第76話 戸高ギャラリー
「鑑賞者と真剣に向き合い、切磋琢磨していった本物と。お互い緩やかに向き合える偽物と。あなたは、どちらをご所望ですか?」
「今はどちらも。菅木議員の紹介で来た除霊師です」
「あなたが、日本除霊師協会に死蔵してあった美術、工芸品をすべて除霊してしまった広瀬裕さんですか。これは心強い」
今日の仕事は、またも菅木議員からの依頼であった。
地元戸高市において美術商を経営している『戸高ギャラリー』のオーナー室川さんから、保有している悪霊つきの美術品の除霊を依頼されたのだ。
美術品は、優れた芸術家が作製したものほど、製作者がその作品に込めた情が強いほど悪霊が憑きやすい。
制作者が死後に自作に執着し、悪霊化して作品に憑りつくケースも少なくないし、コレクターが所有美術品をあの世に持って行けないことを無念に思い、その作品に憑りついてしまうことも多かった。
当然除霊しないと見ることすら危険なのだが、市場価値と除霊料金の折り合いで死蔵されている美術品が多いというわけだ。
「その手の美術品を安く買い叩き、真贋織り交ぜて売り捌いて荒稼ぎ。『戸高ギャラリー』のオーナー室川大吾(むろかわ だいご)の名は、安倍一族の間でも有名よ」
「これはこれは。さすがは除霊師、私の名をご存じですか」
「美術品って儲かるんだね、裕ちゃん」
「価格があってないようなものだからな。素人には真贋の判別も難しいわけで」
向こうの世界でもよくあったが、除霊師に偽の美術品を除霊させるところを金持ちや貴族に見せ、それを高額で売りさばくなんて美術商もいた。
わざわざ金をかけて除霊しているので、たとえ質の悪い偽物に低位の悪霊が憑いているようなケースでも、大金を出してしまう人がいるわけだ。
世界は違えど、人間の行動にそう差が出るわけがない。
この世界でも、『戸高ギャラリー』のオーナーが似たことをやっているのだと思う。
「誤解なきように言っておきますが、私はお客さんが必要とする美術品を適正価格で売っているにすぎませんよ」
「まあ、どうでもいいけどね」
菅木の爺さんの紹介だから、そう悪いことにはならないだろう。
その美術品が本物だろうが偽物だろうが、それに憑いた悪霊の強さで除霊代金を取るだけなのだから。
「言っておくけど、俺はその美術品に憑りついた悪霊の強さで除霊代金を決定するからな。安い偽物に高位の悪霊が憑いていて、除霊代金を一億円と言われても泣かないように」
「なるほど。広瀬さんは本物のプロなのですね。底の浅い除霊師にこの手の依頼をすると、どういうわけかおかしなことを言う人がいるのですよ」
低位の悪霊しか除霊できないくせに、その美術品が高価そうだと知ると、除霊代金の値上げを要求してくる。
そんな除霊師も多いのだという。
「基本的に、価値のある美術品には高位の悪霊が、それほど価値もない美術品には低位の悪霊が。これが基本でしょう?」
「そうでもないよ。要は、その品に対してどれほど強い念を抱くかだから。例えば……」
ギャラリーの展示室にはその手の品はなかったが、奥にある倉庫と思われるドアからは、禍々しい悪霊の気配をビンビンと感じる。
随分と厄介な品まで引き受けたものだな。
「ちなみに、そのドアの後ろに張ってある封印用のお札。そろそろ期限切れだけど大丈夫か?」
「できましたら、同じようなお札を……いえ、倉庫の中の美術品をすべて除霊してしまえば必要ないですね」
「中には、価値の低い美術品があるのでは?」
「それはないです。どれも逸品揃いですよ」
「ならいいけど」
随分と厄介そうな悪霊たちにばかりに憑りつかれているようなので、除霊代金はかなりのものになるはずだ。
どうせ俺は、安請け合いはしないけど。
他の除霊師たちほど手間と経費がかからないので俺の除霊費用は安い方だが、それでも日本除霊師協会のルールもあって、そう安くはできない。
