第89話 管師へも……
「逃げられると思ったか? というか、よく顔を出せたな。管師」
「なぜ俺が管師だとわかった?」
「俺がお前に対し、その理由を教えてやる義理があると思うか?」
「ないな……」
「おっと、逃げようなんて考えないことだ。どうせ動けないだろう? 見えるか? 二流除霊師」
「霊力の糸か……こんなものを霊力で作れるとは……」
最初に、戸高高志の依頼を受けて源泉に悪霊を設置した管師。
どうやら霊管を奪われ拘束されていたようだが、逃げ出した戸高高志が解放したらしいな。
こちらは管師の正体まで辿り着けなかった……やらかしたことが問題なので、日本除霊師協会には通報しておいたが……まさか自分から顔を出すとはな。
なんでも、金はあるから俺が反転させて所有している霊器を売ってほしいそうだ。
その金は、全国の厄介な悪霊たちを霊管に閉じ込め、それだけで退治したと言い張って得ていた報酬だったのだ。
金は沢山あって当然であろう。
実際には肝心の除霊を他人に押しつけておいて、何食わぬ顔で霊器を売ってほしいとやって来たのが実情であり、これは躾けが必要だろうな。
「あの時戸高高志と一緒にいたのは三流だったが、こっちは二流程度か……管師としては優秀だったんだろうな」
とはいえ、霊管に封じ込めた悪霊を他の場所に設置し直すだけなので、悪霊が除霊されるわけではない。
基本的になんら解決にはなっていないし、昔は悪霊を用いた暗殺や嫌がらせも多く受けていたのが管師という仕事なので、現代では廃れて当然であった。
霊を閉じ込める霊管が、今では製造できないのも大きいが。
「匂うわけだ。あんたの霊力が」
そう言うと、俺は戸高高志が捨てていった八本の霊管を見せた。
「それは俺の……」
「戸高高志がもういらないと言ったので貰ったんだが、やはり元はお前のか。使用者の霊力の残りカスと、あんたの霊力はよく似ているな」
さてどうやって探そうとかと思っていたのだが、自分から来てくれたのは幸いだった。
霊器が欲しいということは、もう管師を廃業するつもりなのであろう。
調べてみたら、霊管はもう使用期限を過ぎており、よく八体もの悪霊を運んでいて途中で破裂しなかったものだ。
あいつは、本当に悪運が強いのだ。
「……待て! その霊管は使用できる状態になっているじゃないか! どうやって修繕したんだ?」
どうやってと言われても、向こうの世界で得た技術を参考にしたとしか。
ちゃんと説明すると時間がかかるので省くし、やはりこいつに教えてやる義理はないな。
「もう管師は引退するんだろう? じゃあ、いらないじゃないか」
「俺はもう管師の仕事はやらない。だが、どうして霊管が使える状態なのだ?」
「さあな」
とにかく俺が修繕して、そこに性質の悪い悪霊たちを閉じ込め、それをトダカビルの屋上に設置するのに使用しただけだ。
管師の特技くらいなら、別にそんなに練習しなくても、霊管さえあればできる。
この世界の除霊師でも、あの三流が霊管に悪霊を閉じ込められたからな。
ただの低レベルの除霊師がそれをすると、閉じ込め方が甘くて途中で破裂するケースが高確率で発生してしまう。
本当に、戸高高志は悪運が強いな。
「お前がもう使えないと言ったものだ。捨ててあったし、俺が拾ってどう使おうと勝手じゃないか」
「……」
「霊器を買いたい? お断りだ。それよりも、出してもらおうか?」
「なにをだ?」
「シラを切っても無駄だぞ。お前が戸高夢温泉の源泉に設置した悪霊たち。お前は、自分が除霊したことにして報酬を得ているよな? 実際に除霊したのは俺だ。報酬を寄越せ」
これも、管師が嫌われる理由の一つなのだ。
とある悪霊の除霊を引き受け、それを霊管に閉じ込めてから除霊が終わったと言い張って報酬を得てしまう。
霊管には悪霊を長時間閉じ込められないので、人がいない場所に再設置してしまう。
ただ悪霊を移動だけさせて、除霊しない。
汚れ仕事の件も含め、管師が嫌われて当然というか。
霊管の生産が途絶えたのも、そんなことに成功しても管師以外誰も褒めてくれないから、というのもあった。
それなら、まだ封印の方がマシという結論に至ったわけだ。
再設置も下手糞がやると、厄介な悪霊が浮遊霊化してしまうリスクもあったのだから。
「どうする? 日本除霊師協会はもうお前の顔と名前を把握している。お前が全国から集めて源泉に設置した悪霊を退治したのは俺だ。除霊の報酬は、除霊した者に帰する。俺は間違っているか?」
「……いや、間違っていない……」
「では、報酬を返してもらおうか」
管師は、意外にも素直に報酬を俺に渡した。
銀行の口座に、戸高高志の父親からの除霊報酬百六十億円と合わせて二百億円近く。
道理で、源泉を止めていた悪霊たちのレベルが高かったわけだ。
さっきは二流扱いしたが、それほどの悪霊を封じ込められるこの管師は、除霊師としての腕も悪くないのであろう。
ただのC級除霊師がそれをしようとしても、悪霊たちに殺されてしまうからだ。
「霊管に未練はあるのか?」
「ない。親父のせいで俺は、管師を続けなければならなかった。無一文どころか、結局死んだ親父の借金まで背負ってな。借金が返せると思ったらこれだ。悪いことはできるものではないということだ」
「……なるほど。正直に事情を話したお礼だ。これで借金を返すんだな」
俺は、霊刀の中から一本を彼に手渡した。
あまり追い詰めてもな。
もう管師には未練もないようだし、一度凹ませたので、あとは普通の除霊師として立ち直ってもらおうか。
「いいのか?」
「それがあれば、借金は返せるだろう? もう二度と管師の仕事はしないと誓えばそれをやる。代金は貰ったからな」
「すまない……」
霊糸から解放された元管師は、俺にお礼を言うとその場から立ち去った。
「いいの? 裕ちゃん」
「霊器があれば、管師なんて二度とやりたくないという顔をしていたからな。それに……」
「それに?」
「儲かっちゃった」
「二百億円近く……凄いわね、裕君」
「裕はこの前、戸高高志から金は取らないと言ったけど……父親から取るって意味だったのか」
あの父親は、どういうわけか戸高高志に異常なまでに甘い。
なにか彼に対し後ろめたいことでもあるのではないかと、疑ってしまうレベルなのだ。
それに、戸高グループの会長でもある。
一番金を出してくれる人物というわけだ。
「師匠、これだけ報酬を得たら、お小遣いも上がるのでは?」
「だよな。さすがに」
「そういうことを言ってしまうと、嫌な予感がするのはなぜかしら?」
悲しいことに、桜の言ったことは事実であった。
今回の一連の騒動で得た報酬は、営業停止を強いられた戸高夢温泉への補償金が支払われたあと、そのまま全額、竜神会へと行ってしまった。
それでもなんとか、俺の小遣いは月七万円まで上がっていた。
「目指せ! 月十万円!」
「裕ちゃん、早く高校卒業したいよね」
十八歳になって成人したら、ちゃんとした給料が出ると両親が言っていた。
それまでは、事あるごとにしつこく交渉して報酬アップを目指すしかないな。
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