第78話 出戻り
「えっ? 中村先生が綺麗な女性と話していたって? 道を聞かれたのではなく?」
「本当なんだって! でも中村先生と綺麗な女性との組み合わせを即座に否定するなんて、相川も酷いよな」
「そうね。裕君、こういう冷たい女性はやめた方がいいわよ」
「むむむっ……清水さんも信じていないよね?」
「……そんなことはないわよ。その綺麗な人は、保険の営業かもしれないじゃない」
「清水も大概酷いけどな……」
朝のホームルーム前、クラスメイトたちの間で、担任の中村先生が綺麗な女性と一緒に学校近くの公園で話をしていたと、それなりに話題になっていた。
クラスの男子が、夜遅くに見かけたらしい。
コンビニに買い物に出かけた帰り、二人で楽しそうに話をしていたそうだ。
「あの中村先生ってところが、いまいち信じられない理由なんだけどね」
「私もこのクラス転入してきたばかりですけど、中村先生が綺麗な女性とですか……親戚の方では?」
久美子も、涼子も、里奈も、千代子も、他の女子たちも。
誰もが、中村先生と綺麗な女性という組み合わせに疑問を感じていた。
中村先生はこの高校の出身だそうで、その頃から誰かに惚れてはすぐに告白して撃沈していたそうだ。
高校卒業後大学に進学し、教育課程を経て教師となり母校に着任したわけだが、今も門前町の喫茶店の女性店長、今では仁さんの彼女だと周囲から認知されている洋子さんにフラれ、俺の従姉である沙織姉ちゃんからも袖にされている。
決してスペックが悪いというわけではないのだが、どこか軽薄な気がする。
これが、沙織姉ちゃんによる『中村先生評』であった。
「ついに中村先生にも春が? ということかね?」
「どうなんだろう? 俺は公園で話をしている二人を見たってだけだから」
「おーーーい! 話をやめろ! ホームルームを始めるぞ!」
それからすぐに、話題の主である中村先生が教室に入ってきたのでその話は終わってしまったが、俺たちは放課後に再びその話に関わることになってしまうのであった。
「こんにちは、中村君の同級生だった桑木奈々です」
「どうも、除霊師の広瀬裕です」
古武術同好会の活動と称し、放課後に元弓道部の部室に集まるようになった俺たちであったが、今日はその場に女性の霊がゲストとして現れた。
悪霊ではなく、浮遊霊の類でもない。
自分が死んだことを自覚し、次に生まれ変わるためあの世で修行をしている霊であった。
だから話し方が普通で、人には害を成さない存在というわけだ。
あと、オマケで中村先生もいた。
「本格的な修行を始める前の『出戻り』ですか?」
「珍しいわね」
「裕ちゃん、清水さん。出戻りって?」
「霊界での本格的な修行の前に、霊がこの世に残した未練を解決するため戻ってくることよ。なんでも、修行でいい成績を出した人しか『出戻り』はできないとか。珍しい現象ではあるわね」
「葛城先輩が、なぜか詳しい」
「相川さん、私は除霊師になったのだから、そのくらいは時間があれば調べるわよ」
涼子の代わりに桜が久美子の問いに答えたが、久美子からすると桜が霊関係のことを勉強していたことが驚きの事実だったようだ。
気持ちはわからないでもない。
以前は、仕方なしに除霊師としての修行をしていたのだから。
「つまり、この人はなにかこの世に未練があって戻ってきたわけですね。そして、中村先生の知り合いでもある」
「葛城の予想どおりだ。桑木さんは、私の高校の頃の同級生だったんだ」
「在学中に病気になり、私はそのまま死んでしまったのです」
病死なので、事故死や自殺と違って悪霊になりにくかったわけだ。
事故死や自殺でも、悪霊にならない人も少数だけどいるけど。
人の心とは不思議なもので、自殺がその人にとって最後の救いというケースもあったりするのだ。
勿論、自殺すると大半は悪霊化するけど。
「中村先生が桑木さんとここを訪ねて来たのは、中村先生が桑木さんの願いを叶えるのに協力しているということですか?」
「そういうことになる」
中村先生は、千代子の問いに対し首を縦に振った。
「私は彼女と同じクラスでね。昨日、突然目の前に現れて驚いたけど」
桑木さんが中村先生を頼ったのは、二人の波長が合ったからであろう。
中村先生に霊感はないので、普通なら彼女の霊は見えないはずなのだから。
そしてもう一つ。
中村先生は、桑木さんへの想いが強い。
好きだったのかもしれない。
「出戻りなら、願いさえ叶えればすぐに霊界に戻るはず。心霊委員会としては、それほどの問題ではないか。それで桑木さんの願いとは?」
「実は私、デートをしてみたいのです。ご覧のとおり、私は高校二年生の時に亡くなりましたので……」
桑木さんの願いは、いかにも女子高生らしく、一度でいいからデートをしてみたいであった。
『誰と?』と尋ねたら、それは中村先生ってことでいいのかな?
