第84話 管師

「お兄ちゃん、結界があるよ」


「効果がなくなってないな。それなのに悪霊が?」



 夢湯の裏庭にある源泉は小さな祠の中にあり、その入り口にはお札が貼られていた。

 よく見るとこれは祖父さんの文字なので、悪霊や怨体が寄り付かないように封印を施したのであろう。

 効力は失われていないので、よほど強力な悪霊でなければ祠の中の源泉に近づけないはずなのだが……。

 やはり、源泉を止めている悪霊はなにか変だ。


「裕、どうだ?」


「注意してくれ。とにかく変だ」


 稀にいる浮遊霊から強力な悪霊になるパターンでも、よほどこの源泉に未練でもなければ、ここに入り込むわけがない。

 他の封印がない、気に入った場所を占拠するはず。


「突然悪霊が湧いたってよりは、ここに誰かが入って悪霊を設置したみたいな感覚だな」


「設置? そんなことできるの?」


「理論上は可能だ」


 向こうの世界にも、特別な道具に閉じ込めた悪霊を任意の人物や場所に取り憑かせる除霊師がいた。

 その所業はまさに悪の除霊師なわけだが、そういうことができる奴が実在するのも確かなのだ。


「涼子は、聞いたことないかな? 悪霊を道具に封印して、それを自由に解放できる除霊師のことを」


「それは『管師(くだし)』ね。人数は大分減ったけど、いなくはないわ」


「いるんだ。そんな、いかにも悪の除霊師って奴が」


「そういう除霊師や一族もいるのよ。現代では、大分左前だけどね……」


 里奈の問いに、涼子がそう答えた。


「大昔には、権力者や金持ちが管師に頼んでライバルを呪い殺させたり、商売仇の店や観光地に悪霊を憑りつかせて……まさに今の状況ね」


 戸高夢温泉を潰すため、誰かが管師に頼んで源泉に悪霊を取り憑かせたわけか。

 でも変だな……。


「大昔でも、管師に頼むと莫大な費用がかかったと聞きます。それなら忍の方が……なんて思う人も多かったそうです。こういうことを言うのはなんですけど、管師に頼んで戸高夢温泉の源泉を止めるなんて、費用対効果が悪いなんてものじゃないです。それに、管師が使う悪霊を封印する『霊管(れいかん)』。今では誰も作れず、その数も徐々に減っていると……」


「そうなのよね。だいたい、管師自体が希少だもの」


「ああ、それだけの力量があったら、普通に除霊師をしていた方がいいものね」


「とまあ、葛城先輩の言ったとおりの結論に至り、管師はもはや滅びる寸前の商売なのよ」


 確かに、いくら専用の道具があっても、悪霊を封印するには除霊師としても相当優れていなければならない。

 昨今では優秀な除霊師が不足しているので、そんな力量があったら、普通に除霊をした方が儲かるし、ありがたがられる。

 わざわざそんな後ろめたい商売を続ける意味がないのだ。


「霊管は耐久消耗材なのに、もう作れる人がいないというのもあるわ」


 道具に悪霊を閉じ込めるとなると、霊管には使用回数制限があるはずだ。

 なぜなら、悪霊のような高エネルギー体を封印するのだ。

 霊管は壊れやすいに決まっている。

 じゃあ頑丈に作ればいいというが、そんな重たいデカブツを抱えて悪霊と対峙し、封印するなんてまず不可能だ。

 俺ならできるが、この世界の除霊師だと不可能であろう。

 除霊師が動きやすくするため、霊管はかなりコンパクトな造りで、その代わり使用回数制限があると見た。


「今では貴重な霊管を使う仕事だから、悪霊の設置にはお金がかかるわけだ。伊豆とか、別府とか、熱海を潰すならわかるけど、戸高夢温泉? 裕ちゃん、私はそういうこと考えるバカに心当たりある」


「私もあるわ」


「あーーー、あの風船ね」


「戸高家のバカ息子ですか? 忍の世界でも有名ですよ」


「悪運の強さは歴代最強だって、生臭ジジイが言っていたけど」


「風船バカ」


 当たり前だが、相変わらずあの風船男の評価は低い……高いわけがないけど。


「これはつまり、戸高高志が戸高夢温泉を潰し、その跡地に温泉リゾートやスパ施設でも作って大儲け。『僕って、優れた青年実業家だね』作戦の一環なわけだ」


 いかにもあの男が考えそうな、『僕の考えた、最高に儲かる事業計画』だな。

 特に商売に詳しくない高校生にもわかる内容って……あいつはバカだから仕方がないのか。


「管師に払う費用。夢湯他、ここで営業している温泉宿の立ち退きにかかる費用。取り壊し、施設の建設……ペイするのに何年かかるかな? あいつは相変わらず『算数』ができないな」


 なにが怖いって?

