第119話 本物

「いまだ成仏せずこの世に残り続け、人々に害を為す悪霊たちよ! この岩谷彦摩呂が除霊してくれよう! 必殺のお札を食らうがいい!」


「イヤダァーーー! コノビルハオレノモノナンダァーーー!」


「事業に失敗して、借金の担保としてこのビルを銀行から差し押さえられた点には同情する。だが、悪霊となってまで引き渡しを妨害するのであれば容赦するわけにいかないな」


「クソォーーー!」


「あの世に向かうがいい! トドメのお札だ!」





「『安倍一族新進気鋭の除霊師にして、次期当主の最有力候補である岩谷彦摩呂さんの巧みな除霊により、銀座の一等地がゼロ物件となることは未然に防がれた。だが、またいつ次の悪霊が現れるかもしれない。彼の忙しい日々はこれからも続くのだ』かぁ……いい気なものだな。あのバカは。で……なに? このミーハーっぽい業界誌は?」


「『月刊除霊師』は、不定期ながら除霊師に対し、最新の除霊に関する情報を記載した瓦版のようなものを配布していた時代から合わせると、千二百年以上もの歴史を誇る日本最古の雑誌なのよ」


「それは知らなんだ」


「除霊師の業界誌みたいなものだけど、一般人はほとんど知らないと思うわ。それもあってか、近年では経営危機が噂されているけど……」


「除霊師の業界誌だから、需要も少ないだろうからな」


「それでどうにか部数を増やそうと、こういうバカみたいな記事を掲載するようになったというわけ。若手イケメン除霊師の活躍記事とグラビアの掲載で、若い女性たちの需要を喚起しようというわけね。勿論、言うまでもなく逆のパターンもあるわ。私も依頼が来たことがあるけど断ったわね」


「アイドル雑誌じゃあるまいし……」


「それだけ、切羽詰まっているとも言えるわね」


「世知辛い……」




 放課後。

 俺と涼子は、日本除霊師協会から依頼されたお札を懸命に書いていた。

 休憩時間に、涼子が知り合いから貰ったという除霊師向けの業界誌を見せてくれたのだけど、メインの記事は酷いものだった。

 例の岩谷彦摩呂が除霊で活躍する様子とインタビュー記事が、まるでアイドル雑誌のグラビアのような写真と共に掲載されていたからだ。

 もしこれを除霊師ではない素人が見たら、岩谷彦摩呂はとても腕の立つ若手一番の除霊師だと勘違いするであろう。

 いや……そこまで間違ってはいないのか?


「近年、マスコミの偏向報道が問題になってるって言うのにな」


「月刊除霊師を経営する出版社は日本最古だから、今さら他のマスコミを真似し始めたのかもしれないわ」


 涼子の発言は、なかなかに辛辣だった。


「でも、この特集記事のおかげで雑誌を重版したらしいわよ」


「出版不況で嘆く同じ業界の人たちが聞いたら、さぞや羨ましがるだろうね」


 最近、雑誌が売れないそうだからなぁ……。

 そういえば、俺も雑誌は買わないな。


「裕君は、驚かないのね」


「理解はできるから」


 岩谷彦摩呂は、俺たちからすれば見た目と口だけのショッパイ除霊師でしかない。

 だが、多くのC級除霊師や霊の存在を信じている人たちからすれば、新進気鋭の凄腕除霊師に見えてしまうのだ。

 自分たちと比較すれば、というやつだ。

 なにより、岩谷彦摩呂は現役の東大生でもある。

 現役東大生の肩書きは伊達ではない。

 学歴と除霊にはなんの関係もないという常識的な意見は、霊の存在は信じているが、除霊師にはなれない多くの人たちには届かなかった。


「若くて、背が高くて、イケメンで、歴史ある実家は名家で大金持ちで、しかも本人は現役の東大生だ。除霊だって別にできないわけではない。銀座の一等地にあるビルに巣食った弱い悪霊を、採算を度外視してお札集束弾で除霊したとしても、霊に詳しくない多くの人たちは岩谷彦摩呂を凄いと思うわけさ」


