第102話 結末

「裕ちゃん、なんとも嫌な結末だね」


「そうだなぁ……」




 まさか、殺された生田祥子さんの霊に証言させるわけにもいかず……。

 実はその点では、向こうの世界の方が融通が利いたかも。

 目方警部たちは多田竜也を逮捕するために努力しているが、多田信也から圧力を受けた上層部の妨害で苦戦しているらしい。

 さらに、多田信也は新しい策を仕掛けてきた。


 それは、あの事件の犯人を死んだ二人に押しつけることであった。

 生田祥子さんを殺したのは、富山真一と大月信一郎のみの仕業ということにしてしまう。

 二人が殺人の実行犯であるのは事実であり、警察上層部としては多田竜也を見逃しても仕方がないのでは、という空気だそうだ。


「涼子、こういう時こそ安部一族と土御門一族なんじゃないの?」


 そういえば、生田祥子さんの悪霊が除霊されたらバカたちを見なくなったな。

 どうしたんだろう?


「葛山さん、安部一族と土御門一族には期待しない方がいいわよ。共にお上に深くかかわっている古くからの一族で、お仲間の罪を徹底的に糾弾するなんてことはできないもの」


 いわゆる、上級国民同士の忖度ってやつか。

 岩谷彦摩呂も、土御門蘭子も。

 普段は共に綺麗事の権化だが、上から多田信也の件にかかわるなという指示が出て、すぐに姿を消したのであろう。

 安部一族と土御門一族とて、叩けば埃が出てくる不都合な過去はあるはず。

 叩き合いにならないよう、水面下で談合しているのだと思う。


「殺人犯が、次の県議会議員ねぇ……投票するバカを見てみたいわ」


「嫌な話ではありますね」


「議員って、あんなのしかいないのかしら?」


 桜の一言で、俺たちの脳裏に菅木議員の顔が浮かんでしまった。

 さすがに、多田信也よりはマシ……アレが最悪すぎるだけだが。


「けっ、まだ戸高市を出ていなかったのかよ」


 いきなりそんな声が聞こえたので振り向くと、黒塗りで窓にスモークが張られたベンツの後部から、多田竜也が顔を出していた。

 その隣には、彼に似た太ったおっさんがいた。彼が多田信也のはず。


「我が子可愛さに、殺人をもみ消す。無償の親の愛ですな。政治家よりも宗教家の方が向いているのでは?」


「なんだと! 雑魚除霊師が!」


 俺の挑発に、多田竜也はすぐに乗っかって激高してしまった。

 こらえ性のない奴だ。


「なぜ怒るのかな? 誰もあんたたち親子のことだとは言っていない。それとも、もみ消してもらう必要がある殺人を犯したのか?」


「いや……あれは富山と大月の仕業だ」


「知り合いではあるんだよな」


「だからなんだ?」


「竜也、静かにしていろ」


 さすがに、父親の方はあまり動じないか。

 これでも県議会議員の大物だからな。


「君は若いな」


「あなたよりはね」


「ゆえに、この世の現実を知らぬ。先にある危険を理解できず、綺麗事を口走ってしまうのだ」


「綺麗事じゃないでしょう。俺は正直なだけですよ」


「若い君は知らないと思うが、この日本において真実など語ってはいけないのだ。語ると、色々と不都合が出るのでね。それは知っておいた方がいいよ。それと、目方警部と木村君だったかな。頑張っていたけど、彼らの真実も上層部の都合には勝てなかった。生田祥子さんを殺害したのは、二名ということで決着したよ。容疑者はもう死亡しているので、書類送検で終わりだけどね」


 やはり、多田竜也を有罪にはできなかったか。


「へっ、ざまぁ! 雑魚除霊師! 復讐の時間だぜ! その女たちもみんな俺が貰ってやる! お前は尻尾を巻いて戸高市から出て行くんだな」


 それにしても、よくぞまあ。

 ここまでのバカを育てたものだ。

 政治家としては知らんが、親としての多田信也は失格どころの話ではない。


「己の不運を呪うんだな!」


「親父がいると元気だな。多田信也のオマケ」


「まだ俺に逆らうのか?」


「逆らうもなにも、お前たちに明日はないから」


「はあ? 除霊師だから、俺たちをオカルトで脅すのか? 無駄無駄! 霊なんていないから」


「つい先日遭遇したのに信じないのか?」


「あれは幻覚だ」

 

