第72話 車田犬龍斎

「ワガナハ、フルカワヤゴロウトシマスナリ! イザジンジョニ……」


「わざわざ自己紹介してもらって悪いけど、お前はもう除霊されている」


「ハア? ナニヲイッテ……アッーーー!」


「ほらな」




 俺は、多分金富山の霊団のボスであろう、車田犬龍斎の悪霊を目指して金富山の斜面を登っていた。

 途中、多くの悪霊たちに妨害されたが、神刀ヤクモと、今日は菊一文字の霊刀がご機嫌なので、二刀流で次々と除霊していく。


 思ったよりも俺に襲いかかる悪霊の数が少ないので、六連聖五方陣と、分散配置した久美子たちがかなりの数を引き受けてくれたようだ。

 今も、山の斜面の向こうから飛んできた矢により、武将らしき悪霊が除霊されるところを目撃した。

 悪霊を狙う矢をホーミングで飛ばす。

 向こうの世界でも、桜が得意としていた技だ。

 このところのレベルアップのおかげで覚えたのであろう。


 やはり、世界は違えど同じDNAを持つ人物なので、パラディンとしての特性があるようだな。

 涼子もそうだし、久美子、里奈、千代子もそれに近い才能を持っているけど。


 久美子たちも召喚されていれば、死霊王デスリンガー退治ももっと楽だったのに、『パーティは四人なのよ!』と女王陛下がゲームみたいなことを言うから……。

 もしかして、俺がいた世界ってゲームの世界なのかな?


