第77話 除霊の報酬ゲーム

「さすがですね。菅木先生が紹介するだけのことはあります。お仕事をお頼みした甲斐があったというもの。報酬の二十億円は、竜神会の口座に振り込んでおきますので」


「(裕ちゃん、美術品って儲かるんだね)」


「(人によるんじゃないか?)」


「(安倍一族でも、煮え湯を飲まされた人がいるから。そういう人なのよ)」


「(安倍一族にもショボイ除霊師は多いからなぁ……)」


「(今ではそういう人の方が多いかも。裕君レベルの人なんているわけないし)」





 美術品の除霊自体はすぐに終わり、室川さんは俺が提示した報酬を負けろとは一言も言わず、すぐに竜神会の口座に振り込むと、上機嫌で言っていた。


「どんな美術品があるか見てみますか?」


「はい」


 このあと特に予定もないので、俺たちは除霊した美術品を室川さんの案内で見て回ることにした。


「まずはこれ」


「汚い茶碗ね」


「里奈、よく目を凝らして見てみな」


「この汚い茶碗を? あっ!」


「時代も、作者も、相場も知らないけど、凄く価値のある品だな」


「ほほう、広瀬さんはおわかりで」


「まあね」


 俺に審美眼なんてないが、これら美術品や工芸品がいかに心血注いで作られたかは理解できる。

 いわゆる『霊力の残滓』の跡が見えるからだ。

 腕のいい職人や芸術家は、文字通り作品に心血を注ぐのが得意であり、その心血とは霊力のことを差す。

 大した霊力がなくても、その少ない霊力を長時間作品に注ぐので、その影響が作品に出ないわけがないのだ。


「比較的、昔の職人や芸術家の方が霊力も高い。霊力の残滓が残りやすく、それを見分ける能力があれば、大体美術品の価値はわかるのさ」


 制作者が命を懸けて作ったものだからこそ、素晴らしい芸術品となり、同時に悪霊にも取り憑かれやすくなる。

 人間の思いの強さが、よくも悪くも作用してしまうというわけだ。


「曜変天目茶碗です。本能寺で織田信長と共に焼失したと言われているものですが、実は現存していました」


「結構厄介な悪霊たちが複数憑いていたな」


 明智光秀の軍勢に攻められ、信長が自害するまで時間稼ぎで奮闘していた家臣たちの悪霊が憑いていたのだ。

 織田信長は本能寺で茶会を開く予定だったので、安土城から多数の大名物と呼ばれる茶器を持ち込んでいた。

 それらはほとんどが焼かれたとされていたが、中には残っていたものもあったというわけだ。


「焼け残ったと言われても、触れば死んでしまいますし、憑いている悪霊たちが厄介すぎて当時の除霊師たちでも手に負えなかった。消失したことにして、歴史の闇に消えたのです。正直、そういう品は多いですよ」


 ところが、これらの品は死蔵するにもコストがかかる。

 明治維新でその多くが裏の市場に流出してしまい、なにも知らずに購入した人たちの変死が相次ぎ、ようやく日本除霊師協会や一部有志が再収集して保管、封印するようになったそうだ。


「これは、村山霊堂の絵画コレクションです」


「一体だけど、すげえヤバイのが憑いてた」


「村山霊堂は、日本洋画家史上最高の画家と言われていますが、現存する絵画はわずか七点と言われています」


「ここには何百点もあるわね」


 そのほとんが厳重に収納、保管された状態なのだが、数メートルの距離に近づくと一体の非常に強力な悪霊が攻撃を仕掛けてくるので、さきほど桜が難儀していたのを思い出した。


「村山霊堂は、自分の絵が金儲けに利用されるのを極度に嫌がったのです。死ぬまで田舎の寒村で自給自足の生活をしながら絵を描き続けました。他人に譲渡していた七点以外の絵に他人が手を出そうとすると、村山霊堂の悪霊が絵を守ろうとするのです」


