第73話 バカはなにも気がつかず、今日も元気に生きていく
「えっ? もう金富山は除霊されてしまったのかい? 誰が除霊を? 広瀬君たちか!」
「彦摩呂様、これは彦摩呂様の功績を奪う行為です! 広瀬裕を許してはいけません!」
「そうだ! 最近調子に乗って! 血筋が怪しい、野良除霊師のくせに!」
「駄目だよ。地方で頑張る除霊師を『野良除霊師』などとバカにしては。我々は安倍一族の除霊師。品位に欠ける発言はよくないし、彼らには彼らの責任と義務があるのだから」
「すみません、彦摩呂様」
「反省してくれればいいのさ。それにしても、広瀬君かぁ……」
岩谷彦摩呂と彼を支持する若手除霊師有志による金富山の除霊、解放作戦は、長老会が先に手を打ち、無事に阻止された。
とはいえその方法は、先に広瀬裕に除霊させてしまうという非常に短絡的な方法だったため、一部若手除霊師たちが広瀬裕に反感を持ったようだが。
彼らは金富山解放に絶対の自信があったので、それを邪魔した広瀬裕は岩谷彦摩呂の功績を奪う汚い奴というわけだ。
もしこの面子で金富山に突撃したら確実に全員死んでいたはずなので、少なくとも私は広瀬裕に感謝している。
他の連中は、感謝どころか批判しかしないだろうけど。
若い除霊師の中には、自分の実力を客観的に把握できない者が意外と多い。
だからこそ日本除霊師協会にはランク制度があり、推奨ランクから外れた依頼は受けられないのだけど。
ただそれも、今回の岩谷彦摩呂の暴走を考えると、完全には機能していないことが証明されてしまった。
岩谷彦摩呂自身の評価は高いので、金富山に除霊に行くこと自体を日本除霊師協会が止める権限がないのも事実だったのだが。
命拾いしたのはいいけれど、これ以上広瀬裕を批判する空気が強くなると、今度は長老会が顔面蒼白であろう。
こんなことが漏れたら、彼がヘソを曲げて二度と安倍一族からの依頼を受けないかもしれないからだ。
断られたとして、今の安倍一族にその除霊依頼をこなせるかどうかかなり怪しい。
それができるのなら、そもそも最初から広瀬裕に依頼などしないのだから。
「彼は、地元の危機を見逃せなかったのでしょう」
「楠木さんは、そうお考えなのですか?」
「彼は、戸高市及びその周辺を縄張りとする除霊師です。金富山の解放は自分たちでと思ったのかもしれません」
これも、非除霊師部門への異動のため。
私は、広瀬裕が地元の除霊師としての誇りを持ち、金富山の除霊を岩谷彦摩呂に任せたくなかったのでは? と自分なりの意見を語ってみた。
勿論大嘘だけど。
「地元の除霊師としての誇りか……」
「それに、広瀬裕と他数名の除霊師で成功した案件です。岩谷さんだったらすぐに終わってしまって拍子抜けするだけだったかも」
こんな歯の浮くようなセリフ……。
とはいえ、これも非除霊師部門への異動のためだ。
もし岩谷彦摩呂が再び無謀な除霊を試みたら、妙に彼に気に入られている私は確実に除霊に参加しなければならない。
それはただのC級除霊師である私からすれば死刑宣告にも等しく、第一こんなバカたちの暴走に巻き込まれて死ぬのは嫌だ。
ここは、手八丁口八丁で誤魔化すしかない。
「岩谷さんなら、もっと難易度の高い場所を除霊した方がいいですよ」
「確かに、楠木さんの言うとおりだな」
「新人除霊師である広瀬裕が除霊できたということは、金富山も言うほど危険な場所でもなかったのだろう」
「彦摩呂様、次こそはもっと難易度の高い場所を除霊しましょう」
「それがいいかな。今は、金富山の除霊を成功させた広瀬君の功績を称えよう」
「……」
岩谷彦摩呂は悪い奴ではないのだが……彼の現実とズレた認識に基づいた大規模除霊が実行に移された時、確実に安倍一族は終わる。
そしてそれを止める者は、現時点で安倍一族には一人もいないのだ。
「(転職しようかなぁ……)」
