第117話 歌披露
「今日も、もの凄くよかったな。里奈ちゃんのコンサート」
「チケットの抽選当たってよかったわぁ。今年の運を全部使い果たした感があったけど、里奈ちゃんの歌を聞いたら、運が復活した感あるよな」
「千枚しかないプラチナチケットだからな。これまでは有料配信でしか見たことなかったけど、やっぱり実物は最高だわ」
「別格だよ」
「なんか身も心も軽くなったような気がするぜ」
「里奈ちゃんの歌って、心癒されるよなぁ……」
週に二回。
改装された戸高ホールにおいて、トップアイドルを引退した葛山里奈のコンサートが開かれている。
一回の公演で千人しか手に入れられないプラチナチケットを巡って多くのファンが様々な人生模様を展開し、さらには悪質な転売ヤーが跳梁跋扈して、定価一万円のチケットが数千万円で転売されていたこともあった。
あまりに席数が少ないので里奈が辞めた芸能プロダクションのみならず、多くの芸能事務所やレコード会社が再び彼女を引き抜こうと声をかけてきたが、里奈は頑なに拒否。
『トップアイドルは引退しました。私は歌手なので!』と今のやり方を続けている。
ただ、あまりにもチケットが手に入らないため、竜神会は彼女のコンサートの様子を有料配信するようになった。
里奈が歌手を続けるため、菅木の爺さんと竜神会が即席で作った芸能プロダクションなのだが、楽曲のダウンロード、CD、DVD、グッズなどもよく売れているそうで、とてつもなく儲かっているそうだ。
「というわけで、私は自分で稼いで生きる独立した女なの。 裕は安心して私に養われるといいわ」
「そういうのは性に合わない」
「意外と古い価値観を持っているのね。それでも全然問題ないけどね。裕に養われるのも悪くないわ。そうしたら、裕のためだけに歌ってあげる」
「おほん! 今日はそういう用件じゃないでしょうに!」
「久美子は真面目ね。戸高赤竜神社と戸高山青竜神社で歌を奉納するから、今日はその下見だってんでしょう?」
実は赤竜神様と青竜神様から、両神社の境内で歌を披露してくれと頼まれたのだ。
自分たちだけが聞きたいからではなく、天界とチャンネルをつないで他の多くの神様たちにも聞いてもらう予定らしい。
里奈は神の歌い手と踊り手だから、他の神様たちもその歌を聞きたいのであろう。
「近年、神の歌い手がまったく出てこなかったのでな。神たちは歌を欲しているのだ」
「踊り手もだが、今回は歌だけでいいぞ」
「左様、踊りはやはり、神無月に披露してもらいたいものだからな」
「出雲大社かなにかで?」
神無月は、出雲にすべての神様が集まると聞く。
里奈も出雲に出張かな?
「人間だって、目的地に向かう途中で寄り道をするであろう?」
「『じゅうがつ』に、ここで踊りを披露しくれればいいのだ。神たちはちゃんと見ておるぞ」
「ようするにこれからは、年に二回、両神社の境内で里奈ちゃんが歌と踊りを披露すればいいわけですね」
「そういうことだ」
「久美子には難しいからな」
「ぶーーーっ!」
「神に届き、神の耳と目を楽しませ、ご利益を与えようと思わせるほどの天賦の才は、そう現れるものではないのだ」
「左様、久美子の治癒魔法の才能と同じだな。滅多に現れるものではない」
「そんなに出現しないものなのですか? 青竜神様」
久美子は、青竜神様に神の歌い手、踊り手について尋ねた。