 そのため、彼の絵は七点以外すべて封印されていたわけだ。

 それにしても、ここのオーナーはよく手に入れてきたな。


「ここにある美術品の数々は、見ることすら困難なものが多いので、みんな無料で手放してくれましたよ。逆に金を払うから始末してくれという人もいました」


 危なくて見ることもできず、転売するのも困難で、維持に多くのコストと手間がかかるのだ。

 嫌がって、他人にあげてしまう人が出ても不思議ではないか。


「そんなわけで、この倉庫に安全に封印できる我が『戸高ギャラリー』は、このように多くの美術品があるのですよ」


 そう言うと室川さんは、これまで包装されて保管されていた絵画などを俺たちに見せてくれた。


「村山霊堂の絵は、一枚三億円はします。思っていた金額の半分で除霊していただき感謝しますよ」


「俺は別に損をしていないので」


 他のA級除霊師なら、確実に俺の五倍から十倍は除霊費用を取るはずだ。

 沢山のお札や霊器を使わねばならず、安倍一族のように人数も必要となるからだ。

 もっとも、利益率や金額でいえば俺の方が圧倒的に上だけど。

 今日は神刀ヤクモが大活躍したので、お札代がゼロだったのが幸いした。


「お礼に一品いかがですか?」


「悪いね」


「いえいえ、お好きなものをどうぞ」


 室川さんは、除霊費用が安くて申し訳ないので、倉庫内にある除霊した美術品の中から一点どうぞと言ってきた。


「俺に審美眼はないんだけどなぁ……」


「基本的に、この倉庫の中のものは全部本物で安くても数千万は下らない品ばかりです。悪霊が憑いていなければですけどね」


 悪霊が憑いていれば、ゼロどころかマイナスだけど。

 触ると死ぬし。


「久美子たちはどう思う? 試しにみんな選んでみてよ」


「それは面白そうですね。今や長寿番組になった○○鑑定団のノリでいきましょうか」


 室川さんも面白そうだと賛同してくれ、みんなでそれぞれ一点ずつ美術品を選んでみることにした。

 俺が選んだものを貰うつもりだが、もし久美子たちが選んだものの方が価格が高かったら、俺の負けというわけだ。

 勝敗を決めてどうなるという話ではないが、これは遊びみたいなものだ。


「難しいね。霊力の残滓かぁ……」


「なるほど。除霊師の方々は、そういう目で美術品の真贋や価値を計るのですか」


「除霊に使う霊器やお札もそうだけど」


「人が精魂込めた品には、それなりのものが宿り、その痕跡も大きいわけですか。なるほど、美術品にも通じる話ですね」


 美術品でも除霊道具でも、優れた人が気合を入れて作った品は、その雰囲気だけでわかるからな。

 勿論、優秀な除霊師はという条件がつくけど。


「私はこれ! 綺麗な風景画で気に入ったから」


「それは、ダルマントンという十七世紀の画家の絵です。それで二億円くらいですね」


「えっ! そんなにするんですか?」


 確かに、霊力の残滓を確認すると気合を込めて描かれた絵であることはわかるが、このくらいの風景画なら俺にも……あっ、無理だった。


「私はこれ。この大きな壺はいい品のような気がするわ」


「柿右衛門の壺ですね。それで三億円ほどです」


「億単位の美術品ばかりね」


 下手に動いて落とさないようにしようと、涼子のみならずみんながその場に硬直してしまった。


「私は元アイドルだから、その衣装よ」


「大女優マリア・マリアが映画『ザクセン』で着ていた衣装。四億円くらいですね」


「えっ! そんなにするの! というか、こういうものにも悪霊は取り憑くのね」


「ええ、熱心なファンの方が、展示していたこの衣装の前で自殺して悪霊化しましたね」


「えらい迷惑だわ……」


 自身もおかしなストーカーに付き纏われたことがある里奈は、同じような目に遭った往年の大女優に心から同情していた。

 この衣装の他にも、熱心なファンや行き過ぎたストーカーの悪霊に憑りつかれ、公開すらできなくなった衣装や私物などは多いそうだ。


「大ファンである人が愛用していた品に憑りつく。悪霊は死なないから、とても心地いいんだよな」


 だからこそ、除霊しようとする除霊師に対し必死で抵抗する。

 当然殺される除霊師も多く、実際に何人かそれらしい悪霊も美術品に憑りついていた。

 その除霊師を殺した悪霊が支配下に置き、ますます防御を固めてしまうのだ。


「除霊を頼んだら除霊師が殺されてしまい、ますます除霊が困難になってしまうも、まさか殺された除霊師に損害を請求するわけにもいかず。なんて話は、同業者からたまに聞きますね」


 除霊師が除霊に失敗し、さらに状況を悪化させてしまった場合。

 損害賠償しろだの、責任を持って最後まで除霊しろだの。

 日本除霊師協会は、常に何件かのトラブルを抱えていた。

 モグリの除霊師が除霊に失敗して死んでしまい、依頼者が怒って日本除霊師協会に駆け込むも、その人物は無登録の除霊師なのでうちは無関係だと言っても、向こうは納得してくれず裁判にまでなってしまう。