このまま岩谷彦摩呂に関わっていたら、私は確実に死ぬ。
その前に、どうにか逃げ出さないと。
そのためには、安倍一族と関わりのない企業への転職も必要かなと思い始める私であった。
「やあ、ご苦労。僕の僕(しもべ)たちよ」
「「「「「「「……」」」」」」」
金富山の除霊を終えた俺たちは、除霊後の山の管理を竜神会の人たちに任せ……そういえば、山麓に『金富神社』という古い神社もあったので、あとでそこの修復もしなければならないはず……少し遅めの昼食でも取ろうと山を出たところで、見覚えのある風船男に声をかけられた。
「爺さん、こんなのに動きを察知されたら終わりじゃないか?」
「父親がなぁ……アレは非常に有能なので、父親経由であろう。こいつはバカだから、父親から聞いただけだ」
「なにしに来たのかな?」
「どうせろくなことじゃないわよ」
「針で突くと割れるかな?」
「里奈さん、そんなわけないじゃないですか。針で突いても、あまり効果はなさそうですね」
「針治療でツボに届かなそう」
「それはあるな。で、なにか用事なの?」
せっかく一仕事終えたというのに、戸高高志はいったいなんの用事だというのだ。
それにしても、俺たちの秘密除霊作戦を掴むとは、戸高高志の父親は有能なんだな。
「ガキの分際で、女を五人も連れて生意気だぞ! まあ、僕のモテモテぶりには負けるけどな」
言いたかったことはそれなのか?
わざわざこんなところに来て。
戸高高志がモテる?
この世には、変わった男性嗜好を持った、博愛主義者の女性が多いのかもしれない。
「(どうせ、金目当ての女性ばかりなんじゃないの)」
「(それか!)」
大方桜の予想どおりだろうが、俺は金持ちがモテるのは当たり前だと思っている。
向こうの世界でも、何人もそういう人を見てきたからだ。
戸高高志の場合、父親の稼いだ金に女が群がっていそうだ。
それにしても、こいつを見ると金の力の偉大さがよくわかるな。
「もう自慢は終わったか? 他の男のモテ自慢とか聞いても無意味だし、俺は帰るぞ」
「生意気な! お前なんて、パパに頼めばすぐ除霊師業をできなくすることだって可能なんだぞ!」
「無理じゃないか?」
菅木の爺さんが全力で阻止するだろうからな。
あとは、安倍一族と日本除霊師協会もか。
「僕は知っているぞ! 金富山の封印が解放されたのを」
「へえ、奇遇だな。俺もそれは知っているぞ」
なにしろ、自分たちで除霊したからな。
「除霊師君たちはご苦労さんだったね。長年封印された金富山には、まだ多くの金鉱脈が残っている。その埋蔵量たるや、現代日本でも採算が取れる可能性が高いほどだそうだ。金富山は、パパに頼んで戸高家が頂戴しよう。なにしろ、金富山は憎っくき車田家のものだったからね。僕たちが所有するに相応しいわけだ」
「『僕の考えた最高に格好いいIF』は、それで終わりか?」
「僕がパパに頼んだから、金富山は戸高家のものだ! パパは政治家たちとも懇意だから、お前らが対抗しても無駄だぞ。お前ら庶民は、選ばれた支配者である僕たちの言うことを素直に聞いて暮らしていればいいのだから。分を弁えるんだね」
「だってさ、政治家」
こいつ、本当にバカで笑えるな。
「ワシもいるんだがなぁ……第一、除霊前に金富山の所有権は、竜神会に移っているぞ」
除霊しなければ、こんな危険な山。
持っているだけで赤字だから、以前は国の所有だったのを、竜神会が無料で引き受けた形にしただけだ。
金富山については、俺たちが除霊しないと岩谷彦摩呂と若手除霊師たちが無謀な特攻をする予定だったので、安倍一族はその力と人脈とコネを総動員して、金富山を竜神会に譲渡できるよう動いていた。
確かに、今安倍一族がなくなると、除霊以外の件でも色々と面倒ではあるのだと俺は実感していた。
でなければ、岩谷彦摩呂の尻拭いなんてしない。
「はあ? 金富山は戸高家に渡すって、佐伯先生が!」
