第85話 長期戦? 逗留?

「おいおい、あのレベルの悪霊をあっという間に除霊できるのかよ」


「僕の言ったとおりだろう? とにかく悪霊を送り込み続けるんだ」


「それはいいが、こちとら二度と生産できない霊管を酷使しているんだ。悪霊の設置は、一体ごとに報酬をもらうからな」


「構わないさ。五体、十体と悪霊を源泉に仕掛けておけば、徐々に広瀬裕も消耗してついには除霊できなくなるはず。そうなれば、さしものあいつも評判を落とすことになる。ざまあないな」




 このデブ、性格悪いな。

 せめて人当たりがよければ、もう少しマシ……なわけないか。

 なにしろこの風船男は、生まれた家くらいしか取り柄がないからな。

 別にこいつは、俺の親戚でも友人でもないのだ。

 仕事をして報酬さえいただけたら問題ない。

 そういえばもう一つ、この風船男の長所があった。

 金払いがいいことだ。


「(管師は金がかかるのでね)」


 後ろめたい商売なので管師は金になるが、経費も同様にかかるのだ。

 特に、耐久消耗材扱いである『霊管』の修繕費と維持費が高い。

 これも霊器の一種なので、とにかく高いのだ。

 さらに悪いことに、すでに霊管を作れる職人は全滅していた。

 俺が今使っている霊管だって、他の引退した管師から手に入れたものだ。

 ここ数年、引退する管師から手に入れるという手段も取れなくなり、霊管は使えば使うほど耐久度が落ちていく。

 壊れた霊管を使うと、思わぬタイミングで霊管が壊れて中に閉じ篭めた悪霊が飛び出し、管師を死のリスクが襲う。

 そんな事情があり、管師をやめるか、最初から管師を継がずに普通の除霊師になってしまう者も多かった。


 俺も、親父の借金がなければこんな仕事……。

 普通に除霊師をやればいいのに、汚い仕事である管師に拘り、霊管を手に入れるため借金を増やしたクソ親父め!

