第88話 高いツケ
「会長、ついに完成しましたね」
「ああ。これこそが、現代の戸高家の城なのだ」
都内の一等地にそびえ立つ、もうすぐ完成する超高層ビル。
これこそが、私が長年夢見ていた現代の戸高城であった。
先祖が大名ではあるが、今の世に城なんて建てても意味がない。
そこで、多額の資金を使って都内の一等地に超高層ビルを建設したのだ。
私が経営する戸高グループの本社や各グループ企業のオフィスなども入り、他にも多くの企業にオフィスとして貸し出す予定だ。
これほどの超高層ビルを所有できるようなった我ら一族は、これよりますます発展する。
あとは、跡取りの高志を政治家にすれば、明治維新後、大名なのに華族になれなかった戸高家は完全復活を果たすこととなる。
ようやくにも、我が戸高一族の悲願が達成されるのだ。
「内装工事はいつから始まるのだ?」
「三日後となっております」
「それは楽しみだな」
ところが、それより三日後。
私を思わぬアクシデントが襲った。
「はあ? ビルの屋上に悪霊の霊団が出現した?」
「はい。そのため、内装工事は中止となりました」
新築のビルの屋上に、悪霊の群れだと!
そんなこと、まずあり得ない。
あのビルを建てる時、建設予定地が霊的な瑕疵物件ではないか、除霊師に大金を支払ってクドイほど確認したというのに……。
「金がかかるが仕方がない。除霊師に除霊させればいいではないか」
超高層ビル『トダカビル』。
この戸高家の名を冠したビルのオープンが遅れるよりはマシだ。
オフィスとして貸し出す企業の入居が遅れれば、遅延金を支払わなければならないのはこちらなのだから。
遅延金くらいならまだいいが、もしこのことを、この国の上流階層を称する連中に知られでもしたら……。
『戸高家は先祖代々悪辣なので仕方がない』、『罰が当たったのだ』などとバカにされてしまう。
それだけは我慢できない。
ビルのオープンが遅れることだけは、絶対あってはならないのだ。
「それが……日本除霊師協会から言われました。『こんな性質の悪い霊団。手を挙げる除霊師がいない』と……」
「安倍一族でもか?」
「あそこは、先日の当主死亡で大混乱しておりまして……強い悪霊の除霊依頼を断っているとか……」
日本で一番の除霊師一族が、除霊を断るだと?
本当にどうしようもない連中だな。
存在意義を疑ってしまう。
「で、悪霊は具体的にどんな感じなのだ?」
「日本除霊師協会から様子を見に来た除霊師は、A級が三十人くらいで除霊する案件だと……」
「そんなことは不可能ではないか!」
今の日本で、いや世界でも、一件の除霊にA級除霊師を三十人も集めるなんて不可能だ。
ということは、私の城は?
「八体の悪霊が、まるでヤマタノロオロチのように屋上に鎮座し、近づく者がいれば即座に呪い殺すであろうと」
「しかし、どうしていきなりそんな性質の悪い霊団が……嫌がらせか?」
戸高家の新しい城となるビルの落成を妨害すべく、私たちの躍進を快く思っていない連中が、除霊師に頼んで嫌がらせをした?
確か、悪霊を封じ込め、任意の場所に設置できる管師とかいう除霊師の一種がいると聞く。
「どうなのだ?」
「会長! 大変です! 高志様が!」
もう一人、会長室に部下の一人が飛び込んできた
こいつは確か、高志の補佐をさせている男のはず……。
高志を放置して上京するなど、職務怠慢もいいところだ。
しかしこの慌てよう……なにか緊急事態があったのか?
「高志様が……」
その男の話を聞いた私は、眩暈を感じてソファーに座り込んでしまった。
「「会長?」」
「高志の奴! 余計なことを!」
お前はただその地位に座って大人しくしていれば、戸高グループのすべてが継げるというのに……どうしてそんな勝手なことを……。
「温泉リゾートの開発だと? 今の時代、そんなものは商業的にぺイしない!」
戸高夢温泉を源泉ごと手に入れ、そこに巨大なホテルと温泉リゾート施設の建設……。
あそこでそんなものを作っても、採算など取れん!
しかも、管師を用いて源泉に悪霊を設置して地上げだと……。
「もしかして……」
トダカビルの屋上にいる悪霊たちは、もしかして戸高夢温泉側の仕返しなのか?
