第112話 台風一過
「ただいま、久美子」
「裕ちゃん!」
「除霊、無事に成功したな」
「うん」
銀狐とともに海原海水浴場に戻ったら、みんなの出迎えを受けた。
久美子が抱き着いてきたのだが、なにかあったのであろうか?
「涼子、大変だったのか?」
「除霊自体は、念入りに準備していたから順調だったわ。それよりも人間側の問題ね」
霊風の上陸地点を間違え、霊力増強用の祭壇を使えなくなった三グループが、久美子たちに共同作戦を申し込んだ。
連中にも最低限のプライドくらいはあると、俺は思ったんだがなぁ……。
「相川さんが先頭に立って断ってくれたのよ。土御門家の連中が一番酷かったかも」
「警視庁のOBが、協力しなければ逮捕するなんて言い出して」
そんなことあったのか。
俺は久美子ならちゃんとやってくれると信じて任せたんだが、悪いことをしたかな?
「ううん、いいの。裕ちゃんと一緒にいると、これからもそういうことはあると思うから。慣れないとね」
「すまない」
「大丈夫だよ、私は。裕ちゃん、早く帰ろう」
「もう俺たちがやれることはやった。戻ろうか? 俺たちの家に」
「うん」
俺は久美子と腕を組みながら、海原海水浴場をあとにした。
いまだ弱まったとはいえ台風の暴風圏内ではあるし、さすがに歩いて戻るには距離があるので、菅木の爺さんが手配したバスで帰宅の途に就くのであった。
「やはり、相川さんには勝てないのかしら?」
「幼馴染特性強すぎかも」
今回の土御門家の妨害。
相川さんは毅然と反論していたけど、私たちは少し怯んだのも事実であった。
彼女は裕君に頼まれていた。
勿論それもあるけど、やはり彼女は裕君のことがなによりも好きだからなんだと思う。
正直、今回は負けた気分だ。
葛山さんもそれを感じているはず。
きっとこのまま頑張っても、裕君は相川さんを最優先することは変わらないと思う。
悔しいが、これは認めるしかない。
私の完全な敗北だ。
「正妻争いに負けたのは仕方がないとして……つまり、私は愛人を目指せばいいのね」
うちの母もシングルマザーなので、その辺の理解はあるはず。
ならば、次に狙うのは相川さんの次の席。
そんなものは、この世界にはないって?
なにをバカなことを。
世界の大富豪を見てみなさい。
彼らの多くは、実質一夫多妻制なのよ。
マスコミなどが伝えないだけで、複数の女性を囲っている人は多い。
つまり、世界一の除霊師であろう裕君に複数の女性がいても、まったく問題ないわけだ。
「えーーーっ! 私の狙っていたポジションが!」
「甘いわよ、望月さん」
「競争相手がいないなんて幻想。そんなものは思い込みに過ぎないわ」
「そうね。それにあの二人の関係が変化して、二番目から繰り上がって一番になる可能性がなくもない。ならば、ここは有利な二番手狙いでしょう」
「それはいいアイデアね」
「私も負けません!」
相川さんならともかく、この三人には負けないわ。
だって、彼女の次に裕君とつき合いが長い女性はこの私なのだから。
「えーーーっ、土御門先生と赤松先生は、実家の都合により臨時講師の職を辞しました。代わりに……」
霊風の除霊成功により小型化した台風は、直前で戸高市を避け、上陸された地点にも大した被害を与えずに熱帯低気圧になってしまった。
超大型台風がいきなり小型化した件について、ニュースでは『そんなこともなくはない』的なニュアンスで報道し、視聴者から『気象庁は無責任だ!』と批判されることになったが、気象庁は気象のプロなので、霊風という霊的な現象を予想なんてできるわけがない。
霊風の情報を公開できない以上、上からの情報統制を受け入れ、世間からの批判を被るしかない。
とはいえ、台風が小型化して被害が減ったから、しつこく批判するような人たちは少ないようだけど。
台風一過の翌日。
登校したら、土御門蘭子と赤松礼香はあっという間に非常勤講師を辞職していた。
霊風への対応が稚拙すぎたし、つるんでいた警視庁OBが騒ぎを起こし、地元警察に拘束される事態となった。
戸高市にいられなくなって逃げたのであろう。
彼女たちは、土御門家及び一門で数少ないB級除霊師であるが、あそこはお上の影響力に飲まれ、除霊師でもない連中が一家を動かして、ますます除霊師としての土御門家を衰退させている。
彼女たちも被害者なのであろうが、そこを抜け出さないので自業自得だ。
その実力があれば独自に除霊師として食べていけるのに、それをしない。
どこか土御門家という権威に魅力を感じているからで、そんな彼女たちが自爆しても、俺はなんとも思わないのだ。
それよりも深刻なのは、菅木の爺さんも嘆いていたが、安倍一族の衰退なんてまだマシな方だったんだな。
以前は安倍一族に次ぐ力を持っていた土御門家が、上級公務員職と天下り先を得ることに汲々とし、除霊師としてはほぼ役立たずな一族になっていたなんて……。
「裕ちゃん、週末はお出かけって本当?」
「菅木の爺さんが、またしょうもない依頼をしてきやがった。小遣い稼ぎだと思うことにする」
「そうなんだ。無茶しちゃ駄目だよ」
「無茶なんてしない。だって面倒だから」
「裕ちゃんらしいね。じゃあ、映画は来週だね」
「来週ならば『キョンシー軍団VSゾンビ軍団VSバタリアン軍団』が初日だ」
「ネタ的には面白そうなんだけど、その映画は面白いのかな?」
「多分? じゃあ、行って来る」
本当は久美子と映画に出かける予定だったのだが、こういうこともある。
それに来週の週末に出かければいいのだから、久美子にはなにかお土産を買って帰るかな。
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