 挙句に、霊管の使用期限を誤って悪霊に殺されてしまうなどという最悪の結末を迎えた。

 そのまま遺産放棄してやろうかと思ったのだが、この風船男が霊管を金にする依頼を持って来たので、せいぜい所持している霊管が全部使えなくなるまでつき合ってやるさ。

 その金で、除霊に使える霊器でも買おうと思っているからだ。


「それにしても、最初の悪霊は呆気なく祓われたな。若いのに凄腕の除霊師じゃないか」


 しかも、可愛い女子高生たちに囲まれて。

 仕事ができて稼げる奴はモテて当然か。


「あんな奴! 僕に比べたら全然大したことないね!」


 お前はある意味、他者を寄せ付けない個性の持ち主だからな。

 あとは、親父の金くらいしか取り柄がないが。


「とにかく! 続けるんだ!」


「へいへい、了解」


 どうやらこの仕事で、俺の管師稼業は終了となるようだな。

 せめて借金がなくなるまでは稼がせてくれよ。




「あっはははっ! 海の幸、山の幸に、厳選されたお酒の数々。極楽ではないか」


「赤竜神、あまり飲み過ぎるなよ。顔が赤いぞ」


「それは元々だ。大吟醸が五臓六腑に染みわたるな」


「ヤマメの塩焼きも最高だな!」


「いい豆腐を使った料理だね」


「肉がうめえ!」




 除霊開始から三日が経った。

 最初の除霊に成功してから、次々と管師が悪霊を設置していくのだが、俺は千代子たちに管師に手を出すなと言っておいた。

 中途半端に捕らえてしまうと、霊管を消耗してくれないからだ。

 この管師は迷惑なので、必ず廃業させてやる。

 ただいくら悪霊を設置しても、俺たちに経験値を与えているだけなので、本当にご苦労さんなことだ。

 それはいいとして、同行して来た竜神様たちは、毎日温泉に入り、好きに飲み食いしていた。

 源泉は、悪霊が設置されるのと同時に止まってしまうので、一般客の宿泊はお断りしている。

 だが、事情を知っている俺たちだけなら宿泊しても特に問題はない。

 源泉が止まっているせいで、このところ戸高夢温泉のお客はゼロであり、俺たちが宿泊費を落とさなければ苦しいというのもあるようだ。


 なお、さすがに菅木議員は仕事があるので、とっくに帰っていたが。


 竜神様たちが、まるで部活終わりにスポーツドリンクを飲み干す中高生のように高価な酒をガブ飲みしているが、どうせ請求書は竜神会に行く。

 お小遣いが月に四万円(どうにか上がった)の俺は、これに同調して宿の豪華な飯を堪能していた。

 必要経費だからな。


「お兄ちゃん、美味しいね」


「銀狐も気に入ったか?」


「うん」


 銀狐は子供なので、オレンジジュースを飲みながらお子様専用メニューを堪能していた。

 こうして見ていると、妹みたいで可愛な。


「たまに温泉が止まっちゃうけど、この三日間贅沢できて最高だね」


「そうね。この温泉は女将を見る限り美肌にいいはずだから」


「涼子、女将さんは温泉のせいだけであんなに若づくりじゃないと思うけど。若女将と姉妹にしか見えないって凄いわよね」


 温泉の効能の前に、女将さんの若さは驚愕に値すると思う。

 彼女の娘さんが高校卒業後から女将の修行を始め、若女将と呼ばれているのだが、俺たちからすればどちらも若女将という。

 そういう霊薬の影響なのではないかと、つい疑ってしまうほど女将は若いのだ。

 彼女を見てアラフォーだと思う人は、一人もいないだろう。


「しかも、今は独身だそうですよ」


「彼女目当てのお客さんも多そうね」


 実際多いらしいが、今は温泉が止まっているので営業停止中。

 温泉なんて出なくてもいいから泊めてくれと言った常連客たちが、いるとかいないとか。

 夢湯には普通のお風呂がないので、さすがに断ったようだけど。


 彼女が現在独身というのも大きいのか。

 婿に入っていた旦那さんがいたそうだが、五年ほど前に病気で亡くなってしまったと聞いた。

 後釜を狙う男性が多いわけだな。

 気持ちはわからんでもない。


「女将さん、うちのお袋よりも年上なんだよね」


 見た目は、残念ながらうちのお袋の方が……小遣いが少ないので遠慮はいいか。

 うちのお袋の方が、圧倒的におばさんである。

 いや、ババアである!