いやしかし、零細温泉宿数件程度の経済力で、あれほどの悪霊を設置できる除霊師などいないはず。
ましてや、管師は絶滅寸前だとも聞く。
では誰が?
「会長、他にもお話が……」
「なんだと! 広瀬裕とトラブルになっただと?」
戸高夢温泉は、戸高市に古くからある温泉だ。
地元密着型なので、高志の嫌がらせに対し、菅木老人が広瀬裕に除霊させても不思議ではないか……。
「トラブル内容とは?」
「それが……」
話を聞く限り、酷いとしか言いようがなかった。
源泉に悪霊を設置して地上げを試み、それを広瀬裕に妨害されると、最初に仕事を依頼した管師と揉めた。
その人物を監禁し、他の除霊師に悪霊の設置をおこなわせたのはいいが、腕が未熟だったため、悪霊が暴れ出してしまう。
悪霊に呪い殺されるところを、情けなくも広瀬裕に助けを求め、挙句に助けてもらう時に約束した謝礼を払わずに逃走……。
私は、ただ呆れるしか術を持たなかった。
「それで、広瀬裕に仕返しされた結果が、トダカビル屋上の悪霊たちというわけか……」
「それが変なのです」
「変だと?」
「最初の管師が悪霊の設置を断った理由に、管師が使う霊器がすでに使えなくなっていたというものがあったそうで……」
高志の奴!
そんな危険なものを用いて、再度悪霊の設置を目論んだのか?
「高志め! あとで叱らねば! 戸高家の跡取りとして危険なことをしてはいけない」
あとのことは……私が処理をすれば済む話か……。
「つまり、すでに悪霊を閉じ込める霊器が存在しない以上、広瀬裕には仕返しが難しいというのだな?」
「はい」
「しかしながら、彼はあの菅木老人のお気に入りだ。できるかもしれない」
実際、これまでなんの霊的な現象がなかったトダカビル屋上に、突如悪霊たちが湧き出したのだから。
しかも、悪霊たちは屋上から一歩も動いていないと聞く。
まるでそこに設置されたかのように……。
「会長、広瀬裕が嫌がらせをした可能性があります。警察に通報しては?」
「そんなことができるか!」
どうせそんなことをしても、警察に門前払いを食らうだけだ。
高志だって、それを狙って悪霊を用いた地上げを試みたのだろうから。
こちらだけが泣き言を言った事実が知れた場合、戸高家はこの国の上流階級の連中からバカにされてしまうであろう。
「しかも、高志は霊に関わる契約を守らなかった。こちらの方が痛い」
戸高家は、江戸時代に行った悪政のせいで明治政府から華族に任じられず、彼らから『武士の恥さらし』だと、散々バカにされた。
今ようやく、上流階級への復帰まであと少しというところで、高志が霊に関わる契約を無視したことが知られたら……。
除霊に関する契約など、世間一般に知れた法に照らし合わせば、別に破っても問題にはならない。
では、どうして彼らは霊に関わる契約を守るのか?
霊は実在していて、時に社会に害を成すことを知っていて、その排除に協力してこその上流階級だからだ。
高志のように『除霊したら二十億円払う』と言っておきながら、それを守らなかったことが上流階級の連中に知られた場合、『やはり所詮は戸高家だな』、『我々が本能のレベルで守る約束が守れない、武士の恥さらしに相応しい一族だ』。
などと言われ、戸高家の復活が遠のいてしまう。
トダカビル屋上の悪霊たちは広瀬裕の仕業であろうが、それを糾弾などできないのだ。
誰にも知られないうちに除霊するしかない。
そう思っていたところに、内線で秘書から連絡が入った。
すぐに出ると、私に来客があるという。
「それが、広瀬裕と名乗っている少年でして……一応お知らせしたのですが、アポイントメントを取ってないのでお断りしようかと……」
「いや、今すぐ通してくれ」
数分後、私の目の前に広瀬裕が立っていた。
随分と若い……高校生にしては大人びているようにも見えるが、二十歳を越えているようには見えない。
高校一年生と聞くから当たり前か……。
「除霊師をしております」
そう言うと、彼は『除霊師 広瀬裕』とのみ書かれた名刺を私に渡した。
続けて、B級除霊師を証明する日本除霊師協会発行のライセンスカードも見せてくれたが、こちらはオマケのようなものだ。
偽物のライセンスカードには出来がいいものも多いと聞くので、素人が本物か偽物か見分けるのは難しいからだ。
それに、なにがB級だ。
この少年は、A級よりも遥かに優れた除霊師としか、私には思えなかった。
「お互い、無駄な話は必要ないはずだ」
「そうですね。では、トダカビルの屋上に巣食った悪霊たち。報酬によっては除霊いたしましょう」
「ふざけるな! お前が自分で仕掛けた悪霊ではないか! 今すぐ無料で除霊しろ! 戸高グループを敵に回せば、お前など簡単に潰せるのだからな!」
「あれ? 目の前の会長は影武者だったのかな? そこの戸高高志の傍にいた奴によく似たのが、本物の会長だったのかな?」
「違う。会長は私だ」
お前が戸高グループを経営しているわけでもないのに……誰がそんなことを言えと言った!
