除霊師として活動するようになったの。百十五歳まで生きて除霊師を続けたそうだけど、子孫の管理がいい加減で、その弓には悪霊の霊団が憑いてしまったわ」
「それは初耳だ」
「生臭ジジイから教わったんだけど。四人目は、板額御前。源平合戦で敗れた平家方の豪族城資国の娘にして、弓の名手よ。彼女は戦のおり、足を矢で射られて捕らえられたけど、引き立てられた源頼家の前でも臆した様子を見せず、 諸将を驚愕させたと伝えられているわ。その態度が気に入った浅利義遠の妻として迎えられ、一男一女を成したと伝えられているけど、実は彼女も後半生は除霊師としてすごし、愛用の弓と矢も伝えられているわ。ただ、江戸時代に醜女の代名詞扱いされて激怒。本人が悪霊になって憑りついているの」
「無責任に女性をブス扱いするのは感心できないなぁ」
「他にも、九十三歳で関ヶ原に出陣した大島光義とか、西国無双の立花宗茂とか、他にもそれほど有名ではないけど、使っていた弓に悪霊が憑いてしまったものがこんなに」
「これを通販で?」
「まさか。なにも買ってないのに突然送られてきたのよ……全部封印はされているけど、宅配便が入ったダンボールの上からでも禍々しさを感じるわね」
突然、私宛に大量の荷物が送られてきた。
その中身は……開けない方がいいのがすぐにわかるくらい、禍々しい雰囲気を発していた。
すぐに生臭ジジイから電話が来て、またあの風船男がなにか目論んだみたいね。
「あいつ、私を呪い殺したいのかしら?」
大した接点もないのに、一方的に恨まれたらたまったものではないわ。
「どういう呪われた弓が送られてきたのか、中身も見ないでわかるのは、会長のおかげか」
「『大磯家 』も限界ってことみたいね」
「大磯家?」
「バブル期に名を馳せた、投資家にして企業経営者よ。除霊できれば大金になると思って、全国から集めたんだって」
呪われた弓を集めたのはいいけれど、大磯家はバブル崩壊で一気に苦境に立たされてしまった。
呪われた品は、基本的には日本除霊師協会が管理することになっているけど、広瀬裕が多くを除霊するまで保管場所に余裕がなくて、民間に委ねているものも多かった。
これらの弓矢もそうで、でもついに大磯家も自転車操業が限界になって破産したというわけ。
すべて生臭ジジイからの情報だけど。
『バブルとは怖いものだ。こんなものまで投資の対象にしようとするのだから』
それは事実だけど、きっと大磯家の連中も生臭ジジイには言われたくないと思う。
「大磯家が破産したあと、そのコレクションが競売にかけられたんだけど、こんなもの買う人はいないわ」
「価値はあるけど、除霊費用を考えると完全にマイナスだからなぁ」
評価額と除霊費用が見合っていなくて、放置されている呪われた霊器、芸術品の類は多かった。
不動産も同じね。
バブル期に作られた別荘やリゾートマンションと同じく、『負動産』扱いされているものは多い。
これらの弓も同じというわけ。
「除霊して、反転させればいい霊器になるな」
「じゃああげるわ」
「いいの?」
「だって、まだ私では除霊は難しいもの」
まだ除霊師としての経験が浅い私では,A級除霊師でもお断りな呪われた品の除霊は無理よ。
「じゃあ、貰うわ。サンキュー」
「いえいえ、どういたしまして」
わからない。
この呪われた品々を破産した大磯家から買い取り、わざわざ私に送りつけた風船男の意図が……。
もし私が呪い殺されたら、日本除霊師協会を敵に回すことになるんだけど……。
もしかして、生臭ジジイの敵対人物にクーデターでも起こさせるつもりなのかしら?
「本当にわからないわ」
「儲かっちゃった」
広瀬裕にかかれば、この程度の呪われた品は余裕で除霊できるでしょうからね。
ただ彼に対し利益供与しているようにしか見えないわ。
戸高高志って、広瀬裕と関係修復をしようとしているのかしら?
「で、これが藤原秀郷、源為朝、平教経、板額御前の弓ね」
「噂には聞いていたけど……」
数日後。
広瀬裕が、除霊、反転させて霊器にした名弓を見せてくれたけど、どれも怪力がなければ引けない強弓ばかりだった。
「板額御前の弓も……伝承だと、百八十八センチあったらしいから」
「江戸時代に醜女扱いされるわけだ。大きい人だったけど美人だったな」
「ああ、広瀬裕が除霊したのよね」
サラっと、とんでもない悪霊たちを除霊してしまう。
生臭ジジイが執着するわけね。
「使ってみる?」
「私? こんな強弓は引けないわよ」
弓術をしているから体は鍛えているけど、さすがに歴史上の弓の名手が使っていた強弓は……。
「引けるじゃん。レベルアップでステータスが上がっているんだから」
「そういえばそうだった!」
実際に弓を引いてみたけど、五人張りの強弓でも簡単に引けてしまった。
弓術を愛する者としては嬉しいけど、女子高生としては微妙なところよね。
と思っていたら……。
「簡単に引けるけど、命中させる自信がないよ」
「そうね。でも私には、髪穴があるから」
「今から弓術を習うの面倒くさいわ。歌と踊りの方が大切よ!」
「引けますけど、これほどの強弓を持って除霊するとなると、前衛の自分には邪魔になりますね。師匠、葛城先輩に任せていいと思います」
「予備の弓でいいかな?」
「……」
そういえばそうだった。
レベルアップでステータスが常人離れしているのは私だけじゃない。
むしろ、相川さんたちの方が怪力なのよね。
無駄な心配をしたわ。
次の除霊から、順番に試してみましょう。
「あっ、でも……」
「どうかしたの? 広瀬裕」
「あのさ。歴史上の有名人の弓でなかったものがある」
「どんな弓がなかったの?」
「前田慶次郎が琉球で引いていた鉄弓なんだけど……」
「広瀬裕、それは漫画のお話よ。史実ではないわ」
「そうだったのか!」
さすがにアレを史実と思うのは……でもその正解を私が知っているって。
私も大概弓好きよね。
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