「はっ! 裕ちゃんはもしかして、女将さんのような年上が趣味とか?」


「あの人の場合、年上趣味の定義が難しい」


 ほとんどの同年齢の男性からすれば、彼女を好きになるということは年下趣味にしか見えないのだから。

 あと、俺はさすがに興味ない。

 だって、うちのお袋よりも年上なんだから。


「もし狙うとしても、若女将の方じゃない?」


 現在、若女将は十九歳だそうだ。

 彼女なら年齢的にも釣り合いは取りやすいであろう。

 あくまでも一般論だけど。


「あら、私に興味を持ってくれるの?」


 とそこに、追加のお酒を持った若女将が入って来た。


「そのくらいの年齢差のカップルは珍しくないかなって話です」


 俺の場合、向こうの世界で三年過ごしているから、ほぼ同年齢なのか。

 母親である女将さんに似て、とても綺麗な人ではあるんだよな。


「あら、つれないのね。でも私を選ぶと、お母さんも一緒についてくるかもよ」


「なんです? それ」


「お母さん、お父さんが病気で亡くなった時、再婚はしないと誓っていたから。となれば、娘の婿を共有するという手しかないわ」


 いや、そこは再婚しなくても彼氏なら簡単にできそうだけど。

 親子して一人の男性を共有するなんて、どんなエロ小説の世界だ。


「たとえば、私が妊娠してしまった時、その間に浮気防止でお母さんと……なんてね」


「あなたは、お客さんに接客もしないで、なにをバカみたいなことを……すみませんね、この子はまだ半人前の若女将なので……」


 続けて、料理のお替りを持って女将も部屋に入ってきた。

 それにしても、二人並ぶと姉妹にしか見えないな。


「亡くなった父と夫が大切にしていた源泉なので、除霊していただけてありがたいです」


「すいません、時間がかかってしまって」


 祓っても、すぐに管師が新しい悪霊を設置してしまうので、完全な根気勝負になってしまっていたからだ。

 とにかく管師を消耗させなければ。

 中途半端に終わらせると、俺たちが撤収してから再び同じことをやりかねないのだから。


「あっそうだ。女将さん、変な連中が宿や源泉を売ってくれって来ませんでしたか?」


「よくご存じですね。戸高不動産の戸高高志という、かなり恰幅のいい男性が……」


 恰幅のいいねぇ……。

 客商売なので、その辺は言い方を考慮するのか。

 それにしてもあの風船男め。

 完全な営業妨害じゃないか。

 よく選挙に出ようなんて考えたよな。


「すべての宿の経営者たちに話を持ち込んだようですね。全員断りましたけど」


 その恨みというか、手段を選ばず悪霊で源泉を止めて、宿の経営者たちを経済的に困窮させ、宿や現源泉を売るように仕向ける作戦というわけか。

 犯罪の証拠がないからといって、あのバカはやりたい放題だな。


「それも、あと数日だと思いますので。もう少しご辛抱を」


「こうなりましたら、あとはプロである広瀬さんにお任せいたしますので。それにしても、似ておりますね。お祖父様に」


「そうかな?」


 見た目はそんなに似てないと思うんだよなぁ……。


「雰囲気とかですよ。とても頼れる感じがして、優れた除霊師というのはみなさんそんな感じですね。私もそれほど多くの除霊師の方を見たわけではないですけど」


「どうなんですかね?」


 母親よりも年上だけど、美人に褒められて嬉しくない男性はいないね。

 こう、これからも頑張ろうと思えてしまうのだ。


「この広瀬裕にお任せください! って!」


「どうかされましたか?」


「いいえ……」


 俺はちょっと美人に褒められて嬉しかっただけなのに、久美子たちが尻を抓ってきて……痛いじゃないか。


「(裕ちゃん?)」


「(裕君……)」


「(こらぁ! 裕!)」


「(師匠、惑わされてはいけません)」


「(冷静になって。相手はあなたのお母さんよりも年上なのよ)」


 みんな、どうしてそこまで想像力が豊かなのか?

 俺と女将さんがどうこうなるわけないだろうに。


「女将さん、お兄ちゃんは銀狐のお婿さんになるから、手を出しては駄目なんだよ」


「あら、もう予約が入っているのですね。残念」


 最後に、銀狐が俺と将来結婚するのだと言ったら、女将さんは笑いながら先に取られてしまったようねといった風な言葉を返した。

 ほらな。

 女将さんにそんな気なんてないんだよ。

 亡くなったお父さんと旦那さんのために、この夢湯を残そうと懸命なのだから。


「お兄ちゃん、今夜は一緒にお風呂に入ろうね」


「いいのかな?」


 相手は幼女だしな。

 兄と妹が風呂に入るようなものなので、特に問題はないか。

 と思っていたら……。


「銀狐ちゃん、お風呂は私たちと一緒に入りましょうね」


「裕君は男性だから、男風呂に入らなければいけないのよ」


「ここは混浴ないからね」


「今の世情を鑑み、銀狐は女風呂に入るのがよろしいでしょうから」


「だいたいあなた。毎日広瀬裕と風呂に入ろうとして私たちに阻止されているじゃない。いい加減学びなさい」


「はーーーい」


 えっ?

 もしかして銀狐って、初日から俺と風呂に入ろうとして女性陣に止められていた。

 ……見た目は幼女でも、相手はお稲荷さん。

 これは油断できないというわけか。

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