第86話 霊管の限界
「次の悪霊だ! まだまだやるんだ!」
「いや、もう限界だ。あの広瀬裕という名前の少年。尋常ではない実力の持ち主で俺では歯が立たないからな」
この一週間。
何度も霊管に閉じ込めた悪霊たちを源泉に仕掛けてきたが、どれもすぐに除霊されてしまった。
霊管には除霊可能な悪霊よりもかなりランクが高い悪霊を閉じ込められるのだが、あの広瀬裕という除霊師は化け物なのか?
どんなに優秀な除霊師でも、せいぜい週に二~三体が限界であろうという悪霊を、もう数十体も除霊しているのだから。
「もっと強力な悪霊を連れて来いよ!」
「残念だが、もう霊管が限界なんだ」
元々、古い霊管だからな。
亡くなった親父が大借金してまで集めてきたが、それに見合う使用限界数が残っていなかった。
なんとか手入れしながら使っていたが、さすがにもう限界だ。
一つ残らず使用不能になってしまった。
これ以上霊管に悪霊を入れたら、いつ破裂して悪霊が飛び出してくるかわからない。
親父は突然飛び出した悪霊への対処が遅れ、そのまま呪い殺されてしまったからな。
管師ではたまにあるが、除霊師としては最悪な死に方で、だから管師は除霊師に蔑まれることが多い。
俺はそんな死に方はお断りだし、管師に未練はない。
それに、もう随分と稼がせてもらった。
親父の借金も返済し、新しい霊器を購入できる資金もできた。
もう契約は終了だな。
俺は、普通の除霊師に戻るぞ。
「ふざけるな! 途中でやめるっていうのか? この戸高夢温泉でボロイ宿をやっている貧乏人たちを追い出し、ここに大規模な温泉リゾートを作るんだから」
それなら、俺にこんな嫌がらせを頼む前に買収交渉をちゃんとやったらどうだ?
その方が金もかからなかったと思うが……この風船男は類を見ないバカだったな。
「俺は知らん」
霊管が使えなくなった以上、俺の管師としての仕事はもう終わりだ。
親父の借金のせいで危ない橋を渡ったが、これからは普通の除霊師としてやっていきたいものだね。
契約どおり、数十体もの悪霊を源泉に仕掛けたんだ。
なにを言われようと俺の仕事は終わりだ。
「そんなに霊管とかいう筒を持っているじゃないか!」
「もう使えないんだって言ったろうが! この霊管は閉じ込められる悪霊の数が決まっている。それも、ちゃんと手入れしなければさらに閉じ込められる悪霊の数は減ってしまうし、もう作れる職人もいない」
「使えそうだぞ!」
「素人のお前が見てもわからないさ」
霊管に『まだ使えます』とか、『もう使えません』とか書いてあるわけないだろうが!
管師は、霊筒の使用限界を見極められて一人前なんだ。
除霊師でもないお前にわかってたまるか!
「その筒を僕に売れ!」
「お前じゃ使えないぞ」
除霊師でも、使えない奴が大半なのに。
つまり、他の除霊師に使わせようとしても無駄だ。
使えない霊管は、特別な方法で供養する……燃やして自然に返す。
これが、古くからの教えなのでな。
「もう使えない霊管を他人に譲渡するのはご法度なのでね。俺は借金のせいで悪事を働いたが、それでも管師としての矜持というものがある。これらの霊管は、俺が責任を持って処分させてもらう。じゃあな」
「逃がすか! おい!」
「「「「「はっ!」」」」」
この野郎!
自分が仕事を依頼した除霊師を拘束するなんて……。
目的は、霊管か……。
だからお前では使えないというのに、お前は底抜けのバカだな。
「パパに頼めば、これを使える除霊師なんてすぐに見つかるから問題ないよ」
「だから、その霊管はもう使えない……」
「三流は、黙って見ているがいいさ。さあて、早く貧乏で小汚い宿をやっている連中を追い出さないとね」
「……とんでもないことになるぞ!」
もし悪霊を入れた霊管が、町中で破裂したら。
その除霊師はおろか、多くの犠牲者が出てしまう。
「クソッ! 離せ!」
「お前は特等席で見ているがいいさ」
せめて、霊管は人がいないところで破裂してくれ。
俺は戸高高志の部下たちに拘束されながら、ただそれだけを願うのであった。
「ふぃーーー。今日もいい湯だな」
もうこの宿に来てから六日か。
月曜日からはここから学校に通ったが、温泉通学というのも悪くないな。
通学前に朝風呂に入れるし。
今も夜中だが、ノンビリ一人で温泉に入るのもいいものであった。
「もうすぐ、管師も霊管を消耗し切って終わりのはずなんだが……」
思っていたよりも保ったというのが正直な感想だな。
複数の霊管を持っていたようだが、今の世だと珍しいな。
霊管自体がもう作れないので、とても貴重なものだと涼子が言っていたから。
「明日には決着つくかな?」
そうなると、この温泉ももう終わりか。
ちょっと残念な気分だな。
竜神会の研修旅行をここにしてもらおうかな?
温泉でなにを研修するのか、よくわからないけど……。
「うん? 竜神様たちかな?」
風呂場の入り口から気配を感じるのだが、酒を飲むのに飽きて温泉に入りに来たのであろうか?