「実際にそうなっているものね。それで迷惑を被っているのは私と裕君だけど……」


 岩谷彦摩呂とその一派は、霊風騒動でなにもできなかった 。

 その失敗を挽回すべく除霊依頼を沢山引き受けているのだが、岩谷彦摩呂と彼のシンパたちの霊力のみでは限界がある。

 そこで、以前手に入れた霊銃の多用、高額のお札、霊器、霊力を回復させる回復剤の買い占めを強化した。

 つまり、ますます札束で除霊実績を買うようになったわけだ。


「除霊件数だけ稼ぐのには困りものよね」


「言えている」


 岩谷彦摩呂とそのシンパたちが活躍すると、除霊件数は増える。

 ただ、質が伴わないのだ。

 とにかく多くの怨体と低級の悪霊ばかりを、本来なら中級、上級の悪霊たちを除霊するのに使う予定のお札や霊器で除霊してしまうのだ。

 そのせいで、安倍一族以外の除霊師たちによる中級、上級の除霊は大幅に遅れていた。

 除霊に必要なものが揃えられないからだ。


「一見、除霊件数が増えているから、岩谷彦摩呂たちの評価は上がっているわ。こうして業界誌に好意的に紹介されるくらいにはね」


「短期的に見れば、状況はよくなっているからなぁ」


 元々、中級、上級の悪霊なんて数が少ないし、色々と悪条件が重なって放置されている案件も多い。

 すぐに浄化、除霊しないといけない場所に湧き出た怨体と低級の悪霊のみで実績を稼ぐ岩谷彦摩呂たちが、 除霊師ではないが霊を信じている人たちの支持を受けるのは、別におかしな話ではなかった。


「この国でそれなりの地位や権力、財力を得ている人たちは霊の存在に敏感だし、ほとんどの人が除霊師の必要性を感じている。でも、霊に詳しいわけではないの」


 霊感がないので、町中の目立つ場所に湧き出た怨体と低級の悪霊を素早く除霊する岩谷彦摩呂たちは優れていると思ってしまうわけだ。

 そして、お札や霊器不足でなかなか中、上級の悪霊を除霊できない非安倍一族や、安倍一族の非主流派の除霊師たちが役立たず扱いされてしまう。

 彼らに高性能なお札や霊器があれば難しい除霊にも挑めるのに、それを岩谷彦摩呂たちの買い占めが妨害しているわけだ。


「酷い話だな」


「C級除霊師の廃業も増えてきたわ。お札が手に入らなくて……」


「俺たち、お札を書く量を増やしているのだけど」


「岩谷彦摩呂のシンパが増え続けているから。彼らは、霊銃を使用するために安いお札を沢山使うもの」


「規制はかけられない……よなぁ……」


「お札を買い占めている除霊師たちの顔に、『岩谷彦摩呂のシンパです』って書いていないもの。一人で買い占めるのではなくて、大人数で分散して購入してしまうから、除霊師協会も現状を把握していないのかもしれないわ」