もし倉庫の美術品の中に贋作や価値の低い美術品があったとしたら、そんなものは除霊するだけ無駄……とは言わないが、現世においてコストはかなり重要な要素となる。
また悪霊に憑りつかれるかもしれない安い美術品に、大赤字を切ってまで除霊を頼む奇特な人など存在しないわけで、だからこの世の中には極秘裏に封印されている美術品が多かったのだから。
「そこは私の目を信じてもらう……広瀬さんは、除霊した悪霊の強さに応じて請求を出す。私が損をしても、広瀬さんには影響がないと思ってください」
「それはそうなんだけど……」
変に逆恨みされるのも嫌だからだ。
破産して自殺でもされ、悪霊になって襲われでもしたら面倒だしな。
「とにかく報酬はお支払いしますのでお願いします」
「わかりました」
俺たちは依頼を引き受け、倉庫の中に入った。
さすがに室川さんは危険なので外に待機してもらったけど。
「うわぁ、凄いわね」
「裕ちゃん、これは……」
「裕、背筋がゾクっとするわね。涼しいわ」
「ちょっと、カタギの人は危険ですね……」
「あのオーナー、どうやってこんなに悪霊が憑いている美術品を集めたのかしら? 生臭ジジイが保管していた品よりも厄介よ」
みんなレベルが上がり、倉庫に入った途端『うっ!』という声をあげた。
霊力や能力値が上がって悪霊に対する感受性が強くなっている割には、涼子以外は除霊師としての経験が少ないので、気分が悪くなったのだと思う。
「倉庫の壁中にお札を張ってから除霊した方がいいかも」
「いや、危険だな」
俺は別にいいんだが、慣れていない久美子たちはやめた方がいいと思う。
物によっては、近づくだけで悪霊が襲いかかってくる美術品もあるからだ。
「武器や刀剣の類はないな」
「それは、必ず日本除霊師協会か、高名な除霊師一族が引き受ける決まりなの」
涼子の説明によると、悪霊が取り憑いた武器の保管を素人に任せると、人が憑りつかれた際に事件を起こすケースが多いそうだ。
そのため、引き受けるには厳しい条件があった。
「日本刀振り回して、人を斬って回るようになるんだろう? それで、捕まえると刀を振り回していた本人は覚えていないと」
「公には、通り魔事件、精神病院に通院歴がアリで誤魔化すけど」
悪霊のせいでそういうことをしてしまったので、当然憑りつかれた側の人間は覚えているわけがない。
心神喪失状態だった、で誤魔化すわけだ。
被害者は堪ったもんじゃないな。
「以前は、心神喪失状態で無罪とかにしていたみたいだけど、今は世論もうるさいから有罪になるけど……」
そうならないよう、悪霊の憑いた武器で除霊できない品は、速やかに日本除霊師協会か、管理能力がある除霊師に預ける決まりになっているそうだ。
「ここのオーナーは、倉庫への運搬と封印は除霊師に金を払ってやらせたみたい」
「除霊できないのであれば、無駄な気もするけどな」
いくらいい美術品でも、憑いている悪霊が除霊できないのであれば、そんなものは存在しないどころか、持っているだけで赤字を垂れ流すものでしかないのだから。
「いつか除霊できれば儲かると考えたか、もしくは……」
「もしくは?」
「あのオーナーは真に美しい美術品が好きで、いつの日にかこれらの美術品が除霊され、世間で日の目を見るまで厳重に保管しているとか?」
本当にただ贋作をボッタクリ価格で売っているだけの人物なら、菅木の爺さんも手を貸さないはず。
なにかしら美点があったからこそ、菅木の爺さんも仕事を仲介したということであろうか?
「まあいいさ。今宵のヤクモは悪霊に飢えているからなぁ」
「裕ちゃん、神刀に言うべきセリフじゃないと思うな」
「経験値の元となれ!」
神刀ヤクモなら、そのまま美術品を斬っても傷一つ憑かないで悪霊だけ除霊してしまう。
倉庫に入った美術品に憑りついた悪霊たちは、わずか数分で一人残さず除霊されてしまうのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます