第111話 決着
「光ったな」
「除霊成功だね、お兄ちゃん」
「久美子たちは上手くやったようだ」
銀の邪竜と戦い始めてから十数分後。
突然、辺りが青白く光った。
その直後、銀の邪竜以外のすべての悪しき反応が消え、雨と風の威力が大分小さくなったのを確認できる。
久美子たちの除霊が成功して、霊風がただの台風に戻ったのであろう。
「でも、アレには全然効果がないね」
「銀の邪竜だからな」
「悪くて強い竜だね」
「ああ、悪くて強い竜だ」
今戦っている銀の邪竜にも久美子たちが実施した除霊の影響があったはず……と思ったらまったくのノーダメージのようだ。
こいつはとてつもなく強いので、霊風を除霊できる霊力でも規定攻撃力に達せず、完全に防御されてしまったのであろう。
「まあ、元からそっちは期待していなかったけど」
久美子たちに頼んだのはあくまでも霊風への対処であり、銀の邪竜は俺たちの担当だったからだ。
元々銀の邪竜自身が、霊風の威力にそこまで影響を及ぼしていたわけではない。
竜神様たちによって死火山の火口に封印された銀の邪竜が噴火により復活し、たまたま近くにあった霊風を隠れ蓑として戸高市にいる竜神様たちを目指し始めた、というのが真相だったからだ。
「お兄ちゃん、あの刀はいいの?」
「あれは、あとで役に立つのさ」
「ふーーーん、そうなんだ」
戦いは、俺が有利に進めていた。
ヤクモによる攻撃で、銀の邪竜に目立った外傷はなかったが、確実にその動きは衰えている。
竜神様たちや銀の邪竜の体は実体のある霊体のような性質を持つので、ヤクモでダメージを与えられるのだ。
そして、その頭部に刺さった刀。
名もなき日本刀をベースにした霊刀だが、残念ながら固いウロコに阻まれ、銀の邪竜本体にダメージはほとんど与えていない。
銀狐は『引き抜いたら?』と言ってきたが、俺はその作戦を却下していた。
あの刀には、あとで利用価値が出る予定だからだ。
「チョコマカト!」
「当たらない攻撃に意味はないな」
とはいえ、銀の邪竜はかなりの巨体だ。
一撃でも食らえば大ダメージを受けてしまう。
油断せず、確実に回避しながら徐々にダメージを与えていく。
この戦法しか取りようがなかった。
ただ死霊王デスリンガーのように、多彩で素早い攻撃がないだけ楽かもしれない。
銀の邪竜のその巨体が、相手によっては全力で戦うことを阻害してしまうケースもあるというわけだ。
「グハッ!」
「しぶといね」
「ようやく半分削れたってところだからさ」
巨体な分、死霊王デスリンガーよりも耐久性はあるからな。
反転して邪竜になってしまったため、ヤクモ以外に除霊師の攻撃でもダメージを受けるのは助かった。
ところが逆に、物理的な攻撃は効きにくくなっており、通常の軍隊では対処が難しいからな。
この世界だと文明が崩壊するレベルの強さだが、まさか死火山の噴火で目が覚めてしまうとは。
俺も意外と不幸なのかもしれない。
「銀狐、大丈夫か?」
「うん、お兄ちゃんの背中にひっついてると気持ちいい」
うーーーん。
俺って、磁気ネックレスかなにかかな?
「クソォーーー! コウナレバ!」
暫く攻撃を当て続け、大分削ったかなと思われたその時、キレてしまった銀の邪竜の様子が変わった。
「ヒオウギデ、チイサキモノヲコロス!」
と、言うや否や、銀の邪竜は俺たちの周囲を高速で回り始めた。
「目を回す作戦?」
「さすがにそれはないと思う」
「あっ、増えた」
俺たちの周囲を高速で回っているから、銀の邪竜の数が増えたように見えただけ?
いや、そう見せかけ本当に分身しているようにも見える。
俺が確認できるだけで、銀の邪竜は八体あるように見えた。
「一体は本物で、あとは偽物とか?」
銀の邪竜の頭に刺さった霊刀を見ると、すべての邪竜に刺さっていた。
となると、さすがに刺さった刀まで分身できないので、一体を除いて偽物と考えた方がいいのか?
「おっと!」
八体に増えた銀の邪竜は、次々と攻撃を繰り出してきた。
回避を続けるが、すべての攻撃に質量を感じるので、本物は一体だけということはないようだ。
となると銀の邪竜は、頭に刺さった刀まで分裂することができるのか?