 あれがなんの幻覚なのか。

 随分と凝った幻覚だな。


「霊を信じるも信じないも自由だけど、あんたら親子は、どうも色々と恨まれているようだな。今すぐの除霊をお勧めしておくけど」


「生憎とワシは、菅木とは違ってオカルトを信じないのでね。明日から、霊の世界ではなく人間の世界の厳しさを教えてやろう。覚悟しておけ」


「親父に睨まれたら、お前らはもう終わりだぜ」


 捨て台詞のようにそう言い残し、多田親子が乗ったベンツは俺たちの下を走り去っていった。


「裕ちゃん、急にあんなにどうして?」


「生田祥子さんの悪霊がトリガーになったんだ。あとは、いくら悪党でも自分たちだけに罪を押しつけられたら、恨みもするさ」


 俺はちゃんと忠告したからな。

 どうもあの多田親子。

 随分と多くの恨みを買っているようだ。

 生田祥子さんの悪霊は除霊されたが、他にも数十の悪霊たちと、これに富山真一と大月信一郎の悪霊も憑いていた。

 死人に口なしとばかり、殺人と死体遺棄の罪を押しつけ、自分は無罪を勝ち取った元友人多田竜也への恨みが募って悪霊化したわけだ。


「裕、もし除霊してくれって言われたらどうするつもりだったの?」


「あの親子は霊を信じていない。その仮説はあり得ないけど、百億円も払っていただければ」


「あの親子は出しませんよ、師匠」


「だろうな」


「ねえ、あの親子はどのくらい保つの?」


「日付が変わるまで命があったら、俺は奇跡を信じるさ」


 黒塗りのベンツに群がる多数の悪霊たち。

 一体一体はそれほど厄介ではないが、とにかくあの数だ。

 俺は確かに人は殺せないが、その中に、差し伸べた手を払った奴らを絶対に助けなければいけない、なんてル-ルはない。

 俺が除霊するという提案を蹴ったのは、多田親子の方なのだから。

 そして数時間後。

 俺の予想は当たり、多田親子のベンツが山道のガードレールを突き破って崖下に転落。

 車外に投げ出された運転手は奇跡的に軽傷で済んだが、多田親子は大破・炎上したベンツの中で焼死体となって発見された。

 救出された運転手は悪霊の群れに襲われたと証言したが、警察は運転手の運転ミスということでケリをつけてしまったそうだ。

 彼らの悪行を知る戸高市の人たちは罰が当たったのだと噂したそうだが、それは事実だ。

 さらに、政治家のくせに霊を信じないなんて。

 だから県議会議員の大物くらいが、彼の限界だったのであろう。


 そして……。




「オレノカネェーーー!」


「死んでも金に拘るかね? 悪霊になってまで守る意気込みは凄いけどな」


「オレノォーーー!」


 俺たちは多田親子の死後、彼らが事故死した現場から少し離れた山中において、見覚えがある肥えたおっさんの悪霊を除霊した。

 そして悪霊がいた地面の下を掘ると、そこから現金が大量に詰まったトランクがいくつも出てきた。

 さしずめ、現在の埋蔵金だな。

 実は多田信也の隠し資産なんだが……。

 それにしても、随分と古典的な方法で隠すものだ。


「裕ちゃん、政治家って儲かるんだね」


「どんな商売でもやり方なんじゃないの? 政治家の隠し資産ウマーーー」


 どうせ多田信也が不正蓄財した金だ。

 生きている俺が、いまだ小遣いが月五万円の俺が、せいぜい有効に活用してやろう。


「生田祥子さんのお墓を作ってあげないと」


「そうだね……」




 無事見つかった生田祥子さんの遺体であったが、彼女の母親は引き取りを拒否した。

 その理由は、『自宅に遺骨があると、あの人が嫌がるから……遺骨を置く場所も惜しいし、お墓を建てるお金もないので、無縁墓地へどうぞ』であった。

 実の母親のあんまりな言いように、俺たちはただ絶句するばかりであった。


『広瀬君、お嬢さんたち。俺は刑事を二十年以上もやっているから、みんなよりは人生経験がある。この世のすべての親子が、お互いを想い合っているなんて考えないことだ。あの母親は、娘よりも今の男の方が大切なんだ。母親よりも女なのだな。不幸な事故で亡くなった多田親子だが、父親は誰よりも竜也の父親だった。だから殺人まで庇って……ああいう歪んだ親子愛もある』