「ったく」


 人気が増した岩谷彦摩呂につく若手除霊師たちが増え、すると彼らが霊銃による除霊が可能となる。

 大量の低位のお札と霊銃により浄化と除霊で実績を稼いで短期間のうちにB級除霊師になり、ますます岩谷彦摩呂の派閥は力を増すというわけだ。

 一方で、お札が手に入らないと浄化できないC級除霊師は、お札不足で仕事にならない。

 『お札が手に入らない』という理由で廃業する除霊師は増えていると、涼子が俺に現状を教えてくれた。


「素人さんからみれば、怨体一体の浄化も、上級悪霊の除霊も同じってことだな」


 岩谷彦摩呂たちが怨体と低級悪霊のみ相手にしても、その内情が理解できる霊を信じている人たちは少ない。

 彼らはとにかく沢山除霊した、と思ってしまうわけだ。


「悪いことに、岩谷彦摩呂って東大生だから……」


 政治家、大物官僚、財界人や子弟たちに知己が多く、絵になる高学歴若手イケメン除霊師を気に入っている人たちも多い。

 見た目の実情と、本当の内容が乖離していても、それに気がつかない人が多いのだ。


「困ったことだが、俺と涼子はお札を書くだけだな」


「そうね。さすがに除霊師協会もバカではないから、そろそろ対策を立てると思うけど……」


「お役所仕事で対応が遅いってわけか……」


 とはいえ、今の俺たちに出来ることはただお札を沢山書くことである。

 浄化や除霊の仕事は久美子たちだけで十分という案件ばかりなので、二人はひたすらお札を書くことに没頭し始めたのであった。





「……研修ですか?  行きたくないわねぇ……」


「安倍一族の若手除霊師たちしか参加できない研修会は、多くの除霊師たちの憧れなのだ。参加拒否などしたら勿体ないぞ」


「はあ……」


 木曜日の夕方。

 安倍一族から手紙が届き、その内容は週末に東京で若手除霊師たちによる研修会を開催するという内容であった。

 そして念を押すかのように、安倍一族からやって来た職員が私に参加を強く勧めてきた。

 以前に、研修で安蘇人大古墳の除霊をしたばかりなのだけど、今度は全国から安倍一族の若手除霊師たちが参加する大規模なものになるそうだ。

 断りたいけど……。

 私は、竜神会に出向をしているという扱いだ。

 下手にサボると裕君に迷惑がかかるかもしれないし、大よその内容は予想がついて、かなり役に立たなそうだけど、参加することに意義がある研修会だと思うことにしましょう。


「わかりました。週末ですね?」


「あの岩谷彦摩呂さんの講演と実演があるそうです。きっと為になりますよ」


「はあ……」


 今の私からすれば、そんなものを見聞きしても時間の無駄でしかない。

 私はこれも義務だから仕方がないと思い、週末東京に出かける準備をするのであった。





「やあ、みんな!  僕が岩谷彦摩呂だ。今日はそんなに肩肘張らなくてもいいよ。ゆったりした気持ちで僕の話を聞いてくれ」


「……」


 週末。

 新幹線で都内へと向かい、とある施設の講堂で岩谷彦摩呂の講演を聞く羽目になってしまった。

 私以外の多くの若手除霊師たちが、興味深そうに、人によっては感動しながら彼の話を聞いていた。

 彼の実績は、数字だけ見れば本当に大したものだ。

 大半の安倍一族の若手除霊師たちは、心から岩谷彦摩呂に憧れているのだ。

 私がなにか言ったところで受け入れてもらえるはずもなく、逆に彼の功績に嫉妬する嫌な女扱いされてしまうだろう。

 なるべく早くこのくだらない研修が終わることを祈るしかなかった。


「話ばかりではつまらないね。実際に僕が除霊をするところをお見せしよう」


「「「「「「「「「「おおっ!」」」」」」」」」」


 多くの若手除霊師たちは大喜びであった。

 さぞや為になると思っているのであろう。

 私は、無駄に研修の時間が延びると思い、内心ガッカリしていた。

 岩谷彦摩呂の除霊なんて見るくらいなら、裕君とお札を書いていればよかった。

 今頃、相川さんが手伝いとかをしていて……いいわねぇ……。

 代わってほしいわ。

 きっと相川さんは、『岩谷彦摩呂の話なんて聞きたくない!』って断ってしまうのだろうけど。


「(見れば見るほど軽薄な男ね……)」


 見た目もスペックも最高なのに、今の私には岩谷彦摩呂が軽薄な男にしか見えなかった。

 昔は憧れていたのに、やはり裕君という本物を見てしまうとねぇ……。


「(お土産、裕君になにを買って帰りましょうか?)」


 岩谷彦摩呂は、講演をしていた講堂の近くにある雑居ビルに私たちを案内した。

 きっとここに怨体でもいて、それを格好いい掛け声とアクションで浄化して実演とするんでしょうね。


「(見た目がいいから、女性除霊師は大喜びね。私以外は……)えっ?」


「清水さん、どうかしたのかな?」


「ああいえ、なんでもありません」


 岩谷彦摩呂!

