第101話 圧力

「ねえ、裕ちゃん。アレって……」


「なぁーーー! あいつはアホか!」


「涼子、あいつ本当に東大生なの? 鳥頭じゃないの?」


「彼は、自分の感情を最優先してしまうこともあるんだと思う。元々、土御門蘭子さんとは仲が悪いから……」


「同類だから、近親憎悪ってやつですね」


「千代子さん、蘭子さんは彦摩呂よりはマシだと思うけど……」


「清水さん、さり気なく岩谷彦摩呂を呼び捨てしてディスってるわね」




 戸高市にあるそんなに広くないラブホテル街の中心で、男性除霊師を囮に用いる作戦を実行しているはずの土御門蘭子と、一秒でも早く多田竜也を確保しなければならない岩谷彦摩呂が言い争っていた。

 その内容は、『お前らいくつだよ……』というくらいレベルが低い。


 俺たちは、ただ呆れるだけであった。


「涼子君! 我ら安倍一族の敵! 落ちぶれた土御門家の連中が、地面に張り付いたガムのようにしつこいのだよ」


「清水さん、この安倍一族の恥さらし。世間に出さないようにしてください」


「私に言われても……」


 確かに、俺でも嫌だな。

 というかこの二人、間違いなく同類だろう。


「清水さんは、まだこの三流除霊師と一緒にいるの? やめた方がいいわよ」


「涼子君、自分こそ三流除霊師のくせに、他人にあれこれとうるさい輩は無視すべきだ。上から目線で虫唾が走る」


「人のことが言えるのかしら?」


 どうでもいい言い争いを続ける二人だが、多田竜也が操られてここに来ていることに気がついていないのか?