高志の補佐もまっとうできず、私の威を借りて広瀬裕を脅す。
下らない男だな……。
今回の件が終わったら、こいつはクビにしよう。
「(それにしても……)」
普通の高校一年生なら、あいつに怒鳴られた時点で委縮してもおかしくないのに、肝が据わりすぎている。
その若さで、かなりの修羅場を潜ってきたようにしか見えなかった。
これまでの経歴を調べても、そんな事実は微塵もないというのに……。
「依頼はなしですかね? じゃあ帰ろうかな」
「いや、除霊を頼もう」
間違いなく、トダカビル屋上の悪霊たちはこの広瀬裕の仕業だろうよ。
だが先に高志がしでかしている以上、相討ちになる覚悟がなければ、私たちは広瀬裕を処罰できないのだ。
戸高夢温泉の営業妨害の件もある。
その営業補償と慰謝料込みの、除霊費用なのだと思う。
「案内しよう」
私も初めて現場に向かうが、トダカビルは目の鼻の先だ。
迷わず屋上まで案内できた。
「これは……」
「ここまで厄介な悪霊が八体も集まると、霊感なんてなくても見えるな」
こんなものを放置したままトダカビルを営業したら、確実に死人が出るな。
そして、そんな悪霊たちを見ても涼しい顔をしたままの広瀬裕。
私の秘書と、高志の目付け役の二人とは大違いだ。
高志とは……比べる以前の問題だな。
「それで、いくらなら除霊してくれるのだ?」
「百六十億円ですね」
「百六十億円だと! ふざけるな!」
「ガキのくせに生意気な!」
「お前らは黙っていろ!」
元はといえば、お前らが高志をちゃんと見張っていなかったからこうなったのだぞ。
ここで値引きなどできるか!
まあ、仕方がない。
出せない金額でもないのでな。
「では、百六十億円で頼もうか」
「まいどあり……と言いたいところだが、先日依頼料をくれなかった奴の肉親だから、ぬか喜びはやめておくか……」
「「ガキめが!」」
ボンクラどもがまた怒っているが、広瀬裕はまったく相手にしていない。
やはりかなりの胆力だ。
「竜神会に振り込めばいいのだな?」
「ええ、それでいいです。じゃあ、ちゃっちゃっとやって帰るかな?」
そう言うや否や、広瀬裕は八枚のお札を取り出し、それを悪霊たち投げつけた。
お札が燃えて青白い炎が出たのと同時に、悪霊たちもその青白い炎に包まれ、わずか数秒で消滅してしまう。
悪霊がいた場所には、お札が燃えた時に出たわずかな灰しか残っていなかった。
「すさまじきかな」
「それでは、報酬をお願いします。ああ、あと……」
「なにかな?」
「後継者、替えた方が楽じゃないですか?」
「……念のために聞くが、君に子供はいるかな?」
「いませんね」
「そうか……君もあと三十年もすればわかるさ。バカな子ほど親は……というわけだ」
「限度があると思いますけどね。では……」
広瀬裕め。
高志を跡継ぎから除外しろだと……そうすればいいのは私にもわかっている。
だが、それでも私は高志の父親なのだ。
どんなにバカでも、自分の子供は可愛いもの。
まだ若いお前にはわかるまい。
なんとしてでも私が死ぬまでに、高志でも継続して経営できる戸高グループを残さねば……。
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