第118話 忍びの決闘

「裕ちゃん、朝だよぉ……って! ホラーよねぇ……千代子ちゃん!」


「……ううん……もう朝ですか?」


「いつも言うけど、裕ちゃんのベッドの下で寝るのはどうかと思うよ」


「私の使命は師匠を守ること。そして将来は……」


「あーーーはいはい。裕ちゃんを守るにしては、毎朝よく寝ているけど」


「いくら師匠の護衛とはいえ、人間は寝なければ生きていけません。睡眠状態に入りつつも、起きてる時と同じく侵入者への気配に敏感な状態を保ち、なにかあれば一瞬で覚醒して行動できるようにする。それこそが、忍びの技の極意なのです」


「なんか、よくわかったようなわからないような……」


「ふあ?」


「裕ちゃんは、悪霊が近くにいないと本当に駄目だね」


「俺、 漫画に出てくる一分の隙もない達人キャラじゃないから。普段は隙だらけなんだよ。千代子、よく俺のベッドの下で寝られるな。床が硬いだろうに」


「師匠、実は床は硬い方がよく寝られるんですよ。この部屋は空調で温度管理もされているので暑くも寒くもないですしね。実に心地よいです。一つ不満があるとすれば、いつ師匠は私を夜伽に……」


「朝ご飯だよ!」




 朝起きると、ベッドの下で千代子が寝ているのにはもう慣れた。

 普通に寝ているようなんだけど、ちょっとでも怪しい気配がすると目が覚めて臨戦態勢になるそうで、忍びの技は凄いと思う。

 一つだけ問題があるとすれば、すぐに夜伽に呼べと言われることだな。

 本当に呼んだらどうなるのか一度反応を見てみたい気もする。といいたいところだが、久美子に怒られるのでそれはやめようと思う。


「望月さん、あなたあてに手紙が来てるわよ」


「すみません」


 朝食をとるためにリビングに向かうと、涼子が郵便受けから取り出した手紙を千代子に渡した。

 そして自分は、新聞に書かれた健康になる運動の記事を熱心に見ている。

 この家で新聞なんて読む人は涼子しかいないので、彼女が自分でとっていた。


「望月さん、なんか大仰な手紙だね」


「きっと同業者からでしょうね」


 久美子が驚くのも無理はない。

 なにしろ手紙とは言っても、巻物に住所と宛名が書かれ、料金分の切手が貼ってあったのだから。


「〇インでよくない?」


「ショートメールでも、〇イッターのDMでもなんでもいいな」


 現実世界で、巻物に手紙を書いて送ってくる人がいた。

 里奈は、現代社会で江戸時代の人を目撃してしまったかのような表情を浮かべていた。

 その気持ちは俺にもよくわかる。


「それで、同業の人は決闘でも挑んできたの?」


「葛城さん、よくわかりましたね」


「えっ……冗談で言ったのに……」


 今の世に決闘って……。

 桜が驚いても無理はない。


「千代子、本当に決闘なのか?」


「はい、師匠。実は子供の頃から長年、私はとある服部一族の者と切磋琢磨してきたのです。そしてその成果を見るため、一年に一度決闘を続けてきました」


「決闘なんだ……」


 今の時代に……。

 時代錯誤にも程があるな。


「模擬戦では真の実力が発揮できませんからね。それで、今年も決闘が開催されるというわけです」


「今年は、やめた方がいいと思うなぁ……」


 当然それには、ちゃんとした理由がある。

 去年のただの忍者であった千代子なら、その服部何某と決闘をしてもまったくかまわない。

 ところが、レベルアップの影響で身体能力が大幅に強化された千代子が戦えば、相手が可哀想なことになるのは確実であったのだから。


「レベルアップしてるからさ。千代子が軽く戦っているつもりでも、向こうからすれば化け物と戦ってるような感覚なんだから……」


「そういえばそうでした」


「もし間違って死なせてしまうと、千代子は弱くなってしまうぞ」


 俺のパラディンの力を用いてレベルアップしているということは、生きている人間を殺してしまうと、恐ろしいほど力が落ちてしまう。

 パラディンが死せる者たちに対して最強なのは、逆に言えばそういった制約が存在するからとも言えた。