わざわざ頼っているくらいなのだから。
「裕、霊ってデートできるの?」
「うーーーん、難しい」
例えば、桑木さんと中村先生がデートして町中を歩くとしよう。
すると、町中にいる霊感がある人たちは、彼女の霊を見つけてしまうはずだ。
さぞや不気味に思われるだろう。
もう一つ、中村先生が社会的に死ぬかもしれない。
本人たちは二人で話しながら歩いているつもりでも、霊感がない人から見れば、中村先生は存在しない『隣の人』に話しかけている風にしか見えないのだから。
見えない人に話しかける。
中村先生は、精神的な理由で休養させられるかもしれない。
映画に出かけて、映画館のチケット売り場で二枚チケットを購入する。
洒落たレストランを二人分で予約する。
中村先生が、自分には彼女がいると思い込み、一人なのに二人だと言い張ってデートしている危ない人扱いされるであろう。
「確かに、ただの危ない人ね……ちょっと関わりたくないかも……」
「でしょう?」
俺も涼子の意見に賛成であった。
「桑木さん、つまり体を貸せと?」
「はい。大変に心苦しいお願いなのですけど……」
このエアデート状態を解決する唯一の方法として、桑木さんの霊に誰かが体を貸すという方法が唯一存在した。
この方法なら、二人でデートしてもおかしくはないはずだ。
「依り代は、除霊師でなければ危ないわよ」
桑木さんの霊は悪霊ではないのだが、普通の人に長時間憑りつくと心身に多少の影響が出てしまうのだ。
そこで、依り代には霊力が高い除霊師が望ましい。
依り代として有名なのは恐山のイタコだったりするが、実は霊力が高い除霊師が依り代になった方が精度が高かったりした。
実力のある除霊師の数は少ないし、出戻り自体も珍しいことなので、この手の依頼は非常に珍しかったりするわけだが。
「じゃあ、俺で?」
「広瀬、桑木さんは女性だぞ」
「裕ちゃん、中村先生とデートしていたっていう噂が流れて大丈夫なの? やめた方がいいと思うよ」
いかに優秀な除霊師でも、霊の依り代にされたからといって、その霊と同じ容姿に変化するわけではない。
つまり、俺が桑木さんの霊の憑依されると、中身は桑木さんである俺と、中村先生とが二人でデートしている構図に……俺も社会的に死ぬかもしれないのでやめておこう。
その前に、もの凄く嫌だ。
「となるとだ。女性除霊師の方がいいのか」
俺が久美子たちの方を見ると、なぜか五人ともそっと俺から視界を外した。
「中村先生、人気なし!」
「広瀬ぇーーー! それは、とんだ風評被害だぞ! 私は、あくまでも桑木さんのために相談に乗っているんだ!」
その割には、女性陣は誰一人として桑木さんに憑依されたくないという……。
事情を知らない人からしたら、中村先生とデートしているようにしか見えないからな。
「私は、男の人と二人で出かけるのって裕ちゃんだけで慣れていないから」
「相川さん、桑木さんの霊が憑依するから慣れていないもクソもないわよ」
桑木さんの霊に憑依されてしまえば、意識は完全に彼女の方に切り替わってしまうからな。
あくまでも、現世でのデートのために桑木さんの霊が久美子の体を借りるという構図なのだから。
「裕ちゃん以外は嫌!」
久美子の返事は、完全なる拒絶であった。
俺以外の男性と噂になるもの嫌だというわけだ。
「ううっ! それを言われると私が悪役みたいじゃないか! 広瀬ぇーーー! リア充に死を!」
「俺が悪いんですか? 言いがかりですよ!」
しかしながら、客観的にその様子を想像してみると、町中で堂々と女子高生とデートする若い男性教師。
今の世だと犯罪扱いで、下手をすると中村先生が処分されるかも。
「私も、亡くなったお父様と裕君以外は嫌!」
若干ファザコンが入っている涼子も、桑木さんの霊の依り代になることを拒絶した。
あの安倍清明と同じ扱いの俺は、えらく彼女から好かれているようだ。
「涼子、珍しく意見が合うわね。私も嫌よ。中村先生のことを信じていないわけじゃないんだけど、私の体のコントロールを預けるってのが嫌」
涼子に続いて、里奈も依り代になることを拒絶した。
依り代になっている間は、里奈は自分の意志で動けなくなる。
万が一のことを怖れて……実は、中村先生が信用ならないってことでは……それを口に出すのはやめておこう。
「私も嫌です。私は忍なので、万が一のことあると……」
「私はまだ除霊師として未熟だから……」
「おぉーーー! のぉーーー!」
千代子と桜にも断られてしまい、自分がまったく男性として信用されていない事実を知った中村先生は一人絶叫していた。
同じ男性として、気持ちはわからないでもない。
「広瀬が、私の気持ちなんてわかるものかぁーーー! 高校生のくせに、ハーレムなんて形成しやがって!」
「そんなぁ! 俺は中村先生に同情して……」
「そんな同情いらんのじぁーーー! モテる奴は、とりあえず死ね!」
そんなんだから、あんたは女性にモテないんだよ!