 俺たちの浅はかな予想がほぼ当たっているからだと思うな。


「なんか、バカらしくなった。除霊してくる」


 俺だけで祠に入ると、そこにはどうということもないサラリーマン風の悪霊が……右上の頭がザクロのように割れて脳みそが見えているので、飛び降り自殺した人なのであろう。

 この温泉との関連はなく、いかにもここに設置されたという印象を受けた。


「オレハ、カネナンテウケトッテナイ! ナノニ、オレガシネバスベテガオサマルカラッテ! クソォーーー! ナニガセンセイダ! オオシタノヤロウ!」


 なんか、ちょっと公務員の闇を覗いてしまったような気がするが、現世において人が悪霊になってしまうネタは尽きないものということで。

 詳しい事情を聞くほど俺も暇ではないというか、いちいち聞いていたら除霊にならない。

 俺はお札を取り出すと、それを悪霊に向かって投げつけた。


「オレハ、ムジツダァーーー!」


 という絶叫を最後に、悪霊は除霊されてしまった。

 そして、源泉から温泉が湧き出してくる。


「これは……やはり、仕掛けがあったな」


 祠を出た俺は、早速みんなに報告をした。


「爺さん、やはり悪霊は仕掛けられたものだった」


 大半の泉や源泉を止めてしまうような悪霊は、自分の意志でそういうことをしている。

 だがあの悪霊は、突然そこにポンと置かれたのでそこまで考えが至らないのだ。


「人工的な霊的封印が施してあった。しかもご丁寧に、あの悪霊が消えると解けてしまう封印だ」


 悪霊を仕掛けた管師は、かなり慎重な人物のようだ。

 もし悪霊が除霊されたあとにも源泉から温泉が出てこなかったとしたら、自分の関与がバレると思い、悪霊の存在と同期した霊的な封印を施していたのだから。

 物理的な封印とは違うので、解けてしまえば証拠は残らない。

 優秀な除霊師は霊力の残滓で気がつくが、それが警察などで証拠として採用されることはない。

 裁判になっても有罪にはできないだろう。


「あのバカ息子が!」


 菅木の爺さんが怒るのは理解できる。

 霊や霊力を利用して悪さをされると、除霊師の社会的な評価が落ちてしまうからだ。

 もしなにかの間違いで除霊師なんて必要ないということになってしまったら、この世界は大きく混乱してしまうであろう。

 だからこそ、日本除霊師協会のような組織や、様々な決まりを作ってきたのだから。


「爺さん、これは長丁場になるかもな」


「かもしれないな」


「えっ? これでもう終わりじゃないの?」


「里奈、管師の方を押さえないと駄目なんだ」


 この管師、かなり優秀な奴なので、また同じことを繰り返すはず。

 なぜなら、このレベルの悪霊を何度も除霊……いくら優秀な除霊師でも、もう勘弁してほしいとなってしまうであろうからだ。

 だが、このレベルの管師を雇い続けるには大金がかかる。

 真犯人は、ほぼ間違いなく戸高高志であろう。


「そんなに簡単に捕まるの?」


「私がいます。いくら優秀な管師でも、身体能力は並なので」


「また侵入してきたら、くのいち参上ってわけね」


 それに、夢湯の敷地内にある源泉に悪霊を仕掛けても気がつかれなかったのは、夢湯側の油断があったからだ。

 普通の温泉宿が、そこまで強力な警備をするわけがないというのもあるのか。


「いや、暫くは放置で」


「えっ? どうして?」


「管師なんて潰す」


 ここで一旦捕らえても、心霊関係の罪状なので大した罪にもできない。

 せいぜいで、不法侵入の罪に問えるくらいか。

 それなら、二度と管師稼業ができないようにしてしまった方がいい。


「どうやって潰すのか私にはわからないわ」


 桜は気がついていないようだが、現代において管師なんて潰すのは簡単だ。

 他の除霊師にはできないが、俺にはできてしまうのだ。


「というわけで、暫くはここに泊まり込みかな? 通学もここからしよう」


「温泉宿から通学かぁ……」


 実はこの方法、真犯人であろう戸高高志にもダメージを与えられる可能性があった。

 どの程度ダメージを与えられるかは、あいつがどのくらいバカなのかにもよるが……。

 部下たちに止められるかもしれないが、試しにやってみることにしよう。

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