 制約のない最強の力などという都合のいいものは存在しないのだ。


「裕ちゃん、手加減すればいいんじゃないかな?」


「それは、かえってよくないかもしれないな」


「相川さん、手加減というのはちゃんとやると難しいのよ。わざとらしくてバレてしまうことが多いの」


 もし自分が手加減されているなんて事実を知ったら、決闘相手が激怒して余計に揉めそうだ。


「だったら、決闘をしないという手もあるわね。千代子、断っちゃえばいいのよ」


「それはちょっと……」


 千代子は、里奈の提案を申し訳なさそうに断った。


「除霊師失格と言われて落ち込んでいた私の数少ない友達ですから……」


「決闘をしたら、その関係が壊れてしまうかもしれないのに?」


「ですが、決闘を断ったら断ったで、友情が壊れてしまうのではないかと……」


「難しい選択ね」


 桜の言う未来はあり得るよなぁ……。

 去年までは実力が伯仲していたのに、今では大きく差が開いてしまったのだから。


「それに決闘は明日です。 今から断るのはどうかと……今年の決闘は、向こうが戸高市に来てくれるそうですから」


「臨機応変にやるしかないのかな?」


「裕ちゃん、それって行き当たりばったりとも」


「そうとも言う。俺たちも同行して大丈夫かな?」


「構いませんよ。だって師匠は、私の師匠なのですから」


 行き当たりばったりでも、最悪の事態にならないように動くしかないな。


「ところで、そのライバルの名は?」


「伊賀の名忍『服部膵臓(はっとり すいぞう)』の名を継いだ人物です」


「望月さん、その人って男性?」


「はい」


「(ひと悶着ありそうな気がするわ)」


「(だよなぁ……)」


 桜の予言は、図らずも当たってしまうのであった。



「千代子、俺はお前に告白する!」


 今年も千代子との決闘の時が迫っていたが、俺はある決意をしていた。

 それは、千代子に告白することであった。

 俺の初恋の女性は千代子であり、近年彼女は美しくなった。

 元々幼馴染同士であったが、除霊師失格と言われて落ち込んでいた彼女を励まして友達となり、そこから毎年決闘を行う関係に変わった。

 その時は純粋な友情のみを抱いていたのに、今では愛情の方が大きくなっていたわけだ。


「この一年間、俺は厳しい訓練に耐えた。それも……」


 これまで決闘ではずっと引き分けが続いていたか、今年こそは千代子に勝利して彼女に告白するのだ。


「千代子が俺の妻となり、服部家の跡継ぎを産んでもらう。千代子は美しい妻となるはずだ」


 そのためにも、今年の決闘には勝利しないといけない。

 俺は一切の公共交通機関を使わず、忍び走りで戸高市を目指すことで、ギリギリまで鍛錬を怠らないようにするのであった。




「あっ……」

「千代子! 」

「すっ、すいません! つい!」


 翌日。

 俺たちが見届け人となり始まった決闘であったが、残念なことに千代子は手を抜くことに失敗してしまった。

 俺と同じ年だと聞いたのに時代錯誤な格好をした服部膵臓少年は、千代子の一撃により呆気なく敗れ去ってしまったのだ。

 ステータスの差がもたらした悲劇といえよう。


「涼子の言うとおりだな、これ……」


「(裕君、昨日も言ったとおりよ。不自然に思われないようわざと負けるってとても難しいの)」


「で……どうするの? 裕」


「どうもこうも……勝者! 千代子!」


 里奈に促された俺は千代子の片腕を上げ、彼女の勝利を宣言した。

 他に手がないからだ。


「コラァ! 勝手に千代子を呼び捨てにするな!」


「うわっ! もう目覚めたのか! 頑丈すぎるだろう!」


 千代子の一撃で昏倒したはずなのに、服部膵臓はすぐに目を覚まして俺に文句を言い始めた。

 千代子を呼び捨てにするなと。


「望月さん」


「それでいい……」


「師匠! それはないですよ! 私のことは千代子って呼び捨てにしてください!」


「どういうことだ? ああっ!」


「俺に聞くなよ……」


 服部膵臓……。

 なぜ俺に文句を言う?