俺は心の中で、中村先生に対して絶叫した。
声に出さなかったのは、下手に恨まれて留年でもさせられたら溜まったものでないからだ。
「どのみち、戸高市内で自分の学校の女子生徒とデートなんてしていたら、中村先生の教師生活が終わると思いますけど……」
「そうだったぁーーー!」
俺もそれに気がついていたが、ズバリと桜により指摘されたため、中村先生は再度絶叫する羽目になっていた。
「あのぁ……よろしいでしょうか?」
「どうかしましたか? 桑木さん」
とここで、桑木さんが俺たちの話に参加してきた。
なにか言いたいことがあるようだ。
「みなさん、一つ誤解があるようなので……」
「誤解ですか?」
なんだろう?
もしかして、デートの他にもっとやりたいことがあるとか?
「デートはしたいんですけど、お相手は中村君じゃないんです」
「「「「「「はい?」」」」」」
中村先生以外の全員が、彼女の希望を聞いた途端、その場で首を傾げてしまった。
じゃあ、他に誰とデートしたいというのであろうか?
「ちょっと待ってくださいね。冴島さん」
桑木さんがある人の名前を呼ぶと、瞬時に霊の気配を感じた。
悪霊ではなく、桑木さんと同じく現世に降りてきた霊であろう。
「初めまして、冴島聡です」
「「「「「「どうも、初めまして」」」」」」
他に言うこともないので、俺たちは思わず定番の挨拶を返していた。
彼は背が高くイケメンの好青年であった。
中村先生が悪いというわけではないが、残念ながら比較するとまったく歯が立たないのが現実であった。
「桑木さんは、この冴島さんとデートしたいのですか?」
「はい。彼とはあの世で出会いまして。今度一緒に、霊界で修行するんです」
「その前に、二人で一度この世でデートしたいんです」
「いつもは、あの世でしかデートできませんからね。私、楽しみで。ねえ、聡さん」
「僕もだよ、奈々」
誰が見ても、この二人はとてもお似合いだった。
ゆえに、余計中村先生は哀れに見えてしまう。
「なるほど……」
今しがた、残念な事実が発覚した。
なんと桑木さんは、中村先生ではなく、あの世で出会った冴島さんというイケメン男性とデートをしたいのだという。
この場合、彼の依り代になるのは俺ということか。
「(つまり、俺と久美子たちの誰かが依り代になればいいのか。それにしても、中村先生の目が死んでる……)」
それにしても、彼のモテなさは尋常ではないな。
以前好意を寄せていた女性の霊にまでフラれるなんて……。
もしかすると、中村先生は悪霊に憑かれているせいでモテない……。
なにか憑いていたら、俺が気がつかないわけないか。
運が悪い?
ただ単にモテないだけか……。
「中村君には感謝の気持ちしかないです」
「いやあ……桑木さんが喜んでくれたらそれで……」
悪霊ではない桑木さんに悪意はないのだが、中村先生にとってはえらく残酷というか……。
またもやフラれた中村先生は、桑木さんに対し痛々しい笑顔を浮かべていて、俺たちはちょっと彼と目を合わせにくかった。
「で、冴島さんは俺が依り代になり、桑木さんはどうする?」
桑木さんは一人で、久美子たちは五人。
誰が彼女に体を貸すか。
さっきみんな嫌がっていたので、ここはクジ引きかジャンケンでもと思っていたら……。
「「「「「はい! はい! はい! はい! はい!」」」」」
今度はうって変わって、全員が一斉に手をあげた。
中村先生の表情が、またも一瞬で死んだ……。
「いいのか? 久美子?」
「これも人助け、霊助けのためだから」
「涼子は?」
「修行よ、修行。依り代になる機会なんて、なかなかないから」
「里奈は?」
「二人のために、私が思いきって立候補するわ」
「千代子は?」
「新しい忍術の参考にします」
「桜は?」
「私はその五人の中で一番未熟だから、こういう経験も積んだ方がいいと思うのよ」
「はあ……」
さっき中村先生とデートする形になるって言ったら、全員嫌がっていたくせに……。
中村先生がますます落ち込んでいるんだが……。
それにしても、誰を桑木さんの霊の依り代に選ぶべきか……。
俺はちょっと悩んでしまうのであった。
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