 知己の関係だからって、私に話しかけないで!

 他の女性除霊師たちの注目を集めているじゃない!

 変な噂になったらどうするのよ!

 私には、裕君がいるんだから!


「(みんな、気がついていないの?)」


 これから岩谷彦摩呂が除霊しようとしているのは、中級レベルの悪霊であった。

 今の岩谷彦摩呂だと、よほど準備しないと除霊は難しいはず。

 講演の一環で、他の若手除霊師たちの前で格好つけるために除霊するようなレベルではない……。


「(怨体もいるわね……もしかして……)」


 岩谷彦摩呂は、講演の一環で格好つけながら簡単に浄化できる怨体の浄化依頼だと思っているけど、実は中級の悪霊が隠れていた?

 でも、それに気がつかない除霊師って……他の若手除霊師たちも気がついていないわね。


「(もし悪霊が、彼らを襲ったら……)」


 大変なことになってしまう。

 仕方がないわ。

 私はトイレに行くフリをして、その中級レベルの悪霊の下に向かった。


「ナゼワカッタ? キョウハマヌケバカリノハズ! ニックキジョレイシヲコロスゥーーー!」


「私はあなたになにもしていないけどね」


 すぐに中級の悪霊をビルの他の部屋で見つけたら、向こうはなぜ見つかってしまったのかと焦っていた。

 その口ぶりからして、除霊師に恨みがあるみたい。

 若手除霊師たちを奇襲する作戦だったみたいで、逆に私に不意を突かれたらとても驚いていた。


「シネーーー!」


「嫌よ!」


 私はお札……は一枚でも勿体ないので、持参していた髪穴で悪霊を突いて除霊した。


「一撃で中級の悪霊を……私も強くなったものね」


 裕君にはまったく及ばないけど、これからも少しでも彼の実力に近づけるように努力をしないと。


「除霊は終わり。仕方がないわね。 岩谷彦摩呂のショーでも見に戻りましょうか」


 岩谷彦摩呂が浄化する予定の怨体がいる部屋へと戻ると、ちょうど彼が浄化を開始したところであった。


「人々に害をなす悪霊め! この岩谷彦摩呂が成敗してくれよう!」


 この程度の怨体。

 今日の参加者たちなら全員浄化できるけど、岩谷彦摩呂が芝居っけたっぷりなアクションとセリフと共に浄化すると、なぜか凄いことをしているような気が……。

 今の私は引っかからないけど、昔は彼に憧れていた。

 もしかしたら、岩谷彦摩呂にはなにか特別な能力でも……。

 まさに『煽動除霊師』といった感じね。


「彦摩呂さんは凄いな!」


「俺、憧れてしまうよ」


「そうだよなぁ」


「老害である長老会をどうにかできるのは岩谷さんだけだろう」


「俺は彼を支持するぞ!」


 もしかしたら、将来安倍一族に大きな変化が訪れるかもしれない。

 しかも、安倍一族には決していい結果とはならないかも。

 そんなことを考えながら、研修を終えた私は裕君の下へと戻るのであった。




「ただいまぁ。ああ、裕君の背中は安心できるわぁ。はい、お土産」


「おっおう! サンキュー。お札沢山書いたぜ」


 お父様の言っていた通りね。

 男は顔じゃなくて、中身なのよね。

 それがわかるようになった私を、お父様は褒めてくれるかしら。

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