 千代子本人が呼び捨てで呼んでくれと言っているのに、俺がそれをしなかったらこっちの人間関係が大変なことになってしまうじゃないか。

 そこは察してくれよ。


「服部膵臓、俺は本人の意思を尊重してるだけだぞ」


「ぐぬぬっ……第一お前はなんなんだ? 千代子から師匠などと呼ばれていて!」


「それは、彼女が除霊師としても活動するようになっていて、俺が除霊師の基本を教えたから」


 これまでの経緯を全部説明すると面倒くさいので、俺は除霊師である千代子の師匠だと簡単に説明した。

 これで十分だろう。


「師匠だと? お前は、俺とも千代子とも年齢差があるように見えないが……」


「服部君! 年齢は関係ないです! 私は師匠のおかげでB級除霊師になれたのだから!」


「そうなのか? でもどうして?」


 服部膵臓も、以前の千代子の霊力ではC級除霊師としても厳しいことを知ってるのであろう。

 それがわずか一年でB級除霊師になったのだから、不思議に思って当然だと思う。

 その種明かしはできないが。


「だからこれからも、私は師匠と共に除霊師として生きていくことを決めたんです。除霊師としての才能がなかった私を育ててくれた師匠に、私は一生ついていきます!」


「千代子……そんな……」


 服部膵臓は、千代子の決意に大きなショックを受けているようだ。

 見た感じ、彼に除霊師としての才能はない。

 服部膵臓は忍びとして、千代子は除霊師として。

 わずか一年で、長年友人関係にあった幼馴染と別の人生を歩むことが決まってしまったのだから。


「千代子……」


「ごめんなさい、服部君。決闘は今年で終わりです。私は師匠に身も心も捧げて生きていきます」


「千代子ぉーーー! そしててめぇーーー!」


「俺?」


「他にいるか!」


 千代子め!

 余計な一言を!

 どうやら服部膵臓は、千代子に惚れていたようだな。

 千代子本人にはまったくそんな気持ちも、そもそも彼の気持ちに気がついてもいないようだが。


「勝負だ! ええと……普通男!」


「殴るぞ!」


 普通男で悪かったな!

 俺の名前くらい……まだ紹介していなかった。


「俺は、広瀬裕だ」


「勝負だ! 広瀬裕!」


「俺は忍びじゃないからなぁ」


 そして、服部膵臓は除霊師ではない。

 そもそも決闘が成立しないのだ。


「(こいつ、俺を千代子の前でボコボコにして、格好いいところを見せようとしているな……)」


 服部膵臓は、身体能力ならば俺よりも圧倒的に上だと思っているのであろう。

 なにしろ忍びだからな。

 しかしながら、俺は異世界でレベルアップしまくっている。

 普段その身体能力の高さを生かす機会は非常に少なかったが、ここは開けた広場だ。

思いっきり手を抜いても、俺は服部膵臓を圧倒してしまうであろう。


「(しかし、ここで服部膵臓に勝利したところでどうなるというのだ……)」


 絶対に恨まれるであろう。

 かといって、わざと負けるのも嫌だ。

 こうなれば……。


「(引き分けに持ち込んでしまうか……)」


 そうすれば、また一年後まで誤魔化すことができる。

 問題はなにも解決していないが、少なくとも時間は稼ぐことができる。

 なにより俺は、神様ではないのだ。

 いくらレベルやステータスが高くても、どうにもならないことなんていくらでもあるのだから。


「勝負だな?」


「そうだ! 尋常に勝負!」


「いいけど……」


 ぶっちゃけ、かなり面倒くさいが仕方がない。

 俺と服部膵臓は決闘を開始し、四苦八苦しながら互角に戦ってるように周囲に見せていた。

 久美子たちは俺の演技だと理解しているが、服部膵臓は気がついていないようだ。


「(上手く引き分けっぽくできるか?)」


 などと思い始めたその時。


「師匠! 頑張ってください!」


「わっ! やめ!」


「そんな……」


 千代子、お前!

 服部膵臓は友人なんだろう?

