第116話 沙羅姫
「蘭子さん?」
「滅びゆく名門の残骸。としか言いようがないわ」
色々とあって、土御門家の凋落は激しい。
官公庁へのツテを失い、除霊師としては実力が落ちる一方であり、本家の屋敷に現れた悪霊の除霊すらできず、広瀬裕に口止め料込みで除霊してもらった。
除霊師一族として、これ以上の恥はない。
いくら彼が黙っていても、末端の一族や関係者の離脱が多く、彼らから土御門家の恥が業界中に流され、ますます土御門家は没落した。
つい一ヵ月前までは権勢を誇った本家のお屋敷も、今では幽霊屋敷のようだ。
「蘭子! 元はといえば貴様が!」
現在の当主である私の大伯父が怒鳴りつけてくるが、官公庁との関係が途切れた途端、名門除霊師一族の当主でも哀れな老人にしか見えない。
見た目はそれっっぽいけど、実は当主ですらC級除霊師並の実力しかなく、日本除霊師協会からの忖度でA級にしてもらっているのが実情なのだから。
私たちが期待の星という時点で、土御門家はもう終わっているのだ。
「どうにか資産も残りましたので、あとは大人しく暮らしていけばいいのでは?」
「ふざけるな! ご先祖様たちに申し訳が立たないではないか!」
それなら、もう少し除霊師としての鍛錬を怠らなければよかったのに。
これまでは、上流階級の方々とのおつき合いが忙しかったのだろうけど、今は暇だから鍛錬をやってみればいいのだ。
「当主様! 秘伝の書が見つかりましたぞ!」
「そうか! これがあれば!」
大昔に書かれた秘伝の書?
そんなもので、土御門家が苦境を乗り越えられるほど世間は甘くないと思うけど……。
「屋敷の庭の地下に、封印されし秘宝だと!」
「『土御門家の危機を救う』とあります。まさに今の土御門家に相応しいものですな」
「(蘭子さん、お宝かなにかでしょうか?)」
そんなところだと思うけど……。
老後の資金が増えてよかったのでは?
「早速掘り出すぞ!」
ところが、ここで当主たちはそこでいきなり躓いた。
確かに本家の屋敷の庭には地下空間が確認されたのだけど、そこの入り口に強固な封印がされており、実力がC級除霊師でしかない彼らは封印を破れなかったのだ。
なぜか逆ギレしながら、私と礼香に封印を破るようにと命令してきた。
本来、除霊師一族である土御門家は、霊力が高い者が当主となる。
今も安倍一族はそうしているけど、権力と結びついた結果、この身なりだけ当主っぽい、除霊師で言えば雑魚が当主をしている。
それは、衰退が進むわけだ。
除霊師としての衰退を国家権力と結びつくことで、この数十年誤魔化してきた。
霊風が来なくても、そのうち土御門家は没落していたはず。
「解けました」
「入るぞ!」
仕方なしに私が封印を解き、庭の地下に入ると、夏なのに凍えるような寒さだ。
地下室だからというのもあるが、これは霊的な力を利用してこの寒さを保っているのだと思う。
「(礼香、なにがあるのかしら?)」
「(さっき古書を盗み読みしましたが、『土御門家の秘宝』だそうです。これを用いれば、必ず土御門家は再度栄えると)」
将来、もし土御門家が没落した時に用いるべし。
いったいなんなのかと思いながら地下室を進んでいくと、一番奥の部屋に辿りついた。
そこには石室が保管されており、その石室から大量の冷気が噴き出しているようだ。
「寒いということは、なにか生物でも保管してあるのでしょうか?」
「蓋を開けろ!」
当主の命令で一族の男たちが石棺の蓋を開ける。
するとそこには、一人の美しい少女が眠っていた。
しかも巫女服を着て。
そして、彼女の横に一冊の本が置いてあった。
「なんと書いてある?」
「なになに……『土御門家十七代目、土御門弘達(つちみかど ひろたつ)の娘、沙羅姫は、初代に匹敵する霊力を持つ除霊師であるが、不治の病にてその生を終えんとす。それを惜しんだ弘達は、沙羅姫の体を保管した。子孫たちよ、沙羅姫の病を治し、彼女を土御門家中興の祖とせよ』だそうです」
「大逆転だ! すぐに沙羅姫様を病院へ! 必ず病を治すのだぞ!」
当主の命で病院へと運ばれた沙羅姫は直ちに集中治療室に運び込まれた。
まずは、様子を見ながら病気を特定し、治療に当たるのだという。
当主や一族の男たちは、まだどんな病かもわからず眠り続ける沙羅姫に大喜びだ。
除霊師として初代に匹敵すると伝えられていた彼女が、今窮状にある土御門家を救うと心から信じているのであろう。
「それにしても驚きました。室町時代の女性を生きたまま眠らせて保管していたなんて」
「すでに失伝している、霊的な秘術の類だと思うわ」
「で、目を覚ました沙羅姫が、素直に土御門家に力を貸すのでしょうか?」
「わからないわ。ぬか喜びに終わらなければいいけど……」
彼女の出現により、土御門家希望の二人であった私たちは、当主たちから無視されるようになった。
B級除霊師風情がということらしい。
それをC級除霊師並の実力しかない当主たちが言うのだから滑稽なのだけど。
今の私たちは、沙羅姫の面倒を見る下女二人という扱いだったが、ゼロ課をクビになった今、特にすることもないので別に構わなかった。
「…………」
「彼女、なにか言いましたか?」
「小さくてよく聞こえなかったわ」
目を覚ました彼女が、今のこの世界と子孫の状態を見たらどう思うのだろうか?
もしかしたら、このまま夢を見続けていた方がよかったのかも。
「ゆう…………」
「裕? まさか広瀬裕?」
「そんなわけないでしょう。沙羅姫が彼を知るはずがないわ」
広瀬家という除霊師の一族はいるけど、調査の結果、彼は広瀬家とはなんの繋がりもなかった。
それに、裕なんて名前は珍しくない。
あだ名のようなものかもしれないし。
「目が覚めたら聞いてみればいいわよ」
「そうですね」
それから数日後。
沙羅姫は目を覚ましたのだけど、彼女は除霊師の世界に大きな混乱を巻き起こしていくこととなる。
そしてそんな未来に、私たちを含め、まだ誰も気がついていなかった。
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