「踊り手は、結構最近にいたと他の神から聞いたな。確か、『出雲阿国(いずものおくに)』という、それは美しい踊り手だったそうだ」
「四百年前で最近ですか……」
久美子、それが神様の感覚ってものだ。
「出雲阿国と同等と思われているのなら頑張らないとね。裕のためだけど」
「むーーー「大変よ!」」
里奈の発言で久美子が不機嫌になってしまったが、そこに涼子が飛び込んできてそれどころではなくなってしまったようだ。
正直なところ助かった。
「このチラシを見て!」
「特売?」
「相川さんはスーパーの特売にしか興味がないの?」
「私は夫を支える賢妻になるから、経済観念がしっかりしているんです!」
「それでいいけど……これよ!」
涼子が持ってきたチラシには、『戸高不動産主催! 深山アイリ(みやまあいり)特別コンサート』と書かれていた。
「新しいマンションの落成記念にでも呼ぶのかね?」
あそこは金がありそうだからな。
新築マンションの落成式で、芸能人ぐらい呼ぶんじゃないかな。
あの風船男に頼まれたら、父親も断りはしないだろうし。
「それが……」
「いたな! 庶民ども!」
「あら、芸能界から逃げるようにしていなくなった元トップアイドルの葛山里奈さんではありませんか」
まるでタイミングを見計らったかのように、見慣れた風船男と、どこかで見たことがあるような美少女が姿を現した。
「久美子、あの人どこかで見たことあるような気がしないか?」
「そう言われると、どこかで見たような気が……清水さんも知ってるよね?」
「トップアイドルを引退した葛山さんの後継者と目されている深山アイリよ」
「後継者? 私は元々トップアイドルになるべくして生まれた人間なの。途中で逃げ出したような葛山里奈如きと比べて欲しくないわ」
と、居丈高に言い放つ深山アイリ。
美少女……久美子、涼子、里奈には少し劣るような気がするが、これはレベルアップの影響だろうなぁ……。
それ以前に、こいつはとても性格が悪そうだ。
「アイドルって、性格悪いのかね?」
「私がそうじゃないのは裕が一番よく知ってるでしょう? 才能もないのに激しい競争に晒されると、こうなってしまう子が多いのよ。無理はよくないのよ」
「そうなんだ……」
俺は別に気にならないが、里奈も結構いい性格してると思う。
「何気にバカにされたような……とにかく、同じ日の同じ時刻に私もコンサートを開きます。もし私の会場がお客さんで埋まって、葛山さんが歌うこの今にも潰れそうな神社の境内に人が集まらなかったら、みんなどう思うかしらね?」
「潰れそうな神社で悪かったわね!」
「言うほど潰れそうじゃないぞ!」
自分の実家の悪口を言われたので、ちゃんと性格が悪いアイドルに抗議しておいた。
「すでに終わった元アイドルと、パパが懇意にしている芸能プロダクションが紹介してくれた人気アイドル。集客勝負は僕の勝ちだな」
「勝手に勝負にするなよ……」
こっちは神様に歌を奉納するため、里奈に神社の境内で歌ってもらうんだ。
変な競争意識を持って、勝手にアイドルコンサートを開くんじゃない。
「(やっぱりこいつは、特上級のバカだな……)」
ただのバカなら、頭の中の妄想か、ホラ扱いされて終わりなんだが、 父親が絡むとその思いつきが実現してしまうから戸高一族は怖いのだ。
「で、挨拶はそれで終わり?」
「ふん! いい気になっていられるのは今だけだぞ! なにしろ深山アイリは、『日本人が妹にしたいアイドル』ナンバーワンなんだから」
そうかな?
こんな性格が悪い妹がいたら、毎日気が休まらないと思うんだが……。
「コンサート開いてみればわかるわ。葛山里奈はもうオワコンってことにね」
「自分がオワコンじゃないといいね。ああ、まだ始まってもいないから終われないか」
「きぃーーー! なんなの、この平凡顔男は! このボロい神社の跡取りね! 近所のジジイとババアが、二人か三人来てくれたらいいわね。行きましょう、戸高社長」
「そうだな。もっと宣伝して戸高市中から客を呼ばないとな。全世帯にチラシを入れよう」
「戸高社長、太っ腹ですね」
「(見た目は誰よりも太っ腹だよね)」
「(深山アイリも、アレに気を使うなんて大変ね。だから私はアイドルを辞めたのよ)」
「(そのうち生活習慣病で倒れそうよね)」
女性陣から散々に言われている戸田高志であったが、それからコンサートが始まるまでの期間は地元テレビ局での宣伝やチラシのポスティングなどで精力的に働いていた。
あいつにしては真面目に働いてるよな。
「裕ちゃん、これだけ宣伝していれば結構いい勝負かもしれないよ」
「久美子はまだわかってないなぁ……。これを見てみな」
俺は、スマホで表示したデータを久美子に見せた。
「げっ! 競争倍率五十八万倍!」
「いまだに週二回のコンサートに行けていない人たちが大勢いるんだ。 神社の境内で無料で里奈の歌が聞けるとなれば、その席は抽選にするしかないじゃん。混雑で大変なことになっちゃうよ」
今回の里奈の歌は神様に奉納するものなので、境内に入れれば無料で聞ける。
多くの人たちが押しかけて大騒ぎになってしまうことは確実なので、席はすべて区切ってネットで完全抽選となっていた。
無料で里奈の歌が聞けるとあって、 その競争倍率はとんでもないことになっていた。
「転売対策も取られているし、もし当たったら、もったいなくて転売できないんじゃないのかな?」
「プラチナチケットなんてもんじゃないからね」
「あとはまた、コンサートの時と同じく有料配信だな。地元のケーブルテレビ局が撮影してくれるみたいだから」
「深山アイリのコンサートに人は集まるのかしら?」
久美子の予感は当たり、当日、深山アイリのコンサート会場では……。
「きぃーーー! 三人! 観客がたったの三人! どういうことなのよ!」
「そんなバカな! 葛山里奈の歌披露の抽選から外れた連中が、全員こっちにやって来るはずだったのに! パパが金を出して、こっちも無料なんだぞ!」
里奈の歌披露の前に敵情視察に行ったら、深山アイリのコンサート会場にはお弁当を食べる老夫婦と、スマホゲームに熱中している青年一人だけしか座っていなかった。
「確かに戸高高志の言うとおり、葛山さんの歌披露に行けないのなら、こっちに来てもよかったはずなのに……」
「そこは、菅木の爺さんが細工したみたいだな」
「戸高のバカ息子に恥をかかせてやって清々した」
「菅木議員、なにをしたんですか?」
「政治家らしく裏で手を回した。地元のテレビ局に交渉したら、歌披露の生中継をしてくれることになってな。有料会員の人たちには悪いので、今回の歌披露で初めて披露される新曲を無料で配布することにした」
「そんなことをしたら……」
深山アイリのコンサート会場に客なんか来るわけがない。
レベルが上がり、里奈の歌声はますます人々を魅了するようになっていた。
神様ですら聴きたい歌なのだから当然だ。
深山アイリの歌手としての実力はわからないが、彼女の生の歌声よりも、里奈の生中継の方が圧倒的に上であることは確実なのだから。
「エグイ潰し方だな」
「裕は、こうなることがわかっておったのであろう? 門前町も人だらけだが、恐ろしいほど静まり返っているぞ」
なぜなら、やはりレベルが上がった影響で、里奈の歌は広範囲に聞こえるようになっていた。
門前町で静かに聞き耳を立てている人たちが多かったのだ。
「それで深山アイリの方は、たったの三人なのね……」
「うーーーん、スマホの画面だと里奈ちゃんが小さいな。家に帰ろうっと」
「ご馳走様。婆さんや、戸高デパートで買い物をして帰ろうか?」
「そうですね、お爺さん」
わずか三人しかいなかったお客さんも席を立ってしまい、深山アイリのコンサート会場に観客は一人もいなくなった。
「久美子、もうすぐ里奈の歌披露が始まるから帰ろうか?」
「そうだね。間に合わないと里奈ちゃんに悪いし」
「私たち関係者扱いだから席が用意してあるしね」
偵察は終わったので、俺たちはコンサート会場を後にしたのだが……。
「この駄目アイドルが! 僕があれだけ宣伝したのに!」
「なんですって! あんたの宣伝仕方が悪かったんじゃないの? 有名じゃない、戸高のバカ息子って! いいわよね、ちょっと動いただけで大汗かくから、働いているフリができて!」
「芸能プロダクションのゴリ押しで売れているフリの三流アイドルが!」
「私は、『日本人が妹にしたいアイドルナンバーワン』の 深山アイリなのよ! こんなことはあり得ないわ! 引退したアイドルに負けるなんてぇーーー!」
その後始まった里奈の歌披露は大好評のうちに終わり、一方深山アイリの方はこの件でケチがついたようで、以後パっとしないまま芸能界から姿を消してしまうのであった。
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