 今はそんなことを気にしても仕方がないか……。


「車田犬龍斎はどこだ?」


「オマエゴトキガ、オオトノノマエニタツナドアリエナイノダ!」


 次から次へと、時代がかった悪霊が妨害をしてくるな。

 やはり、金富山のボスは車田犬龍斎で間違いないのであろう。


「ココデ、オマエハシヌ!」


「だといいな!」


 時間が惜しいので、まずはお札を悪霊の額に向けて一撃。

 顔が青白い炎に包まれて動けなくなったところを、そのまま菊一文字で袈裟斬りにして除霊は完了した。


「残念だが、六連聖五方陣を食らった時点でお前らの負けなのさ」


 高位の悪霊でも、中級がせいぜいなくらいまで弱っているからだ。

 時間が経てば回復してしまうので、それをさせる間を与えず除霊を開始しているのもあった。

 残念ながら悪霊には、こういう仕掛けを防ぐことはまずできない。

 数を集めるのが、自分たちを強化する唯一の方法というわけだ。


「山頂にいるようだな」


 数百体の悪霊を、まるで時代劇の後半シーンのように斬り捨てて除霊しながら、ついに金富山の頂上に到着した。

 すると、そこにはとんでもない大男が待ち構えていた。


「ワレハ、クルマダケンリュウサイ! ワガロッカクボウノエジキニシテクレルワ!」


 さっき菅木の爺さんから聞いたとおりだ。

 車田犬龍斎は当時としては滅多にいない大男で、身長は二メートルを超えていたそうだ。

 確かに、俺を見下ろすような大男であった。

 亡くなった時の年齢は五十前後だと聞いている。

 息子に家督を譲って出家している車田犬龍斎なのだが、車田家の実権は手放さず、出家をしても戦では大暴れしていたそうだ。

 特製の六角棒で何人もの武将や兵士を殴り殺しており、今も、俺の前で錆びた六角棒を勢いよく振り回していた。


「うわっ、痛そう」


「コモノガ! コウカイシテモニガサン!」


 車田犬龍斎は、極めて残虐な人物でもあったそうだ。

 産出する金銀を原資に、小大名にしては珍しく常設軍を編成。

 領民に対しての負担を小さくしたが、すぐにカッとなる人物で、六角棒で殴り殺された家臣や領民は非常に多かったらしい。

 戦には強いが、普段はあまり関わり合いたくない主君だったというわけだ。


 戸高備後守もそうだが、この辺にはろくな大名がいないな……。

 そりゃあ、マイナー戦国大名扱いされるわけだ。

 某野望ゲームでも、能力値が武力ばかり突出してそうだ。


「ソンナカタナ! オレノロッカクボウデヘシオッテクレル!」


 早速、車田犬龍斎は俺に対し自慢の六角棒を振り下ろしてきた。

 錆びだらけなのは、それだけ血を吸った証拠でもあるというわけか。

 力自慢で剣技などは得意そうに見えないが、普通の刀でその一撃を受け止めたら、刀の方が折れてしまうはず。

 彼はそうやって、多くの武将や兵たちを討ち取ったわけか。


「ナニッ!」


 ただし、神刀ヤクモには通用しないけど。

 生物には一切ダメージを与えられない刀だが、物理的な攻撃で刃こぼれするほど柔な作りはしていない。

 なにしろこの刀は、神が作った刀なのだから。


「バカナ!」


「ふっ」


 車田犬龍斎としては、予想外の事態であろう。

 彼はこの巨体から繰り出す怪力により、太い鉄製の六角棒で敵の刀をへし折りつつ、標的を確実に殴り殺してきたのだから。

 悪霊になっても……本人は死んだ自覚がないのだが……人の殺し方は変わっていなかったというわけだ。


「モウイチドダ!」


 車田犬龍斎は再び全力で俺に対し六角棒を振り下ろしてきたが、やはり神刀ヤクモには傷一つつかなかった。


「コウナレバ!」


 次は、全力で六角棒の一撃を神刀ヤクモで防いだ俺を押してきた。

 今度はその自慢の怪力により、俺との戦いで優位に立とうとしたのであろう。

 だが、それこそ無謀だ。


「ナゼダ! ナゼウゴカヌ! コンナチイサナホソイオトコナノニ!」


「人を見かけで判断するなっての」


 この世界で除霊をしていると、レベルアップで増えた能力を持て余すことが多かったのだが、肉体の呪縛から解かれ、高位の悪霊となった車田犬龍斎のパワーは常人を遥かに超えていた。

 悪霊の場合、体を壊さないようストッパーがかかることもない。

 霊力が多く高位の悪霊になればなるほど、力も素早さも上がっていくのだから。


 元々力に自信があった車田犬龍斎からすれば、俺が彼を上回るパワーを持つことこそ信じられない事態というわけだ。


「ウゴカヌ!」


「温いな、もっと力を出せよ」


「ソンナ! バカナ!」


 これまで、誰にも力で負けたことがない車田犬龍斎は、いくら俺を押してもビクともしないことが信じられないといった様子だ。

 あきらかに動揺した表情を浮かべながら俺を押し続けるが、やはりビクともしなかった。


「じゃあ、今度は俺だ」


 反撃とばかりに、今度は俺が車田犬龍斎を押していく。

 すると彼は、ズルズルと後ろに下がり始めた。

 懸命に抵抗するも、まったく効果がなく、ただその巨体が後ろに下がっていくだけだ。


「(動揺してるな)」


 自分が死んで悪霊化していることに気がついていない悪霊は、案外精神的な動揺に弱かった。

 霊体自体が、人間の心や精神と深く関わりがある以上、動揺による力の低下からは逃げられないからだ。

 逆に、自分が悪霊になっている事実を自覚しているのであれば、この方法を用いてもそれほど効果はないのであったが。


「もういいか?」


「クソォーーー!」


 完全に追い込まれたのであろう。

 これまで、自分よりも弱い敵を六角棒で殴り殺すだけであった車田犬龍斎は、圧倒的な強者に対応する策を思い出せず、突然再び六角棒を振り下ろしてきた。


「バカの一つ覚えだな」


 車田犬龍斎の頭がよければ、もっと領地も広かったはず。

 要は、金山のおかげで小金持ちな、暴力大好きオジサンでしかなかったということだ。


「で、もういいか?」


「バカナ……」


 ないとは思うが、もしこんな錆びついた六角棒で神刀ヤクモに微塵でも傷がついたら嫌なので、今度は片手で振り下ろされた六角棒をひょいと手掴みした。

 これも、レベルアップの影響というわけだ。


 さらに利き手に掴んだ六角棒を力を籠めると、表面は錆びていたが、これまで凹んだり曲がったりしていなかった六角棒がいとも簡単にぐにゃりと二つに折れてしまった。


「ワシノロッカクボウガ……」


「そんなにその棒が好きか? じゃあ、これも一緒に供養してやる。あばよ」


 自慢の六角棒を真っ二つにへし曲げられ、その動揺冷めやらぬ車田犬龍斎を除霊するなど、俺からすれば容易なことであった。

 神刀ヤクモによる一撃で、車田犬龍斎は完全にこの世から消え去ってしまう。


「ふう……言うほど大したことはなかったかな。久美子たちは……」


 いまだ金富山のあちこちに少数の悪霊たちが残っているはずだが……車田犬龍斎が除霊されたことに気がつき、外に逃げだそうとしたところを次々と除霊されていくのを探知できた。


「俺は手助けをする必要がないな。念のため、もう一度金富山周辺を浄化して終わりにするか……」


 山頂に『お守り』から取り出した高さ二メートルほどの水晶錐を立て、先ほど設置した六連聖五方陣も利用して広範囲に『治癒魔法』をかける。

 これで金富山は、悪霊も怨体もいない正常な山に戻ったはずだ。


「これにて、除霊は終了だな」


 こうして、俺たちによる金富山の除霊は無事に終了したのであった。

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