「佐伯? あいつにそんな力はない。口先ばかり達者なので、政治家の嘘に騙されないようにな。政治家志望者君」
「クソォーーー! どうなっているんだよ! 僕に恥をかかせたな!」
自分の思い通りにいかなかったせいであろう。
戸高高志は、後ろに控えていた部下たちを殴り始めた。
犯罪だと思うのだが、あいつにそんな理屈は通用しないか……。
「僕を誰だと思っているんだ! 僕が金富山を手に入れたいんだから、お前らがちゃんと動けよ! この能無しどもが!」
社会人ってのは大変だな。
上司がバカだと、あんな悲惨な目に遭うんだから。
「(裕ちゃん、止めなくていいの?)」
「(大丈夫)」
自分の思いどおりにならなかったので部下を殴り始めた戸高高志だが、あいつはなにもわかっていない。
金富山を所有していた車田犬龍斎が、いかに周辺の大名たちを警戒し、嫌っていたか。
すでに除霊されたとはいえ、金富山に入ろうとする戸高家の人間に対しなにもしないわけがないのだ。
「(車田犬龍斎は邪神に近いレベルにまで成長していた。除霊されたので普通の人たちには悪影響はないが、戸高高志は駄目だろうな)」
いわゆる、相性の悪い土地というものだ。
旧山中村なども、今でも戸高家の人間は入らない方がいいというわけ。
もしそれを破ると……。
「うわっ! 足が痛いよぉーーーー!」
「若?」
「大丈夫ですか?」
お付きの若い男性二人を殴っていた戸高高志は、突然地面の穴に足を取られ、あの体重なのでそのまま足を捻ってしまった。
殴られていた二人が慌てて介抱するが、思った以上に怪我は大きかったようだ。
「どうしてこんなところに穴があるんだよ!」
「モグラの掘った穴だな」
普通、モグラの掘った穴に足を取られる者なんて滅多にいない。
つまり、戸高高志は金富山に歓迎されていないどころか、嫌われているのだ。
無理に山に入れば、もっと酷い目に遭うはず。
「因果応報だな」
「たまたまだ! ひゃぁーーー! 今度は急に頭になにか……雨か? いや、鳥のフンだ!」
「師匠、天罰てきめんですね」
せっかく除霊しても、こういう風な目に遭ってその土地に入れない人がいるんだよな。
戸高市周辺において、戸高家はとても嫌われている。
入ればこういう目に遭う場所もあるはずで、よく凱旋なんてのん気なことが言えるなと、俺は戸高高志の能天気さにある意味感心していた。
「忍者娘! この天に愛されている僕に天罰なんてあり得ないだろうが!」
「ああ、でも……」
「でもなんだ?」
「若、後ろです!」
「後ろ?」
戸高高志が後ろを向くと、そこには十数頭の猪たちがいた。
封印されていた金富山ではなく、その周辺から来た猪たちのはずだ。
彼らは全頭、鼻息を荒くさせながら戸高高志を睨みつけていた。
「こら! 獣の分際で僕になにか文句でも? こっち来たぁーーー!」
荒ぶる猪たちは、みんなで一斉に戸高高志を追いかけ始めた。
要するに、金富山やその周辺の土地や自然の意志が、戸高家の人間は絶対に入れないという意思を表明したのであろう。
ちなみに、書き換えたのは当然車田犬龍斎である。
いくら彼の悪霊が除霊されたとしても、長年この地を支配していた力に戸高家が抗うのは難しいはずだ。
「クソォーーー! 覚えてやがれ!」
「嫌われてるな」
「当然だよね」
「除霊師の世界にいれば、『先祖の悪行が子孫に祟ることが多い』という法則を知っていて当然なのだけけど……」
「あいつは除霊師じゃないし、本人も人柄と性格が悪いから」
「それを言ってはお終いな気もしますけどね」
「たまにはいい運動なんじゃないの」
猪たちに追いかけられながら次第に遠くなっていく戸高高志を一瞥してから、俺たちは戸高市内へと戻ったのであった。
これにて、第四の封印を解除に成功。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます