第100話 間抜け

「あら、最近失敗続きの安倍一族で、表面上のスペック”だけ”は優れた岩谷彦摩呂さんではないですか」


「落ちぶれた土御門家の、政略結婚の駒にしか利用できない五流除霊師がなんだって?」




 ああっ!

 こんなところで、蘭子さんの天敵と出会ってしまうとは……。

 安倍一門で若手一番と称される除霊師岩谷彦摩呂。

 このところ調子がいいようですけど、功績稼ぎのため大赤字覚悟で除霊を続けているので、『札束で除霊している男』というのが、業界内での評価です。

 安倍一族全体でいえば、上手く隠してはいますがこのところミスも多いですし。

 前当主が除霊中に殺されるなんて、前代未聞の不祥事なのですから。

 落ち目の安倍一族において、岩谷彦摩呂だけが調子がいい。

 そんな状況を蘭子さんは苦々しく思っており、一方、岩谷彦摩呂も蘭子さんのことが嫌いという。

 安倍一族と土御門一門との関係も決してよくないので、こんなところで鉢合わせしてしまったら、こうなることは子供にでも予想できてしまうというか……。


 戸高支部から紹介してもらった男性除霊師が次の仕事があるといって離脱しようとしており、さらに次の仕事というのが岩谷彦摩呂の補佐とは……。

 ラブホテルの一室を用いて行われている囮作戦がなんら進展を見せず、男性除霊師がもう我慢ならないと部屋から出て行こうとし、慌てて追いかけたら岩谷彦摩呂と遭遇。


 これ以上の不幸な偶然はないと思います。


「蘭子さん、仕事優先ですよ」


「わかっています……。下品な安倍一族の見かけだけ男が、どうしてお一人でこんな場所に? 見た目”だけ”はトップレベルなのですから、質さえ問わねば女性になんて不自由しないでしょうに」


「君に言われたくないけどね。コネでお気楽極楽公務員生活を満喫中の、腰かけ女除霊師さん」


「言ってくれますね」


「君こそね」


 ああっ! 

 この二人は、とにかく相性が最悪だから……。

 でも今は仕事中なので、どうにかして蘭子さんを止めなければ……。

 そういえば、岩谷彦摩呂はなにをしにここに来たのでしょうか?


 それよりも早く二人を止めないと!




「呆れたな。安倍一族は、ついに護衛すらできなくなったのか……」


「言い返せないわね」




 急ぎ多田竜也が住む屋敷へと向かった俺たちだが、さすがは父親が県議会議員の大物。

 大層立派なお屋敷に住んでいた。

 ところが、屋敷の中に肝心の多田竜也の姿がない。

 よく探すと、庭や屋敷のアチコチに呆けたままの十数名の除霊師や、秘書、屋敷の使用人たちがいた。


「裕ちゃん、これは?」


「生田祥子さんの恨みは深かったということだ」


 ちょっと普通の色情霊では考えられないレベルの強さを持つ悪霊だ。

 さらに、まだかなり理性が残っている。

 標的である多田竜也を確実に殺すため、他の連中は呆けさせて終わりにしているのだから。


「裕君、その分危険ね」


「そうだな」


 もし多田竜也を殺して復讐を完結させてしまった場合、次はその強い力が他人に向いてしまう。

 彼女の悪霊は、一秒でも早く除霊するしかない。


「裕ちゃん、揺さぶっても全然目を覚まさないよ」


「本当だ。ねえ! 起きなさいよ!」


「師匠、駄目ですね」


「除霊師も沢山いるのにこの様なの?」


 多田竜也もいないが、岩谷彦摩呂の姿もないな。

 彼と一緒に多田竜也を護衛していた除霊師たちはみんな呆けたままで、久美子たちが揺り起こしても目が虚ろなままであった。

 彼らは全員C級除霊師なので、生田祥子さんの色情霊による誘惑に耐えられなかったのあろう。

 彼女の色情霊は恨みも強いので、ちょっとばかりその効果が強力だからだ。


「岩谷彦摩呂は、これに心奪われなかったってことなのかしら?」


「いや、そうでもないかも」


 もし岩谷彦摩呂がまともなままだったら、逆に生田祥子さんの色情霊を除霊して終わりだったはず。

 さすがの彼にも、そのくらいの実力はある……高価なお札を持っているからだ。

 つまり……。


「一緒に呆けている間に、多田竜也が操られていなくなった。それに気がついて慌てて追いかけたというところだと思う」


「間抜けね」


 それでも、他の除霊師たちよりはマシだけど。

 だから彼は、安倍一族内で若手希望の星と呼ばれているわけだ。


「じゃあ、追いかけないと」


「追いかけるってどこに?」


「それは、第一、第二の犠牲者が出たホテル街よ。あそこが一番可能性があるわ」


「ちょっと行きにくいところだけどな……その前に……」


 呆けている連中に軽く治癒魔法をかけて回復させる。

 あまり放置しておくと、精神に影響が出るからだ。


「あれ? 俺はなにを?」


「うん? 清水涼子ではないか。彦摩呂さんはどこだ?」


「『ではないか』なんて言っている場合じゃないでしょうに! あなたたちは、悪霊にしてやられて今までで呆けていたのよ」


「我ら安倍一族の除霊師が、そんな不覚を取るわけがないだろうが」


「彦摩呂さんはどこだ?」


 駄目だこりゃ。

 こういう自分の未熟さを自覚できない除霊師は、みんな岩谷彦摩呂に縋っているようだ。

 これまでにその未熟さを安倍一族の年寄りたちに散々指摘され、それを認めたくないから、彼らと対立している岩谷彦摩呂を支持している。


 大きな組織だと、割とありがちな話だな。


「涼子、そんな現実も把握できないアホはほっとけ。行くぞ」


「わかったわ」


「若造のくせに生意気な!」


「彦摩呂さんに言いつけるぞ!」


 お前らは、いったいいくつなんだ……。

 俺たちは彼らを放置し、急ぎホテル街へと走っていくのであった。

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