 色々と考えさせられる事件だったな。


『報酬が出なくてすまない』


 今回の事件で、俺たちへの報酬はなかった。

 目方警部は上層部に逆らってまで多田竜也の逮捕を目論んだため、面子を潰された上層部に嫌がらせを受け、俺たちへの報酬が支給されなかったそうだ。

 代わりに、木村刑事が自腹でラーメンを奢ってくれたけど。


『除霊師とて、生きた人間の相手もありますよ。むしろ、死人よりも怖いかも。除霊できませんので』


『そうだな。生きた人間が、実は一番怖いのかもしれないな。またなにかあったら、菅木議員経由で頼んでもいいかな?』


『いいですよ』


『今回の件で上層部に睨まれてしまったのでな。霊が関わる事件はゼロ課の連中以外功績にカウントされないし、引き受けてもらえないと思っていた』


『まあ確かに、目方警部と組むと金にはなりませんね。ですが、元々民間の除霊師が、お上からの報酬なんてあまりあてにしていません』


 予算の関係で金払いが渋いので、民間の仕事の方が儲かるからだ。

 たまに手弁当で参加しておけば、あまり難癖つけられないだろう程度の感覚で受ける人が多かった。

 あとは、日本除霊師協会から頼まれてとか。


『そう言ってもらえると気が楽になるな。次からは上の嫌がらせもないはずなので、安いなりに規定の報酬が出るだろう。ラーメンでは悪い気がするのでね』


『頻繁だと困りますけど、目方警部はいざとなると保身に走る警察官とは違って、筋が通っていた。多田竜也を逮捕しようと努力していた。目方警部の依頼なら、たまには引き受けますよ』


『それはありがたい。君は親父が言っていた、広瀬剛によく似ているな』


『実感ないなぁ……』


『霊が関わる事件なんて、そう頻繁にないから。もし別途報酬が欲しいのであれば、俺には娘がいてな……冗談だ。じゃあ、俺たちはこれで』


 目方警部と木村刑事と別れたが、最後に爆弾を投下しないでくれ。

 久美子たちの視線に殺意が篭っていたぞ。

 目方警部はそれに気がつき、すぐに冗談だと言って撤退したけど。

 事件が解決したあと、そんなことがあって生田祥子さんの遺骨はいまだ警察が預かっている状態であった。

 一日でも早く葬儀をして、四十九日後にお墓に入れてあげよう。

 幸い、竜神会は墓地を所有しているからな。




「トランク、まだあるね。凄いお金」


「地方議員にしては……わかりやすい悪党だったものね」


「地方の政治家には性質が悪いのが多いもの。セクハラジジイばかり!」


「元アイドルが言うと説得力ありますね」


「お山の大将みたいなのが多いってのは、うちの生臭ジジイからよく聞くけど」




 これですべてを掘り出したかなと思ったその時、再び、接近する悪霊……霊団クラスを発見した。


「ザコジョレイシ! シネェーーー!」


「ええっ! 多田竜也?」


「加害者なのに?」


 久美子、里奈。

 基本的に、悪霊は被害者側だった人間がなるケースが大半だ。

 だが多田竜也みたいに、父親のせいで自分はなにをしても構わないと思っているようなクズは、不慮の死を遂げると世間を逆恨みしてしまう。

 現に自分を殺した、多田親子に恨みがある悪霊たちを従え、かなりの規模の霊団を形成していたのだから。


「コレナラ! シネィ! サンリュウジョレイシ!」


「傷つくな。俺は三流じゃないのに……だって、お前らを一体一体除霊していると時間が掛かって面倒だから、ここに引き寄せたってのにさ!」


「ナッ!」


「気がつけよ! 五流悪霊が!」


 俺は多田竜也たちの悪霊を、『お守り』から取り出したヤクモで一刀両断にした。

 特に多田竜也たち三人は、生前もつるまないと悪事を働けないヘタレだった。

 悪霊化しても、同じようなことをすると思っていたから、こうやって多田信也の埋蔵金を掘り出して挑発したのだから。


「残念だったな」


「クソォーーー!」


 これにて多田竜也たちの霊団は完全に除霊され、これでようやく今回の事件はすべて解決したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る