 確かに三流だな。 


「どうにもならん! 無視して行くぞ!」


「裕ちゃん、あてはあるの?」


「なくもない」


 こんな連中を相手にしている時間が惜しい。

 俺たちは、言い争っている二人と、それを見守る赤松とかいう女除霊師を無視して、とある一軒のラブホテルに飛び込んだ。


「目方警部」


「警察だ! この男が客として入って来たか?」


「いいえ」


「次だ!」


「広瀬君、あてはあると言っていたよね? 一件目と二件目の事件現場。違うホテルだったけど」


「あてというか、目方警部と木村刑事がいるのだから、一軒一軒回って聞いた方が早いじゃないですか」


「なるほどね。それにしても、ゼロ課のお嬢さん方にも困ったものだ」


 ろくに捜査経験もない者たちを、除霊師だからという理由でゼロ課に配属したせいであろう。

 結局なんの役にも立たなかったのだから。


「ゼロ課の人たちに、捜査経験がある部下や相棒をつけられないのですか?」


「揉めて駄目なんだよ。除霊師が不足しているから警視庁が下手に出た結果、土御門家なんて名門だから鼻もちならない奴が多くて、ということらしい」


 その点は、土御門家も安倍一族と同じか。

 俺たちは、次のラブホテルに入った。


「警察だ! この男は?」


「たった今、入って来ました」


「部屋は?」


「109号室です」


「行くぞ!」


 急ぎ109号室に向かい、どうせ鍵がかかっているので俺はそのままドアを蹴り破った。

 すると室内には……。


「もう! 嫌なの見た!」


「死体の方がマシね……」


「色情霊の方を見る!」


「師匠、まだ多田竜也は生きています」


「別に死んでいてもよかった気がしなくもないわ」


 ベッドの上には全裸で虚ろな目をした多田竜也が仰向けで寝転がっており、その上空に全裸の女性が浮かんでいた。

 彼女が生田祥子さんであろう。

 それほど美人でもないし、スタイルがいいわけでもない。

 だが、色情霊化しているのと、多田竜也たちに殺された恨みが強いのであろう。

 俺でも見つめすぎると、先ほどのC級除霊師たちみたいに自我を奪われて呆けたまま立ち尽くすことになるかもしれない。


「裕ちゃん、あまり見ちゃ駄目!」


「あのさぁ……」


 元より、あまり見つめすぎるといい影響がないのでそうしているが、久美子の言っている『見るな!』には別の意図があるはずだ。


「あとで、私のを見ればいいから!」


「じゃあ、私が!」


「涼子なんてひょろひょろだから駄目よ。ここは元アイドルである私が」


「こういう時こそ、くのいちの仕事ですから」


「望月さん、くのいちだけど処女で彼氏いない歴年齢よね?」


「葛城先輩だって、人のことは言えないじゃないですか! 私は忍の技術を磨くことに特化していたんです」


「じゃあ、くのいちは関係ないわよね?」


「うぐっ……」


「あの、君たち。今はそれどころじゃないから」


 さすがにこれは酷いと思ったのであろう。

 木村刑事が、久美子たちに注意していた。


「アナタ……キカナイ……」


「さっきの三流共と比べるな」


「クソッ!」


「逃がすか!」


 色情霊は、逃がすと再び捕らえるのが面倒なのだ。

 すでに遺体は発見したからそこには戻らないし、今捕らえてしまうに限る。

 俺は、指先から出した霊糸で生田祥子さんの色情霊を捕らえることに成功した。


「セメテ、コイツヲ!」


「気持ちはわかるが、それ以上人を呪い殺せば、再び生まれ変わるのに時間がかかってしまう。来世では幸あらんことを」


「ソレデモワタシハァーーー!」


 彼女の抗議を無視し、俺はお札で生田祥子さんの色情霊を除霊してしまう。

 これにて、死者が二名も出た事件は無事解決したというわけだ。


「ねえ、裕。この恥さらしどうするの?」


 除霊は終わったのだが、多田竜也は俺たちに全裸を晒しながらベッドの上で呆けたままであった。

 悪霊が原因の自失状態は、それをおこなった悪霊を除霊してもすぐには解除されないのだ。


「あと数日はこのままかな」


「悪いが、多田竜也には色々と聞かなければいけないことがあるんだ。広瀬君、起こしてくれ」


「今連絡があって、生田祥子さんの遺体が見つかったそうです。三年前に埋められたので、完全に白骨化していたそうですが……」


「白骨化していると、死因はわからないか……」


「物証はかなり乏しいですね。だからこそ、多田竜也には真実を喋ってもらわないと」


「わかりました」


 これまでの話から、この多田竜也が素直に罪を告白するはずがないのだが……。

 それでも目方警部からの頼みなので、俺は多田竜也を治癒魔法で起こした。

 すぐに起こさなければよかったと思えてしまうほどのクズであったが……。


「ひゅう、可愛いJKばかりじゃないか。俺とつき合わないか? 俺はあの多田信也の息子で、将来は県議会議員様だぜ」


「「「「「……」」」」」」


「みんな、照れちゃって可愛いな。ねえねえ、連絡先を」


「おい、一応起こしてやった俺に礼くらい言えよ」


「なんだぁ? てめえは? 親父に言って、この戸高市で生きていけなくするぞ」


 こいつ、父親からなにも聞いていないのか?

 それとも、父親も菅木議員とは懇意じゃないのかな?

 一応、与党の議員だと聞いたけど。


「俺を誰だと思っているんだ!」


「知らないよ。雑魚い県議会議員程度で」


「カチーーーン。俺、宣言します! お前は親父に言って、一か月以内に戸高市から追放ね。この子たちは全部俺のセフレにするから。逆らったら、君たちも両親や家族も戸高市から追放ね」


「そういうことを、刑事の前で言わないように」


 多田竜也があんまりな口を利くので目方刑事が注意するが、まったく効果はないようだな。


「多田竜也、生田祥子さんの殺害と死体遺棄について事情をお聞かせ願いましょう」


「ポリがなんだって? 俺を逮捕できるものならしてみなって」


 予想はしていたが、こいつは呪い殺されていた方がいいタイプの人間だな。

 だが、生田祥子さんが一日でも早く生まれ変わるために、こいつを殺させるわけにいかなかったのだ。

 そうでなくても、もう二人も呪い殺しているので、彼女はあの世で相当な年月の苦行を積まなければならないのだから。


「俺を逮捕できるものならしてみなっての」


 実際、多田竜也の言っていることは正しかった。

 生田祥子さんの死体が見つかったのはいいが、完全に白骨化していたので死因が特定できなかったのだ。

 目方警部によると、多分首を絞められたことによる窒息死のはずだが、首の骨が折れているなどの証拠がなく、さらに遺体は衣服を着用していなかったので、多田竜也たちが彼女の殺害に関わった証拠は見つからなかった。


 多田竜也に関しても、すぐに父親である多田信也議員が凄腕弁護士を雇って警察に対抗したため、一部週刊誌で疑惑は報じられたが、なかなか逮捕へと繋がらなかったのだ。

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