 そんなこともたまにあったりするそうだ。


「そんな品もあちこちに」


「あったな」


 みんな俺が除霊してしまったけど。


「師匠、この掛け軸はよさそうですよ」


「鱈欄(せつらん)の未発見の真筆なので、軽く五億円はします」


「やりましたよ、師匠」


 千代子が選んだこの水墨画の掛け軸、一本で五億円かぁ……。

 俺なら買わないかな。


「最後は私ね。徐々に鑑定額が上がっているから、ここは有終の美を飾るべく、この人物画なんてよさそうね」


 桜が選んだのは、いかにも王様っぽい肖像画が描かれた油絵であった。


「もしかしたら、十億円くらいするかも」


「すいません。これだけ贋作で三万円です。たまに、こういう偽物が本物に混じるのでご注意を」


「私はネタ扱い?」


 一人、偽物の絵を選んでしまった桜は、一人落ち込んでいた。

 もう少し鍛錬する必要があるな。


「では最後に、広瀬さん、お好きなものを一点だけどうぞ」


「わかった、じゃあこれね」


 先に目をつけていたのだけど、俺は一枚の幾何学模様がいくつか描かれた絵を選んだ。

 この絵なら、リビングに飾るといいかもしれない。

 それに、まだ久美子たちは気がついていないようだけど、この絵が一番霊力の残滓を感じるのだ。

 工芸品でも、美術品でも、いい品は製作者の必死の思いが作品に痕跡として残る。

 それは普通の人には見えないけど、優秀な除霊師にはすべて見えてしまうのだ。


 審美眼の欠片もない俺が美術品の真贋を見分けられるのは、そういうところを見ているからなのだ。


「二十世紀に活動した、カルト的な人気を誇る画家、ミルコプラムの代表作。二十億円はしますね。この倉庫にある品で一番高額だ。ジャンルは違えど、優れた者はやはり一味違いますな。後日、自宅に送らせていただきます」


「悪いね。報酬が増えてしまったようで」


「いえ、四十億円払っても十分に儲かりますし……私はお客様が真に欲する品をお売りしていますから」


「なるほど」


 室川さんは、審美眼のない者には容赦なく偽物を売るわけか。

 ましてや、霊障のせいで長らく世間に出ていなかった品と聞けば、審美眼のない金持ちはたとえそれが偽物でも手を出してしまう。

 この人は、審美眼のない人が偽物を掴まされても自己責任という考えなのか。

 詐欺で捕まりそう……偽物だとは思っていなかった、で誤魔化しているのかもしれない。

 菅木の爺さんの紹介があったので、政財界に知己が多いというのもあるのか。


「展示されている品とか?」


「あれを欲するお客様も多いのですよ。この業界、一生勉強なので」


「勉強ねぇ……」


 仕事も終わったので、俺たちは戸高ギャラリーを出て自宅への途についた。

 これ以上あの人と深く関わると危険かもしれないな。


「審美眼がないと、偽物を掴まされるか……」


「葛城先輩は、見事偽物を掴まされましたね」


「もっとレベル上げないとなぁ……でも一般人は偽物でもわからないわよね。どんな人が買うんだか……」


 涼子に事実を指摘されるも、桜はそこまで怒っていなかった。

 もっと修行しなければと言っている。


「戸高高志とかかな?」


「アレに、美術品を鑑賞する趣味なんてないと思うけど。鼻っ面欲と、お手軽そうな金儲け話にはすぐに手を出すから久美子の予想は当たっているかも」


「投機目的かもしれないわね。安倍一族みたいに」


「あいつの審美眼じゃあ、偽物しか買えないのと違うかしら?」


 里奈と涼子から散々に言われている戸高高志は、どこかでくしゃみをしているのかもしれない。

 俺はそんな風に思いながら、自宅へと向かうのであった。





「長年悪霊が取り憑いていた貴重な美術品が除霊されたとパパから聞いたぞ。これを転売して一儲けするのさ。おっ、いい美術品が多いな」


「はい。長年市場に出ていなかった希少な品ばかりですよ。こちらの横山大観などは、今なら五億円とお安くなっております」


「買うぞ。掘り出し物は他にないのか?」


「当然ありますとも」


「全部買うぞ!」


「ありがとうございます」


 広瀬裕とは違い、真に美しいもの、製作者が命を削って制作したものの価値もわからぬ豚め。

 お前には、我が戸高ギャラリー謹製の偽物が相応しい。


 真に美を愛する者とは、それを独占することができる人のことを差すのだから。

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