「(半分霊体だからこそ、頭に突き刺さった刀まで分裂したのか? 謎だ……)こちらから攻撃しようにも、ちょっと難しいな」
銀の邪竜からの攻撃が八倍に増えたので、俺は攻撃できなくなってしまった。
回避をしくじると大ダメージを受けてしまうので、今は回避に徹するしかない。
銀の邪竜は、こうやって俺を消耗させる作戦のようだ。
こういう時、反転して邪竜化した存在は有利になる。
なにしろ、体力という概念がなくなるからだ。
死者側、アンデッド側の存在は、基本的に疲れない。
疲労感が増すということはなく、肉体の耐久度がなくなって壊れていくといった方が正解な状態になるわけだ。
「お兄ちゃん、どうするの?」
「どうしようかな?」
どれか一体に組みついて、乱戦に持ち込んで他七体の攻撃を封じるなどの手はある。
だが、俺の背中には銀狐がいるからな。
彼女がいなければ、暴風吹き荒れる霊風の中を移動し、長時間飛行しながら銀の邪竜と戦えない。
戦いが終わったあとの帰還も、銀狐がいないとかなりの長旅になってしまう。
なにより、子供を犠牲にできないではないか。
とにかく彼女を危険に晒すわけにいかないのだ。
もし地上のみでの戦闘だったら、飛行能力に優れた銀の邪竜に翻弄されていたかもしれなかったのだから、なにがなんでも彼女は守らなければならないのだ。
「あっ! だからアレはそのままだったんだね! よ!新しく覚えた技だよ。えいっ!」
俺の背中にしがみつく銀狐がひとさし指を軽く振り下ろした途端、霊風の中心部である上空から巨大な雷が落下し、八体の銀の邪竜の頭部に突き刺さった刀を直撃した。
「キュウビノオウギカ……」
「わーーーい、命中したよ!」
「(これは嬉しい想定外だな)」
まさか、銀狐があれほど強力な雷撃を放てるとはな。
実は最後に、あの霊刀を誘引剤にしてお札爆撃をしてやろうかと思ったのだけど、その必要はなかったようだ。
俺との戦いに全力で当たっていた銀の邪竜にとって、銀狐の技は予想外のものだったらしい。
それにしても、銀狐は恐ろしいまでの才能を秘めているようだ。
あのお稲荷様の弟子だから、そんなにおかしなことではないのか。
「さすがにあれだけのダメージを受けてしまうと、八体もの体を維持できないか……」
いや、それ以上の効果があった。
八体の銀の邪竜は、分身を維持できず一体に戻ってしまったのだ。
「全部本物……そういうことか!」
銀の邪竜は、一体の時のスピードでは俺にダメージを与えられないと考えた。
そこで八体に分裂して質量を軽くし、攻撃の手を増やしたわけだ。
「ところが、その八体はすべて本物であった。すべてに雷を落とす銀狐の全体攻撃を回避できず、単体の時の八倍ものダメージを受けてしまった。数が増えればいいというものではないな」
俺への連続攻撃に集中するあまり、銀狐の突発的な攻撃に対応できず、耐久性が八分の一に落ちた体すべてに雷の攻撃を食らってしまった。
ダメージは一体で受けた時の八倍以上となり、ダメージ過多で分身が維持できなくなってしまったのであろう。
「さて、終わりにしようか?」
久美子たちは、無事に霊風の除霊に成功した。
徐々に台風の勢いが落ちているので、もしかしたら銀の邪竜が目撃されてしまうかもしれない。
早く輪廻の輪に戻してやろう。
「こちらも色々と立て込んでいるのでね」
「グロウシオッテ!」
俺の挑発に乗った銀の邪竜は追い詰められていたせいもあるのであろう、そのまま突進してきた。
俺はヤクモを構え直し、ギリギリでその攻撃を回避しつつ、横合いから銀の邪竜の胴体に渾身の一撃を加えた。
「手ごたえを感じた!」
「グァーーー!」
この深い一撃はさすがに堪らなかったようで、銀の邪竜は悲鳴のような叫び声をあげる。
ヤクモにより胴体に刻まれた深い一撃は、やはり銀の邪竜に傷はつけなかったが、よく見るとその体は大分薄くなっていた。
ついに、その身を維持するのが難しいほどの大ダメージを受けてしまったようだ。
「コウナレバ、シナバモロトモダァーーー!」
「お前と一緒に死ぬなんて嫌に決まっているだろうが!」
「えいっ!」
息絶える寸前の銀の邪竜がもう一度俺に対し特攻を仕掛けようとしたが、またも銀狐が上空から雷撃を食らわせ、これにより銀の邪竜は完全に活動を停止させてしまう。
「やるなぁ……」
「お兄ちゃんがいるから、簡単に当たったんだよ」
「カミニチカイソンザイデアルオレガ……カトウセイブツナドニ……」
「そういうことを言っているから負けるんだよ」
「油断大敵」
向こう側が見えるほど半透明になってしまった銀の邪竜は、その体から黒い光球を発しながら、徐々に体を消滅させていった。
邪竜と言われるだけあって、アンデッドや悪霊、邪神に近い存在になっていたようだな。
「お兄ちゃん、これは銀狐が貰うね」
「いいけど」
銀の邪竜の頭に突き刺さっていた無銘の霊刀だったが、二度も銀狐の雷を受けたおかげか、刀身に雷のような紋様が映る、不思議な霊刀になっていた。
銀狐が欲しがったので、俺は彼女に刀の鞘ごとプレゼントした。
「わーーーい、名前は『雷丸(いかづちまる)』ね」
ちょっと幼女にしてはネーミングセンスが古いような気もするが、本人が気に入ってるのでよしとしよう。
「お兄ちゃん、アレ」
「卵か?」
銀の邪竜の体がすべて黒い光球となって天に昇ったあと、銀色の卵が宙に浮いていた。
もしかしてこれは、銀の邪竜の卵なのか?
「銀狐、これは?」
「竜神クラスの竜は死なないの。たとえ反転して邪竜になったとしても、倒せばすぐに生まれ変わるんだよ。今度はずっと竜神様みたいにいい竜のままでいるといいね」
赤竜神様と青竜神様がいい竜神様……多少己の欲望に忠実な部分はあったが、いい竜神様ではあるのか。
「この卵が孵れば、銀の竜神様になるのか」
「卵が孵るまで、何万年もかかるけどね」
その頃には、俺はもう確実に生きていないな。
竜神様たちに渡せばいいかと、俺は卵を『お守り』に仕舞った。
「戻ろうか?」
「うん、久美子のご飯食べたい」
「そういえばお腹減ったな」
あれだけの激闘だ。
お腹も減って当然か。
無事銀の邪竜を倒せたし、霊風の除霊にも成功したので台風の威力も大分落ちた。
もうできることはすべてやったのだ。
俺と銀狐は、久美子たちが待つ海水浴場へと帰還するのであった。
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