 どうして俺だけを応援するんだ?

 よほどショックを受けたのであろう。

 服部膵臓の動きが急に悪くなってしまったので、俺は攻撃の手を緩めるタイミングを逸して、そのまま彼の体に一撃入れてしまった。

 いくら手を抜いても、俺の一撃だ。

 服部膵臓はあっけなく倒されてしまった。


「裕ちゃん、倒しちゃったね」


「まずい!」

 

 除霊師である俺が、忍者である服部膵臓に勝利してしまった。

 ただ面倒くさくなるだけで、こんなに嬉しくない勝利はない。


「久美子、お願い」


「わかったよ、裕ちゃん」


 またも意識を失った服部膵臓は、久美子の治癒魔法で目を覚ました。

 しかしこいつは、ステータスには現れない頑丈さがあるよな。


「俺は負けたのか? 忍びなのに除霊師に……」


「世の中にはこういう除霊師もいるってことで……」


こう言って誤魔化すかしか、俺には手がなかった。


「そんな……」


「服部君、本当にこれまでありがとう。私は除霊師としても、忍びとしても師匠に人生の全てを委ねることにしたの。だからもう服部君とは……ごめんなさい」


 そこまで言うと、千代子は走り去ってしまった。

 そのスピードは元々忍者なのとステータスのおかげでとても速く、すぐに見えなくなってしまった。


「千代子……そんな……」


 千代子にフラれた? 服部膵臓は、その場でがっくりと肩を落としていた。

 ただ彼女には、彼を振ったという実感はまったくなさそうである。

 それが余計に悲哀を誘う。


「可哀想だね、裕ちゃん」


「相川さん、でもどうしようもないわ」


「そうね。こればかりは千代子自身がどう考えるかだもの」


「こうやって、人は出会いと別れを繰り返して行くのよ」


「桜、そんなおばさんみたいなことを……」


「誰がおばさんよ!」


 久美子たちは千代子にフラれた服部膵臓に同情して……いるよな?

 ちょっとガールズトーク? が入っているだけで。


「裕ちゃん、ここは男性同士で」


「久美子、それは関係あるのか?」


 ないと思うし、この状況で俺が服部膵臓を励ますと、余計に話がややこしくなるような気がするのだよなぁ……。


「裕ちゃん、駄目元って言うよ!」


「駄目って言うな! まあそのなんだ……この世の中に女性は沢山いるから」


「裕君、あまりに陳腐すぎるわ。もっとこう彼の心に突き刺さるような言葉を」


「涼子、俺は詩人じゃないんだから。雨降って、地固まるって……」


「雨が降った日の結婚式場でお爺さんがする挨拶じゃないんだから。私の歌のように、失恋した彼の心にストレートに届く言葉じゃないと駄目よ」


「だから、俺は作詞家じゃないって」


「私たちが直接慰めると彼が勘違いしてしまうかもしれないから、頑張って! 広瀬裕!」


「…… 桜は、何気に酷くないか?」


「知らないの? 失恋で傷ついているところを慰めてから付き合い始めるカップルって、結構多いのよ」


「経験あるのか?」


「……雑誌で見たわ」


「ニュースソースが適当すぎるだろう。ここはみんなで慰めるしかない」


 三人寄れば文殊の知恵とも言う。

 ここは、みんなで考えてだな。


「この野郎! 俺は千代子にフラれたのに、その最大の原因であるお前が四人の美少女を引き連れてイチャイチャしやがって! 千代子とはどうなんだよ? もう頭にきたぞ! 来年までにもっと鍛錬して、必ずやお前を倒して千代子を取り戻してやる! あばよ!」


最後にそう言い残すと、服部膵臓はその場から走り去ってしまった。


「……俺の面倒事が増えてないか?」


「これから裕ちゃん、勝利してもなんの利益もない決闘を毎年続けないといけないからね」


「面倒くさい……」


 おかしな奴に目をつけられてしまった。

 久美子の予言どおり、来年からは俺が服部膵臓の標的となり、 毎年わかりきった決闘を続けることになってしまうのであった。

 それにしても、昔の名忍の名前が服部膵臓って……。

 漫画かよ!

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