その割には、なかなか入って来ないようだけど……。
「従業員さんが、脱衣所の掃除でもしているのかな?」
どちらでもいいかと、俺はもう暫く温泉を堪能すべく、湯船に浸かり続けるのであった。
「へへっ、計画は完璧よ! 『この時刻より混浴となります』という張り紙をしておけば、私が男湯に入ってもまったく問題なし。あとは裕に、『お背中流しますね』的な感じで一緒にお風呂に入れば……」
私の綺麗な裸に、裕もイチコロよ。
アイドル時代、五億円のギャラでヌードにならないかと誘われた……お話にもならないので断る以前の話だったけど……この私なら、勝利は目前というもの。
このままだと、どんどんライバルが増えていく一方だから、ここで勝負をかけなければね。
「裕、待っててね」
「待っててね、じゃないわよ」
「葛城先輩、ちーーーす」
「『ちーーーす』じゃないわよ。こんな張り紙で騙してまで男子風呂に入って……あなたには、常識というものがないの?」
「当然ありますよ」
でも、それとこれとは話が別。
だいたい、お祖父さんが私たちに散々迷惑かけた葛城先輩がそれを言う?
「葛城先輩、涼子みたいなことを言って。あっ」
「なに?」
「その手に持っている紙はなんですか?」
「ちょっと!」
急ぎ葛城先輩が持っていた紙を取り上げて中身を確認すると……。
そこには、『この時間帯より、混浴となります』と書かれていた。
「私と同じだ!」
「むむっ……」
「二人ともレベルが低いわね。もし竜神様たちが入ってきたらとか、淑女たる大和撫子として考えないのかしら?」
さらに涼子まで……。
クソッ!
とっとと服を脱いで男子風呂に入ってしまえばよかった!
「そういう清水さんこそ、その紙はなに?」
「あっ!」
葛城先輩が涼子から取り上げた紙には、『これより貸し切り。入浴禁止』と書かれていた。
「なにが貸し切りよ! 元々そうじゃない!」
悪霊のせいで源泉が出たり止まったりするから、この夢湯のお客さんは私たちしかいないというのに……。
「人のことが言えるの? 抜け駆けして、裕君と一緒にお風呂に入ってそのあと……とか考えていたくせに」
「それは涼子もでしょう!」
「二人とも、ここは先輩に譲るとかそういう謙虚な心はないの?」
「「ないわよ!」」
先輩に譲る?
なにそれ、美味しいの?
それに裕だって、若い女の子の方がいいはずよ。
「たった一歳差で、年の差もなにもないじゃない!」
「十代で一歳の差は大きいのよ!」
「そうね。それに葛城先輩は、裕君に好かれてないから」
「そんなことはないわよ! って! コラッ!」
「させるか!」
「バレないと思ったのかしら?」
私たち三人で言い争っている間に、こそっと男子風呂に入ろうとした人物がいたので、一斉に傍にあった風呂桶を投げつけた。
「痛っ! ううっ、みんなレベルが上がって動体視力まで……」
千代子、あなたの忍としてのアドバンテージなんて、レベルアップでほとんどないんだから。
同時に、除霊師としての実力差もほとんどなくなってしまったけど……。
「私は、弟子として師匠の背中を流した方がいいかなって思ったんです」
「裸でタオルを巻いていくな!」
あんたの魂胆なんて、みんなお見通しよ。
同じこと考えているんだから。
「裕ちゃん、昔みたいに一緒にお風呂に入ろうね」
「出たわね! この幼馴染推し女が!」
何食わぬ顔で私たちをすり抜けて、そのまま裕と一緒に風呂に入ろうとするな!
あんたが一番油断ならないわよ!
裕も、どうも久美子は特別視しているみたいだし……。
「相川さん、私は二番目でいいので」
「どうしようかな?」
「って! どうしてここで、正妻と愛人志望者の会話みたいになっているのよ?」
もう、こうやってお互いに牽制し合うから、このところ全然裕との関係が進展しないじゃない。
「それを、抜け駆けしようとした葛山さんが言うのかしら?」
「どうせ、涼子たちだって同じことを考えているくせに。こういうのは勝った者勝ちよ」
「なによそれ?」
「どんな手段を使おうとも、裕が選んだ者が勝ち。そういうことよ、葛城先輩」
「当たり前だけど、真理ね」
「では、私は師匠の背中を流しに……」
「「「行くな!」」」
「裕ちゃん、待っててね」
「だから、さり気なく風呂場に入ろうとするな!」
などと五人で不毛な争いをしていたら、突如源泉の方から禍々しい気配を感じた。
どうやら、またも懲りずに管師が……いや、私もレベルが上がって悪霊の強さが段々とわかるようになってきた。
これは、ちょっと今までとは違うかもしれない。
と思った瞬間、風呂場から裕が飛び出してきた。
しかも裸で……風呂上りだから当然だけど。
「えっ? みんな、男子風呂の更衣室でなにをしているんだよ!」
「裕、それよりも源泉にまたも強力な悪霊が現れたわ」
「そうだった! 俺は行く!」
裕は私たちへの追及を止め、急ぎ浴衣を羽織ると源泉へと駆け出して行った。
「ふう、上手く誤魔化せたわ」
男子風呂の更衣室に私たちがいた件を、裕に追及されなくてよかった。
「里奈ちゃん、それよりも悪霊はどうするの?」
「そうだ! しまった!」
「急ぎ裕君のバックアップを!」
私たちも、裕に続いて源泉へと急ぎ駆け出したのであった。
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